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第八章:迷子と時計塔とちいさな手紙
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秋のねこたま通りは、うっすらと霧がかかっていた。
朝もやのなか、石畳がうっすらと濡れ、どこか遠くで時計の針がひとつ、静かに時を刻む。
「カーン……」
午前七時。町の中央に立つ古時計塔から、小さな鐘の音が響いた。
それは、何十年も前から変わらない音――のはずだった。
だがその日、通りの猫たちは妙なことに気づいた。
「……ねぇ、あの時計、5分遅れてない?」
「えっ、ほんと? 毎日6時50分にカナリアさんのパンが焼けるのに、今日だけ焼き立ての匂いがまだしてない……!」
シャーロックとワトソンも、その話を聞いて時計塔を見上げていた。
「確かに……いつもなら、あの針はもう少し上にあるはず」
「でも、どうしてこんなに急に?」
そのときだった。
通りの向こうから、小さな影がとことこ歩いてきた。
体の半分くらいの大きなトランクをひきずるようにして、三毛柄のちび猫が現れた。
片方の耳がぺたんと折れ、白いマフラーが首からゆらゆら揺れている。
「おや……あの子、見ない顔だね」
シャーロックが目を細めたその瞬間――
「あの……時計、なおせますか……?」
その子猫が、ふらふらとシャーロックのもとへ近づき、小さな声でそう言った。
⸻
🐾 ちび猫と古びた歯車
名を聞くと、子猫はちょこんと座り、
「トト」と名乗った。
トトはまだ生後半年ほどだろう。少し緊張したように、肉球をもじもじさせながら言葉をつづけた。
「ぼく……時計の中から落ちてきた、ちいさい“カナグ”を拾ったの。でも、どこに戻せばいいか、わからなくなっちゃって……」
「時計の中から……?」
シャーロックは、トトの差し出した小さな包みを受け取った。中には、錆びた歯車と、ちいさな金属の芯。
どちらもかなり古く、丁寧に布で包まれていた。
「どうして君がそれを?」
「……おじいちゃんが、昔、時計の見張り番をしてたの。でも……去年、空にのぼっちゃって」
「…………」
「おじいちゃんの引き出しに、この歯車があって、手紙が添えられてたの。“この部品、塔に戻してあげて”って」
ワトソンがそっとつぶやく。
「……それで、ひとりでここまで来たんだ」
「うん……途中で迷っちゃった。でも、時計が遅れてるって聞いて、ぼく、きっと間違ってなかったんだって思って」
シャーロックは、ちいさくうなずいた。
「この部品をもとに戻せば、時計はまた正しく時を刻む。きみのおじいさんは、それを願っていたんだね」
⸻
🐾 時計塔のなかへ
ねこたま通りの時計塔の扉が開かれるのは、年に一度の“時猫(ときねこ)まつり”のときだけ。
それ以外は、町の管理猫“マストさん”が鍵を預かっている。
「特別に開けてあげましょう。……この子のおじいさんは、私の親友だった」
ふくよかな長毛のマストさんは、トトの頭をそっと撫でながら鍵を回した。
ギギ……と音を立てて、扉が開く。
中には、太くてしっかりした階段。そして、ずっと上まで伸びる木の梁。
シャーロックたちは、トトを先頭に、塔のなかを登っていった。
きしきしと音を立てる階段。壁には、古い設計図や記録が掛けられていた。
そして、一番上のフロア――そこにあったのは、巨大な振り子と、無数の歯車だった。
「……この歯車の、どこかに……」
シャーロックがじっと機構を見つめていると、トトがぽつりとつぶやいた。
「……あのへこみ。おじいちゃんが“ここに戻して”って言ってた」
古い歯車の軸には、確かに少しだけ丸く削れた跡があった。
そこへ、トトの持ってきた歯車をゆっくりとはめ込んでいくと――
カチ……ッ
音を立てて、ぴたりと噛み合った。
そして――
カーン……
午前九時を告げる鐘が、ぴたりと鳴った。
⸻
🐾 手紙の続き
トトが持っていた手紙の裏には、もう一文あった。
「トトへ。いつか君が迷子になったとき、時間が道を示してくれるだろう。どこにいても、わたしは君の時計でありつづける」
「……おじいちゃん……」
塔の最上階で、トトはしばらく何も言わず、ただ空を見上げていた。
そして、小さく、でも確かに笑った。
「ぼく、ちゃんと戻したよ……」
⸻
🐾 通りに戻る時間
それから数日、ねこたま通りの時計塔はぴったりと正確な時を刻みつづけた。
カナリアのパン屋は焼き上がり時間をぴたっと合わせ、ふーとらん姉妹は「遅刻しにゃくなった!」と大はしゃぎ。
そして、シャーロックの家の屋根裏には――
トトのちいさなトランクが、そっと置かれていた。
「少しの間、ここで暮らしてもいいかしら?」
ワトソンが紅茶を淹れながら聞くと、トトは嬉しそうにしっぽを揺らした。
「うん! 時計、今度は僕が見守る!」
⸻
つづく
次章予告:第九章「モンブラン通りの消えた影」
次なる舞台は、ねこたま通りの隣にある“モンブラン通り”。そこでは夜な夜な、“誰にも見えない猫の影”が目撃されていた。
シャーロック猫チャンズ、新たな街での探索へ――!
