どうか『ありがとう』と言わないで

黄金 

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26 男の娘というものは②

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 注文した品を受け取ると、カウンターの若い店員が上目遣いに和壱かいちを見てきた。トレーを受け取ろうと握ったのに、何故か店員の女性もトレーを離さない。
 後ろには和壱の次の客が待っているのにだ。

「あの、これよかったら。」

 トレーにはメモ用紙が載っていた。何やら番号とアドレスらしくものが書かれている。
 こんな紙切れ載せる暇があるのなら、さっさと商品を渡して欲しい。
 和壱はニコリと微笑んだ。

「申し訳ありません。」

 歳上なので丁寧に断る。例え赤の他人でも無闇に恨みを買うと後々面倒臭いことを和壱は知っていた。
 女性店員は渋々手を離した。
 和壱は今度こそトレーを受け取り郁磨いくとの方へ歩き出すと、何故か以前と同じ状況を目にすることになった。

「うわっ、なに化粧してんだよっ!」

 今日は一人なんだなと思った。あの時は四人だったが、今郁磨の前にいるのは、あの時一番前に立って郁磨を揶揄っていた奴だ。
 郁磨は不愉快そうにキッと睨み付けていた。
 
「…………か、」

 わいいな。と思ってしまい、思わず声に出そうになる。メイクした郁磨は可愛い。今日の子猫みたいな目が上目遣いに睨み付けていると、まるで怯えた小動物みたいで可愛い。さっきの人を値踏みするような視線で見ていた女性店員とは大違いだ。

「お前自分が男だって忘れてんじゃないのか?その格好で近所歩いて来たのかよ。恥ずかしくないのか?」

「……………。」

「喋んないのかよ?声低いもんな?男だし?」

 郁磨が言い返そうと口を開き掛けた。その時には和壱は二人のそばに近付いていた。
 カタンッとトレーをカウンターに置く。

「お前……、気を引くにも程度が低すぎだろ?」

 和壱は郁磨の代わりに低く言い返した。
 コイツは前も郁磨のセーラー服姿の写真を見ていた。その時の表情は好きな子を見るときの目だ。目は垂れ下がりデレデレと見ていた。
 今だって気を引きたくて、郁磨が嫌がっているのに一方的に話している。
 
「なっ、な、またお前…。なんでいるんだよ!?」

「デートしてるから。」

「はあ!?」

 目の前の元同級生は赤い顔で目を見開いたが、郁磨も驚いてびっくりしていた。

「今後一切話しかけるな。」

「な、なな、こ、コイツ男だぞ!?お前騙されてるんじゃないのか!?何でお前みたいな奴が!」

「それが?知ってるけど。」

「な、お前もじゃあホモッ…ぶっ!」

 和壱は元同級生の顔を手で塞いだ。和壱は背が高く手も大きい。簡単に片手で顔面を塞がれた元同級生はみっともなくバタバタとしている。
 
「下品。いけよ。」

 上から美形に凄まれて、元同級生はアタフタと店から出て行った。
 手に何も持っていないことから、注文すらせずに郁磨に絡んできたらしい。

「まさか郁磨の家から追いかけて来たんじゃないだろうな?」

 ストーカーか?
 和壱は心配になった。
 店の一角で起きた諍いに人の視線が集まっていたが、和壱の登場で難なく収まり、それを見ていた他の客は小さくパチパチと拍手をしていた。何よりも和壱の美貌とカッコ良さに皆溜息をついている。
 ツンツンと郁磨は和壱の袖を引っ張った。
 元同級生がちゃんと出て行っているか目で追って確認していた和壱は、袖を引かれて郁磨を見下ろす。
 郁磨は綺麗に描いた眉をヘニョと垂らして和壱を見上げていた。

「………………っ、………だ、大丈夫だったか?」

 なんとか声に詰まりながら尋ねる。
 頼りなく見上げた郁磨が可愛く見えて、思わず声を失ってしまった。
 男の娘の郁磨は可愛すぎる。

「………ありがとう。」
 
 郁磨は下を向いてお礼を言った。
 郁磨の性別は男なので勿論声は低いのだが、鼻にかかったような声は女性としてみればハスキーとしか思えない程度だ。
 だから声を出しても違和感は少ない。ちょっと声の低い女性としか感じないのだが、郁磨は周りを気にして男の娘の時はあまり喋らない。
 和壱は少し笑って郁磨の背中をポンポンと撫でた。

