しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第32.5話 主のいない二日後

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 ダルバス軍との戦いから二日経ち、私とレスティ、ラスティ、師匠の四人は戦場跡に集まっていた。

 なだらかだった丘は、しなずち様が同化した分の窪地を除き、概ね変わりはなかった。

 あの爆発の威力は殆どが空へと向けられ、残りは全てしなずち様が受け止めた。私達もグランフォート軍も死者は出ず、守り切った主を誇りに思うと共に、守り切れなかった自分達を大きく恥じる。


「ぐすっ…………しなずち……さまぁ…………ぐすっ……」


 めそめそ泣く師匠の背中を、寄り添うラスティが優しく撫でる。

 回収できたしなずち様の欠片は多く、しかし、その全てがただの欠片に過ぎなかった。損傷が激しく、意識を持つに足らない残骸ばかり。最後に残された言葉の通り、もうしなずち様はココにはいない。

 その事実が、師匠だけでなく黒巫女衆、死巫女衆全員の表情に影を落としている。

 ヴァテア殿下に用意頂いた宿で泣き続ける者、仇討ちに出ようとする者、自らの無力に絶望して呆ける者…………その姿は、とてもしなずち様に見せられない程に情けなかった。

 そして、それはレスティとラスティも同様だ。

 悲しみと怒りを面に出さないよう努めているものの、後姿が似ている少年を見ると突然走り出したり、余計に食事を用意してしまったり、夜伽の格好で夜中に歩き回ったりと精神不安定になっている。いっそ泣かせてやれれば良いのだろうが、指揮者としての立場が二人の逃げ場を塞いで押し潰していた。

 思うに、二日は長すぎたのだ。

 逃亡した大司教とダルバス軍の再進攻を危惧したのだろうが、しなずち様の喪失は巫女達の心を大きく傷つけている。戦場に立った所で何の役にも立たず、意味もなく命を散らす危険すらある。

 その事を、ヴァテア殿下はよく理解していた。

 私達に宿と食事を提供し、国内の安定にとご兄弟とアーカンソーを連れて奔走している。

 私だけでもと手伝いを申し出ても、「自分のやるべき事をやってくれ」と言われるだけで、結局何も任せてもらえなかった。こんな事ならもっと序列を上げておくべきだったと今更思い、次の判定会には全力を尽くす事を心に刻む。

 …………さて、帰るか。


「レスティ、浮遊幽霊船を召喚してくれ。北に帰る」

「お前はっ……! 何も思わないのか!? 主を守れず、逆に守られたんだぞ!?」

「確かに不甲斐ない。私達の実力不足だ。こうしていれば、ああしていればといくらでも言える。それで? そんな事を言ったとして、しなずち様を守れたのか?」

「っ……!」

「この苦しみと悲しみを噛みしめておけ。社に帰ったら、これを糧に上を目指さないとならないんだ。しなずち様を――――?」


 唐突に気配が膨らんで、風どころか世界を切るような轟音が地面を穿った。

 誰もいない方向に土礫が弾け、衝撃波と砂埃が刹那に過ぎる。目に入った埃を拭うと、群青髪の軍服青年が大きな窪地の中心で手を振っていた。


「ヴァテア殿下」

「やっ。確か、今日帰るんだよな? 見送りに来たよ」


 飄々とした笑顔と振る舞いで、彼は私達を見回した。

 目の下の隈が大きく、目尻から真横に涙の跡が見える。

 戦後処理の多忙の中、仮眠を取れても悪夢ですぐ起きてしまうとラフィエナ殿が言っていた。かなり無理をしているから、隙があれば休むように言ってくれと頼まれてもいる。

 しかし、目の前で親友が身代わりになった精神的衝撃は絶大だ。

 罪悪感が心を締め、しばらくの間は夢に見る。押し潰されるかどうかは、自身の精神力と周囲の支え次第。ロザリアに傷を利用して依存させろと言っておいたから、多少病みはしても立ち直ってくれる筈だ。

 私から言わなくても、大丈夫と思う。


「滞在の援助を頂き、感謝致します」

「良いって。今回の件は俺にも責任がある。皆を鍛えようと色々手を回して、自分でちゃんと動かなかったんだから」


 自虐的な評価と共に、殿下は苦笑を浮かべた。

 間違ってはいないが、合ってもいない。

 戦場の想定外は常なる事。事前に全てを整え、決まりきった順序で戦況を動かせでもしない限り、大小関わらず被害は出る。

 全てを管理しきれるギュンドラ王ですら無理なのだ。

 だからこそ、しなずち様はやれることをやった。誇らしく、誇らしく、誇らしく、誇らしくて雄々しい散り様を選んだのだ。

 …………ちょっと、濡れてきた。


「殿下が気に病むことはありません。しなずち様のご判断に間違いなどありません。少なくとも、私はそれを知っています」

「そっか。しなずちは良い部下を持ったなぁ……羨ましいよ…………」


 群青の瞳が空を見上げ、彼方の余韻に沈黙する。

 あまり待っていられず、私はレスティとラスティに移動用の足を用意するよう再度指示した。師匠にも黒巫女衆と死巫女衆を呼ぶよう伝え、私達を置いて三人はこの場を離れていく。


「戦線を離脱してしまう事をお許しください」

「ああ、気にしなくて良いよ。次は俺が出るから。見せしめに、ダルバスには滅んでもらう。二度と、俺の大事なものに手を出す奴が出ないように」

「っ…………」


 言葉の端々に理性の亀裂を感じ、背筋を冷汗が伝った。

 元勇者の感覚が警鐘を鳴らす。

 レスティと同じように、しなずち様という大事なものを奪われた事で、魔王と化すかもしれない。現状でも勇者を超える実力を持つ殿下が魔王になれば、それだけでこの世界にとっては脅威だ。

