上 下
40 / 151
第4章

議論・馬耳東風

しおりを挟む



お猿獣人ではなく、れっきとした人間の冒険者であるリンド・ワイムス氏。
推定年齢二十代半ば。身長…わからん。ちっさい。きゃんきゃんよく吼える様は猿というより仔犬に近い。ここで余計なことを口にすればまた面倒なことになるだろうから黙っておこう。

既に面倒な事態に陥っているのに。


「新参者が我が物顔で俺の縄張り荒らしているって聞いてみれば、ランクFだと?最低ランクのヒヨっ子が生意気に!」

なんだかぷりぷりしている彼の言い分を、彼が説明してくれる前に俺が推理してみましょう。
ベルカイムで唯一のランクB素材採取家であった彼。依頼をほぼ独占する形で受注していたのだろう。そんな井の中の蛙状態に俺という超新星。…ちょっと言いすぎか。
俺の素晴らしく優秀な探査サーチ先生と調査スキャン先生、全てを広い懐で受け入れてくれる鞄のおかげで大活躍中のヒヨっ子採取家が幅を利かせてきたと。

縄張りを荒らしているつもりは全く無かった。エウロパの受付主任であるグリットにも確認したんだ。これと言って決まった採取場所はあるのかと。
チームで管理しているような場所を、俺が知らないとはいえ勝手に入って勝手に採取したら問題になるっていうかクソ面倒なことになる。そういう場所があるなら前もって知っておきたいからだ。

しかしグリットは笑って言った。そんな場所確保しているヤツはいない。私有地ならともかく、ルセウヴァッハ領は全て領主の所有物だ。独占しているヤツが居たら逆に報告して欲しいとまで言われたのだ。
そんなわけで、俺は安心して採取をした。と、言っても街道近くや地図に細かく記載されているような人気箇所は避け、モンスターが出てくる奥地へと赴いて採取していたのだが。

「どんなあくどい手を使ったんだか知らないが、俺より評判がいいってのが許せねえ」

初対面の人間相手にきゃんきゃん吼える様が不人気の原因じゃないかしら。

「お前、クレイストンさんの手を借りて採取してんだろ」
「はあ」
「そりゃ、栄誉の竜王がついていやがんだもんな!どんな危険地帯にだって行けるだろうよ!」
「まあ」
「しかし解せねぇのが俺を指名依頼していたヤツらが、根こそぎお前のところにいっちまったってことだ!」

そんなん知らんがな。

俺は頼まれた仕事には真摯に向き合い、顧客を満足させるために最高の品を届けるよう努力しているだけだ。
そもそもクレイとチームを組む前から採取はしていた。ビーの力もあるが、俺自身だってまあまあ頑張っていた。それを知らないのかね。知らないんだろうな。

「へんっ!どうせどっかから盗んだ品を横流ししていやがるんだろうよ!」

あらあ。
とんだ言いがかり。
やだどうしましょう。
同じ素材採取家だというから同業者としてよしなに、なんて考えていたのが馬鹿みたいだ。嫌だなあ。採取家が皆こんな単細胞だと思われたら。

「タケル、お前の不愉快だと思う気持ちは重々承知しています」
「わかってくれるかプニさん」
「少し、殺しましょう」

やめなさい。

爽やかな笑顔で拳を握り締めるプニさんを落ち着かせ、さてどうするかと思案。
ランクBにしては性格がヒン曲がっているのが気になる。冒険者のランクは上がるごとに経験を積み、精神が研ぎ澄まされ、ちょっとやそっとでは喧嘩を買わなくなる。人によるが。
つまり、色々な経験があるから対処することも上手くなるのだ。
弱いヤツほど良く吼えるとは言ったもの。これはアレか。便乗ランクアップっていう…。

「えーと、誰さんだっけ」
「ランクB冒険者の、リンド・ワイムスだ!!」
「そうそう、ワイムス君。そのワイムス君は何がしたいわけ?」
「えっ?!えっと、それは」
「この広大なルセウヴァッハ領はルセウヴァッハ伯爵の所有物であって君の私有地でも縄張りでもなんでもない。暗黙の了解も知ったことじゃない。受付主任のグリットさん公認。それなのに君は縄張りがどうのマーキングがどうのと主張する。しかも俺の仕事に嫉妬して盗品だのと言いがかり。それじゃあ聞くけど、盗品だった場合俺はどうやってどこから品物を的確に盗めるのか教えてくれないかな」

