砕けた光の向こうに

とっくり

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 初夏の陽光が石畳に模様を描く。王都の朝はすでに熱を帯びていたが、王宮直属騎士団の訓練場には、朝露の残る涼しさがまだ少しだけ漂っていた。

「おい、アレク。腕が落ちてないか?」
「それはこっちのセリフだろ、レオ!」

 木剣が打ち合う、乾いた音が響いた。

 レオノーラは短く切りそろえた髪を汗に濡らしながら、アレクシスの木剣を受け流す。その動きは軽やかで無駄がなく、まさに水を打つようだった。

 一方のアレクシスも負けていない。身長はレオノーラとほとんど変わらなくなり、少年らしい筋肉が徐々につき始め、力強さと素早さが両立し始めていた。振り下ろす剣筋に、かつてのあどけなさはもうない。

 このニ年、ふたりは一度も離れなかった。週に何度も剣を交え、共に走り、倒れ込み、また笑った。

「やっぱお前、動きが固い。腰が浮いてる」
「そんなの気合でどうにか……うわっ!」

 アレクシスの言葉が終わる前に、レオノーラの一撃が腰を狙って跳ね上がり、彼はバランスを崩して尻もちをついた。

「……ほらな」

 木剣を肩に担いで、レオノーラが勝ち誇ったように言う。

「……くっそぉ、ほんと手加減しないな、お前」
「王子様に手加減するほど、私も甘くないからな」

 そう言ってレオノーラが笑うと、アレクシスも釣られるように顔をほころばせた。

 年齢を重ね、二人は十二歳になった。表情も声も少しずつ大人びてきた彼女だが、笑うとまだ子どもらしいあどけなさが残っていた。

「レオさ、目つきとか、変わったな」
「え、目つき?変わったか?」
「なんか、こう……怖くなくなった」
「最初から怖くないけど?」

 肩をすくめて言うと、アレクシスはまじまじとレオノーラの顔を見た。

「いや、前はもっとこう……『殺気!』って感じだった」
「それは、アレクが最初の日に“男おんな”って言ったからだ」
「えっ。もしかしてレオ、気にしてたのか?」
「いいや?別に」
「気にしてないのかよ!」

 二人は同時に吹き出した。

 訓練場の隅、日陰に腰を下ろしたふたりは、水筒を回し飲みしながら、涼風に汗を乾かしていた。

「なあ、レオ」
「ん?」
「俺、このままじゃお前に一生勝てない気がする」
「たぶん、そうだな」
「そこは否定してくれよ!」

 木剣を握る指先に、ふと力が入る。

「……でも、努力はしてるんだぜ?前より、ずっと」
「知ってるよ。動きがよくなったし、打ち込みの速さも上がってる。――ほんとに、ちゃんと鍛えてるのがわかるよ」

 レオノーラの声は素直だった。けれど、どこか誇らしげでもあった。

「この先、うんと強くなって、俺、レオの隣で戦いたいな」

 アレクシスがぽつりと呟いたとき、レオノーラは少し驚いた顔をした。

「……私は、お前の後ろを守ってやるつもりだったのに」
「なんで後ろなんだ?!せめて横にしてくれ!」
「後ろの方が安全だろ?お前、すぐ突っ込むし」

 口を尖らせるアレクシスに、レオノーラは肩をすくめる。

 ふと、二人の間に風が通った。

 まだ少しぎこちなさの残る少年期。互いに照れ隠しの言葉を投げ合いながら、彼らは変わりゆく心と体に、少しずつ順応していた。

 この先、どんな立場になるかも、どんな戦いが待つかもわからない。けれど、少なくとも今この時は――二人は確かに、並んで歩いていた。

 やがて、アレクシスが立ち上がり、木剣を肩に乗せた。

「じゃあ、もう一本いこうぜ。今度は、俺が一本取る番だ」
「言ったな」

 レオノーラも立ち上がり、構える。顔を上げると、アレクシスと目線が同じ高さになっていた。

 ――もう、追い越される日も遠くないかもしれない。

 そんな予感を抱きながらも、レオノーラは笑った。

「来いよ、アレク」
「望むところだ、レオ!」

 陽射しの下、二人の木剣が再び交錯する音が響き渡った。
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