上 下
42 / 151
第4章

開始・真剣勝負

しおりを挟む



素材採取勝負の火蓋は間抜けなラッパの音で開始された。
ギルド前では公然と賭けが繰り広げられている。評判は悪いが曲がりなりにもランクBのワイムスと、最低ランクで経験も浅いが腕は良いと言われている俺。オッズは…五分五分なのかな。俺に期待している人がいるのか。大穴だと思っていた。

勝負の行方は個人的にどうでもいいと思っている。そもそも仕事で誰かと競うとか争うとか、そういうのはこりごりなのだ。ノルマノルマノルマノルマの日々を思い出すじゃないかほんとやだ。
ただ、俺がめたくそに負けると俺を信頼している人たちを不安にさせるだろうし、がっかりもさせる。
期待を少しでもかけてくれる人たちのために精一杯の努力をするべきだ。

「さて」
「俺は先に行く!勝負はもうはじまっているんだからな。容赦はしないぜ!」

ワイムスはわき目も降らず一目散に大門を目指して走った。彼はそれらしき動物を観たことがあると言っていたから検討がついているのだろう。
俺はと言えば大勢が見守る中、何か言いたくてうずうずしているクレイとプニさんを置いて通りを歩く。急ぐ必要はない。慌ててはいけない。
チームメイトの手助けは禁止されたから、会話も控えておこう。

「ピュイ」
「ドラゴンの言葉がわかると知られることは無いかもしれんが、それでも会話は最低限な」
「ピュィィ…」

ビーは俺の見たものや知り得たものしか知らない。なのでレインボーシープの存在自体も知らないだろう。人を頼らず自分の経験と知識で戦う勝負。ともすれば、先人の恩恵を受ければいい。

そう、先ずは行政区にある図書館に行くのだ。
知らないことは本を読め。前世ではそう教わったが、インターネットがあまりにも便利なため書物を開くことは滅多に無かった。電子書籍ってありましてね。スマホでさくさく読めてしまうんだな。マデウスに来てから随分と読書家になった気がする。
今回は三日というリミットがあるので手っ取り早く本に聞くことにした。あそこにはモンスターや動物の図鑑がたくさんあるから、きっとレインボーシープのことも記載されていると見込んでいるのだ。

「こんちはー」

ベルカイム図書館は広くて静かで清潔。街で一番落ち着ける場所。
何せほぼ人がいない。文字を読める人が少なく、本の大切さを知るものがあまりいないため、常に閑散としている。今日も人っ子一人いない。

「あら、タケルさん?今日はどうしたのよ。確かギルド公認の大会に出ると聞いたわ」

いつもいる受付の虎獣人、マイラさん。図書館の司書でもある。肉食な見た目に反してとても穏やかな性格の彼女は、この町では数少ない知的な会話が出来る女性。
ギルド公認の大会ってなんだろなと思いつつ、マイラさんまで勝負のことを知っているのかと肩を落とす。

「その、大会?中なんです。レインボーシープについて知りたいので、動物図鑑を読ませてください」
「まあそうなの?それじゃあ頑張りなさい」
「ありがとうございます」

週に2、3回は訪れている癒しの空間。この図書館に蔵書されている全ての本は歴代のルセウヴァッハ領主が趣味で収集したもの。趣味で本を集めて立派な図書館にしてしまうんだから、金持ちってすごい。
ちなみに俺は領主のコネで閲覧料は常に無料。ただし、面白そうな本があったら報告しろと言われている。

「ピューィ」
「名前から察するに草食動物だと思うんだが、どうだろうな」

図鑑などが集められた棚に近づき、さてどうしたものかと考える。動物図鑑はデカい上に頁数が膨大だ。貴重な文献だから手荒に扱うわけにはいかない。おまけに名前順ではなく完全にランダムに記載されているから探すのには一苦労。
棚から図鑑を数冊取り出して机の上に並べる。最新版の図鑑と言っても製本された日付は5年前。本を製造する方法なんて知らないが、コピー機でぺぺっと簡単に作られるわけがないということは理解出来る。

