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「いま柿垣インター出たところやから、あと30分くらいで着くと思う」
実家に近づくにつれて、継人の口調は地元の言葉に変わっていた。帰省してきたのを実感する瞬間だ。
〈気いつけてな。帰ってくるの明日や言うもんで、何も用意してへんけど〉
「ええわ。帰ったらすぐまた出かけるから」
〈そんな、ずっと運転しとって疲れたやろ。ちょっと休んでいきや〉
「わかった」
それだけ言って通話を切ると、継人はスマホを助手席に置いて、ハンドルを握り直した。
盆暮れにしか帰らないのに、母にはいつもぶっきらぼうな物言いになってしまう。いつもの悪い癖だ。1人暮らしには大きすぎる家を小さな身体で守っている姿に想いを馳せることはあっても、実際に言葉を交わすと思春期の子供となんら変わりないのだから。
ぜんぜん進歩がないな・・・継人はひとりごちた。
直井町に入ると、玄関口にある大手繊維工場の一部が分譲地に変わっているのを見て驚いた。さらに進むと、小学校の社会見学で行ったことがある鉄工所がホームセンターに変わっていた。時代の流れとはいえ、遠い記憶が消されていくのは寂しい気がする。
実家に着くと、脇にある片流れ式のカーポートに車を止めた。家はコンクリート造の2階建てで、5LDKある。直井駅前の開発による立ち退きで代替地と新築資金を得て、栗村家が手に入れた念願のマイホームだ。
「どこよりも頑丈な家だ」と自慢する生前の親父を「3匹の子豚じゃあるまいし」と揶揄したことを思い出す。
というのも、家を新築した頃はすでに大学で一人暮らしを始めたばかりで、実家は単に帰省先の寝床に過ぎなかったのだ。なんの思い入れも無い家を「おまえの家だ」と言われてもピンとこないのは当たり前だと思っていた。
しかし、親父はいつか息子が此処に戻ってくる事を信じていたのだろう。そして、たぶん死の床につく最期の瞬間に、残された妻と孫を抱いた息子夫婦がこの家で一緒に暮らす姿を脳裏に描いていたのかもしれない。
「おかえり。あれっ?芙美さんは?」
自動車のエンジンの音で到着が判ったのか、母が玄関から出てきた。
「向こうのお母さんの具合が悪いらしいんや」
「そりゃあ大変やね。あんたは向こうにおらんでええんか?」
心配しているというより、少し皮肉っぽい物言いに聞こえる。わたしが具合悪かったら、おまえは飛んで来れるのか?
「まあ、よく入退院を繰り返してるから心配ないかもしれんけど、念のためってことらしいわ」
「まあ、ええわ。はよ入りや」
継人はため息をついた。これから何回、ウソをつくことになるのだろうか。
宿泊用の荷物と、野沢菜漬けの入ったクーラーボックスを居間に運び込み、仏壇で手を合わせた。母とお茶を飲みながら、お互いの近況報告をぎこちなく済ませると、「夕方までには帰る」とだけ言って、そそくさと家を出た。
もっとゆっくり寛ぐべきだったのかもしれないが、姉の家族が来ると身動きが取りづらくなる。そのために1日早く来たのだ。
お袋、許してくれ・・・継人はそう心の中で呟くと、本来の目的に戻るべくスマホを取り出した。
2度目のコールで、芳田国秋は出た。
〈おう、着いたか〉
「オレのほうの用事はとりあえず片付いたが、そっちはどうだ?」
〈息子のサッカーの試合がもう1ゲームある〉
「それは悪かった」確かに、それらしい背景音が聞こえてくる。「じゃあ、またかけ直す」
〈おい、待てって〉芳田は笑った。
〈試合なんかしょっちゅうだし、急に修理依頼が飛び込んで居なくなるのもしょっちゅうだ。で、今どこにいる?〉
「芳田商店のまえ」
〈それは却下だな。駅前のショッピングセンターの駐車場でどうだ。おまえさんの昔の家があったところ〉
「わかった。すぐ行く」
逆方向だが、大した距離ではなかった。小さいころ時間をかけて歩いた街並みも、自動車ではあっという間だ。