「持ち帰りで出るか?どっか食べれそうなとこで食べてもいいけど。」

 郁磨はジッとバーガーを見た。
 グゥとお腹が鳴る音が聞こえる。

「……う、……冷めるからここで食べる。」

「ぷっ、いいよ。どれ食べる?今日は三段じゃねーからバーガー五つな。三つか四つ食べていいぞ。」

 トレーにはポテト山盛りとジュースが載っていた。
 郁磨の目がキラキラと輝き一つとってカサカサと包装をめくる姿に、和壱はフッと目を細めて微笑んだ。
 



 三年生に進級し、郁磨と和壱は同じ三年四組になった。聡生と千々石は三年六組で、綺麗に二つに別れたのは、理系と文系で成績順に編成された為だ。
 三年生になると大学受験が一気に現実化してくるが、花籠井かごい高校の雰囲気はどこかのんびりとしている。
 五月の連休が終わると体育祭があるのだが、三年生はこの体育祭で行われる仮装の出し物が最後のイベントといってもいい。その後は受験勉強一色になるので、どのクラスも凝った仮装と内容にしてくる。
 同じ衣装にするクラスもあれば、個人でバラバラに仮装したり、アニメからお笑いまで幅広い。

「……まさかこの為に作ったのか?」

「まさか~。でもお披露目するならここかなぁって。」

 たまたまだと郁磨と家庭科部部長は言った。
 家庭科部部長も同じ三年四組となり、普段教室では郁磨と和壱が仲良く喋っている姿をジーと見ていて不気味だ。
 郁磨は二年の頃から髪を伸ばし始め、学校から注意されない程度にと肩に当たる手間で切るようにしている。
 郁磨は短い髪を後頭部まで上げてポニーテールにし、家庭科部部長が作った衣装を着てメイクをする。衣装は推しの衣装だと言っていた白のワンピースだ。
 一度顔を洗い荷物から様々な道具が出てきたが、化粧水とファンデーションくらいしか知識がないので何をしているのかわからない。淡いパステルカラーで目元と頬に色をのせていく。柔らかな印象を作ると言って、睫毛を上げてクリアマスカラを塗った。目尻に焦茶のラインを引いて、オレンジと言うよりも朱色といった感じのリップを施し、ピンクも混ぜて綺麗に整えていく。
 最初は笑っていたクラスの男子達は、徐々にその笑顔を締まりのない笑みに変えていった。
 何度か首を傾げながら唇にペンを走らせていたが、納得したのか笑顔で顔を上げた。

「どーだ?いいと思う?」

 郁磨は立ち上がり、和壱に向かってヒラリと回って見せた。
 
「うん、可愛い。」

 和壱の素直な賞賛に、和壱の後ろで見ていた男子達がウンウンと頷いていた。

「ふふ、そーだろう~。」

 和壱の褒め言葉に郁磨が嬉しそうに微笑むと、男子達がスマホを構え出したので和壱はギロリと睨みつける。
 全員の手がピタリと止まった。



 紫垣和壱には彼女がいるという噂があるが、それが誰なのか知る者は少ない。
 二年生の終わりに一ノ瀬菫との騒動で、ワンピースを着た郁磨が和壱の恋人のフリをした。時間も遅く学校に残っていた少数が目撃しただけだったので、そこから口頭のみで噂が広がり、その後その恋人を見たという証言はない。
 
「なぁ、和壱。あの時の恋人のフリしたの、僕って今日言えばいいんじゃ?」

「…………何で?」

 和壱は怪訝そうに返事をした。
 何で?
 いや、いつまでも仮想恋人置いといても新しい恋人作れないじゃん。と、郁磨としては思うのだが、和壱は周りに勘違いされたままでいいんだろうか?

「もしくはもう別れたとか言っとけば?もう一ノ瀬、ストーカーしてねーんだよな?」

 もしかしてまだ周りを彷徨いてるんだろうかと心配になり郁磨は和壱に確認した。

「あ~、菫は他県に出てったらしい。」

「へ?地元にいねーの?」

 そう、と和壱は頷いた。だったらもういいんじゃね?

「………………このままでいい。」

 チラッと見て視線を外し、プイッと顔を逸せて和壱は呟いた。
 
「ふーん?当分彼女はいらねーってこと?」

 和壱はまた郁磨をジーと見る。
 むむ、なんだよ?
 最近の和壱はよく郁磨を見ている。話している時もそうだが、何気なく視線を感じて振り向いた時、和壱が郁磨を見ていたりする。なに?と尋ねても何でもないとしか返事をしない。

「うん、彼女は作らない。」

「ふぅーん??ま、受験生だしな!」

 よく分からないが今は恋愛より大学受験なのだろう。三年生になり、意外と受験生だというのに慌てたように付き合いだすカップルが増えたが、今まで散々彼女を作ってきた和壱にはいらない世話だったらしい。
 誤解を解くのに手伝ってと言われた時に、また男の娘になって周りに説明すればいいだけだと、この時郁磨は楽観的に考えていた。


