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第81.5話 裏からの戦い
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「申し訳ございません、カヌア様。お手伝いできるのは、ここにいる者達だけです」
心苦しそうな表情で、幼い頃から目をかけている白狐の青年に謝られる。
太く大きな樹を丸々一本使った一軒家に、私を含めた十余名が集っていた。皆歳が若く、まだまだ未来の有る者達ばかり。そんな彼らを私の我儘に付き合わせるのは忍びなく、だからこそ、よくこれだけの人数を集めてくれたと感謝の念で一杯になる。
昔の様に頭を撫で、耳の後ろを少しくすぐる。
恥ずかしそうに青年は指から逃れ、しかし、八本の尻尾は嬉しそうにパタパタと振れていた。
顔と行動は心根を隠し、尻尾で表す癖は変わっていない。その可愛らしさから王妃の間でも人気が高く、娘が生まれれば婿に来いと、ガルも口癖のように言っている。
未来の勇王の家族として。
そんな彼に、敵陣深くで決死の決起を強いる私はとんだ人でなしだ。
生きるか死ぬか。死ぬ方がずっと可能性として高い死地に彼らを送り込む。送り込んだ隙にグアレスを攫い、ミサ様の所にまで連れていって、結果どうなるかは全く想定すら出来ていない。
少しでも、立ち直るきっかけになってくれればと思う。
だが、そのきっかけは彼らの命と釣り合うのか?
疑問と恐怖が、私の胸を締め付ける。苦しくなって吐き出してしまいそうになり、やっとの思いで喉の奥に引っ込める。
もう、決めた事だ。
「力を貸してくれてありがとう。でも、出来る事ならこの場の全員に生きていて欲しい。無理はしないで、自分の命を一番に考えて。最悪、私一人が犠牲になれば――」
「駄目ですよ! カヌア様は次代の勇王をお産みになられる御方です! 私達の命なんて使い捨てて下さって構いません!」
「ハガの言う通りです。お心遣いは感謝致しますが、未来に真に必要とされるのは何なのかを間違えてはなりません」
「陛下に直談判して頂き、帝国の白狐狩りから逃がして頂いたご恩をやっと返せますっ。どうか私達に手伝わせてくださいっ」
「皆……」
力強く、心強い熱に鼓動が高鳴る。
ミサ様との繋がりから始まり、次第に広がっていった彼らとの交流。とても大事に育んできたそれは、いつの間にか小さくも強固な絆を生み出していた。
その事実が、とても重い。
わかっていたつもりだが、所詮はつもりに過ぎなかった。命を背負うという事が如何なるものか。特にそれが自分にとってかけがえのない者達ならどうなるのか。
とてつもなく、途方もなく、苦しい。
いっそ、ここで中止にしてしまった方が良いのではないのか?
逃げの思考がぐるぐる回り、視線があちらこちらを彷徨い移る。足元もおぼつかなくなりふらついて、倒れかけた所を少年二人に抱き留められる。
「カヌア様?」
「ごめんなさ――ううん、ありがとう。私も貴方達の様に強ければ、誰も彼も守れるのに…………」
「何を言ってるんですか。守って頂けたから私達はココにいられるんですよ? もっと胸を張ってください」
「お姉様の場合、別の意味で張っててもおかしくないんではなくて? 貧血と立ちくらみの原因はそちらかも?」
「こら、レイ! からかうのはよせ!」
「別にからかっていませんもの。そうであってもおかしくないと、ただそれだけの事で――――?」
「?」
ふと、話を途中で切り、レイは玄関に顔を向けた。
つられた数人が同じく向き、音も声も立てず間合いを取って警戒する。言い知れぬ緊張と緊迫で空気が張り詰め、さっきと違う意味で気分が悪くなりそうだ。
耳を澄ます。
目を凝らす。
鼻と触覚と直感を研ぎ、ほんの僅かな変化も捉えようとする。だが、あるのはただただ静かな沈黙のみで、一体何を感じたのかとレイに向き直り――――
『報告通りか。とりあえず、この場の全員に告げる。彼女の命が惜しければ、全員で私の執務室まで出頭しろ。それとアラタ。レイが妊娠してるって知っててこんな事してるなら、お前への折檻は特に厳しいからな? しっかり覚悟しておけ。カヌア王妃も、たった一人でこんな所で何をしてるんですか? ミカが凄い形相でそっちに向かったので、言い訳の一つも考えておくように。以上、交信終わりっ!』
若く美しい七尾の白狐が、床から生えた血色の蛇に頭から呑まれていた。
心苦しそうな表情で、幼い頃から目をかけている白狐の青年に謝られる。
太く大きな樹を丸々一本使った一軒家に、私を含めた十余名が集っていた。皆歳が若く、まだまだ未来の有る者達ばかり。そんな彼らを私の我儘に付き合わせるのは忍びなく、だからこそ、よくこれだけの人数を集めてくれたと感謝の念で一杯になる。
昔の様に頭を撫で、耳の後ろを少しくすぐる。
恥ずかしそうに青年は指から逃れ、しかし、八本の尻尾は嬉しそうにパタパタと振れていた。
顔と行動は心根を隠し、尻尾で表す癖は変わっていない。その可愛らしさから王妃の間でも人気が高く、娘が生まれれば婿に来いと、ガルも口癖のように言っている。
未来の勇王の家族として。
そんな彼に、敵陣深くで決死の決起を強いる私はとんだ人でなしだ。
生きるか死ぬか。死ぬ方がずっと可能性として高い死地に彼らを送り込む。送り込んだ隙にグアレスを攫い、ミサ様の所にまで連れていって、結果どうなるかは全く想定すら出来ていない。
少しでも、立ち直るきっかけになってくれればと思う。
だが、そのきっかけは彼らの命と釣り合うのか?