継人はSUVを駐車場の口元に停めて車外に出ると、大きく深呼吸をした。ここに立つと、構造物の痕跡が無くてもベンチマークの上にいるような気持ちになる。新しい家では湧き上がってこなかった感覚だ。
「悪いな、待ったか?」走ってきたせいで、芳田の呼吸は荒かった。
ポロシャツにハーフパンツ、足にはサンダルという休日のオヤジのような出で立ちだが、それ以外はタイムスリップしたかと思うくらい15年前の面影を残している。
「オレも今着いたところだ。それにしてもおまえ、2児の父親にしちゃ、ぜんぜん変わりないな」
「ありがとう。でもオレが2人生んだわけじゃない」芳田は笑いながら継人の表情を覗いた。「おまえさんもあんまり変わりがないが、シャバにしこたま揉まれたって顔だな。オレを呼んだのも、何か訳ありなんだろ?」
「まあ、そんなとこかな。ただ話したかったのは15年前のことなんだ」
「面白そうだな。まあいい。あの飛行機が乗っかってる喫茶店に行こう」芳田はそう言って助手席に滑り込むと、継人はあえて道を聞くこともなくハンドルを向けた。
隣町との境にある『岩戸』という喫茶店は、2人が生まれる10年以上も前から営業している。メニューは至って普通だが、なにより建物の手前5メートル上に設置された本物のセスナ機が目を引く。この町の人間で知らないものはいない。主要国道の入り口と小さな町を結ぶシンボルのような存在だ。
「ちょっと気になったんだが」継人はアイスカプチーノをストローでかき回しながら言った。「今朝の電話からオレたちずっと標準語で喋ってるよな?」
「おまえさんに合わせてるだけだ。商売だってそうだろ。でなきゃ方言のオンパレードだ。どっちがいい?」
「標準語」
「よし、じゃあ聞かせてもらおうか」芳田は期待感たっぷりに身を乗り出した。
継人は一瞬気後れしそうになったが、なんとか言葉を搾り出した。
「オレと一緒のクラスだった高原夏美を覚えてるか?」
「ああ」予想もしなかった切りだしだったのか、芳田は背中をドスンとソファーに預けた。「あの頃は他のクラスの連中も、みんな彼女に夢中だったからな」
「いまは、どうしてる?」
「1度結婚したって話は聞いたことがある。相手は地元の、ナントカっていう繊維工場の御曹司だ」
「1度ってことは?」
「離婚したらしい。理由までは分からん」
「そうか・・・」継人はテーブルに目を落とした。
「彼女がどうかしたのか?」芳田はソファーに凭れたまま腕を組んだ。
「これを見てくれ」継人はレザーポーチから高原夏美の手紙を出すと、テーブルに広げるまえに、芳田に向き直った。「断っとくが、オレはこの手紙の主が今どうしているのかが知りたいだけだ。いまさら何かをしようっていうんじゃない」
「わかった」芳田はそう言うと、僅か10行足らずの文章を何度も読み返した。首を振り、アイスコーヒーをストローで吸い上げながら、やがてゆっくりと手紙をテーブルに置いた。「もしこいつを15年前に見せられてたら発狂しただろうな」
「オレだってそうさ。ところがこの手紙を読んだのは今朝のことなんだ。アパートの引越しで荷物を整理してるときに偶然見つけた」
「そりゃ、惜しいことしたな。もっと早く見つけてたら、おまえさんと彼女の運命も変わっていたかもしれん」
「オレも始めはそう思った」継人は再度手紙を広げた。「でも、結果は同じだったと思う。もう1度読んでみてくれ」
「この中に答えがあるのか?」芳田は透かしが浮き上がるのを確認するかのように、紙の角度を変えながら読んだ。
〝 栗村くんへ
卒業までもう半年もないね。
いまは受験勉強で大変だから、落ち着いてまた絵を描き始めたときに読んでくれたらいいな。
でも、案外ずっと気が付かずにそのままだったりして。
美大は受験しないって本当?
みんな離ればなれになっちゃうなんて淋しいね。
わたしもどこか遠くに行きたいけど、行けない事情もあるし…。
栗村くんは付き合っている女の子いないみたいだけど、好きな子はいるの?
