しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第75話 全ては愛の為に(下)

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 絶望とはこういう物なのだろうか。

 見ても見なくてもそうと察する、絶対的な最たる悪。抗う事は出来ず、望む事すらできず、ただただ袋小路の現実を突きつけて、何もしていなくても悟らせる。

 悪魔に等しい、ある種の信仰的象徴。

 人を悪に走らせる、強迫的概念の権化。

 今のシムナの姿は、まさにそれだった。

 全身の肌という肌に血色の脈動が紋様の様に広がり、豊か過ぎる魅惑の凹凸にラインを描く。陰影より分かりやすい三次元的な曲線は、彼女の持つ女を強く強く印象づけた。

 羽衣の代わりに全身を薄く覆う、鎧の様な血鱗でもその魅力は隠せない。誰も彼も、一度目に入れてしまえば二度と離そうとは思えなくなり、だからこそ、グアレスとミサはその一撃を避ける事が出来た。

 完全な静止状態から、九本の触手が背中から生えて五十メートルの距離を薙ぎ払う。

 グアレスは上空に抜け、ミサは『疾っ』と呟き射程外まで逃れる。十分な距離を取って一手一手をしっかり観察し、隙を見て二人がかりで抑え込もうという算段か。

 私から言わせれば、それは無理だ。


「『しなずちはしなず池となりてしなず地となりや』」


 私とシムナの祝詞が同時に紡がれる。

 脚の鱗から地面に触手が伸び、近隣一体の大地を同化する。次いで固く締まっていた土に柔軟性を与え、二人の足を鈍らせて機動力を削ぐ。

 この場で百パーセントの動きが出来るのはシムナだけ。

 瞬きをするほんの一瞬でミサの懐に入り、前から手刀、足元から拘束用の触手、背後から丸呑み用の蛇身を生やして同時に仕掛ける。発話する間すらない三方からの同時攻撃に、ミサは前に一歩踏み出して、手刀を掴んで背負い投げた。

 柔道の一本背負い。

 但し、地面に叩きつけはせず、投げた先は蛇身の口。一手で二手を捌き、地面からの触手はまた『疾』の言霊で逃れ行く。固い大地まですぐに退き――


「ミサ、跳べ!」

「え?」


 ――地面に足を着いたら、両足が腰まで引き込まれた。

 気付いた所でもう遅い。

 同化した範囲の半分を解し、半分は固いまま『同化していないように』擬装しておいた。先の触手の避け方から最低限の距離しか取らない事は確認済み。もう一度同じ事をしたなら地中に沈ませ、口を塞いで発話を奪うと決めていた。

 柔らかそうな唇に、先の平たい触手を向かわせる。

 それで無効化が完了する――筈だったが、ミサは全くの平静を保ち、勢い良くその言葉を発する。


「『破』っ!」

『ちぃっ!?』


 強烈な衝撃がミサを中心に発せられ、数十メートルが木っ端微塵に消し飛んだ。

 パルンガドルンガで戦った、半尾白狐のテオと比べ物にならない威力だ。

 同じ言霊で、乗用車の衝突と隕石の衝突くらいの差が出ている。滅された部分の身体は完全に破壊されていて、再生できない程に存在を壊されてしまった。

 予想通りに。


「しなずち様、もう良いだろう? そろそろ私に委ねてくれ」

『ああ、頼む』


 身体の操作権をシムナに渡し、私自身はひたすら言霊への対抗に集中する。

 妖怪になるにあたり、私は防御と回避を完全に捨てた。元から武術等の素養が無く、勇者や英雄、一般兵にすら戦闘技能は劣る。リソースの殆どを攻撃と耐久性、回復力に注ぎ、それで何とかしようと考えたのだ。

 実際、ある程度は何とかなった。

 私を滅ぼし切れる装備を持つ者は少なく、技量で遥か上を行くシムナ相手でも取り押さえる事が出来た。ただ、シムナクラスの者が対不死武器を持ち出したとしたら確実に負けると確信でき、対策として考案したのが『私が服になる』事だった。

 優れた技量を持つ者の武器となり防具となり、攻撃と回復はそのままに、装着者の技量と回避を利用する。

 私以外の発想で私の力を揮わせる。結果は非常に良い物で、特にシムナとの相性は抜群だった。勇者四人からなるパーティを相手に手数と威力で上回り、隙を見て繰り出された攻撃は全て叩き落すか避けるかして、一撃すらも受けず圧倒しきった。