なるべく穏やかに、微笑みながら、ゆっくりと話をした。
周りで知らん顔をしながらも聞き耳を立てているヤツらも無言で頷いている。言っておくけどこの群集の中、俺の顔見知りがちらほらいるんだからな。俺のことを親切で優しい冒険者だと認識している人たちが。そんな中で俺が泣き寝入り、もしくは単純に喧嘩を買うような真似をしてみろ。俺の信用はダダ下がりだ。

「依頼者が俺を選んだのは、俺は決して仕事に妥協をしないからだ。頼まれたものはランクFの野草だとしてもより良い状態のものを厳選する。決して枯れたり折れたりした半端ものは納品しない。顧客は俺を信用してくれる。だから俺はその信用に精一杯応える為に奔走する。仕方が無いと諦めて開き直るなんてとんでもない。君が依頼主だったらどちらの採取家に仕事を頼むんだ?それは出来ないと断る冒険者か?違うだろう?顧客の期待に応えてくれる冒険者だろう?」

たとえ彼の腕が超一流だとしても、こんな言いがかりをつけてくるようでは高が知れている。顧客に向き合い真摯に対応をしていれば、顧客は離れていかないものだ。いくら隣の芝生が青くても、情が芽生えれば気にならなくなる。営業担当が気に入ってもらえれば、新商品の宣伝にすら耳を傾けてくれるのだから。


営業ってのはね、会社じゃないの。看板じゃないのよ。
人なの。
人が、人にものを売って、人が、人を気に入って買ってくれるものよ。
人を舐めたり軽んじたりしたらそこでお終い。人は人を見ているんだから。


「うっ…うぐうううっ…」

ついつい前世の先輩を思い出してしまった。厳しくとも温かみのある先輩だった。むちっとしたタイトスカートから伸びるすらりとした足が素晴らしくてお近づきになれたらなとかなんとか思ったりしていたりしたこともあったり

「ああもう、やっぱり揉めている!」

先輩のおみ足を思い出している場合ではなかった。
騒ぎを聞きつけてやってきたのはエウロパ受付主任のグリット。銀フレームの丸眼鏡を煩わしそうに直しながら来た。あれは機嫌が悪そうだ。

「ワイムスさん、言いましたよね?冒険者同士での揉め事はご法度ですよと!」
「でもよ!俺のシマを荒らしやがった新参者に礼儀ってモンを!」
「誰よりも礼儀正しいタケルさんに何が礼儀ですか!ほら、ここは目立ちますからギルドに行きますよ!」
「イッテェ!!なにしやがんだ!」

ワイムスの耳をぐいっと摘み、説教をするグリットはまるでタケシのかあちゃん。耳を摘まれて引っ張られる人、はじめて見た。

「ご面倒をかけますが、タケルさんも一緒に来ていただけますか?」

グリットは不機嫌ながらも苦く笑い、申し訳無さそうに言ってくれた。
ほんと面倒なんだけど、恨まれたままっていうのも気分が悪い。懇意にしてくれているグリットの顔を立ててやるとしますか。

ベルカイムに来てそろそろ四ヶ月。
新参者っていつまで言われるのだろうか。



***( ゜ρ゜)***



ギルドに戻った俺は酒場で若い冒険者達に囲まれて萎縮しているクレイに手を振り、奥の面談室へ向かった。またあの暇そうな巨人のおっさんがいるのかと思いきや、おっさんは所要で他の街に出向いているのだとか。働いていたんだあのおっさん。
面倒そうな話の場に面倒そうな人を連れて行くのも面倒だったので、プニさんはクレイに任せた。

「さて、及ばずながらも私が仲裁をさせていただきます。宜しいですね?」

お茶を持ってきてくれたアリアンナの耳の動きに癒されながらも話は強引に始まった。
グリットによると数ヶ月前からワイムス氏から一方的な苦情が出ていたと。ベルカイムで唯一のランクB冒険者である素材採取専門家の仕事が減ってしまった、指名依頼は半分以下になってしまった、どういうことだと。
グリット氏は他の冒険者の情報など決して流さない。口の堅さで言えば事務主任のウェイドよりも堅いと評判。なのでいくらグリットに聞いても埒が明かない。

