ダンジョン研究会!何でも願いが叶うという最奥を目指して今日もアタック中!

ペンギン4号

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21 日曜日の新堂家

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「たぁ! これで決める! 『アルティメットソード!!』」


 俺の持つ隕石から鍛えた剣に力が注がれ光のオーラが凝縮され、柄を持つ手がぎゅっと震える。

 もうアイテムも魔力も尽きかけていた。
 これ以上続けば後がない。さすがは異世界からの魔王だ。
 竜の加護を受け、古代の遺物や妖精女王から頂戴した装備をもってしてもここまで長期戦になるとは思わなかった。


『グハハハハ! そろそろ終わりにしてやろう! お前らを倒せばこの世界は我のものになる! すぐに軍勢で大地を埋め尽くすのが目に浮かぶようだ』


 魔王が高笑いし衝撃波がやってくる。
 全方位に発露されるそれはどこへ逃げても絶対に食らう。
 仲間からもらったバリアが弾け飛び、それでもなお皮膚が切り裂かれた。
 額から血が流れるが、それを拭いている余裕すら無く、俺は駆け出した。


「はぁぁぁぁぁ!!」

『そんなに死にたいか! ならば叩き潰してやろう!』


 剣先を相手に向けもはや玉砕覚悟。
 これを逃せば後は無い。
 余力があるように振る舞ってはいるが、俺たちの攻撃は確実に魔王を追い詰めているはずだった。
 

「これでぇぇぇぇ!!」


 大木ほどもある六本の異形の腕が迫り、紙一重で躱す。
 そのまま走りながら一回転し跳躍した。
 狙いは心臓。どれだけおかしな姿に変わってもその位置だけは変わらない。
 
 一瞬で到達し俺の剣が魔王の胸に吸い込まれていく。


『うがぁぁぁぁ!? こ、こんなはずでは……』


 クリティカルが決まり、見上げるほどの魔王がぐらりと揺れ後ろ倒しに倒れた。
 因果を無理やり捻じ曲げ他の世界にやってきた代償か、その姿は煙のように消えていく。


「やった。これで世界を覆っていた雲が晴れる……」


 魔王が人間を死滅させるために、星全体に太陽の光が届かないよう分厚い雲を発生させていた。
 空を見上げるとそれが徐々に薄くなっていき、そして待ち焦がれた眩しい光が差し込んできた。
 
 さぁ帰ろう。長く苦しい戦いは今終わった。
 これからは復興の時間だ。
 実は王子だったということが分かった城に戻り、人々を幸せに導かねば……。


「ゲームクリアだ」


 というところで、俺こと新堂直安はゲームのコントローラーを自室の床に置いた。
 ここしばらくダンジョンにばかり時間を取られていたせいで、せっかくラスボスの手前までいって止まっていたデータのゲームをようやくクリアした。


「うーん、何だかなぁ」


 買ってからは一日何時間もやっていたのにあんまり感動もしないし、面白くもなかった。
 テレビ画面にスクロールしていくスタッフロールをぼーっと眺め、最後にタイトル画面に戻るところまで見てからゲーム機とテレビの電源を消す。


「まぁ原因は分かってるけどなぁ」


 ゲームなんてものは自分の分身となる主人公を操作し、その世界観に没入して臨場感を味わい、人を救ったり自分にはできない偉業を達成することにカタルシスを感じるのが面白い要素だ。
 しかし俺は現在、リアルでゲームみたいな生活を送っている。
 どうしたってテレビ画面のものとダンジョンとで、刺激の差で勝てるはずがなかった。

 痛いし怖いし、危ない場面もある。
 それがスパイスとなり、実際に得られたアイテムを売ってお金にもなる。
 こんな体験はテレビゲームでは味わえない。
 まぁ魔王がどうこうとか世界がどうこうという点はダンジョンには無いだろうけど。


「一日暇になるとどうしたらいいものやら」


 家ではずっとネットかゲームばっかりだったのに、興味が他へ移ったせいでぽっかりと穴が開いた感じがする。
 せめてネットで共有できれば話も変わってきたんだろうが、漏らしてはいけないルールなので探しても無意味だろう。


