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将軍執務室。重厚な扉をノックすると、すぐに「入れ」と一喝が返ってきた。
中は軍報が並ぶ質実な空間。将官の肖像や勲章は飾られておらず、机の上には書類だけが積み上がっていた。
ウォルト・イーグレット将軍――
無精髭をそり落としたその顔には、常に厳格さが刻まれている。
軍神と呼ばれる娘を持ちながら、私情の一切を交えない冷徹な父でもあった。
「……帰還報告か」
「はい。ザルド砦にて、武装勢力の制圧を完了しました。しかし――」
レオノーラが差し出した資料に、ウォルトの視線が鋭く落ちた。
「これは……第四軍備工廠の印」
「しかし、記録にはない兵装ばかりです。明らかに不正な流通があります。そして……この男、見覚えがあるはずです」
彼女が一枚のスケッチを示す。砦で目撃された男の特徴を描き起こしたものだった。
「……宰相府の技術管理局にいたな。たしか三年前、突然姿を消したと聞いた」
「おそらく、軍備工廠と宰相府の一部がつながっている可能性があります」
報告を聞く間中、ウォルトの顔から表情は読めなかった。だが、最後の一言を聞いた瞬間、机に置いていたペンがぎしりと音を立てた。
「ーーで、再び、奴を逃がしたのだな」
ウォルト将軍の眼光がレオノーラを射抜く。
レオノーラは俯き、声を押し殺す。
「爆薬を使った撤退策で…包囲網が崩されました」
将軍の唇がわずかに歪む。怒りというより、冷徹な失望が滲む。
「その『言葉』がお前のすべてだ。戦場で負けた者に価値はない。軍神と呼ばれる者が、失敗を重ねてどうするのだ・・・甘さが軍の致命傷になることを、分かっているのか」
ウォルトの声が一層低く、重く響く。
「お前の剣は何のために振るわれているのだ。敵を仕留めるためではないのか。いや、仕留め損ねた言い訳を並べるためか?」
ウォルトの冷たい言葉は、鉄の鞭のように彼女の心を叩く。
ディラン中将が間に入り、声を抑えようとしたが、ウォルトは一瞥で制した。
「黙れ。これは少将との話だ」
レオノーラは拳を握りしめ、震える声で言い返す。
「私は戦いに真摯です。だが、この敵は王都の内側に繋がりがあり、単なる敵兵ではありません。彼らを見誤れば、我ら全軍に災いが及びます」
ウォルトは苛立ちを抑えきれず、机を叩いた。
「お前は甘い! 軍神の名を騙るなら、情けは禁物だ。情報を得るなど悠長なことをしている暇はない! 一度でも甘えを見せれば、軍は即座に崩壊するのだ」
「ですが……」
「“だが”はない。お前がもう一度失敗したら、それは、軍人としての終わりだ。任務を遂行できぬ者に未来はない」
その言葉は雷の如く重く、レオノーラの心に叩き込まれた。
ウォルトは立ち上がり、冷ややかな声で締めくくった。
「参謀本部の内部監査をすぐに始める。腐敗を見つけ次第、容赦なく断つ。それがお前の務めだと心得よ」
無慈悲な軍上層部の命令のように響くその言葉に、レオノーラは静かに頷いた。
「承知しました、将軍」
「報告は以上か?」
レオノーラは言葉を失い、ただ黙って頷いた。
「よい。では去れ」
将軍の冷たい背中を見つめ、レオノーラは覚悟を新たにして部屋を後にした。
廊下でディランが声をかける。
「将軍は決して情を持たぬ。ただ、軍のために厳しいだけだ」
「分かっている。だからこそ、私はこの期待を裏切れない」
彼女の瞳は鋭く光り、その背中に、凛とした覚悟が宿っていた。
中は軍報が並ぶ質実な空間。将官の肖像や勲章は飾られておらず、机の上には書類だけが積み上がっていた。
ウォルト・イーグレット将軍――
無精髭をそり落としたその顔には、常に厳格さが刻まれている。
軍神と呼ばれる娘を持ちながら、私情の一切を交えない冷徹な父でもあった。
「……帰還報告か」
「はい。ザルド砦にて、武装勢力の制圧を完了しました。しかし――」
レオノーラが差し出した資料に、ウォルトの視線が鋭く落ちた。
「これは……第四軍備工廠の印」
「しかし、記録にはない兵装ばかりです。明らかに不正な流通があります。そして……この男、見覚えがあるはずです」
彼女が一枚のスケッチを示す。砦で目撃された男の特徴を描き起こしたものだった。
「……宰相府の技術管理局にいたな。たしか三年前、突然姿を消したと聞いた」
「おそらく、軍備工廠と宰相府の一部がつながっている可能性があります」
報告を聞く間中、ウォルトの顔から表情は読めなかった。だが、最後の一言を聞いた瞬間、机に置いていたペンがぎしりと音を立てた。
「ーーで、再び、奴を逃がしたのだな」
ウォルト将軍の眼光がレオノーラを射抜く。
レオノーラは俯き、声を押し殺す。
「爆薬を使った撤退策で…包囲網が崩されました」
将軍の唇がわずかに歪む。怒りというより、冷徹な失望が滲む。
「その『言葉』がお前のすべてだ。戦場で負けた者に価値はない。軍神と呼ばれる者が、失敗を重ねてどうするのだ・・・甘さが軍の致命傷になることを、分かっているのか」
ウォルトの声が一層低く、重く響く。
「お前の剣は何のために振るわれているのだ。敵を仕留めるためではないのか。いや、仕留め損ねた言い訳を並べるためか?」
ウォルトの冷たい言葉は、鉄の鞭のように彼女の心を叩く。
ディラン中将が間に入り、声を抑えようとしたが、ウォルトは一瞥で制した。
「黙れ。これは少将との話だ」
レオノーラは拳を握りしめ、震える声で言い返す。
「私は戦いに真摯です。だが、この敵は王都の内側に繋がりがあり、単なる敵兵ではありません。彼らを見誤れば、我ら全軍に災いが及びます」
ウォルトは苛立ちを抑えきれず、机を叩いた。
「お前は甘い! 軍神の名を騙るなら、情けは禁物だ。情報を得るなど悠長なことをしている暇はない! 一度でも甘えを見せれば、軍は即座に崩壊するのだ」
「ですが……」
「“だが”はない。お前がもう一度失敗したら、それは、軍人としての終わりだ。任務を遂行できぬ者に未来はない」
その言葉は雷の如く重く、レオノーラの心に叩き込まれた。
ウォルトは立ち上がり、冷ややかな声で締めくくった。
「参謀本部の内部監査をすぐに始める。腐敗を見つけ次第、容赦なく断つ。それがお前の務めだと心得よ」
無慈悲な軍上層部の命令のように響くその言葉に、レオノーラは静かに頷いた。
「承知しました、将軍」
「報告は以上か?」
レオノーラは言葉を失い、ただ黙って頷いた。
「よい。では去れ」
将軍の冷たい背中を見つめ、レオノーラは覚悟を新たにして部屋を後にした。
廊下でディランが声をかける。
「将軍は決して情を持たぬ。ただ、軍のために厳しいだけだ」
「分かっている。だからこそ、私はこの期待を裏切れない」
彼女の瞳は鋭く光り、その背中に、凛とした覚悟が宿っていた。
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