 ディプカントには、未だに真の最強と呼べる勇者は存在しない。

 勇者を超える勇者はいないのだ。何とかしなければならず、ただ、自分にはそれはできない。ヴァテア殿下を響かせられる関係性は、私には無いのだから。

 しなずち様の方が、適任だろう。


「助力できず申し訳ございません。一段落したら、私達の国に遊びに来てください。国賓として、滞在中はしなずち様がお相手するようによく言いつけておきます」

「ああ、その時は……お願……い…………?」

「?」


 空を見ていた瞳がこちらを向いた。

 何か腑に落ちないのか、首をかしげて「え? え?」と変な声を上げている。気になる事でも言ったのか、自分の発言を反芻するが、原因がよくわからない。

 しばらくして、か細い声で殿下は問うた。


「しなずち、死んでない……?」

「え?」


 その問いを、私は理解できなかった。

 だから、ごく当たり前のことを口にする。


「しなずち様は死にません」

「え?」

「しなずち様は分離した身体を羽衣として巫女に預け、体内にも染み込ませています。使っていた肉体が滅されても、羽衣に魂を移して再構成出来ますし、眷属となった巫女に自身を産ませる事も出来ます。今頃は、本国にいる姉の元で精神を癒している事でしょう」

「ぇ……あ……ぅ…………」


 殿下の目から涙が溢れた。

 大粒で、勢いよく、頬を伝って胸元に落ちる。溜め込んでいた、といえば良いのだろうか。堰き止められていた川を一気に流した、そんな感じだ。

 袖をハンカチ程度の大きさに分けて渡す。

 殿下が涙を拭き取ろうとすると、ハンカチは捩って逃げた。野郎の涙なんて吸えるかと抵抗し、果ては手から離れて殿下の頭の上に避難していく。


「……なにこれ?」

「普通にハンカチを用意したつもりなのですが……」


 ハンカチが人型を取り、殿下の頭をペシペシ叩く。

 かなり馴れ馴れしく、まさかと思うがしなずち様が乗り移っているのか?


「しなずち様、か?」


 私が問いに、人型はふるふる首を振った。

 身振り手振りで何かを伝えようとしている。動きが激しく、しかし何を訴えているのか全く分からない。わかる事は、必死な姿がひらすらに可愛いという事だけ。

 これ、秘匿して私だけの人形にしても良いんじゃないか?

 この前包まれた時も結局奪ってくれなかったし、成形してやっちゃうのも良いかも。

 そんな事を考えていると、埒が明かなくなったようで、今度は私の頭に跳び移って殿下に向かって同じ事を始めた。

 動きの激しさは一緒だが、頭にかかる力加減と位置の順序が違う。二人は前世でも親友だったというし、より通じやすい表現でもあるのだろう。

 …………なんだろう。胸の中がモヤモヤする。


「あ~……そうか。お前はしなずちの残留思念で本体じゃないのか。―――は? お前それ、他の巫女にはって…………おい、後は頼んだってふざけんなっ!」


 向けられた怒気から逃げるように、人型は私の羽衣に戻っていった。

 戻る途中で頬に口づけをしてくれて、少し濡れていたのがもっと濡れてしまう。

 羽衣の中で対処し、平常を装う。しなずち様になら構わないが、殿下にばれたら痴女と思われかねない。


「しなずち様は何と?」

「…………他の巫女達に、自分は肉体が滅んでも死なない事を教えていなかった。心配かけてごめんと伝えてくれ、だそうだ」

「何だそれ――――あっ!」


 先程までのレスティ達の反応と、巫女達の不甲斐なさを思い返す。

 しなずち様が生きているにしては、全員自虐が過ぎる。まるで、自分のせいでしなずち様が死んだかのような、そんな思い詰め方ばかりだ。

 私は頭を抱え、心奥で毒を吐いた。

 社では巫女となった後、しなずち様の生態と巫女の在り方を学ぶのだが、こちらでは誰にもその教育をやっていなかった。戦争中、戦闘中、作戦中と状況が状況だけに、戻ってからやろうとずっと後回しにしてきた気がする。

 となると、北に帰る前に教えないといけない事が多い。

 巫女衆ごとの役割。序列。ヴィラ様と姉様の嫉妬戦争。アシィナ様の特例。現在進行中の侵食作戦について等々。

 説明は苦手なのに、なんて事を任せるのか。

 でも、やらないときっと後が面倒になる。ならないはずがない。最低でも、朱巫女衆のバカ共は突っかかってくるに違いない。

 そうなったら、姉様からねちねち小言を言われ、白巫女衆に貸しを作る可能性が高い。折角帰っても気が休まらず、しなずち様と月見の晩酌を共にできなくなるかも…………。


「やるしかないのか……」

「まぁ、何だ? 出来る事があれば手伝うぞ?」

「いえ、大丈夫です」


 街の方角から浮遊幽霊船が見え、大きく、大きなため息を吐く。

 主の不始末をどうにかするのも私達の仕事だ。

 しっかりやって、しっかり終わらせて、がっちりたっぷり搾り取る。

 もう良い。初めては襲われて無理矢理モノにされたかったが、このままでは今まで働いた分の対価がうやむやにされかねない。じっくりねっとり、私の身体で溺れさせてやる。


「フフッ……フフフフフフッ…………」


 漏れ出る笑みが清々しい。

 もう我慢するものか。二日でも三日でも、涸れるまで逃がさないから覚悟しろ。

 視覚が届かない遥か北の向こうを見据え、私は憎く愛する主にそう宣言した。
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