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第101話 急いだ帰還、始まる変革
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僅かな腐臭すら置き去りにして感じさせない速度で、ゾンビとなったワイバーンが空を駆ける。
『ドラゴンゾンビは遅く、タフで、理性も知性もないが能力は高い』。前世では様々なゲームでそう描かれ、私も先入観からそう思っていた。
全然違う。
確かに思考はゾンビらしく単純だ。ただその分、操る主のスキルと発想に行動の速度が左右される。
『飛べ』と命じるだけなら飛び上がれない程鈍いか、命令自体を理解できない。これをレスティは羽ばたく一連の動作を複数の単純な動作に分解し、『ここからここまで動け』を連続して命じる事で解決している。
それも、マニュアル入力だと間違える可能性があるからと、ほとんど全自動の魔術式を即興構築して組み込みまでして。
おかげで、カルアンド帝城を昨夜出て、たった一晩で社が見えた。
空が白み始める時間の為か、朝餉の準備を示す白い煙は一つも上がっていない。代わりに見覚えのない仮設住宅が隣に二棟建っていて、少し離れて全身傷だらけの筋肉ダルマが得物の大剣をブンブンブンブン振り回していた。
なんでお前がそこにいるんだよ?
「レスティ。私はあそこで降りる。私の部屋で三人で寝て待ってて」
「了解した。アンジェラ、リタ。少しきついが耐えろ」
「舐めんじゃないよ」
「お構いなく」
返事を確認したレスティは、ワイバーンゾンビに速度を落とさず急旋回させた。
弧を描くラインの延長上に、目的の仮設住宅の位置が重なる。私は前に進む慣性と下向きの重力加速を計算に入れ、大体ここかという辺りで空に向かって身を投げ出した。
一瞬の浮遊感が血の巡りをおかしくさせ、自由落下の加速に腹の中の逆流を感じる。
何度やっても慣れられるものではなく、やはり私は水地の属性なのだと実感する。水泳選手のように両手を前に出して地面に向かい、前世なら即死する勢いと速度で地表に触れる。
瞬間、硬い土の中に私を溶け込ませ、浸透させた。
第三者が見ていたら、音もなく地面に吸い込まれたと証言するだろう。
ビルの五十階に相当する高さから水泳の飛び込みを真似て落下し、着水時は全くの無音。私を敵陣深くに投下する戦術に使えそうで、今後も社の屋上から跳び下り練習をしようと心に決める。
『ん~…………深く潜り過ぎたか』
ついイメージ通り、水への飛び込みならここで止まるだろうと思った深さまで潜ってしまった。
大体深さ数十メートル。緩やかに動く地脈の中で、もう少し下に行くと割と勢いのある水脈がある。
水脈まで行かなくてよかった。
そっちにまで到達したら、池まで流されてレスティ達に迎えられていた。もう用事は済んだのかと引き上げられて布団に押し倒され、朝チュンどころか『これから始めるんです』なんて事態に陥っていたかもしれない。
まぁそれも良いけれど、向こうの意図を探るくらいはしておかないと。
地上に向かって染み上がり、目から上だけ地上に出す。
「やっと帰って来やがったか、しなずち」
「第一声は『遅ぇよ』かと思ったが、外れたか。何でお前がここにいる、ダイキ?」
「テメェに用がある」
ダイキはそう言うと、振り回していた大剣を大地に突き刺した。
得物から手を離し、迷い無く膝を曲げて正座の姿勢を取る。呼吸も熱も整っており、心も精神も平穏そうだ。
だが、そのまま上半身を曲げて頭を下げられ、それだけはいけないと半ばの始めで額に手を突き止める。
「私に対して土下座なんてしようとするんじゃないっ!」
「ケジメだ。勝手にやってるだけだから気にすんじゃねぇ」
「ふてぶてしい態度も随分丸いな!? お前をそこまでさせる理由は何だ!? 先に教えろ! そうでないと対価の先払いで私が断れなくなるだろうが!」
「断らせねぇよ」
止める手と押す頭の力が合わさり、ダイキの古傷を開いて血が滲んだ。
いくらコイツが痛みに強くても、ここまで強情になる理由にはならない。他の何かが必ずあり、それを無理矢理にでも受けさせようという魂胆か。
だからといって、お前が私に頭を下げて良いわけがないだろうが!