「ちょっと外に出るか……」


 部屋に籠もるのが堪らず動き出す。
 財布とスマホ、それに自転車の鍵。これだけポケットに納めればじゅうぶんだ。
 部屋を出て階段を降りる。
 
 リビングのソファにはテレビを見ている一歳下の妹の『理沙りさ』と母がいた。
 父は休日出勤だろうでご苦労様だ。
 

「ちょっと出掛けてくるよ」

「あははは。あらそう。気を付けてね」

 
 テレビのお笑い芸人の町ぶらロケに夢中の母の態度はそっけない。
 

「お兄ちゃん、アイス買ってきてよ。オレンジのやつ。さっきCMでやってて食べたくなっちゃった」

「嫌だよ。お前金払わねぇじゃん」

「出世払いって知っている?」

「お前の出世を待つのにあと何年掛かんだよ。記憶力に自信が無いからやめとくわ」

「へたれ~」


 一体何がヘタレなのかさっぱり分からない。
 妹の中では理屈があるんだろうか。


「あぁそういやお前、雨宮さんって知ってる?」

「雨宮? あ~、クラスが違うからあんまり知らないけどいつも一人でいるような暗い子でしょ? 何? 何かあんの? まさか!? ねぇ!?」


 特に何がってことも無かったが、一応仲間として普段どんな感じなのかなと興味本位で妹に訊いてみたが、女ってのは恐ろしい。
 まるで芸能リポーターのように目を輝かせそっち方面に繋げて食らいついてくる。


「え、お兄ちゃんに浮いた話あるの? 良かったじゃない。幼稚園の時に同じ組の子にチョコもらって以来じゃない? そういや最近帰りが遅いのもそうだったり?」


 母よ、俺でも忘れ掛けてたことを覚えているのはさすがだ。
 でもこういうリアクションは思春期の俺としては堪らなく恥ずかしいからやめて欲しい。
 

「いやでも全然お兄ちゃんと合わない子だよお母さん。お兄ちゃんはどっちかっていうとあねさん女房な引っ張ってくれるタイプの女の子の方が合うと思う。普段はクールっぽく見せてるくせに変なところで正義感あるし危なっかしいからね」


 俺の周りで引っ張っていくと言えば白藤先輩か四季さんぐらいか。
 四季さんならまだしも、白藤先輩は引っ張るというより殴って拉致するぐらいの勢いだが。
 想像すると背筋がぶるっと震えた。


「勝手に批評するのは勝手だけど、そんな話は無い! ってこれ自分で言ってて虚しくなってくるな」

「まぁそりゃそうよね。テレビの続き見よっと」

「お母さんは今後に期待しているからね!」


 妹と母はあっさりと俺の否定の言葉を信じた。
 なんでこう中井といい俺の非モテ宣言だけは信頼度が高いんだ。
 バレたくないから取り繕っているだけだとか勘繰ってくれよ!
 
□ ■ □

 とりあえず行くあてとして昔からの黄金パターンを回った。
 漫画が立ち読みでる古本屋、その後に雑誌が立ち読みできる本屋、そしてゲームショップという半日は潰そうと思えば潰せるコースだ。
 
 店員からの視線が気になる時期もあったがもう慣れっこ。
 俺の敵は立ちっぱなしによる足のむくみと固まった姿勢でいることによる肩が凝るぐらいだ。

 前から気になっていた全三十巻の野球漫画を最終回まで読み通し外に出る。 
 日は傾き始めていたが、まだまだ夕方までにも時間があった。


「久し振りにゲーセンにでも行くかなぁ」


 レバーは苦手なので格ゲーは無理だし音ゲーにもあまり興味がない。
 ただ上手い人のプレイを見ているだけで自分がやった気になれて、それはそれで面白かった。
 確率は低いがUFOキャッチャーで人形でも取れればアイスの代わりにでもなるし、妹も喜ぶかもしれない。

 自転車のロックを外しサドルに乗る。
 ルミナスのおかげでよっぽど端っこの山の方でなければ道路は舗装されていて非常に自転車で走り易い作りとなっていた。
 風が髪を撫でペダルを漕いで熱くなっている体を涼しく冷やしていく。
 
 ゲーセンは繁華街のアーケードの方で、ここからまだ十分ぐらいある。
 引っ越してからもう見慣れた景色を横目に進んで行き赤信号で止まった際に、見知った顔がいた。
 ――熊井君だ。

 彼は昨日校門で見たやつらと一緒だった。人数は三人。
 ヘラヘラと笑っているが、その中で熊井君だけが辛そうな顔を浮かべている。

 ものすごく気になった。
 俺と彼の関係は複雑だ。
 まだ一度も遊んだこともないどころか、学園で話したこともない。
 だから友達とも言いづらく、あえて言うならダンジョン潜りの仲間だ。
 仲間であっても友達ではない。同級生なのにそんな奇妙な間柄。
 そんな俺が彼の私生活にまで立ち入るべきなのかどうか迷う。
 むしろ覗き見するのはゲスであるとさえ感じる。


