しなずち ~転生触手妖怪 異世界侵略風味、褐色爆乳女神と現地収穫の巫女衆を添えて~

花祭 真夏

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第152話 苗床にされた生の神

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 あてがわれた客間で一夜を明かし、少し落ち着いた私はベッドの上で丸まっていた。

 ベッド脇には手練れの神喰い達が何人も控え、神殺しの武具を幾つも向けている。

 妙な真似をしようものなら斬り裂いてやるというのだろう。至極当然の対応と反応だ。だからこそ、私と彼らの関係性がしっかと確立していて、私は私の在り方を再認識しつつある。

 乱れた心が落ち着いていく。

 一週間前に社の惨劇から着の身着のまま逃げ出して、情欲の追っ手から隠れ忍び駆け続ける日々。思いつく限りの逃亡先を全て潰され、最終的に至った敵地の最奥が、今は最も安息を感じさせてくれている。

 肌を刺す敵意と殺意が、なんと心地良い事か…………。


「…………ヴィットリア……ありがと……」

「……貴方に礼を言われると調子が狂いますね。で、しなずち神。私達は宣戦布告をし合った敵同士です。そんな私達に匿ってくれなんて、一体何があったのですか?」

「何……ナニ…………あぁ……ぁぁぁぁぁぁぁ…………」


 暴虐と蹂躙の極致を思い出し、私は更に丸まって尻を庇う。

 妖怪の力を抽出した分体を巫女全員に与え、全快の二割にまで力を減じていたあの日のあの時。上位の巫女達との力関係が逆転し、以前ユーリカが陥った巫女契約の暴走を多くの娘達が引き起こした。

 眷属契約ですら抑えきれない、愛と情と欲の重ね合わせ。

 序列百までが私の本体へと襲い掛かり、神術転移で逃げ回る私を捕えて抑えた。逃亡も抵抗もさせまいと力の限り縛り封じ、最悪の絶望を背後にあてがわれる。

 レスティとラスティの飼っている、災厄級魔獣『獄狼』。

 六つの地獄と一つの煉獄を内包する巨大な狼の兄弟は、今まさに発情期だった。ただ、あの子達は繁殖に番いを必要とせず、子が育つだけの栄養を持つ苗床さえあれば、新たな獄狼を増やす事が出来る。

 その苗床へと、私は以前から目を付けられていた。

 ガラミシアとテューオーンと言って、もふもふの毛並みとつぶらな瞳が可愛らしい子達だった。初めて会った時から懐かれて、顔を擦り付け合ったり、全身を舐め回されたり、背に乗せてもらって駆けまわったり…………友達だと……友達だと……思って…………いた……のに………………。

 拘束された私に…………泣いて嫌がってたのに…………無理矢理…………。


「『すみません。私の心はかなり傷付いていて、まだまともではありません。代わりに俺が質問に答えましょう』」

「? しなずち神? 日本語?」

「『俺は皐月圭。神化を拒んだ妖怪しなずちの集合体です。色々あって、生の神しなずちとは独立した意識を持っています。――――先の質問の答えですが、しなずちは尖兵の巫女達によって二頭の獄狼の苗床にされました。体内には二頭分の命が宿っていて、数ヶ月もすれば成体として産まれてきます』」

「苗床ですって!? なんて羨ま――――あら? もしかして、私のコレを楽しむための下準備かしら? ちょっと確認したいからお尻を捲って見せてみなさいな。もしくは……上のお口からでも構わないわよん?」

「ひぃっ!?」

「清水さん、ステイ。もしくはハウス」

「誰が犬なのよ、誰がっ!?」


 コントの様なやりとりを見せるヴィットリアと清水さんに、場の空気が少し和む。

 むしろ、向けられる感情の中に憐憫が含まれ出した。

 男が種を仕込まれて出産予定の現実に、哀れと憐れが合わさってザマァとすら思われていない。幾人かは武器を収めて肩や頭を叩いて撫でて、強く生きろと励ましをくれる。

 強く無くても良いんです。

 誰かどうにかしてください…………。


「…………圭さん。一つ確認ですが、貴方は神と同一存在でありながら神ではないのですか?」

「『仰る通りです。俺がしなずちへと転生する際、願ったのは人の理を逸脱した妖怪への転化。人の願望が偶像化した神への神化は望んでいません』」

「おかしな答えですね? 神もまた、人と関わっていても逸脱した存在です。道から外れる事が望みなら、それは神化でも叶えられます。何を隠しているのですか?」

「『…………嘘は、言っていません』」

「真実も言ってはいない、と。それでは信用なりませんね」


 冷たく暗い光を瞳に讃え、ヴィットリアは宙空に五芒星を描いた。

 空間が陽炎の様に歪み、白く綺麗な手が差し込まれる。

 おそらくは格納の魔術だろう。ディプカントでは統魔による魔力場干渉の影響で、転移系の精緻な魔術が歪んでしまう。神術以外に長距離の転移や通信を行う事が出来ず、簡易で魔力強度の高い術式でないと安定行使が出来ない。

 その点、ヴィットリアが使った魔術は、私でも見てわかる程に強い代物だ。

 自分の周囲の空間に多次元方向の入り口を作り、所有物を収納しておく簡易術式。起点座標を自分中心としているから、いつでもどこでも好きなように出し入れできる。

 そして、取り出されたのは一振りのレイピア。

 虹色の水晶から削り出された、技巧と意匠の極まる一品だ。纏わりついている神気から誰の加護が付いているのかもすぐわかり、そういえば、アイツの住まいも同じ素材で出来ていたのをふっと思い出す。

 創造神ソウの加護付きで、神界宮殿と同素材か。

 多分、琥人経由で手に入れたのだろうな……。


「しなずち神は信用に足ります。動機も目的も単純明快ですから。ですが圭さん、貴方は動機も目的も何もわからない」

「『ごく個人的な逃避行動ですよ。他人に話すような事ではありません』」

「私は聞きたいですね。女の勘、と言いますか、貴方はそちら側ではなくこちら側のような気がします。どうかお聞かせください。内容如何では、私達は貴方を歓迎致します」

「『歓迎にそぐわなければ?』」

「私の愛剣で来世にお送りしましょう」


 レイピアの刀身が静かに消え、音もなく私の首筋に添えられる。

 ユーゴの風を斬る剣技とは違う、空気と空気の間を抜けていく静かな剣。

 どちらかと言えば、グアレスの抜ける突風の方がまだ近い。斬られたと感じる前に斬られていて、突かれたと認識する前に突かれている。一切の無駄を省いた最小軌道の達人技は、英雄を超えて勇者の技巧に届き得る。

 え? もしかして、ユーゴより強い?

 ちょっと、俺、大丈夫?


「『………………』」

「お答え頂けないなら、墓の下まで抱えて逝かれて――――」

「『……俺の兄は、神に殺されました』」
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