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第38話 大地を泳ぐ魚
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「しなずち殿!」
突然の捕食者の出現にリザが叫んだ。
それは魚だった。
体表から水を生み出し、土の中を泳ぐ半透明な大魚。家を丸々一口で呑み込めるほど大きなそいつは、私を餌だとでも思っているらしく、私を食そうと大口を開けて地上に上がってきた。
瞬間、強烈な光と風を全身に感じ、視界が白く染まる。
何度か受けた経験のあるそれに身を委ねると、百メートルは離れた位置に一瞬で移動していた。柔らかな肌と引き締まった肉、強靭な馬体を持つ金髪のツインテールが、私を小脇に抱えて凛とした空気を纏わせる。
「ありがとう、ヒュレイン」
「しなずち様、同化した土は取り込むか、捨てた方がよろしいかと」
「土は捨てよう。茨だけ回収する」
その辺に生やしていた茨を掴み、麺を啜るように一気に吸引する。
展開したと言っても長さ数キロメートルが七十本程度で、ほんの数秒で取りこめた。ついでに、まだ起き上がってこないアシィナを引っ掛けて引き寄せ、ヒュレインの背に跨らせる。
改めて、上がってきた魚を見る。
巨大で、巨大で、巨大で、前世で見たアロワナに良く似ていた。
違いと言えば、全身が魔力の塊で、体表から大量の水を吹き出している点か。木々より高く跳び上がって、地面に落ちると水飛沫が上がり、本体は地面の中に透過して潜ってしまった。
魔力で、水。
頭の中でピースが組み上がり、この樹海の大まかな仕組みが推測できた。
おそらく、樹海の成長を支える水は、あの魚が生み出している。餌は、大方魔脈から供給される魔力だろう。私を捕食しようとしたのは、リザのブーメランを吸収した事によって捕食に足る魔力量になったから。
興味深い。
ただ、考察するにはこの場は良くない。
地中の魔力の流れを見ると、アレはまだ私を狙っている。ヒュレインの脚ならまず捕まらないが、アレが地表付近に居続けると一帯が水没しそうだ。そのくらいの量の水がアレからは出続けている。
どうしたものかと思っていると、逃げていた筈のリザがヒュレインの背に飛び乗った。
「しなずち殿、降魔で妾の魔力に合わせい!」
「何をする気だ?」
「説明は後じゃ! はようっ!」
リザに言われた通り、自分の魔力を変質させてリザの魔力に近付ける。
ブーメランを取り込んだのとは逆をすれば良いだけなので、それほど難しくはない。ただ、それをすると私の魔力をリザは好きなように操れる。こちらとしてはリスクでしかないが、これまで戦った経験と付き合いからこちらに不利な事はしないと信じる事にする。
変質が終わると、私の魔力が渦を巻いてリザの手元に集まっていく。
人間の魔術師で数百人分に相当する量が、ほんの十秒で宝石程度の大きさにまで収束し、固形化した。
それ自体は魔力を感じず、しかし、よく見れば魔力と分かる、高純度の魔力石。相当に納得いく出来だったらしく、リザはうっとりとした表情で味わうように舐め回し始める。
多少なり抗議しようとして、地中の気配が遠ざかっていくのを感じた。
十分な魔力が無いと餌として認識しないのか。それはそれで少し悲しい。
「リザ、説明して」
「あ~……しなずち殿の魔力は甘くてねっとりとろけるの~……」
「アシィナ、リザを捕まえておいて。逃げられると困る」
「もうやったわよ」
アシィナは起き上がると、リザの腰を掴んで持ち上げた。
両足の太腿、すね、足首に計六本の黒色の針が刺さっている。羽衣で作った血の針で、血管や神経に沿う様に血色の筋が蔓延っていた。
言われて気付いたリザは、驚愕しつつも針を抜こうと手を伸ばす。すると、針は体内に完全に引っ込んでしまい、刺青のような蛇の文様が肌に浮かんだ。
こうなってしまうと、両足の神経と筋肉は完全にアシィナの意のままだ。
少し時間をかけて全身に回せば、意識あるままに身体が勝手に動く操り人形と化す。その末に何をどうされるか想像したらしく、青ざめたリザが縋るような目でこちらを見つめる。
私は、やっと手に出来た欲の捌け口に満面の笑みで歓迎を伝えた。
「私の巫女になるか、嫁に来るか、どっちがいい?」
「どっちも嫌じゃ! しなずち殿を婿に取るのじゃ! ヒュレインから聞いたぞえ!? 『巫女も眷属も好きなようにしなずち殿を貪れぬから不満』じゃと! 妾は妾のしたい時にしなずち殿に跨りたいのじゃ!」
「ヒュレイン?」
「…………ピューヒュルピー」
ヒュレインは口笛を吹いて知らんぷりを決め込む。
欲求不満については私の落ち度だからいい。しかし、巫女でありながら敵対している英雄との交流があるのはどうなのだ?