ワイムス氏は指名依頼を解消してしまった顧客に聞いた。と、いうより多分脅したんじゃないかな。そして力ずくで聞き出したのが、新参者のランクF冒険者である素材採取専門家。底辺ランクの分際で自分の顧客を根こそぎ取っていくだと?
とまあ、憤慨したわけだ。

「ではワイムスさん、タケルさんに謝罪をしてください」
「なんでだ!」
「騒ぎを聞いていたスッスに聞きました。貴方が一方的にタケルさんに言いがかりをつけていたんですってね」
「チッ!あの小ざかしい小人族かよ」
「何ですかその口の利き方は!」

グリットさんまじ怖い。
恐ろしかった教頭先生を思い出した。あの先生に逆らったら死ぬ、って噂されていた恐怖の教頭。
だが、叱ってくれる人がいるということは有難いことなのだ。過ちを正してほしいと願っているからこそ叱るのだ。興味のない人間なら放置しておけばいい。勝手に自滅してくれるから。

「貴方、言われたくないんでしょう?便乗ランクアップだと」
「そんなこと言ったヤツ、俺がぶちのめしてやる!」
「戦闘能力皆無な貴方が何を世迷言を」

二十代半ばほどでランクBというのは運だけでは辿り着けない場所だろう。多少なりとも実力はあるずだ。しかしこの性格だから疑われるのは無理もない。俺ですら疑ったんだ。
高ランク冒険者に便乗してランクアップしたに違いないと。

俺自身の生活は守りたい。
ベルカイムにはもう少し滞在する予定だし、居心地の良い街のままでいてもらいたい。このまま勝手にライバル視されるのも困るな。

「はいグリットさん」
「はい、なんでしょう」
「一言と言わずにたくさん言ってもいいですか」
「もちろんです。タケルさんの言い分もあるでしょうから」

それでは反論いきますか。
アリアンナが淹れてくれたちょっと……ものすごく苦いそば茶を飲みこんでから開始。

「で?」
「え?」
「いや、だから、で?君の縄張りだかなんだかで俺が君の仕事を奪ったとでも思っているわけだろ?はい、奪ったつもりはありません。俺は俺なりに仕事をしているだけです。以上。終わり」
「えっ?ちょっ、いやちょっと待てって!」

さて終わったと席を立つと、ワイムスが慌ててそれを制止する。

「な、なんでランクFのくせして…指名依頼が多いんだよ」

ランクFのくせして、ってお言葉が少々腹が立つがここは俺が大人になってあげよう。
そもそも彼は世渡りが上手なほうではない。きっと方々で恨みを買っているんじゃないだろうか。俺は前世でいろいろと経験させてもらっているから、どんな喧嘩を売られても冷静に対処することが出来る。
教えてくれる人がいたから、学ぶことが出来たんだ。

「ええとですね、まず俺がランクFのままなのには理由があるんだよ」
「そうです。ギルドは再三にわたってタケルさんにランクアップ試験を受けろと打診しているんです。タケルさんの実力はランクFなんてとんでもないんですよ」

グリットが援護射撃。
ギルドエウロパの連中は巨人のおっさんを筆頭に、毎日のように俺にランクアップしろと言ってくる。そうして名前を売って有名になれと。
ランクアップすることに問題はないのだが、ギルド側は俺をランクBにさせたがっているのだ。ランクが上がってしまうと主な依頼(クエスト)はモンスター狩や鉱石採取になってしまい、ランクFの地味依頼を受けることが出来なくなる。地味依頼を受けられなくなると指名依頼をしてくれるヤツらが困る。

冒険者にランク外の仕事を頼むと指名料が加算される。つまり、今1,000レイブで済んでいる依頼が1,500にも2,000にも跳ね上がってしまうのだ。
金がある依頼主はその差額も支払えるだろうが、中には今でもめいっぱいの状況で指名依頼をする依頼主もいる。俺を信頼し、慕ってくれている人が多い。
突き放すのは簡単だが、そうしてまでランクアップをしたいとも思えないのが現状なのだ。個人的に依頼主と直接交渉してやり取りすればいいかもしれないが、そういったことはギルドから禁止されている。ギルドに支払われる仲介料などが発生しなくなるからだ。