「一体何があった!?」
「頭下げさせろ。そしたら教える」
「それをやられたら私が契約上不利になるんだよ! わかってるからやってんだろうが、一度止めろ!」
「止められねぇよ。止めたら、俺は死んでもずっと後悔する。二度とアーウェル様の前に立てなくなる。テメェならわかんだろ? 俺は、もう一度も後悔したくねぇ」
どこまでも真っ直ぐに、意志と力をダイキは押し付ける。
拮抗していた私達の力は、僅かずつダイキに傾いていった。徐々に徐々に私の肘が曲がり、手も腕も身体も押し下げられて私の心を淀ませる。
応援、したくなってしまう。
私が前世で多少苦労したように、ダイキも散々苦労している。その境遇が大元にある事は何となく察せられ、普段のいがみ合う関係を超えて理解と助力を向けてしまう。
理性は拒んでいる。
心は受け入れそうになっている。
どちらになるかはこの石頭の行方次第。私は片手から両手での止めに切り替え、脚と腰と腹と背中と胸と腕に力を篭めた。もうとにかく全身全霊で押さえて抑え、本当にほんの少しずつ押し返し――――
「ごめんなさい、しなずち」
いつからかダイキの陰にいたアーウェルの土下座を見て、私は力が抜けて思いっきり吹っ飛ばされた。
『ドラゴンゾンビは遅く、タフで、理性も知性もないが能力は高い』。前世では様々なゲームでそう描かれ、私も先入観からそう思っていた。
全然違う。
確かに思考はゾンビらしく単純だ。ただその分、操る主のスキルと発想に行動の速度が左右される。
『飛べ』と命じるだけなら飛び上がれない程鈍いか、命令自体を理解できない。これをレスティは羽ばたく一連の動作を複数の単純な動作に分解し、『ここからここまで動け』を連続して命じる事で解決している。
それも、マニュアル入力だと間違える可能性があるからと、ほとんど全自動の魔術式を即興構築して組み込みまでして。
おかげで、カルアンド帝城を昨夜出て、たった一晩で社が見えた。
空が白み始める時間の為か、朝餉の準備を示す白い煙は一つも上がっていない。代わりに見覚えのない仮設住宅が隣に二棟建っていて、少し離れて全身傷だらけの筋肉ダルマが得物の大剣をブンブンブンブン振り回していた。
なんでお前がそこにいるんだよ?
「レスティ。私はあそこで降りる。私の部屋で三人で寝て待ってて」
「了解した。アンジェラ、リタ。少しきついが耐えろ」
「舐めんじゃないよ」
「お構いなく」
返事を確認したレスティは、ワイバーンゾンビに速度を落とさず急旋回させた。
弧を描くラインの延長上に、目的の仮設住宅の位置が重なる。私は前に進む慣性と下向きの重力加速を計算に入れ、大体ここかという辺りで空に向かって身を投げ出した。
一瞬の浮遊感が血の巡りをおかしくさせ、自由落下の加速に腹の中の逆流を感じる。
何度やっても慣れられるものではなく、やはり私は水地の属性なのだと実感する。水泳選手のように両手を前に出して地面に向かい、前世なら即死する勢いと速度で地表に触れる。
瞬間、硬い土の中に私を溶け込ませ、浸透させた。
第三者が見ていたら、音もなく地面に吸い込まれたと証言するだろう。
ビルの五十階に相当する高さから水泳の飛び込みを真似て落下し、着水時は全くの無音。私を敵陣深くに投下する戦術に使えそうで、今後も社の屋上から跳び下り練習をしようと心に決める。
『ん~…………深く潜り過ぎたか』
ついイメージ通り、水への飛び込みならここで止まるだろうと思った深さまで潜ってしまった。
大体深さ数十メートル。緩やかに動く地脈の中で、もう少し下に行くと割と勢いのある水脈がある。
水脈まで行かなくてよかった。
そっちにまで到達したら、池まで流されてレスティ達に迎えられていた。もう用事は済んだのかと引き上げられて布団に押し倒され、朝チュンどころか『これから始めるんです』なんて事態に陥っていたかもしれない。
まぁそれも良いけれど、向こうの意図を探るくらいはしておかないと。
地上に向かって染み上がり、目から上だけ地上に出す。
「やっと帰って来やがったか、しなずち」
「第一声は『遅ぇよ』かと思ったが、外れたか。何でお前がここにいる、ダイキ?」
「テメェに用がある」
ダイキはそう言うと、振り回していた大剣を大地に突き刺した。
得物から手を離し、迷い無く膝を曲げて正座の姿勢を取る。呼吸も熱も整っており、心も精神も平穏そうだ。
だが、そのまま上半身を曲げて頭を下げられ、それだけはいけないと半ばの始めで額に手を突き止める。
「私に対して土下座なんてしようとするんじゃないっ!」
「ケジメだ。勝手にやってるだけだから気にすんじゃねぇ」
「ふてぶてしい態度も随分丸いな!? お前をそこまでさせる理由は何だ!? 先に教えろ! そうでないと対価の先払いで私が断れなくなるだろうが!」
「断らせねぇよ」
止める手と押す頭の力が合わさり、ダイキの古傷を開いて血が滲んだ。
いくらコイツが痛みに強くても、ここまで強情になる理由にはならない。他の何かが必ずあり、それを無理矢理にでも受けさせようという魂胆か。
だからといって、お前が私に頭を下げて良いわけがないだろうが!
「一体何があった!?」
「頭下げさせろ。そしたら教える」
「それをやられたら私が契約上不利になるんだよ! わかってるからやってんだろうが、一度止めろ!」
「止められねぇよ。止めたら、俺は死んでもずっと後悔する。二度とアーウェル様の前に立てなくなる。テメェならわかんだろ? 俺は、もう一度も後悔したくねぇ」
どこまでも真っ直ぐに、意志と力をダイキは押し付ける。
拮抗していた私達の力は、僅かずつダイキに傾いていった。徐々に徐々に私の肘が曲がり、手も腕も身体も押し下げられて私の心を淀ませる。
応援、したくなってしまう。
私が前世で多少苦労したように、ダイキも散々苦労している。その境遇が大元にある事は何となく察せられ、普段のいがみ合う関係を超えて理解と助力を向けてしまう。
理性は拒んでいる。
心は受け入れそうになっている。
どちらになるかはこの石頭の行方次第。私は片手から両手での止めに切り替え、脚と腰と腹と背中と胸と腕に力を篭めた。もうとにかく全身全霊で押さえて抑え、本当にほんの少しずつ押し返し――――
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