わたしは栗村くんが好き。
この先どんなに時間が流れても、きっと変わらないと思う。
2002年10月18日
高原夏美〟
「何か感じないか?」
「何度読んでもムカつく」
「そうじゃなくて」継人は苦笑した。「この手紙は油絵の具の箱の中に入ってたんだ。ってことは、オレがもう1度絵を描き始めない限り気持ちは伝わらない。つまり、彼女はそれでもいいと思ってたってことだ」
「なるほど」
「それと、もう1つ。“どこか遠くに行きたいけど、行けない事情”とは何かってこと。これは聞いたことないかもしれんが、たしか彼女は3人姉妹の末っ子だった筈なんだ。末っ子っていうのは、普通なら1番自由の利くポジショだろ?」
「たしかに謎だな。でも、それを知ってどうする?」
「さっきも言った通り、高原夏美と会って、失われた時間を取り戻したいと思っているわけじゃない。オレには妻もいるし、裏切るつもりもない。むしろ2度とこの町に足を向ける気にもならないくらいに、徹底的に打ちのめされたいんだ」
「よく分からんな」芳田は首をかしげた。
「確かに分かりづらいかもしれんが」そう言うと、継人はストローでゴボゴボと音を立てて一気に飲み干した。「たとえばだ。オレはときどき自分の居場所が分からなくなることがあるんだが、そういうことって無いか?」
「あるわけ無いだろ。オレは生まれてこのかた、この町以外に住んだこともないし、大学だって4年間ずっと電車で通ってたくらいなんだから」
「1度も外に出ようと思ったことないのか?」
「オレはこの町が好きだ。それに小さい頃から親父の背中を見てきてるから、こうやって飯を食ってるのもすごく当たり前のことだと思ってる」
「羨ましいな」
「皮肉言うなよ」
芳田がグラスを指で弾くと、継人は前のめりになった。
「皮肉なんかじゃない。オレはこの町に自分の居場所を見つけられずに外に出た人間だ。ところがどうだ。せっかく東京で職にありついたのに、よりにもよって此処と幾らも変わらない田舎町に赴任させられて、もう10年になる」
「長野はいいところじゃないか」
「しょせん会社の都合で充てがわれた環境だ。自分で選んだわけじゃない」
「はぁん、そういうことか。つまり、この町でキツい目に会って、今住んでいる場所のほうがマシだと思いたいわけだ」芳田は真剣な目つきになった。「そんなことのために故郷に帰って来たとは、ここに住んでいる者に対する侮辱としか思えん」
「悪かった」継人はテーブルに両手をついた。「図星だが、怒らせるつもりはなかったんだ」
芳田はストローを回して、氷をカラカラと鳴らした。「でも、面白いな」
「えっ?」継人は目を丸くした。
「協力するよ」芳田はイタズラっぽく笑った。「高原夏美の消息の件もそうだが、おまえさんに故郷をこき下ろされたまま出ていかれるのもなんだか癪に障るからな」
実家に近づくにつれて、継人の口調は地元の言葉に変わっていた。帰省してきたのを実感する瞬間だ。
〈気いつけてな。帰ってくるの明日や言うもんで、何も用意してへんけど〉
「ええわ。帰ったらすぐまた出かけるから」
〈そんな、ずっと運転しとって疲れたやろ。ちょっと休んでいきや〉
「わかった」
それだけ言って通話を切ると、継人はスマホを助手席に置いて、ハンドルを握り直した。
盆暮れにしか帰らないのに、母にはいつもぶっきらぼうな物言いになってしまう。いつもの悪い癖だ。1人暮らしには大きすぎる家を小さな身体で守っている姿に想いを馳せることはあっても、実際に言葉を交わすと思春期の子供となんら変わりないのだから。
ぜんぜん進歩がないな・・・継人はひとりごちた。
直井町に入ると、玄関口にある大手繊維工場の一部が分譲地に変わっているのを見て驚いた。さらに進むと、小学校の社会見学で行ったことがある鉄工所がホームセンターに変わっていた。時代の流れとはいえ、遠い記憶が消されていくのは寂しい気がする。
実家に着くと、脇にある片流れ式のカーポートに車を止めた。家はコンクリート造の2階建てで、5LDKある。直井駅前の開発による立ち退きで代替地と新築資金を得て、栗村家が手に入れた念願のマイホームだ。
「どこよりも頑丈な家だ」と自慢する生前の親父を「3匹の子豚じゃあるまいし」と揶揄したことを思い出す。
というのも、家を新築した頃はすでに大学で一人暮らしを始めたばかりで、実家は単に帰省先の寝床に過ぎなかったのだ。なんの思い入れも無い家を「おまえの家だ」と言われてもピンとこないのは当たり前だと思っていた。
しかし、親父はいつか息子が此処に戻ってくる事を信じていたのだろう。そして、たぶん死の床につく最期の瞬間に、残された妻と孫を抱いた息子夫婦がこの家で一緒に暮らす姿を脳裏に描いていたのかもしれない。
「おかえり。あれっ?芙美さんは?」
自動車のエンジンの音で到着が判ったのか、母が玄関から出てきた。
「向こうのお母さんの具合が悪いらしいんや」
「そりゃあ大変やね。あんたは向こうにおらんでええんか?」
心配しているというより、少し皮肉っぽい物言いに聞こえる。わたしが具合悪かったら、おまえは飛んで来れるのか?