高位ランク冒険者に採取してもらった、というステータスにもなるらしいが、ベルカイムの民は些細な矜持よりも現実問題を考える。ランクBの採取家に頼むよりランクFの採取家に頼むのだって、人によってはプライドが傷つくらしい。
そういう些細なことを気にしないヤツが俺に回ってきているんだろうな。ステータスよりお金が大切だというヤツの比率が多かったってだけ。

俺が言うのもなんだが、俺の仕事は他の冒険者とは違う。探査(サーチ)の恩恵でもあるのだが、それだけではない。依頼された品はより良いものを探し、最低ランクの薬草一つでも葉の色や大きさ、状態まで考えて採取をしている。顧客を満足させることに関しては自信があるんだ。

調査(スキャン)が優秀だからって、それを選んで採取するのは俺の判断。採取の仕方だって多種多様。無造作に切って折って鞄に詰めているだけじゃないんだ。採取の仕方は図書館の蔵書をいくつも読んで勉強した。
それに最近は完全に魔法だけに頼らず、それぞれの薬草や野草が生息していそうな場所もわかるようになった。アリクイのうんこだって任せろ。

何百何千もの採取をしてきたんだ。学習しないわけがないだろう?
俺だって少しは採取専門家として胸を張りたいんだから。

「このさいランクとか関係ないよな?俺は地味依頼を消化しているだけ」
「それじゃあ、なんで俺の客がお前に移るんだ」
「そんなこと考えなくてもわかるだろ。さっきも言ったし」

客をないがしろにしたんだよ。
仕方なく仕事をこなす採取家より、誠意を持って仕事をする採取家を選んだだけ。

「うっぐぐぐ…わっかんねぇ、わっかんねーよ!なんで、俺が、ランクBの俺が!」

穏やかに説明したつもりなんだがなあ。
ワイムスはまだまだ納得できないようだ。自分が正しいと思っている人間ほど、間違いを絶対に認めない。
領主娘のように優しく諭すつもりはねーぞ?俺は男には厳しいんだ。

「そんじゃ、アンタはどうしたいんだ。俺はこれからも仕事を辞めないし、ベルカイムで世話になる」
「当たり前です。ダンゼライのシリウスなんかに移らないでください」

その、ルセウヴァッハ領の隣の領にあるダンゼライという町も気になってはいるのだけど。

「採取で………そうだ、採取で勝負だ!」
「えっやだめんどくさい」
「は?!」

なんで採取勝負なんて熱血なことやらなきゃいかんのだい。採取で勝負して白黒つけてそれでどうするんだよ。勝ってドヤるだけだろ?俺の生活は全く何も変わらない。
たとえ俺が負けたとしても、俺を信用してくれている顧客は離れないと思う。

「勝負して、どっちがより優秀な採取専門家か、決着をつけ」
「いやだからね、決着つけてどうしましょう?」
「うっ、それは、えっと、だから」

ようしわかった、受けて立つ!って言えるのは熱血主人公だけなんだよ。俺は主人公じゃなくていいんだ。世界の端っこで細々と生きる健気なモブAで十分なんだ。

「いいですね!それ!!」

あれっ

「貴方が納得出来ないと言うのなら、目に見える結果を作れば良いのです!」

ヒゲをひくひくさせちゃって、グリットが目を輝かせて立ち上がった。
おかしいな。ここで反対して何言っているんですかと激怒するのを待っていたんだけど。

「タケルさん、こうなったらあなたの持てる技術のすべてをワイムスに叩きつけてやりなさい!」
「えー」
「そうやっていつまでも逃げていると、ワイムスはしつこいですよ?ほんとこのひと、本当にしつこいですよ?」

グリットは腰に両手をあて、高らかに宣言してしまった。

「ワイムスさんとタケルさんの素材採取勝負、ギルドが責任を持って立ち会いましょう!」


何で面倒なことになりたくないため面倒なことをして、更なる面倒なことになるんだ。






しおりを挟む

処理中です...