「しなずち様、あんまりヒュレインを怒らないであげて。敵方の懐柔策として、過去の人脈を使って支配域の様々な情報を流してるのよ。しなずち様の加護で豊作続きとか、渇水が解消したとか、病気がかなり減ったとか。リザとヒュレインは元々仲が良かったし、多少であれば社の生活を話す事もあるわよ」
「そうじゃ! カロステン王国最強コンビの絆は何があっても切れんのじゃ!」
「じゃあ、リザは朱巫女衆かな。巫女頭はシムナ―――ソフィアだから、ちゃんという事を聞くように。ヒュレインは間に立って面倒を見てやって」
「わかりました……はぁ…………」
諦めの表情を浮かべ、ヒュレインはがっくりと項垂れる。
そんなになるほど、シムナとリザは仲が悪いのか?
まあ、私も出来る限り仲を取り持つから、どうにもならない事はないだろう。
「じゃあ、まずはリザを巫女にしてからアレの事を説明してもらおう。ヒュレインは私を助けてくれたから、特に直接可愛がるよ」
「え? ほ、本当ですか!? やった! 一番近い宿場は一分で着きますから、しっかり掴まっていて下さいね!」
後ろ脚の蹄で地面を数回蹴り、光と風に包まれる。
よくよく観察してみると、これも統魔なのか。
降魔と魔導で光と風の魔力を纏い、疾走の補助にしている。妖怪だから統魔を使わないとヴァテアには言ったが、統魔が浸透している北で戦うなら考え直した方が良いかもしれない。
次に会った時、もう少し色々教えてもらおうかな?
「し、しなずち殿、後生じゃから勘弁し―――」
往生際の悪い声が聞こえ、風切り音で掻き消えたので記憶のかなたに放って捨てる。
リザが社を襲撃した回数は五回。
逃げた回数も五回で、お預けにされたのも同じく五回。一回につき十回は注いでいたと考えて、最低五十回分が最初のノルマだ。
飲み切れずに盛大に漏らす、腹ボテロリ爆乳ハイエルフの姿が目に浮かぶ。
彼女の我儘は今日で終わりだ。私は心の中で彼女に対し、この上ない喜びをもって優しく宣告した。
いただきます。
突然の捕食者の出現にリザが叫んだ。
それは魚だった。
体表から水を生み出し、土の中を泳ぐ半透明な大魚。家を丸々一口で呑み込めるほど大きなそいつは、私を餌だとでも思っているらしく、私を食そうと大口を開けて地上に上がってきた。
瞬間、強烈な光と風を全身に感じ、視界が白く染まる。
何度か受けた経験のあるそれに身を委ねると、百メートルは離れた位置に一瞬で移動していた。柔らかな肌と引き締まった肉、強靭な馬体を持つ金髪のツインテールが、私を小脇に抱えて凛とした空気を纏わせる。
「ありがとう、ヒュレイン」
「しなずち様、同化した土は取り込むか、捨てた方がよろしいかと」
「土は捨てよう。茨だけ回収する」
その辺に生やしていた茨を掴み、麺を啜るように一気に吸引する。
展開したと言っても長さ数キロメートルが七十本程度で、ほんの数秒で取りこめた。ついでに、まだ起き上がってこないアシィナを引っ掛けて引き寄せ、ヒュレインの背に跨らせる。
改めて、上がってきた魚を見る。
巨大で、巨大で、巨大で、前世で見たアロワナに良く似ていた。
違いと言えば、全身が魔力の塊で、体表から大量の水を吹き出している点か。木々より高く跳び上がって、地面に落ちると水飛沫が上がり、本体は地面の中に透過して潜ってしまった。
魔力で、水。
頭の中でピースが組み上がり、この樹海の大まかな仕組みが推測できた。
おそらく、樹海の成長を支える水は、あの魚が生み出している。餌は、大方魔脈から供給される魔力だろう。私を捕食しようとしたのは、リザのブーメランを吸収した事によって捕食に足る魔力量になったから。
興味深い。
ただ、考察するにはこの場は良くない。
地中の魔力の流れを見ると、アレはまだ私を狙っている。ヒュレインの脚ならまず捕まらないが、アレが地表付近に居続けると一帯が水没しそうだ。そのくらいの量の水がアレからは出続けている。
どうしたものかと思っていると、逃げていた筈のリザがヒュレインの背に飛び乗った。
「しなずち殿、降魔で妾の魔力に合わせい!」
「何をする気だ?」
「説明は後じゃ! はようっ!」
リザに言われた通り、自分の魔力を変質させてリザの魔力に近付ける。
