しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第53話 魔王神の前線基地(上)

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 身体を繋げ合ったまま、私達は声の主に睨みをくれた。

 体表を伝う水が滴り、水音が小さく反響する。左右の耳に届く時間差と大きさの差から周囲の物体配置が頭の中に浮かぶが、見えている筈のソイツの姿形は音響探査にほんの欠片も引っかかりはしない。

 視覚的に身体が半透明に透けていて、幽霊という言葉が似合っている。

 妊婦同様のレスティを庇い、私は胴から下を巨大な蛇へと変えて構えた。同時に彼女を包んで丸っと取り込み、注いだ精を彼女の肉体に急いで取り込ませる。

 量的に考え、巫女から眷属に至るだろう。

 しかし、それにはわずかばかりの時間が要る。その間を凌ぐのが私の役目で、あらゆる感覚を総動員して目の前と周囲を警戒した。建物内の死霊は全て処理したのに生き残りがいたなら、他にもまだいる可能性があるからだ。

 変質中のレスティに、間違っても触れさせるわけにはいかない。

 精を取り込むとは変化を受け入れるという事。肉体と魂の相互バックアップを一時的に停止し、変化した後で再起動する。再起動前に傷付けられれば永遠に治らず残り、時間をかけて再構築するしか取れる手が無い。

 そんな事、やらせはしない。


『そう警戒せんでもええよ。その娘はアイシュラ様の加護を受けた魔王じゃろう? ならば、この神殿を使う資格は十分にある』

「それはどういう……?」

『ココは魔族が北に侵攻する拠点として作ったんじゃ。日々の小競り合いで出来た死体、未練がましい残留思念、行き倒れの旅人などなど、一獲千金を夢見る愚か者共をアンデッドに仕上げ、持ち込まれた財は戦の資金にする。よく出来ておるじゃろ? 儂が全部考えて、千年かけて仕上げたのよ』


 幽霊が腰に手を当て、胸を張って自慢げに語る。

 かなり悠長なシステムだが、街の様子を見ると良く仕上がっている。残留思念についてはレスティが使った死霊魔術で無駄撃ちになってしまったかもしれないが、別に言わなければバレはしないか。

 ただ、信用には未だ至らない。

 私は彼の話を聞く素振りを見せつつ、レスティの眷属化を急いで急いだ。警戒は解かず、出来るだけ早く、それでいて確実に安全に変質を進めていく。


「私は女神軍第四軍団長しなずち。繁栄の女神ヴィラの尖兵で、アイシュラ神の婚約者であるヴァテア・G・グランフォートの親友です」

『おおっ! ついにアイシュラ様がご結婚なさるのか! 申し遅れた。儂はグレイグ。アイシュラ魔王軍北方侵攻準備隊の大隊長を務めておる。で、婿殿はアイシュラ様に釣り合うのかの?』

「本人は否定していますが、十二分に。ルエル神にも婚約を迫られていて、戦争の一歩手前になったとか」

『ほうほう、光神ルエルとやり合いなさったか! 先代様。しばらく見ぬ内に、アイシュラ様はご立派になられたようじゃ。爺は嬉しいですぞ……』


 涙を流せない幽霊が、涙の代わりに穏やかな冷気を流した。

 信用しても良いのだろうか?

 外道な策を講じているようで、気質は忠実な家臣を思わせる。主の娘の成長を見守る好々爺の如く、涙混じりの微笑みは欠片の嘘も感じ取れない。

 …………判断が難しいなぁ……。


『主『様』。済んだようだぞ?』


 腹の中で、レスティの言葉が強く響く。

 大蛇を人型に戻しつつ、私は新たな眷属を内から生み出した。ラスティと同じ血色の長髪がそよ風に揺れ、戦の女神を思わせる凛とした風体に目を奪われる。

 眷属としての証は、アシィナと同じ龍の瞳と、四肢の一部を覆う血色の鱗。

 指揮や魔術を主とするラスティに対し、近接戦を重視する彼女には余計な部位の増加は邪魔にしかならない。シムナと肩を並べて戦う事を考えると、このくらいが最適と言えるだろう。

