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第九章:モンブラン通りの消えた影
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ねこたま通りから、南へ5分ほど歩いた先にあるのがモンブラン通り。
そこは古書店や時計修理屋、ちいさな喫茶店が並ぶ、どこか時間の流れがゆるやかな通りだった。
秋が深まり、葉が黄金に色づくころ。
その通りに住む猫たちの間で、ひとつの噂が広まりつつあった。
「……夜な夜な、影がひとつ増えるんですのよ」
それを最初に口にしたのは、モンブラン通りにあるブローチ店の店主、フランソワ夫人だった。
「うちのショーウィンドウに、毎晩“6つ目の影”が映るのですわ。でも、わたくしとスタッフ猫は5匹しかいませんのよ」
「……それ、たんなる照明の反射じゃないの?」
「ふふふ、いいえ、ワトソンさん。影は、ゆっくりと動くのです。そして、決して正面を向かない――」
シャーロックは静かに耳を傾けていた。
それは、通りの他の猫たちも感じている“違和感”だった。
・夜になると、ガラス戸にもうひとつの影が映る
・お皿の上のクッキーがひとつだけ消える
・糸玉が転がって、朝には別の場所にある
「……いたずら好きな妖精、みたいなものかもね」
トトが無邪気に笑った。
「あるいは、“なにか”が帰ってこようとしているのかもしれないよ」
シャーロックは、そうつぶやいた。
⸻
🐾 影を写す猫目レンズ
「見えない影を、見る方法はあるの?」
ワトソンの問いに、シャーロックはうなずいた。
「あるよ。“猫目レンズ”を使う」
それは、古道具屋「ソリス雑貨店」にひっそりと置かれていた道具だった。
小さな三日月型のレンズで、夜目のよく効く猫が覗くと“普通には見えない動き”が映るのだという。
「貸してくれる?」
「貸すのは無理だけど、使っていいよ」
店主のヒマラヤン猫、ソリス氏が差し出したレンズを持ち、シャーロックたちは夜のモンブラン通りへ向かった。
通りには、柔らかい電灯の光がぽつぽつと点り、秋の風が落ち葉をさらっていく。
レンズを覗き込んだシャーロックの目が、ふと細まる。
「……いた」
「えっ、ほんとに!?」
「ショーウィンドウの前……透明な毛並みに、青い目……うっすらと、通りすぎた」
ワトソンとトトが背筋をのばした。
「その猫、どこに行ったの?」
「……あの喫茶店、“ル・カフェ・ルミエール”へ入っていった」
⸻
🐾 ル・カフェ・ルミエールの記憶
“ル・カフェ・ルミエール”は、町でもとくに静かな喫茶店だった。
かつてはいつも賑わっていたが、今は店主の高齢化もあり、夜は閉店しているはずだった。
しかしその夜、カフェの中からほのかな光がもれていた。
「誰かいる……?」
シャーロックたちはそっと扉を押すと、かすかに軋む音と共に開いた。
店内には誰の姿もない。けれど、空気の中にはあたたかなミルクとキャラメルの香り。
そして――
「……おかえり」
奥の棚の陰から、白く薄い影が浮かび上がった。
それは、かつてこのカフェに通っていた**“ルゥ”という猫**の面影だった。
⸻
🐾 失われた常連猫
フランソワ夫人が語った。
「ルゥちゃんは、数年前までこのカフェに通っていた常連猫だったのよ。いつも決まった席で、スチームミルクを飲みながら、日記を書いていたわ」
「でも、ある日ふっと来なくなったの。引っ越したと誰かが言ったけれど、手紙も何も届かなかった」
「きっと、帰ってきたんだよ」
トトがぽつりと言った。
「影だけになっても、このカフェを忘れなかったんだ。自分が好きだった場所を、もう一度、感じたかったんだよ」
シャーロックはゆっくりとレンズを外した。
そして、小さな日記帳を見つけた。棚の奥に、うっすらと埃をかぶって――
中には、こう記されていた。
⸻
「わたしがいなくなっても、だれかがここでスチームミルクを飲んでくれたらいいな。
わたしは、きっとその香りに帰ってこられるから」
⸻
🐾 帰ってくる場所
次の日、“ル・カフェ・ルミエール”は再び灯りをともした。
近所の猫たちが少しずつ集まり、ミルクの香りが店内に広がる。
特別なテーブルには、小さなカップと、開かれた日記帳が置かれていた。
そしてシャーロックたちは、夜になって再びレンズを覗いた。
――そこには、笑顔のルゥが、静かにカップを前に座っていた。
「影は、消えたんじゃない」
「うん、“帰ってきた”んだね」
⸻
つづく
次章予告:第十章「まぼろし絵本と消えた1ページ」
ねこたま図書室の奥に眠る“幻の絵本”に、1ページだけが欠けていた――その1ページには、未来のある猫の“鍵”が隠されていた。
そこは古書店や時計修理屋、ちいさな喫茶店が並ぶ、どこか時間の流れがゆるやかな通りだった。
秋が深まり、葉が黄金に色づくころ。
