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第四章:屋根裏のひみつ会議
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夜のねこたま通りは、昼間とはまるで別の顔をしていた。
日中の活気と香ばしいスコーンの匂いが消え、通りには静寂と、ふんわりとしたミルク色の月明かりだけが漂っていた。
パン屋の「ぱんにゃ・ぶらん」は看板の灯りを落とし、花屋の鉢植えにはレースのカバーがかけられている。電柱の上には、オレンジ色の灯りがぼんやりと光り、どこからか猫のあくびの音が聞こえてきた。
そんな町の一角、誰にも知られていないとされる場所――**「チュチュ洋品店の屋根裏」**に、猫たちだけの秘密会議が開かれようとしていた。
シャーロックとワトソンは、屋根の上の丸窓からするりと中へ入る。
そこは、古いトランクやレースのはぎれ、くるくる巻かれたリボンが並ぶ、柔らかくて静かな空間だった。
「ここが……“にゃん議会”?」
ワトソンがぽつりとつぶやく。シャーロックは頷いた。
「正式名称は“夜の猫たちの相談所”。通称“にゃん議会”。ねこたま通りで何か困ったことがあると、ここの屋根裏でひそやかに情報交換が行われるんだ」
ワトソンが見渡すと、すでにそこには数匹の猫たちが集まっていた。
最年長の白猫、教授(プロフェッサー)・しらたま。
めがねのような模様が顔にあり、静かな声で語る長毛の賢猫。
つねに毛糸玉を転がしているのが特徴だ。
小柄で目の鋭い茶トラ、ちょびヒゲのピピ。
その名の通り口元に小さな黒い模様があり、情報通で有名。
常に「真実はひとつ」とつぶやいている。
ほかにも、双子の三毛猫姉妹・ふーとらん、鈍くさいけどお人好しのキジトラ・グリさんなど、ねこたま通りでも一癖ある面々が顔を揃えていた。
「やあ、探偵チャンズ」
しらたま教授が、ゆっくりと頷いた。
「“マカロンちゃん失踪事件”、聞いてるよ。バサラのことも……あの子、最近ここに出入りしてた」
「やはり……」
シャーロックが静かに前へ出る。
「バサラはマカロンに何かを伝えたかった。そして、守ろうとしている。でも何から? 誰から? 僕たちはその理由を知りたい」
ピピが前足をぺしっと鳴らした。
「おいらたちも、バサラの動きは追ってたんだよ。最近、三毛三丁目のあたりを何度も巡回してたし、あのモンプチュ邸の近くで……誰かと会ってた」
「誰?」
「……それが、“スノウ・ブリュレ”だ」
シャーロックのひげがぴくりと揺れる。
「やはり……あの猫、何かを隠してる。今日のキャットパレードでも、意味深なことを言っていた」
しらたま教授が、くるくると毛糸玉を転がしながら話しはじめた。
「バサラは元々、街を離れた猫だったんだよ。昔はもっと汚れていて、荒れていて……でも、ある日戻ってきた。その時、連れていたのが――マカロンだった」
「えっ……!」
ワトソンがびっくりして目を丸くする。
「そう。マカロンは、元は野良。小さな公園の植え込みの中で弱っていたのを、バサラが拾ったんだ」
「じゃあ……」
「ミルフィーユ嬢のところに預けたのも、バサラ。自分じゃ育てられないけど、あの子には幸せになってほしい……そう言ってたよ」
静かな空気が流れる。
シャーロックは小さく頷くと、真剣な眼差しで仲間たちを見渡した。
「つまり、バサラはマカロンの“育ての親”だった。でも、なぜ今さら彼女の前に現れた? そしてなぜ――マカロンは姿を消した?」
ちょびヒゲのピピが、すっと前足を上げる。
「実は、気になる話がある。パレードの直前、ブリュレがこっそり話していたのを聞いた。“今年の主役は、もう決まってるの。誰にも渡さない”って」
