砕けた光の向こうに

とっくり

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 王都に日が昇った。だが、その光はどこか濁って見えた。風に煽られて翻る王城の旗は、確かに空を裂いていたが、アレクシスの胸のうちには、何も晴れないままだった。

 机上には、諜報部から上がってきた報告書が散らばっている。だが、どれだけ目を通しても、マティアスの足跡は曖昧な影のようにしか現れない。

 目を閉じ、アレクシスは深く息を吐いた。

 パルマに来てからのマティアスの一挙手一投足、思い返せば、不可解な点はいくつもあった。
 だが、それらはすべて「忠実な従者」という仮面のもとに隠され、疑念を挟む余地を奪っていたのだ。

 ――そして、今。

 マティアスはグランゼルへ戻った。クーデターの炎を見越していたかのように。彼が戻る場所はただ一つ、混乱の中で最も深く、暗い場所。

 「アレクシス殿下」

 扉をノックし、ダリオが静かに入ってきた。

「先ほど、北方の諜報拠点より報告がありました。旧宰相派とつながりを持っていた領地――その一つで不審な動きが確認されています。物資の急な移動、使いの往来。マティアスと通じていた可能性があります」

 アレクシスは立ち上がった。

「位置は?」

「グランゼル南東部。王都シュタインベルクから見て第三防衛線の背後、かつ、宰相派が早期に掌握したとされる一帯です」

 アレクシスは黙って地図に目を落とした。地図上には、既に敵味方の境界線が曖昧になりつつある赤線が引かれている。

「……そこに、マティアスが姿を見せるとすれば?」

「おそらく、王党派の掃討戦が本格化する直前。混乱の隙間を狙って“次の段階”に動く可能性があるかと」

「レオノーラに伝えよう。前線の動きを見ながら、そこへの接触も視野に入れるよう」

「はい。ただ……」

 ダリオは声を潜めた。

「殿下。もしもマティアスが、ただの策士ではなく、自ら剣を取る覚悟で動いているのなら……」

「……ならば、なおさら止めねばならない」

 アレクシスは言った。静かに、しかし確かな意志を持って。

「彼を止められるのは、もう我々しかいない。グランゼルが、リュシアが、彼を“正義”と思い込んでいたなら――その誤りを、証明する必要がある」

 その言葉に、ダリオはわずかに目を伏せた。

「……殿下。リュシア殿下のことですが、今朝方、宮殿からの報告で“体調不良により、侍女以外の面会を断っている”とのことです。前夜、レオノーラ殿が出立されたのを見送った後、明らかに情緒が不安定だったとの声もありました」

 アレクシスはわずかに目を伏せた。

(リュシア……)

 彼女が、政略結婚の名のもとに異国に来て、誰よりも祖国の平和を願っていたことを、アレクシスは知っている。信じていた従者が裏切り、姉が消息不明となった今、彼女の心がいかほどの痛みを抱えているか、想像するのも苦しかった。

(だが――)

 今、慰めの言葉など、なんの力にもならない。必要なのは行動だ。これ以上、無辜の者が運命に踏みにじられる前に。

「彼女への監視と護衛は継続を。だが、必要以上に重くならぬように」

「了解しました」

 ダリオが一礼し、退出する。

 アレクシスは再び地図へ目を落とした。

 祖国を守るために。
 戦火を広げないために。
 そして――この胸の奥で、ずっと何かを抱えたままの、あの少女を守るために。

(動かねばならない)

 静かに拳を握った。

 窓の外、王都の空は雲に覆われていた。
 だが、その雲の向こうで、太陽はまだ、消えてはいない。
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