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静かな陽の光が、王都の上空をゆっくりと流れていたが、参謀本部の一室には、穏やかな空気とは程遠い緊張が漂っている。
「……やはり、繋がっていたか」
低く唸るように、ディラン中将が呟いた。
机上には、ザルド砦から押収された物資の記録と、宰相府内の補給路調査の報告書が広げられている。
「宰相府が管轄する技術管理局、その補給部門に不審な取引履歴が複数見つかりました」
淡々と報告するのは、副官のダリオだった。
その報告を聞きながら、レオノーラの表情は冷静そのものだったが、内心では怒りに近いものが燃えていた。
書類には、王都南部の軍備工廠とザルド周辺で見つかった装備品の製造番号が一致しているという報告。
つまり、正規のルートを経ず、工廠から軍装が流出していたということ。
しかも──その流れが、王国中枢の一部と結びついている可能性がある。
「内部犯行、ということだな・・・」
レオノーラが低く呟く。
「ああ。だが、個人レベルでは済まない。ここまでの規模と精度、組織ぐるみでなければ到底不可能だ」
ディランは地図を指差した。
「この輸送経路……通常の補給路とは異なる動きがある。宰相府管轄の監査部門が通していない経路だ。『特例運搬』として記録が改竄されている」
レオノーラは思い出していた。
あの戦場、砦で見かけた技術者風の男──
「ディラン中将。あの男……やはり、宰相府の関係者で間違いない」
「顔を確認したのか?」
「ああ。記録に残る出入り履歴と一致した。技術管理局の元主任技師、現在は“失踪”扱いとされているが、調査記録によれば『正式な転任申請が存在しない』。裏で姿を消していた可能性が高い」
ディランが小さく息を吐く。
「つまり、“誰か”がそいつを利用し、王国の軍備を横流しさせていた」
その“誰か”が、いまだ名前を明かさない黒幕だ。
「殿下にお伝えするべきでしょうか?」
副官ダリオの問いに、ディランはわずかに躊躇した。
「まだ早い。確証が足りない。だが──調査を続ける価値はある。宰相府の上層部に近づけば、必ず何か掴めるはずだ」
そのとき、部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。新たな報告書が届きました」
文官が差し出した封筒を開けると、そこにはさらに不穏な情報が記されていた。
「グランゼルとの外交連絡が一部遮断されています」
レオノーラが顔を上げる。
「……遮断?」
「はい。外務省が把握している公的文書が、グランゼル側の実態と食い違っています。誰かが『改竄された外交記録』を王家に通している可能性があります」
ディランが顔をしかめた。
「それも宰相府の経路か……?」
「おそらく」
レオノーラは静かに拳を握った。
「やはり、“内”にいるのですね。王国を、内側から揺るがす者が──」
「そして、外の不穏も同時に進行している。グランゼルとの関係悪化が、何者かの手によって加速されている可能性がある」
「王都で不穏な気配が広がっている、という報告も受けています。高官の動きが妙に重く、軍内にも妙な噂が……」
ふと、レオノーラが視線を鋭くした。
「アレクシス殿下に、いずれお伝えしなくてはなりません」
「今はまだ、情報を絞り込もう。……中途半端な警告では、殿下を不必要に危険にさらす。俺たちの任務は、“証拠”を握ることだ」
部屋の中、重たい沈黙が落ちる。
それでも、ふたりは立ち止まらない。
やがて、レオノーラが静かに立ち上がった。
「……参謀本部記録庫の閲覧申請を。次は、補給部門の内部処理記録を調べます」
「俺は技術管理局の名簿を洗い直す。『失踪者』の名前を、もう一度すべて精査しよう」
ディランが言葉を添える。
「……今のうちに、手を打たねばならない。いずれ、この国は大きく揺れる」
レオノーラは頷いた。
「それでも、守るべきものがある限り、私たちは歩を止めません」
その眼差しに、迷いはなかった。
「……やはり、繋がっていたか」
低く唸るように、ディラン中将が呟いた。
机上には、ザルド砦から押収された物資の記録と、宰相府内の補給路調査の報告書が広げられている。
「宰相府が管轄する技術管理局、その補給部門に不審な取引履歴が複数見つかりました」
淡々と報告するのは、副官のダリオだった。
その報告を聞きながら、レオノーラの表情は冷静そのものだったが、内心では怒りに近いものが燃えていた。
書類には、王都南部の軍備工廠とザルド周辺で見つかった装備品の製造番号が一致しているという報告。
つまり、正規のルートを経ず、工廠から軍装が流出していたということ。
しかも──その流れが、王国中枢の一部と結びついている可能性がある。
「内部犯行、ということだな・・・」
レオノーラが低く呟く。
「ああ。だが、個人レベルでは済まない。ここまでの規模と精度、組織ぐるみでなければ到底不可能だ」
ディランは地図を指差した。
「この輸送経路……通常の補給路とは異なる動きがある。宰相府管轄の監査部門が通していない経路だ。『特例運搬』として記録が改竄されている」
レオノーラは思い出していた。
あの戦場、砦で見かけた技術者風の男──
「ディラン中将。あの男……やはり、宰相府の関係者で間違いない」
「顔を確認したのか?」
「ああ。記録に残る出入り履歴と一致した。技術管理局の元主任技師、現在は“失踪”扱いとされているが、調査記録によれば『正式な転任申請が存在しない』。裏で姿を消していた可能性が高い」
ディランが小さく息を吐く。
「つまり、“誰か”がそいつを利用し、王国の軍備を横流しさせていた」
その“誰か”が、いまだ名前を明かさない黒幕だ。
「殿下にお伝えするべきでしょうか?」
副官ダリオの問いに、ディランはわずかに躊躇した。
「まだ早い。確証が足りない。だが──調査を続ける価値はある。宰相府の上層部に近づけば、必ず何か掴めるはずだ」
そのとき、部屋の扉がノックされた。
「失礼いたします。新たな報告書が届きました」
文官が差し出した封筒を開けると、そこにはさらに不穏な情報が記されていた。
「グランゼルとの外交連絡が一部遮断されています」
レオノーラが顔を上げる。
「……遮断?」
「はい。外務省が把握している公的文書が、グランゼル側の実態と食い違っています。誰かが『改竄された外交記録』を王家に通している可能性があります」
ディランが顔をしかめた。
「それも宰相府の経路か……?」
「おそらく」
レオノーラは静かに拳を握った。
「やはり、“内”にいるのですね。王国を、内側から揺るがす者が──」
「そして、外の不穏も同時に進行している。グランゼルとの関係悪化が、何者かの手によって加速されている可能性がある」
「王都で不穏な気配が広がっている、という報告も受けています。高官の動きが妙に重く、軍内にも妙な噂が……」
ふと、レオノーラが視線を鋭くした。
「アレクシス殿下に、いずれお伝えしなくてはなりません」
「今はまだ、情報を絞り込もう。……中途半端な警告では、殿下を不必要に危険にさらす。俺たちの任務は、“証拠”を握ることだ」
部屋の中、重たい沈黙が落ちる。
それでも、ふたりは立ち止まらない。
やがて、レオノーラが静かに立ち上がった。
「……参謀本部記録庫の閲覧申請を。次は、補給部門の内部処理記録を調べます」
「俺は技術管理局の名簿を洗い直す。『失踪者』の名前を、もう一度すべて精査しよう」
ディランが言葉を添える。
「……今のうちに、手を打たねばならない。いずれ、この国は大きく揺れる」
レオノーラは頷いた。
「それでも、守るべきものがある限り、私たちは歩を止めません」
その眼差しに、迷いはなかった。
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