ワトソンがまたもや体をびくっと震わせた。
「まさか……」
「そう。“パレードの主役”の座をめぐって、マカロンが何かを知ってしまった可能性がある」
「それで、危険を察知したバサラが……?」
「連れ出した。守るために」
シャーロックが言い切ったその瞬間、どこかから「ミャッ!」という短い鳴き声が響いた。
全員が耳をぴんと立てる。
「これは――!」
「外だ!」
会議室を飛び出したシャーロックとワトソン。
夜の風を切って、屋根の上を跳び越え、鉢植えと通気口をぴょんぴょん渡っていく。
そして……見つけた。
街角の裏路地、明かりのない路地の奥。
小さな木箱の上に、ちょこんと座っていたのは――マカロンだった。
⸻
🐾 そして、再会へ
「マカロン……!」
ワトソンが駆け寄ると、マカロンはおずおずと立ち上がった。
体には泥がつき、毛並みは少し乱れている。でもその瞳は、しっかりと輝いていた。
「だ、だいじょうぶ……?」
シャーロックが静かに前に出て、優しく声をかける。
「君は、なぜ姿を消したんだ?」
マカロンは、一歩近づくと、小さな声でぽつりと答えた。
「……わたし、知っちゃったの。ブリュレお姉さまが……あの、トロフィーを“仕込んでた”の」
「仕込んでた?」
「受賞者の名前を、事前に“削って”、自分の名前を刻もうとしてたの。主役の座を“盗む”ために……」
シャーロックの目が鋭くなる。
「そして、君がそれを見てしまった……」
「バサラお兄ちゃんが、気づいて……わたしの首輪をはずして、“危ないから逃げよう”って」
シャーロックとワトソンは、同時に顔を見合わせる。
「つまり、すべては――ブリュレの陰謀だったんだ」
「……でも、バサラお兄ちゃん、ひとりで……」
「大丈夫。今、君を連れて帰って、真実を明らかにしよう」
夜の空には、静かに星がまたたいていた。
事件の輪郭が、とうとうはっきりと浮かび上がってきた。
日中の活気と香ばしいスコーンの匂いが消え、通りには静寂と、ふんわりとしたミルク色の月明かりだけが漂っていた。
パン屋の「ぱんにゃ・ぶらん」は看板の灯りを落とし、花屋の鉢植えにはレースのカバーがかけられている。電柱の上には、オレンジ色の灯りがぼんやりと光り、どこからか猫のあくびの音が聞こえてきた。
そんな町の一角、誰にも知られていないとされる場所――**「チュチュ洋品店の屋根裏」**に、猫たちだけの秘密会議が開かれようとしていた。
シャーロックとワトソンは、屋根の上の丸窓からするりと中へ入る。
そこは、古いトランクやレースのはぎれ、くるくる巻かれたリボンが並ぶ、柔らかくて静かな空間だった。
「ここが……“にゃん議会”?」
ワトソンがぽつりとつぶやく。シャーロックは頷いた。
「正式名称は“夜の猫たちの相談所”。通称“にゃん議会”。ねこたま通りで何か困ったことがあると、ここの屋根裏でひそやかに情報交換が行われるんだ」
ワトソンが見渡すと、すでにそこには数匹の猫たちが集まっていた。
最年長の白猫、教授(プロフェッサー)・しらたま。
めがねのような模様が顔にあり、静かな声で語る長毛の賢猫。
つねに毛糸玉を転がしているのが特徴だ。
小柄で目の鋭い茶トラ、ちょびヒゲのピピ。
その名の通り口元に小さな黒い模様があり、情報通で有名。
常に「真実はひとつ」とつぶやいている。
ほかにも、双子の三毛猫姉妹・ふーとらん、鈍くさいけどお人好しのキジトラ・グリさんなど、ねこたま通りでも一癖ある面々が顔を揃えていた。
「やあ、探偵チャンズ」
しらたま教授が、ゆっくりと頷いた。
「“マカロンちゃん失踪事件”、聞いてるよ。バサラのことも……あの子、最近ここに出入りしてた」