「だけどなぁ……」


 何だか放っておけなかった。
 熊井君は良いやつだ。根が素直で優しいやつ。たった一週間ほどの付き合いでもそれは俺が保証する。
 そんな彼があんなに困った表情をしていたら無視できるものではない。
 なのでゆっくりと後を付ける。
 

「おい熊井、早くしろよ。怖じ気付いてんじゃねぇよ」


 彼らは本屋の隣にある公園の前で何やら揉めているらしかった。
 公園に自転車を止め、死角から忍び寄り植木に身を隠し聞き耳を立てるとそんな会話が聞こえてくる。


「昨日だってここの本屋でやっただろうが」

「そうだよ。もうお前は犯罪者なんだよ」

「そ、それは君たちが鞄の中に勝手に入れたからだろ!?」

「誰がそれを信じるんだよ。店からしたらお前がやったことには変わりないんだよ。いいからさっさと覚悟を決めろよ。ここでちゃんと成功したら月島さんもお前のこと見直してイジメなくなるって」

 
 血が冷たくなるような会話だった。
 完全にイジメの現場だ。
 標的にされているのは熊井君。それでもって万引きを強要されているみたいだった。


「ぼ、僕はやりたくない」

「あっそ。んじゃバラすかな。実は昨日のやつ動画に撮ってたんだよ」


 一人がポケットから取り出したのはスマホだ。


「!? でもそれなら僕が盗ってないことは証明できる」

「確かに熊井が本を盗っていないが、見方によっちゃ鞄に入れて店を出る役だった共犯にも見えるんだぜ? 同じクラスのやつが何人も同じ本屋で同じ時刻にいて無関係だなんて思ってくれるかなぁ?」

「……ひどい」

「別に俺らも熊井を一方的にイジメたいわけじゃないんだよ。なんだったら分け前をやってもいいと思ってる。お前、朝に新聞配達のバイトしてんだろ? それだけじゃ足りないはずだ」

「だ、だからってそんな汚いお金じゃあ親は喜んでくれない」

「金は金だろ? そこに綺麗も汚いもあるかよ。問題はどれだけ楽して儲けられるかだ」

「違う。胸を張れないならそれはしこりとしてずっと残る。そうしたら一生忘れられなくなるんだ」

「ぐだぐだと……。分かった。分かったよ、お前の正論はもういい。結局は、やるか、やらずに動画をばら撒かれるかだ。お前が決めろ」

「うう……」


 聞いてられなかった。
 同学年にこんな性根の腐ったやつがいることが信じられなかった。
 だから身の程知らずにも飛び出してしまう。


「や、やぁ熊井君。奇遇だね。何してんの?」


 ささくれ立つ感情を努めて隠し、目一杯引きつる笑顔を見せる。


「し、新堂君!?」
 

 熊井君以下は突然俺が現れたことにぎょっとしていた。
 悪巧みをしているところに出てきたんだからそれも仕方ない。


「なんだ熊井の知り合いか。今ちょっと立て込んでてさ、悪いけどまた今度にしてくれないか」


 悪事の相談を立て込んでいるとは言ってくれるじゃないか。


「あー、でもさ、前に言ってた今日限定のやつがもう時間でさ、こっちも時間無いんだよね。一人で行くつもりだったけど、こんなところで偶然会ったなら一緒に行こうよ」


 咄嗟に出た嘘で具体的な内容が無くもう無茶苦茶だ。
 それでもここで尻尾巻いて帰るわけにはいかない。何としても食い下がらないと。


「熊井、そうなのか?」

「え、あ、いやそうなのかな?」

「そうなんだよ。あれだよあれ。あれのために半年待ったんだぜ。ほら熊井君もあれ好きだって言ってただろ」


 あれって何だ!?
 自分で言っててあれあれ詐欺みたいに聞こえてきた。

 とりあえず強引に熊井君の腕を掴んで引っ張る。


「ほら、もうあんまり時間無いんだよ」

「くっ! 仕方ないな。熊井、

「う、うん……」


 五組のやつらは興が削がれたのか繁華街の方へと歩いて行った。
 俺らもここにずっといるのがバレるとまずいので、ちょうどお誂え向きに河川敷が近いのでそこに移動した。

 河川敷の土手にたまに置いてある石のベンチに二人で腰掛ける。
 たまに人が通るがこっちには興味が無いだろうし、遮蔽物が無いので俺みたいに聞き耳を立てるやつがいるかどうかはすぐ分かるから、意外と内緒話をするには向いていた。
 熊井君は気まずいところを見られたせいか終始うつむき加減だ。