 レスティの姿を見て、グレイグは感嘆の声を上げた。

 身体と魂と魔力を強化された魔王の生誕。それは彼からすれば自陣営の強化に違いなく、妬みも羨みも無い、純粋な祝福を示している。


『何と神々しい。名を訊かせてもらっても?』

「不死の魔王、レスティ・カルング・ブロフフォス。女神軍第四軍死巫女衆巫女頭も務めている。貴殿はもしや、遠謀のグレイグ殿か? 三百年前にグアレスの教育係に充てられたと聞いているが……」

『うむ、相違ない。あやつは今、ラスタビア勇国で狐狩りをしておるよ。十二尾の未亡人に惚れおってな。力ずくでモノにしようとバカをやっておる。若さという物は羨ましい限りじゃ』

「アイツ、そんな趣味があったのか。シムナと同じで、戦い以外に興味が無い戦闘狂だと思っていた。遂げられそうなのか?」

『当分無理じゃな。グアレスと未亡人の実力は互角で、向こうには勇王がついておる。ドルトマに次ぐ勇者王の力は無視できん。カルアンドの姫君の恋慕を利用せよと伝えておるのじゃが、正面からぶつかるしか能がない大馬鹿者に期待は出来んのう』


 私が知らない誰かの話に、二人の魔族が華を咲かせる。

 話題に置いてきぼりにされて参加し損ねたが、未亡人への愛に駆ける馬鹿はなかなか興味深い。

 愛を語る伝道師ではなく、愛を騙る詐欺師でもない。ただただひたすらに貫かんと、真っ直ぐ真っ直ぐ真っ直ぐ頂きを目指す踏破者の生き様。

 そういう不器用さは、嫌いじゃない。

 是非とも手助けをしてあげないと。


「主様、その笑顔はやめないか? 見ていてゾッとする」

「これが私だ。気にするな。――――グレイグ殿。私達はアルセア神からの要請を受け、白狐族を手中に収める為にラスタビア勇国を目指している。この都に私の配下が駐留する事を許して頂けないだろうか? 可能なら、貴方の教え子殿の手伝いも出来ればと思う」

『構わん構わん。アルセア神とアイシュラ様は盟友じゃからな。この神殿も好きに使うが良かろう。ただ、管理者に連なってもらう必要があるから、最上階までついてきておくれ』


 そう言って、グレイグは空に向かって落ちていった。

 私達もそれを追い、中央の螺旋階段を駆け上がる。

 バルコニーを駆けても良かったが、最短で追いつくにはこっちの方が早いだろうという判断だ。しかし、真面目に上るのは何だかもったいない。


「レスティ、競争しない?」

「良いだろう。勝った方が上、負けた方が下で続きといかないか?」

「おっけー。じゃ、よーい……」

「ん? 主様、ユーリカとガルマスアルマが手を振っているぞ?」

「え?」


 神殿の入口を指差され、私は顔ごと視線を向ける。

 そこには誰もなく、何もなく、意図を気付いて「しまったっ」が口から出た。

 上を見ると、レスティは既に階段の七割を昇っていた。眷属に強化された肉体をもう使いこなしているようで、見ている間に最上階まで到達している。

 途中、チラリとこっちを一瞥していた。

 見えはしないが、多分、いや、絶対に笑ってる。上手くいったとか、バカが見るとか、約束はしっかり果たしてもらおうとか、色々とごちゃ混ぜにした意地の悪い笑みを浮かべている。

 絶対。


『主様! 涸れるまで搾ってやるから覚悟しておけ!』


 頭上から投げられた言葉に、私は消沈しつつ昇り始めた。

 ちくしょう…………。
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