「まあ、よく入退院を繰り返してるから心配ないかもしれんけど、念のためってことらしいわ」
「まあ、ええわ。はよ入りや」
継人はため息をついた。これから何回、ウソをつくことになるのだろうか。
宿泊用の荷物と、野沢菜漬けの入ったクーラーボックスを居間に運び込み、仏壇で手を合わせた。母とお茶を飲みながら、お互いの近況報告をぎこちなく済ませると、「夕方までには帰る」とだけ言って、そそくさと家を出た。
もっとゆっくり寛ぐべきだったのかもしれないが、姉の家族が来ると身動きが取りづらくなる。そのために1日早く来たのだ。
お袋、許してくれ・・・継人はそう心の中で呟くと、本来の目的に戻るべくスマホを取り出した。
2度目のコールで、芳田国秋は出た。
〈おう、着いたか〉
「オレのほうの用事はとりあえず片付いたが、そっちはどうだ?」
〈息子のサッカーの試合がもう1ゲームある〉
「それは悪かった」確かに、それらしい背景音が聞こえてくる。「じゃあ、またかけ直す」
〈おい、待てって〉芳田は笑った。
〈試合なんかしょっちゅうだし、急に修理依頼が飛び込んで居なくなるのもしょっちゅうだ。で、今どこにいる?〉
「芳田商店のまえ」
〈それは却下だな。駅前のショッピングセンターの駐車場でどうだ。おまえさんの昔の家があったところ〉
「わかった。すぐ行く」
逆方向だが、大した距離ではなかった。小さいころ時間をかけて歩いた街並みも、自動車ではあっという間だ。
継人はSUVを駐車場の口元に停めて車外に出ると、大きく深呼吸をした。ここに立つと、構造物の痕跡が無くてもベンチマークの上にいるような気持ちになる。新しい家では湧き上がってこなかった感覚だ。
「悪いな、待ったか?」走ってきたせいで、芳田の呼吸は荒かった。
ポロシャツにハーフパンツ、足にはサンダルという休日のオヤジのような出で立ちだが、それ以外はタイムスリップしたかと思うくらい15年前の面影を残している。
「オレも今着いたところだ。それにしてもおまえ、2児の父親にしちゃ、ぜんぜん変わりないな」
「ありがとう。でもオレが2人生んだわけじゃない」芳田は笑いながら継人の表情を覗いた。「おまえさんもあんまり変わりがないが、シャバにしこたま揉まれたって顔だな。オレを呼んだのも、何か訳ありなんだろ?」
「まあ、そんなとこかな。ただ話したかったのは15年前のことなんだ」
「面白そうだな。まあいい。あの飛行機が乗っかってる喫茶店に行こう」芳田はそう言って助手席に滑り込むと、継人はあえて道を聞くこともなくハンドルを向けた。
隣町との境にある『岩戸』という喫茶店は、2人が生まれる10年以上も前から営業している。メニューは至って普通だが、なにより建物の手前5メートル上に設置された本物のセスナ機が目を引く。この町の人間で知らないものはいない。主要国道の入り口と小さな町を結ぶシンボルのような存在だ。
「ちょっと気になったんだが」継人はアイスカプチーノをストローでかき回しながら言った。「今朝の電話からオレたちずっと標準語で喋ってるよな?」
「おまえさんに合わせてるだけだ。商売だってそうだろ。でなきゃ方言のオンパレードだ。どっちがいい?」
「標準語」
「よし、じゃあ聞かせてもらおうか」芳田は期待感たっぷりに身を乗り出した。
継人は一瞬気後れしそうになったが、なんとか言葉を搾り出した。
「オレと一緒のクラスだった高原夏美を覚えてるか?」
「ああ」予想もしなかった切りだしだったのか、芳田は背中をドスンとソファーに預けた。「あの頃は他のクラスの連中も、みんな彼女に夢中だったからな」
「いまは、どうしてる?」
「1度結婚したって話は聞いたことがある。相手は地元の、ナントカっていう繊維工場の御曹司だ」
「1度ってことは?」
「離婚したらしい。理由までは分からん」
「そうか・・・」継人はテーブルに目を落とした。
「彼女がどうかしたのか?」芳田はソファーに凭れたまま腕を組んだ。
「これを見てくれ」継人はレザーポーチから高原夏美の手紙を出すと、テーブルに広げるまえに、芳田に向き直った。「断っとくが、オレはこの手紙の主が今どうしているのかが知りたいだけだ。いまさら何かをしようっていうんじゃない」
「わかった」芳田はそう言うと、僅か10行足らずの文章を何度も読み返した。首を振り、アイスコーヒーをストローで吸い上げながら、やがてゆっくりと手紙をテーブルに置いた。「もしこいつを15年前に見せられてたら発狂しただろうな」
「オレだってそうさ。ところがこの手紙を読んだのは今朝のことなんだ。アパートの引越しで荷物を整理してるときに偶然見つけた」
「そりゃ、惜しいことしたな。もっと早く見つけてたら、おまえさんと彼女の運命も変わっていたかもしれん」
「オレも始めはそう思った」継人は再度手紙を広げた。「でも、結果は同じだったと思う。もう1度読んでみてくれ」
「この中に答えがあるのか?」芳田は透かしが浮き上がるのを確認するかのように、紙の角度を変えながら読んだ。
〝 栗村くんへ
卒業までもう半年もないね。
いまは受験勉強で大変だから、落ち着いてまた絵を描き始めたときに読んでくれたらいいな。
でも、案外ずっと気が付かずにそのままだったりして。
美大は受験しないって本当?