朝もやのなか、石畳がうっすらと濡れ、どこか遠くで時計の針がひとつ、静かに時を刻む。
「カーン……」
午前七時。町の中央に立つ古時計塔から、小さな鐘の音が響いた。
それは、何十年も前から変わらない音――のはずだった。
だがその日、通りの猫たちは妙なことに気づいた。
「……ねぇ、あの時計、5分遅れてない?」
「えっ、ほんと? 毎日6時50分にカナリアさんのパンが焼けるのに、今日だけ焼き立ての匂いがまだしてない……!」
シャーロックとワトソンも、その話を聞いて時計塔を見上げていた。
「確かに……いつもなら、あの針はもう少し上にあるはず」
「でも、どうしてこんなに急に?」
そのときだった。
通りの向こうから、小さな影がとことこ歩いてきた。
体の半分くらいの大きなトランクをひきずるようにして、三毛柄のちび猫が現れた。
片方の耳がぺたんと折れ、白いマフラーが首からゆらゆら揺れている。
「おや……あの子、見ない顔だね」
シャーロックが目を細めたその瞬間――
「あの……時計、なおせますか……?」
その子猫が、ふらふらとシャーロックのもとへ近づき、小さな声でそう言った。
⸻
🐾 ちび猫と古びた歯車
名を聞くと、子猫はちょこんと座り、
「トト」と名乗った。
トトはまだ生後半年ほどだろう。少し緊張したように、肉球をもじもじさせながら言葉をつづけた。
「ぼく……時計の中から落ちてきた、ちいさい“カナグ”を拾ったの。でも、どこに戻せばいいか、わからなくなっちゃって……」
「時計の中から……?」
シャーロックは、トトの差し出した小さな包みを受け取った。中には、錆びた歯車と、ちいさな金属の芯。
どちらもかなり古く、丁寧に布で包まれていた。
「どうして君がそれを?」
「……おじいちゃんが、昔、時計の見張り番をしてたの。でも……去年、空にのぼっちゃって」
「…………」
「おじいちゃんの引き出しに、この歯車があって、手紙が添えられてたの。“この部品、塔に戻してあげて”って」
ワトソンがそっとつぶやく。
「……それで、ひとりでここまで来たんだ」
「うん……途中で迷っちゃった。でも、時計が遅れてるって聞いて、ぼく、きっと間違ってなかったんだって思って」
シャーロックは、ちいさくうなずいた。
「この部品をもとに戻せば、時計はまた正しく時を刻む。きみのおじいさんは、それを願っていたんだね」
⸻
🐾 時計塔のなかへ
ねこたま通りの時計塔の扉が開かれるのは、年に一度の“時猫(ときねこ)まつり”のときだけ。
それ以外は、町の管理猫“マストさん”が鍵を預かっている。
「特別に開けてあげましょう。……この子のおじいさんは、私の親友だった」
ふくよかな長毛のマストさんは、トトの頭をそっと撫でながら鍵を回した。
ギギ……と音を立てて、扉が開く。
中には、太くてしっかりした階段。そして、ずっと上まで伸びる木の梁。
シャーロックたちは、トトを先頭に、塔のなかを登っていった。
きしきしと音を立てる階段。壁には、古い設計図や記録が掛けられていた。
そして、一番上のフロア――そこにあったのは、巨大な振り子と、無数の歯車だった。
「……この歯車の、どこかに……」
シャーロックがじっと機構を見つめていると、トトがぽつりとつぶやいた。
「……あのへこみ。おじいちゃんが“ここに戻して”って言ってた」
古い歯車の軸には、確かに少しだけ丸く削れた跡があった。
そこへ、トトの持ってきた歯車をゆっくりとはめ込んでいくと――
カチ……ッ
音を立てて、ぴたりと噛み合った。
そして――
カーン……
午前九時を告げる鐘が、ぴたりと鳴った。
⸻
🐾 手紙の続き
トトが持っていた手紙の裏には、もう一文あった。
「トトへ。いつか君が迷子になったとき、時間が道を示してくれるだろう。どこにいても、わたしは君の時計でありつづける」
「……おじいちゃん……」
塔の最上階で、トトはしばらく何も言わず、ただ空を見上げていた。
そして、小さく、でも確かに笑った。
「ぼく、ちゃんと戻したよ……」
⸻
🐾 通りに戻る時間
それから数日、ねこたま通りの時計塔はぴったりと正確な時を刻みつづけた。
カナリアのパン屋は焼き上がり時間をぴたっと合わせ、ふーとらん姉妹は「遅刻しにゃくなった!」と大はしゃぎ。
そして、シャーロックの家の屋根裏には――
トトのちいさなトランクが、そっと置かれていた。
「少しの間、ここで暮らしてもいいかしら?」
ワトソンが紅茶を淹れながら聞くと、トトは嬉しそうにしっぽを揺らした。
「うん! 時計、今度は僕が見守る!」
⸻
つづく
次章予告:第九章「モンブラン通りの消えた影」
次なる舞台は、ねこたま通りの隣にある“モンブラン通り”。そこでは夜な夜な、“誰にも見えない猫の影”が目撃されていた。
シャーロック猫チャンズ、新たな街での探索へ――!
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