 可愛い白のワンピースドレスに、薄っすらと化粧をした男の娘姿の郁磨は人目を引いていた。
 仮装は昼食前に行われる。お昼を跨ぐと帰る人間が増えるので、その前に出してしまう予定になっていた。
 前のクラスが終了するのを待ちながら、和壱は隣の郁磨を見た。
 どこからどう見ても女の子だ。聡生が描いたアニメの女の子を忠実に再現している。
 和壱の仮装は郁磨が好きな『双子ちゃんは愛し合いたい』の中に出てくる執事の格好だった。家庭科部部長が作った衣装で、こちらも出来がいい。

「やはり執事服は黒のテールコート!このトラウザーズはストレッチ素材で履きやすいが長い紫垣の足にピッタリだな!そう思ったんだ!タイは好みでリボン風にしたんだが、このアクセ探すのに苦労したんだ~~!」
 
 家庭科部部長は和壱と郁磨の周りをグルグルと周りながら興奮している。その隣で今年も同じクラスになったパソコン部がパチパチと拍手をしていた。
 そんな二人の仮装は昔流行った某アニメの美少女戦士の仮装をしている。これは学校に備品として置いてある衣装で、自作したくない人間用に過去の先輩方が置いていったものだ。モブはこれでいいのだと言って着ていたが、部長はともかくパソコン部はそれでいいのかと言いたい。テカテカと光る赤や青のビニールっぽいスカートが、いかにも宴会用の安物に見えた。

「執事ってこんなに着飾るもんだっけ?」

 偽物の宝石飾りやチェーンで飾られた衣装は重たい。長袖シャツにベストとコートのようなジャケットを着ているのだが、本日快晴の体育祭では暑かった。
 はぁ、と和壱が溜息を吐くと、隣の郁磨が見上げてきた。

「キツイ?」

「……………。あ~、流石に暑いな。これ長袖だし。」
 
「うーん、確かに…。でも見た感じ平気そうにしてんのな。」
 
 そりゃーな。と思う。郁磨がこの体育祭の仮装を楽しみにしていたことを知っているだけに、嫌な顔をするわけにはいかない。
 まだ五月だしなんとかなる。

「ほら、うちのクラスの出番。行くぞ。」

 和壱は家庭科部部長と郁磨の特訓の通りに、スッと流れるように手を差し出した。本日はお姫様姿の郁磨をエスコートしなければならない。
 何ともおかしな状況に、これがコスプレかと面白くなる。なりきるのが肝心らしい。
 和壱の手のひらに郁磨は自分の手を乗せる。
 
「和壱~、郁磨~!」

 少し離れた場所から聡生が叫んで呼んでいた。手にはスマホを構えている。
 四組の出し物はダンスだ。これも練習させられた。だけど郁磨が楽しそうにしているから、大変だとは少しも思わなかった。



 午後の競技もスムーズに終わり、閉会式から片付けまで、本来なら三年生も参加するのだが和壱と郁磨は撮影会に引っ張りだこになった。
 あまりに多かったのでパソコン室に逃げ込んだ。

「下校ギリギリまで時間潰すか。」

 男の娘姿の郁磨が疲れたように椅子に座る。その隣に和壱も座った。着替える暇もなくあちこちから追いかけ回された。最初は撮影にも応じていたが、数が多すぎて逃げてきた。
 それでもしっかり聡生と家庭科部部長の撮影には応じてきた。
 
「あ~制服教室に置きっぱなし。」
 
 和壱の溜息混じりの言葉に、郁磨も自分もだと上を向く。
 とりあえず脱ぐかと和壱は執事服のジャケットを脱ぐ。じゃらじゃらと付けた飾りやタイも外し、ベストも脱いで白シャツとトラウザーズだけになった。これだけでもスッキリする。
 ピッチリ止めた襟のボタンを外し、第二ボタンまで片手で外していると、ジッと見つめる視線に気付いた。
 郁磨は白のワンピースそのままだ。椅子に座り和壱を見ていた。

「………………なに?」

 声が掠れる。
 
「ん?ん~…、いや、和壱ってやっぱカッコいいなって思ってさ。」

 ニコッと笑って郁磨は言った。
 自分の容姿を称賛されることは多い。今更聞き慣れた褒め言葉なのに、郁磨に言われると心臓が速くなる。
 その理由にはとっくの昔に気付いていた。

「………………うん。」

 お前も可愛い。
 そう言えばいいのに、言葉が詰まって出てこなかった。








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