「やはり……」
シャーロックが静かに前へ出る。
「バサラはマカロンに何かを伝えたかった。そして、守ろうとしている。でも何から? 誰から? 僕たちはその理由を知りたい」
ピピが前足をぺしっと鳴らした。
「おいらたちも、バサラの動きは追ってたんだよ。最近、三毛三丁目のあたりを何度も巡回してたし、あのモンプチュ邸の近くで……誰かと会ってた」
「誰?」
「……それが、“スノウ・ブリュレ”だ」
シャーロックのひげがぴくりと揺れる。
「やはり……あの猫、何かを隠してる。今日のキャットパレードでも、意味深なことを言っていた」
しらたま教授が、くるくると毛糸玉を転がしながら話しはじめた。
「バサラは元々、街を離れた猫だったんだよ。昔はもっと汚れていて、荒れていて……でも、ある日戻ってきた。その時、連れていたのが――マカロンだった」
「えっ……!」
ワトソンがびっくりして目を丸くする。
「そう。マカロンは、元は野良。小さな公園の植え込みの中で弱っていたのを、バサラが拾ったんだ」
「じゃあ……」
「ミルフィーユ嬢のところに預けたのも、バサラ。自分じゃ育てられないけど、あの子には幸せになってほしい……そう言ってたよ」
静かな空気が流れる。
シャーロックは小さく頷くと、真剣な眼差しで仲間たちを見渡した。
「つまり、バサラはマカロンの“育ての親”だった。でも、なぜ今さら彼女の前に現れた? そしてなぜ――マカロンは姿を消した?」
ちょびヒゲのピピが、すっと前足を上げる。
「実は、気になる話がある。パレードの直前、ブリュレがこっそり話していたのを聞いた。“今年の主役は、もう決まってるの。誰にも渡さない”って」
ワトソンがまたもや体をびくっと震わせた。
「まさか……」
「そう。“パレードの主役”の座をめぐって、マカロンが何かを知ってしまった可能性がある」
「それで、危険を察知したバサラが……?」
「連れ出した。守るために」
シャーロックが言い切ったその瞬間、どこかから「ミャッ!」という短い鳴き声が響いた。
全員が耳をぴんと立てる。
「これは――!」
「外だ!」
会議室を飛び出したシャーロックとワトソン。
夜の風を切って、屋根の上を跳び越え、鉢植えと通気口をぴょんぴょん渡っていく。
そして……見つけた。
街角の裏路地、明かりのない路地の奥。
小さな木箱の上に、ちょこんと座っていたのは――マカロンだった。
⸻
🐾 そして、再会へ
「マカロン……!」
ワトソンが駆け寄ると、マカロンはおずおずと立ち上がった。
体には泥がつき、毛並みは少し乱れている。でもその瞳は、しっかりと輝いていた。
「だ、だいじょうぶ……?」
シャーロックが静かに前に出て、優しく声をかける。
「君は、なぜ姿を消したんだ?」
マカロンは、一歩近づくと、小さな声でぽつりと答えた。
「……わたし、知っちゃったの。ブリュレお姉さまが……あの、トロフィーを“仕込んでた”の」
「仕込んでた?」
「受賞者の名前を、事前に“削って”、自分の名前を刻もうとしてたの。主役の座を“盗む”ために……」
シャーロックの目が鋭くなる。
「そして、君がそれを見てしまった……」
「バサラお兄ちゃんが、気づいて……わたしの首輪をはずして、“危ないから逃げよう”って」
シャーロックとワトソンは、同時に顔を見合わせる。
「つまり、すべては――ブリュレの陰謀だったんだ」
「……でも、バサラお兄ちゃん、ひとりで……」
「大丈夫。今、君を連れて帰って、真実を明らかにしよう」
夜の空には、静かに星がまたたいていた。
事件の輪郭が、とうとうはっきりと浮かび上がってきた。
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