「あ、あの。助けてくれてありがとう。たぶん話を聞いていたんだよね?」

「うん。ごめんね。たまたま見つけて気になってさ」

「いやこっちこそ巻き込んでごめん」


 自分から首を突っ込んだのに、巻き込んだと謝ってくる。
 やっぱり彼は良いやつだ。


「それはまぁ置いておいてさ、あいつらとは長いの?」

「いや、進級してからだからまだ一ヶ月ちょっとぐらいかな。うちの組に留年している月島さんっているでしょ? 彼が中心となってちょっかいを出してくるようになったんだ」


 そういえば中井もそんなことを言ってたな。
 気の弱そうな熊井君を狙ったのか。

 熊井君が独白を続ける。


「最初はからかいぐらいから始まって、嫌がらせとか、最近はみんなに見つからないところで暴力も振るうようになってきた」

「は!?」


 そこまで想像もしていなかった。
 集団で暴行されるなんてもう悪戯とか悪ふざけで済まされる段階を越えている。
 
 熊井君がシャツの袖を捲くると小さな青タンができていた。
 

「これはダンジョンに行く前の傷。もう治りかけているけどね。それにダンジョンのおかげで痛みはずいぶんと減ったんだよ。はは」

 
 乾いた笑いが空に消える。
 おそらくは防御品とHPのおかげで痛みが薄くなったということだろうけど、こんなに痛ましい冗談があるなんて聞いているだけで胸が痛くなってきた。


「だから殴られるとかならまだ耐えられたんだ。一番困ったのはお金の要求だった。僕の家はあんまり裕福じゃないし、今度弟が生まれることになって半年ぐらい前から新聞配達のバイトを始めたんだ。それを持ってくるように言われて断ったんだ。その代わりにって昨日、本屋に誘われて取り返しのつかない片棒を担がされてしまったみたいで……」


 俺に話しながらその時の悲しかったり辛い思いも同時に思い起こし、彼の目には涙が溜まっていく。

 昨日、熊井君の不調の原因が分かった。そんなことがあったから集中できていなかったんだ。
 それとは別に、彼は本当は強い人だと思い知らされる。
 今までそんなひどい仕打ちをされていたなんておくびにも出さなかった。
 俺なら地獄にいるように憂鬱としていただろうし、我慢なんてできない。
 早朝から新聞配達をし、昼は学園で勉強と嫌がらせを受け、夕方はダンジョンって肉体的にも精神的にもめちゃくちゃタフだ。
 

「ごめんね。ダンジョンに潜るのはお金のためだよ。大金が手に入るって聞いて欲が出た。白藤先輩とかみんなはそんなにお金に執着していないのにね。は、恥ずかしいよ。罰が当たったのかなぁ。何で上手くいかないんだろうね」

 
 熊井君の目蓋から涙が溢れ出て零れ落ちる。
 彼は悔しそうに袖で目を擦って拭くがそれでは止まらなかった。


「こ、このまま僕がいるときっと迷惑が掛かる時が来る。だからパーティーを抜け――」

「熊井君はさ、勘違いしているよ」

「え?」


 彼が言いたいことが何となく先に分かった。
 でもそれは言わせてあげない。それは間違っている。


「俺だってお金が欲しい。ダンジョンに行くのは単に面白そうだし、お金も稼げてラッキーぐらいの適当な考えしかないんだよ。というか、たぶんほとんどの人がそう。自分の願いを叶えるために、とか人類のために、なんて高尚なことを思ってる人なんて一握りだけだ。だから卑下することは全くないと思う」

「そ、そうなのかな」

「うん、だから止めるなんて言わないで欲しい。堂々とお金目的だって胸張っていいよ。俺だってそうだもん。それにさ、君が抜けると白藤先輩のお守りは俺一人じゃ無理だ」


 おどけて言うと、彼の口元が少しだけ緩んだ。
 俺たちの間じゃあの人をネタにするのは鉄板ネタだな。
 

「でもさ、今日は助けてもらったけど、根本的な解決はしていない。あいつらは止めろって言っても聞くようなやつらじゃないよ」


 それはそうだろうな。
 主張するだけで止めるほど温くはない。そんな程度ならすでにこんなにひどいことにはなってないはずだ。
 でも俺は彼を助けたくなった。見捨ててはいられない。
 

「分かってる。一応考えはあるんだ。任せてもらえるかな?」

「え、うん」


 俺の切り出しに熊井君はきょとんとして止まった。
 まぁそうだろう。ここで都合良く良い案があると言われてもすぐには信用できないに決まってる。

 実際、実はノープランだった。
 ここで俺の虚勢だと見透かされるとまずくて笑顔が崩せない。


「いやー、大丈夫大丈夫。何とかなるよ。はっはっは」


 さぁて、今からアイディアを捻り出さないと……やっべぇなぁ。
 俺の強がる笑い声が河川敷に流れていった。
 
 

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