疑問と恐怖が、私の胸を締め付ける。苦しくなって吐き出してしまいそうになり、やっとの思いで喉の奥に引っ込める。
もう、決めた事だ。
「力を貸してくれてありがとう。でも、出来る事ならこの場の全員に生きていて欲しい。無理はしないで、自分の命を一番に考えて。最悪、私一人が犠牲になれば――」
「駄目ですよ! カヌア様は次代の勇王をお産みになられる御方です! 私達の命なんて使い捨てて下さって構いません!」
「ハガの言う通りです。お心遣いは感謝致しますが、未来に真に必要とされるのは何なのかを間違えてはなりません」
「陛下に直談判して頂き、帝国の白狐狩りから逃がして頂いたご恩をやっと返せますっ。どうか私達に手伝わせてくださいっ」
「皆……」
力強く、心強い熱に鼓動が高鳴る。
ミサ様との繋がりから始まり、次第に広がっていった彼らとの交流。とても大事に育んできたそれは、いつの間にか小さくも強固な絆を生み出していた。
その事実が、とても重い。
わかっていたつもりだが、所詮はつもりに過ぎなかった。命を背負うという事が如何なるものか。特にそれが自分にとってかけがえのない者達ならどうなるのか。
とてつもなく、途方もなく、苦しい。
いっそ、ここで中止にしてしまった方が良いのではないのか?
逃げの思考がぐるぐる回り、視線があちらこちらを彷徨い移る。足元もおぼつかなくなりふらついて、倒れかけた所を少年二人に抱き留められる。
「カヌア様?」
「ごめんなさ――ううん、ありがとう。私も貴方達の様に強ければ、誰も彼も守れるのに…………」
「何を言ってるんですか。守って頂けたから私達はココにいられるんですよ? もっと胸を張ってください」
「お姉様の場合、別の意味で張っててもおかしくないんではなくて? 貧血と立ちくらみの原因はそちらかも?」
「こら、レイ! からかうのはよせ!」
「別にからかっていませんもの。そうであってもおかしくないと、ただそれだけの事で――――?」
「?」
ふと、話を途中で切り、レイは玄関に顔を向けた。
つられた数人が同じく向き、音も声も立てず間合いを取って警戒する。言い知れぬ緊張と緊迫で空気が張り詰め、さっきと違う意味で気分が悪くなりそうだ。
耳を澄ます。
目を凝らす。
鼻と触覚と直感を研ぎ、ほんの僅かな変化も捉えようとする。だが、あるのはただただ静かな沈黙のみで、一体何を感じたのかとレイに向き直り――――
『報告通りか。とりあえず、この場の全員に告げる。彼女の命が惜しければ、全員で私の執務室まで出頭しろ。それとアラタ。レイが妊娠してるって知っててこんな事してるなら、お前への折檻は特に厳しいからな? しっかり覚悟しておけ。カヌア王妃も、たった一人でこんな所で何をしてるんですか? ミカが凄い形相でそっちに向かったので、言い訳の一つも考えておくように。以上、交信終わりっ!』
若く美しい七尾の白狐が、床から生えた血色の蛇に頭から呑まれていた。
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