始まりは、勘違いから!?

ナカハラ

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「えぇーと……キスはしましたが、それ以外は何も……」
 取りあえずこの人を刺激しないように注意しながら、言葉を選んでそれに答える。
 キスした事を怒られたらどうしようという不安はあるけれども、その事を考えるのはこの際後回し。なんとかしてこの部屋から逃げだすチャンスが欲しい。ここから逃げなければ後でヤバイ事が待っているような……そんな感じの嫌な予感がさっきからしているからだ。
 でも……悲しいけどこの人、全く隙が無くて全然逃げられない雰囲気が満載。こうなっちゃうとホントにどうしていいのか分からない。
 ってか、その……なんか、この人間むちゃくちゃ怖いよぅ……。
「人が寝てる間に勝手にキスしたってわけ?」
 随分と長い沈黙の後で、漸く口を開いた相手。先程の質問に出した僕の解答に対して、目の前の人は明らかに呆れたような態度を取りながら溜息を吐いてみせる。
「はぁ……だって……仕方ないじゃないですか」
 その反応は一応理解は出来るんだ。普段は相手が眠っているから気にせず仕事を済ませちゃってるけれども、僕がこの人の立場で、今みたいにバッチリ起きちゃってたら絶対ビックリするもん。だから、一応は申し訳ないっては思ってるんだよ、これでも。
「僕たちは、相手が眠った時にエッチするのがお仕事ですから……だから……」
 どう謝ったら納得してもらえるんだろう。早く機嫌を直して僕の事を解放して欲しいのに、目の前の人の機嫌が良くなる様子は全く感じられない。こうなったら一発殴られてソレで終わりとか、それくらいシンプルに謝罪を済ませて帰りたい。でも、分かりやすく怒りをぶつけてくるという感じでもないから、コレ、完全に詰んでるよね。多分。
「やっぱ嫌ですよね。勝手にキスされたりしたら」
 あんまりにも反応が無いから取りあえず僕の方から謝罪の言葉を告げ、それじゃあサヨナラと出て行く事に決めた時だった。
「正直、まだ頭が働いてねぇよ」
 返ってきたのは予想外の言葉。一見すると不機嫌そうに見えるのに、どうやら怒っていると言うわけではなく、どちらかというと悩んでいるという……そんな感じ?
「アンタにキスされたって言われても、俺にはその自覚がねぇから知らねぇし」
 やってしまった行動に対して、知らないって言われてちょっと複雑。怒られる訳でもなく、謝罪を要求されるわけでもないなら、じゃあ、僕は、このまま帰っても良いって事なのかなぁ?
 そろりそろりと目の前の人から離れ窓を目指す。あそこまでたどり着ければ、鍵を開いて外に飛び出すことが可能だし、飛んでしまえば絶対に捕まらない自信もあるし。幸いにも、窓はベッドの直ぐ傍にあるから、もう少し頑張れば外に出て行けるはず。僕の意識は既に外に出る事に向いていて、この人自身から注意が逸れてしまっていて。だから気が付かなかったんだ。僕のことを掴もうと白い腕が伸びてきていることに。
「それよりもさ……」
 後もう少しで窓に辿り付く。僅か数十センチの距離まで迫った瞬間、僕の視界は大きくぶれた。
「うわっ!?」
「アンタ、ほんとに悪魔なわけ?」
 背中に感じる暖かい熱。気が付いたらすぐ後ろにさっきの人が居て、僕のことを覗き込んでいるみたいだった。
「えっ……と……」
「さっきの質問に答えろよ。俺はお前が、悪魔なのかって聞いてるんだけど?」
 その質問には一番始めに答えたはずなのに、何故わざわざ確認するのか分からない。でも、質問に答えなければ掴まれた腕を離してくれそうにないから、仕方無く僕はそれを肯定するように頷いて見せる。
「ハイ。一応は」
 これで満足? やっとここから出て家に帰れる。何故かそう思いほっと胸を撫で下ろしたんだけど、この時にさ、気が付くべきだったんだんだよね。彼女……いや、彼が、非常に意地悪な笑みを浮かべて僕を見ていたいたことに。
「……ははっ。そうかぁ、悪魔なのかぁ」
 欲しい答えは手に入ったんだから、直ぐにでもこの腕を離してもらえる。そう思ったのも束の間、僕の腕に彼の指が食い込み鈍い痛みが走る。
「痛っ……」
 それを嫌がるように手を動かせば、耳元でこんな事を呟かれたのだ。
「ちょっと興味あるなぁ……その、悪魔ってやつにさ」
 ゾクリ。思ったよりも艶のある低い声に、思わず背筋に寒気が走る。それと同時に何だか全身を這いずり回るようなむず痒い感覚。
「どうせだから、色々と教えてくんない? 俺の事を襲おうとしていた謝罪も兼ねて、さ」
「はわっ!」
 再び大きくぶれる視界。今度は弾力の有るマットレスの感触を背中に感じる。倒れ込む姿勢が悪かったのだろうか。首が痛いような気がするのは気のせいじゃないのかもしれない。それでも、そんな痛みなんて次の瞬間、一瞬にして吹っ飛んでしまった。
「んんっ!」
 気が付けば、僕の口は彼に塞がれてしまって……いる?