 今回も、おそらくそうなる。

 それ程に、シムナの戦闘におけるセンスは異常染みている。


「まずはこの辺から行くか」


 シムナがフッと手を振ると、三十を超える数の小さなブーメランが袖から分かたれ、様々な方向に散っていった。

 手の平サイズのお手軽な大きさで、速度は燕の飛来よりはるかに速い。

 目や耳で追い掛けるのはまず不可能。あらゆる方向からミサとグアレスを襲い、ミサは言霊で壁を、グアレスは空に風を向けて巻き込んでやり過ごした。

 その時点で、ミサは終わった。


「綺麗な脚だな。後で繋げてやるから安心していい」

「っ!?」


 ミサの背後に移動していたシムナの手に、白い肌の切断された生足が握られている。

 言霊で壁を展開する一瞬前に、シムナはすれ違う様にミサの横を抜けていた。その際、肘から鎌を生み出して右足を腿から切断し、触手で掴んで持って行ってしまった。

 あまりに唐突な出来事に、バランスが取れずミサがよろける。

 倒れる前にグアレスが抱き留め、追撃の触手から抜けて逃れていった。私が同化していない場所まで一気に離れ、ポーチからロープを出して、断面に近い動脈近くをキュッと縛る。

 それを、シムナはゆっくりゆったり追い掛けた。

 わざと歩みを遅くし、略奪品の足首を持って腿を右肩にかける。見せ付けるように内股辺りに舌を這わせ、ゆっくり上がってそこにない筈の付け根に長い舌を突き入れ舐る。

 乱暴で的確に弱点を嬲る動きは、ミサの過去の記憶を呼び覚まし、羞恥で彼女の顔を真っ赤に染めた。

 実に良い顔だ。

 一方的に攻められる恥ずかしさと悔しさに紛れて、快楽と絶頂の感覚を反芻する雌の顔。私もシムナも大好きなそれに興奮し、所有者不在の足を地中に投げ入れて一気に踏み込み駆け出した。

 グアレスが庇う様に何度も抜ける。

 遠く遠く離れて逃げる。スピードを超越した逃走は追撃が困難だが、今のシムナには楽しい楽しい鬼ごっこだ。抜ける度に距離がつまり、ミサを奪おうとする手が徐々に近づく。先ほどまでの戦いからグアレス達は逃走一辺倒になり、もはや勝敗は決したかの如く。

 三十回ほど繰り返し、いよいよ捕まえる寸前にまで至る。

 しかし、シムナは急に足を止めた。

 猫のように飽きて獲物を放置するのではなく、悪魔のように新しい遊びを思い付いて邪悪に微笑む。追って来させていた同化した地面に手を入れ、ミサの足を取り出してたっぷりの血を塗りたくる。

 最悪の意志を、声に出す。


「逃げられるばかりはつまらんな。所でグアレス。今、ヴァテア殿下と戦っているのはラスティと言って、しなずち様がレスティから造り出した複製だ。だが、本体と複製のどちらも良い具合でな。しなずち様のアレと私の舌で良い声で啼いてくれる。是非ミサ様にもご体験頂きたいと思っていて、でも逃げられ続けるのではできもしない」

「知らねぇよ。それにやらせると思ってるのか?」

「ああ、ミサ様には出来ないかもしれん。だが、ここにミサ様の足がある。ラスティはレスティの腕から造られたから、この足からミサ様の複製を造る事も勿論出来る。綺麗な顔はそのままで、男好きする雌の身体に、無論処女にしてしなずち様に捧げさせよう。ガルドーン陛下の目の前でなんて、特に良いと思わないか? 陛下の初恋はミサ様だとアンジェラ姉様から聞いた事がある。恋した女の初めてを目の前で奪われて、きっと良い声で泣いてくれるだろうなぁ?」

「っ!」


 外道で外道な挑発を向けられ、グアレスは我慢が出来なかった。

 ミサを置いてシムナの背後に抜け、脚を取り戻そうと手を伸ばす。一流の怪盗より手慣れた動きに、シムナはすぐ反応して脚をグアレスに放り投げた。

 意図が分からず、上手くキャッチした直後の一瞬動きが止まる。その一瞬は致命的で、脚に塗られていた私の血がグアレスに張り付いて耳目を塞ぎ、混乱した隙に四肢を巻いて自由を奪う。

 拘束された魔狼の出来上がり。

 だが、それだけでは終わらない。シムナは鱗一枚を槍に変えるとグアレスの足を貫いた。

 深く深く、地面に縫いとめるように穂先を土の奥に突き込み抉る。悲痛の絶叫を興奮の血潮で咀嚼して、うっとりとした艶めかしい微笑みを目の前の獲物に向けた。


「ラスティから聞いたんだが、お前は拘束を『抜けられる』んだってな? 『縄抜け』だったか? 縫いとめるしか手がないから気を付けろと何回も忠告されたよ」

「あぁぐぁああああああ――――っ!」

「痛いだろうが三分待て。その間に足がミサ様に成って、お前の事を美味しく美味しく頂いてくれる。その時に激痛は快楽に変わるだろう。で、代わりにあっちのミサ様は私達が貰おうか。脚を治して処女に戻して、もっともっと女を足して、廃墟になった王城の玉座で前の男達の残り香を真っ白に上塗りしてやろう。ん? 耳を塞がれていて聞こえないか? 残念だな。ならば終わった後に堕ちた雌の鳴き声をたっぷり聞かせて――――」



「――ざけんな、このクソアマ」
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