ブーメランを取り込んだのとは逆をすれば良いだけなので、それほど難しくはない。ただ、それをすると私の魔力をリザは好きなように操れる。こちらとしてはリスクでしかないが、これまで戦った経験と付き合いからこちらに不利な事はしないと信じる事にする。
変質が終わると、私の魔力が渦を巻いてリザの手元に集まっていく。
人間の魔術師で数百人分に相当する量が、ほんの十秒で宝石程度の大きさにまで収束し、固形化した。
それ自体は魔力を感じず、しかし、よく見れば魔力と分かる、高純度の魔力石。相当に納得いく出来だったらしく、リザはうっとりとした表情で味わうように舐め回し始める。
多少なり抗議しようとして、地中の気配が遠ざかっていくのを感じた。
十分な魔力が無いと餌として認識しないのか。それはそれで少し悲しい。
「リザ、説明して」
「あ~……しなずち殿の魔力は甘くてねっとりとろけるの~……」
「アシィナ、リザを捕まえておいて。逃げられると困る」
「もうやったわよ」
アシィナは起き上がると、リザの腰を掴んで持ち上げた。
両足の太腿、すね、足首に計六本の黒色の針が刺さっている。羽衣で作った血の針で、血管や神経に沿う様に血色の筋が蔓延っていた。
言われて気付いたリザは、驚愕しつつも針を抜こうと手を伸ばす。すると、針は体内に完全に引っ込んでしまい、刺青のような蛇の文様が肌に浮かんだ。
こうなってしまうと、両足の神経と筋肉は完全にアシィナの意のままだ。
少し時間をかけて全身に回せば、意識あるままに身体が勝手に動く操り人形と化す。その末に何をどうされるか想像したらしく、青ざめたリザが縋るような目でこちらを見つめる。
私は、やっと手に出来た欲の捌け口に満面の笑みで歓迎を伝えた。
「私の巫女になるか、嫁に来るか、どっちがいい?」
「どっちも嫌じゃ! しなずち殿を婿に取るのじゃ! ヒュレインから聞いたぞえ!? 『巫女も眷属も好きなようにしなずち殿を貪れぬから不満』じゃと! 妾は妾のしたい時にしなずち殿に跨りたいのじゃ!」
「ヒュレイン?」
「…………ピューヒュルピー」
ヒュレインは口笛を吹いて知らんぷりを決め込む。
欲求不満については私の落ち度だからいい。しかし、巫女でありながら敵対している英雄との交流があるのはどうなのだ?
「しなずち様、あんまりヒュレインを怒らないであげて。敵方の懐柔策として、過去の人脈を使って支配域の様々な情報を流してるのよ。しなずち様の加護で豊作続きとか、渇水が解消したとか、病気がかなり減ったとか。リザとヒュレインは元々仲が良かったし、多少であれば社の生活を話す事もあるわよ」
「そうじゃ! カロステン王国最強コンビの絆は何があっても切れんのじゃ!」
「じゃあ、リザは朱巫女衆かな。巫女頭はシムナ―――ソフィアだから、ちゃんという事を聞くように。ヒュレインは間に立って面倒を見てやって」
「わかりました……はぁ…………」
諦めの表情を浮かべ、ヒュレインはがっくりと項垂れる。
そんなになるほど、シムナとリザは仲が悪いのか?
まあ、私も出来る限り仲を取り持つから、どうにもならない事はないだろう。
「じゃあ、まずはリザを巫女にしてからアレの事を説明してもらおう。ヒュレインは私を助けてくれたから、特に直接可愛がるよ」
「え? ほ、本当ですか!? やった! 一番近い宿場は一分で着きますから、しっかり掴まっていて下さいね!」
後ろ脚の蹄で地面を数回蹴り、光と風に包まれる。
よくよく観察してみると、これも統魔なのか。
降魔と魔導で光と風の魔力を纏い、疾走の補助にしている。妖怪だから統魔を使わないとヴァテアには言ったが、統魔が浸透している北で戦うなら考え直した方が良いかもしれない。
次に会った時、もう少し色々教えてもらおうかな?
「し、しなずち殿、後生じゃから勘弁し―――」
往生際の悪い声が聞こえ、風切り音で掻き消えたので記憶のかなたに放って捨てる。
リザが社を襲撃した回数は五回。
逃げた回数も五回で、お預けにされたのも同じく五回。一回につき十回は注いでいたと考えて、最低五十回分が最初のノルマだ。
飲み切れずに盛大に漏らす、腹ボテロリ爆乳ハイエルフの姿が目に浮かぶ。
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