その通りに住む猫たちの間で、ひとつの噂が広まりつつあった。
「……夜な夜な、影がひとつ増えるんですのよ」
それを最初に口にしたのは、モンブラン通りにあるブローチ店の店主、フランソワ夫人だった。
「うちのショーウィンドウに、毎晩“6つ目の影”が映るのですわ。でも、わたくしとスタッフ猫は5匹しかいませんのよ」
「……それ、たんなる照明の反射じゃないの?」
「ふふふ、いいえ、ワトソンさん。影は、ゆっくりと動くのです。そして、決して正面を向かない――」
シャーロックは静かに耳を傾けていた。
それは、通りの他の猫たちも感じている“違和感”だった。
・夜になると、ガラス戸にもうひとつの影が映る
・お皿の上のクッキーがひとつだけ消える
・糸玉が転がって、朝には別の場所にある
「……いたずら好きな妖精、みたいなものかもね」
トトが無邪気に笑った。
「あるいは、“なにか”が帰ってこようとしているのかもしれないよ」
シャーロックは、そうつぶやいた。
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🐾 影を写す猫目レンズ
「見えない影を、見る方法はあるの?」
ワトソンの問いに、シャーロックはうなずいた。
「あるよ。“猫目レンズ”を使う」
それは、古道具屋「ソリス雑貨店」にひっそりと置かれていた道具だった。
小さな三日月型のレンズで、夜目のよく効く猫が覗くと“普通には見えない動き”が映るのだという。
「貸してくれる?」
「貸すのは無理だけど、使っていいよ」
店主のヒマラヤン猫、ソリス氏が差し出したレンズを持ち、シャーロックたちは夜のモンブラン通りへ向かった。
通りには、柔らかい電灯の光がぽつぽつと点り、秋の風が落ち葉をさらっていく。
レンズを覗き込んだシャーロックの目が、ふと細まる。
「……いた」
「えっ、ほんとに!?」
「ショーウィンドウの前……透明な毛並みに、青い目……うっすらと、通りすぎた」
ワトソンとトトが背筋をのばした。
「その猫、どこに行ったの?」
「……あの喫茶店、“ル・カフェ・ルミエール”へ入っていった」
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🐾 ル・カフェ・ルミエールの記憶
“ル・カフェ・ルミエール”は、町でもとくに静かな喫茶店だった。
かつてはいつも賑わっていたが、今は店主の高齢化もあり、夜は閉店しているはずだった。
しかしその夜、カフェの中からほのかな光がもれていた。
「誰かいる……?」
シャーロックたちはそっと扉を押すと、かすかに軋む音と共に開いた。
店内には誰の姿もない。けれど、空気の中にはあたたかなミルクとキャラメルの香り。
そして――
「……おかえり」
奥の棚の陰から、白く薄い影が浮かび上がった。
それは、かつてこのカフェに通っていた**“ルゥ”という猫**の面影だった。
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「ルゥちゃんは、数年前までこのカフェに通っていた常連猫だったのよ。いつも決まった席で、スチームミルクを飲みながら、日記を書いていたわ」
「でも、ある日ふっと来なくなったの。引っ越したと誰かが言ったけれど、手紙も何も届かなかった」
「きっと、帰ってきたんだよ」
トトがぽつりと言った。
「影だけになっても、このカフェを忘れなかったんだ。自分が好きだった場所を、もう一度、感じたかったんだよ」
シャーロックはゆっくりとレンズを外した。
そして、小さな日記帳を見つけた。棚の奥に、うっすらと埃をかぶって――
中には、こう記されていた。
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「わたしがいなくなっても、だれかがここでスチームミルクを飲んでくれたらいいな。
わたしは、きっとその香りに帰ってこられるから」
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🐾 帰ってくる場所
次の日、“ル・カフェ・ルミエール”は再び灯りをともした。
近所の猫たちが少しずつ集まり、ミルクの香りが店内に広がる。
特別なテーブルには、小さなカップと、開かれた日記帳が置かれていた。
そしてシャーロックたちは、夜になって再びレンズを覗いた。
――そこには、笑顔のルゥが、静かにカップを前に座っていた。
「影は、消えたんじゃない」
「うん、“帰ってきた”んだね」
⸻
つづく
次章予告:第十章「まぼろし絵本と消えた1ページ」
ねこたま図書室の奥に眠る“幻の絵本”に、1ページだけが欠けていた――その1ページには、未来のある猫の“鍵”が隠されていた。
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