【完結】こんにちは、君のストーカーです

堀川ぼり

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離れないでね、離さないけど

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なんだか凄くいい夢を見ていたなぁって、そんな事を思いながら目を覚ました。
けたたましく鳴るアラームを止めるためにスマホに手を伸ばすとタイミングよくブブッと震えて、画面に表示されたのは緑色のポップアップ。
メッセージの差出人は私の推しであるアイドルの名前で、有名人の公式アカウントかなぁとつい間違えてしまいそうになる。

本当に、夢と現実の区別がつかなくなりそうだ。

『おはよう。近いうちにまた会いたいんだけど明日行っても大丈夫?』

たったそれだけの内容に息が詰まりそうになる。
昨日の、現実になった妄想を思い出してしまって、思わず乾いた笑い声が溢れた。

寝て一晩経ったから少しは冷静になったけど、考えれば考える程どうしてこういう展開になったのか思考が追いつかない。
握手会の時に私を見て気になったって広様は言ってくれてたけど、あの日の私に気に入られる要素があったとはとても思えない。緊張しすぎて息をするだけでいっぱいで、気の利いた会話どころか気を遣って話し掛けてくれたのに返事さえ出来なかった。殆ど無言で握手だけしてもらって、なんかもういっぱいいっぱいで逃げるみたいな帰り方になった。相当失礼な態度だったなって後から凄い反省したのに、それを気に入ってくれるなんて……そんなの、やっぱり有り得ない。

「いや、気に入ったとは言われてないっけ……」

頭の中で昨日言われた言葉を再生する。
“気に入って”じゃなくて、“気になって”私の事を調べたって言ってた、と思う。だから調べて、私のSNSのアカウントまで特定して、それで……。
そこまで考えて漸く、ハラハラと絡まっていた糸が解けていく感じがした。

よく考えてみたら、そりゃあきっと珍しい。
握手会までくるような本気のファンしか居ない場所であんな不躾な態度、悪目立ちするに決まってる。だから気になって調べてみたらSNSではくだらない日常しか更新しないし、広様を目の前にしても騒がない女珍しいなって興味を持たれた……とか、そういう感じだろうか。
私が鍵付きの裏アカウントでめちゃくちゃ騒いでる事なんて広様が知ってるはずないし、漫画とかでよくあるオモシレー女みたいな認識だったらどうしよう。ちゃんとファンで凄い好きだってバレたら、昨日付き合おうって言ってたのも無かった事にされる?
ああでも、多分、

「……無かった事にした方がいい、かな」

ファンと付き合うとか私が広様の彼女になるのとか、そんなの絶対良くない事だ。
あの日は緊張してただけで私は広様のファンなんです誤解させてごめんなさいって謝罪して、昨日付き合うって言ってくれたのは聞かなかった事にしますから安心してくださいってちゃんと伝えよう。
そう思いながら『明日大丈夫です』って返信をして、失礼にならない言い方を考える為だけに普段は使わない頭を使った。


そして現在、
先日と変わらず似合わない座椅子に座った広様が、私の必死な謝罪混じりの別れ話を聞き終わった瞬間にゆっくりと瞳を細めた。

「どうして?」
「……へ?」
「俺は今日、わざわざ別れ話を聞きにきた訳じゃないんだけどな?」
「っあ、の……」

言い方は優しいのに、声のトーンが少しだけ低くなった。
勘違いさせてごめんなさいもう会うのは止めましょうと、もう一度同じ事を言えばいいだけなのに、妙な迫力に圧されてしまい言いたい言葉が喉に詰まる。
少し伏せられただけで長い睫毛が影を落とし、表情が仄暗く見える。瞳に少し影がかかっただけなのに、それだけの事がなんだか凄く怖く思えた。

「付き合ってくれるって君も頷いてくれたのに、ねぇ?」
「その、あれから私も色々と考えて、広様の彼女になるのは、」
「まずはその広様っていうの止めようか。彼氏にする呼び方じゃないよね、それ」
「……さ、斎賀さ」
「紀広でいいよ。呼べる?」

斎賀さんと言い掛けた言葉を遮って、有無を言わせない口調で「はいどうぞ」と続きを促される。

「き、きひ……ろ、さん?」
「……うん、良い子だね」

ふわりと笑ってくれた顔は、雑誌や動画で私が知ってる広様の表情よりも少しだけ幼い。
その顔を私が見せてもらえる理由がやっぱり全然分からないの。だって、こんなに釣り合ってない。

「ねえ、あんまり難しく考えないでね。君が不安になる様な事が無いようにちゃんと頑張るから」

これ以上、広様が何を頑張るの。
彼女になるなら頑張らなきゃいけないのは私の方で、不安になるとしたらそれは、広様に全然似合ってない私が悪いだけなのに。

「……嫌になったり関係終わらせたいってなったら、本当に直ぐ教えてください」
「大丈夫だよ、ならないから」

そんなの分からないでしょうって、言うのもなんだか失礼な気がして曖昧に笑って誤魔化す。
熱の篭った目で見詰められながらゆっくりと指を絡められると、指先が触れた瞬間に少しだけ震えてしまった。

「君も何か不満があったら直ぐ言ってね。本気で、駄目になりたくないから」
「あ、はは……。紀広さんの事好きなのに、それこそ本当、杞憂です」

不満なんて出るわけがない。
私がファンだって言った事、まだ信じてもらえてないのかな。
そう思いながらチラリと表情を窺うと、嬉しそうに緩められた綺麗な顔と目が合った。

「……はは、ごめんね。少し緩んじゃう」
「へ?!」
「君に触りたいなぁって思いながら、手紙出すだけで三ヶ月我慢したんだよ。こんな風に触れられるの嬉しくて堪らない」
「……っ!」

本当に嬉しそうに、紀広さんの長い指が私の汗ばんだ指に絡む。
キスしたりとか、抱きしめられたりとかしたわけじゃない。
ただ手の平を握られているだけ、なのに。それだけで心臓が痛くて、少しだけ目の裏側が熱くなった。

「ちゃんと君のペースで進めていくから。改めてよろしくね」

そう言って優しく笑うこの人は、驚く事に本当に、今日から私の彼氏らしい。



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