みんな離ればなれになっちゃうなんて淋しいね。
わたしもどこか遠くに行きたいけど、行けない事情もあるし…。
栗村くんは付き合っている女の子いないみたいだけど、好きな子はいるの?
わたしは栗村くんが好き。
この先どんなに時間が流れても、きっと変わらないと思う。
2002年10月18日
高原夏美〟
「何か感じないか?」
「何度読んでもムカつく」
「そうじゃなくて」継人は苦笑した。「この手紙は油絵の具の箱の中に入ってたんだ。ってことは、オレがもう1度絵を描き始めない限り気持ちは伝わらない。つまり、彼女はそれでもいいと思ってたってことだ」
「なるほど」
「それと、もう1つ。“どこか遠くに行きたいけど、行けない事情”とは何かってこと。これは聞いたことないかもしれんが、たしか彼女は3人姉妹の末っ子だった筈なんだ。末っ子っていうのは、普通なら1番自由の利くポジショだろ?」
「たしかに謎だな。でも、それを知ってどうする?」
「さっきも言った通り、高原夏美と会って、失われた時間を取り戻したいと思っているわけじゃない。オレには妻もいるし、裏切るつもりもない。むしろ2度とこの町に足を向ける気にもならないくらいに、徹底的に打ちのめされたいんだ」
「よく分からんな」芳田は首をかしげた。
「確かに分かりづらいかもしれんが」そう言うと、継人はストローでゴボゴボと音を立てて一気に飲み干した。「たとえばだ。オレはときどき自分の居場所が分からなくなることがあるんだが、そういうことって無いか?」
「あるわけ無いだろ。オレは生まれてこのかた、この町以外に住んだこともないし、大学だって4年間ずっと電車で通ってたくらいなんだから」
「1度も外に出ようと思ったことないのか?」
「オレはこの町が好きだ。それに小さい頃から親父の背中を見てきてるから、こうやって飯を食ってるのもすごく当たり前のことだと思ってる」
「羨ましいな」
「皮肉言うなよ」
芳田がグラスを指で弾くと、継人は前のめりになった。
「皮肉なんかじゃない。オレはこの町に自分の居場所を見つけられずに外に出た人間だ。ところがどうだ。せっかく東京で職にありついたのに、よりにもよって此処と幾らも変わらない田舎町に赴任させられて、もう10年になる」
「長野はいいところじゃないか」
「しょせん会社の都合で充てがわれた環境だ。自分で選んだわけじゃない」
「はぁん、そういうことか。つまり、この町でキツい目に会って、今住んでいる場所のほうがマシだと思いたいわけだ」芳田は真剣な目つきになった。「そんなことのために故郷に帰って来たとは、ここに住んでいる者に対する侮辱としか思えん」
「悪かった」継人はテーブルに両手をついた。「図星だが、怒らせるつもりはなかったんだ」
芳田はストローを回して、氷をカラカラと鳴らした。「でも、面白いな」
「えっ?」継人は目を丸くした。
「協力するよ」芳田はイタズラっぽく笑った。「高原夏美の消息の件もそうだが、おまえさんに故郷をこき下ろされたまま出ていかれるのもなんだか癪に障るからな」
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