 何で? どうして? 『?』がいっぱい飛び交って、ますます混乱してしまう。そんな僕のことはお構いなしと、油断した唇の間から侵入する舌。それに容赦なく口内を蹂躙され必死に抵抗を試みようとするけれど、悲しいことに僕は悪魔で、その上快楽にすこぶる弱い夢魔のはしくれだ。思った以上に上手いキスに、呆気なく陥落し快楽に囚われてしまいそうになるのを止められなかった。
「へぇ……」
 漸く解放される唇から、一気に酸素が流れ込んでくる。
「キスしただけでこんな風になっちまうんだ」
 不足してしまったそれを渇望する身体が、必死に失ったものを取り入れようと荒い呼吸を繰り返す。
「……悪魔もさぁ、人間みてぇに感じるの?」
 肺が新鮮な空気で満たされれば、無意識に零れ出る吐息。じんわりと溢れ出る涙のせいで、視界が滲み全てが曖昧になっていく。
「ふぁっ!」
 いつの間にか下肢に伸びていた手。それが僕の下半身をいやらしくなぞると、申し訳程度に身につけていた衣服の間から滑り込み、その中心にある僕自身を掴み、優しく包み込んだのだ。
「ひっ!?」
「見せてよくれよ、アンタのこと、全部」
 ニヤリと彼の口元が歪む。その声は実に楽しそうで、喉の奥でクツクツと笑う声が耳に届く。
 それを歓ぶ身体とは裏腹に、僕の心は全く異なる反応をしめす。目の前に居るのはただの人間。それなのに、そんな彼から感じたのは底知れぬ恐怖である。
「やめてくださ……ぃ」
 怖い、怖い、怖い、怖い。
 これから何をされるのかが分かる分、未経験の恐怖に身体が竦んで動けなくなってしまう。それが分かって居るのだろうか。彼はそんな僕の反応を嘲笑うように、僕の身体のラインに沿って緩やかに手を動かしていくのだ。
「うぅ……」
 彼の手が動く度、身体に熱が灯っていくが嫌でも分かる。少しずつ、少しずつ。真綿で柔らかく締められるかの如く追い詰められていく僕自身。目の前には相変わらず、僕の反応を楽しんでいる意地悪な彼の姿。だが、その表情とは裏腹に、彼の手はどこまでも優しく、僕自身を丁寧に愛撫し始めたのだった。
「ひゃっ!」
 その行為を自身でやった経験はある。でも、仕事をするようになってからは、その必要性を感じた事が無い。それ以前に、普段、寝ている女性しか相手にしていない僕は、他人に触られる刺激にひどく戸惑ってしまう。なっ、何? コレ!? 
「ぁ…………ふ……んっ…………」
 いヤダ……スゴイキモチイイ……。
 こんなの知らない……。こんなの僕の身体じゃない……。
 思っていたよりも大きな手が、確実に僕を追い詰めるように丁寧に動く度、快楽に流される僕の目頭が熱くなる。
 自分でする訳では無いから、どのように追い詰められるのかが想像出来なくて怖い。火照った身体が熱くて仕方なくて、悦びに震えるモノからは、先走りが溢れだして僕自身をだらしなく濡らしていく。
「ふぅん。結構普通に感じるんだなぁ……」
 僕が反応を返す度、彼は嬉しそうにクスクスと笑う。完全に玩具にされていることは悔しくて仕方が無いが、快楽を与える側から与えられる側に変わってしまった途端、僕は何もできずされるがままそれを受け入れることしか出来ない。そうやって浮かされる熱に翻弄されていると、彼は別の場所に興味を持ったようで次の行動へと移るために手を動かしたのだった。 
「じゃあ、こっちは?」
 濡れそぼった僕自身の筋裏に這わせて遊んでいた指が、先走りの滑りを伴い下へとおりていく。
「ぅあっ!」
 軽くそこを撫でられた事で無条件に反応した僕の体は、勢いよくベッドの上で跳ねた。
「あー、ダメダメ」
 反射的に侵入を拒もむため、両足に力を込めて太股を合わせようと藻掻くのに、無理矢理割り混んだ彼の体により僕の足はみっともなく左右に開かれ退路を断たれてしまう。
「やめっ……」
 この体制は……確実に僕の方が挿れられる方だ!?
 インキュバスとして非常に喜ばしくない状況に、上手く力が入らない両手を持ち上げ試みる抵抗。身を捩って彼の下から逃げだそうと尚も続ける悪足掻きは、とても滑稽に見えるだろう。でも、それくらい必死であることだけは理解して欲しいと切に願ってしまう。
「自分が挿れられる側は嫌だって感じるんだ。ふーん」
 僕の反応がつまらない。そう言いたげな彼の声は、不機嫌で随分低い。で、でも待って待って! 冷静なって考えてもみてよ! だって僕はインキュバスだよ!? 挿れることはあっても、その逆は無い無い。今まで考えた事も無い! そう言う役割は与えられてないし、そういうお仕事をしたいと思った事も無いんだから、無理だって思うのは当然じゃん!!
 完全に自分の都合で物事を考えてるなんてこと、百も承知。でも、僕はアナタに快楽を与える積もりで来てるんだから、僕がアナタから貰うなんてこと、これっぽっちも考えて無かったんだってば!!
「まぁいいや。やっちまえば素直になるかもだし」
 サラッと言われた恐ろしい一言に、僕の身体が凍り付く。
「だからサクッと解しちまおうな」
「ヒィッ!?」
 にっこりと微笑む彼と目が合うと、次の瞬間、僕は身体の中に物凄い異物感を味わう事になったのだった。
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