さて、本について考えている場合ではない。俺には探査能力がある。何かを探し出して見つける能力だ。だが俺がこうしたいと発想しなければ宝の持ち腐れ。猫型ロボットの不思議道具のように便利なのだが、使い手が使おうと思いつかなければ全て無意味になる。
膨大な情報量の中から必要な情報だけを取り出す。うーん、専門的すぎて頭痛くなる。難しいことを考える必要はないんだよ。もっと簡単に、単純に考えればいいんだ。

「レインボーシープと虹色ウール、この二つの文字が書かれてある本が欲しいんだ。そうだよ、文字を探せばいいんだ」

閃けば後は簡単。本の前で探査(サーチ)の応用。特定の言葉だけを探し出す魔法。

「レインボーシープ、七色ウール、検索(ブスカ)!」

イメージはパソコンのショートカットキー、Ctrl+Fだ。膨大な文字から探したい文字だけを教えてくれる便利機能。
相変わらず究極地味な魔法だが、分厚い図鑑の幾つかがほのかに光りだした。淡いピンク色が示す図鑑を手前に置いてある最新のものから開き、光が濃く瞬く箇所を探し出せた。


--------------------------

レインボーシープ ランクD エプ目エプ科シープ亜種

アモフェル草を好んで食べる草食動物。おとなしい性質であり、群れで行動する。柔らかく弾力性のある毛を纏い、寒さの厳しい地でも生息出来る。夏に抜け落ちる毛は七色ウールと呼ばれ、毛糸として加工可能。編み込んだ服は防寒具として重宝される。

備考:臆病であり、わずかな音にも警戒するため近づくことは困難。抜け落ちた毛は他の動物の巣材として利用されることが多い。希少。 

--------------------------


「よし!成功だ!」
「ピュイ!」
「えーっと、確かアモフェル草っていうのは寒冷地に生える黄色い草だったよな」

採取したことはないが、乾燥させたアモフェル草がトルミ村の倉庫に保管してあるのを見た。冬場になるとあちこちに生えてくるから駆除するのが大変なんだと村人が言っていた。寒さに強くどこでも容赦なく生えてくるらしい。馬などの家畜に食べさせる、と。
寒い時期は普通枯れるよな、って思いながら聞いていたから覚えていたんだ。

今は夏。日本の灼熱地獄よりずっと過ごしやすい気候だが、日中はそこそこ暑くなる。
寒冷地ってことは標高の高い場所。つまり、高い山などの寒い地域に生えているってことか。その草を好んで食うってことは、レインボーシープも標高の高い場所に生息している可能性が高いな。

「地図、地図地図地図!」

領主の家で見せて貰ったルセウヴァッハ領の地図を必死に思い起こす。高い山はリュハイ山脈以外だと南西のトコルワナ山。富士山のような独立峰。神様が地面をつまんで作り上げたと言われている霊峰。
今の季節、気温が低そうな高地といえばルセウヴァッハ領内ではそこだけだ。

「ピュイ?」
「行ってみるしかないな」

確認の為トコルワナ山までの道のりが詳細に描かれた地図を記憶(リード)する。なるほど、三日の猶予というのは片道一日計算ということか。徒歩で一日ってことは、大体二、三十キロ。乗馬は遠慮したいから走る。俺のウカレランニング無双だと数時間くらいだ。ちょっと本気で走ればもっと早いかもしれない。

装備、このままでヨシ!
食料、気に入ったもの大量に大人買いしている!
風呂、は我慢する!

勝負がはじまって既に一時間近く経過。
どうしても焦ってしまう気持ちを抑え、マイラさんに礼を言って図書館を後にした。



***( ̄∀ ̄)***



鳴きじゃくるビーをプニさんに預け、南西に向けてドルト街道をランニング。うかれると目的地がわからなくなるため、ツンと尖った高い山を目印にひたすら走る。
俺の大体の感覚でしかわからないが、リュハイ山脈の標高は富士山よりずっと高い。山にかかる雲の位置となんとなくで判断。今遠くに見えているツンと尖った霊峰トコルワナも容赦なく高い。

青い空に突き刺すように聳え立つ山は半分以上を白い雪で身を隠し、来るもの全てを拒むような鋭い岩々でその形を成している。草木や樹木などが生息できる標高は二千五百メートルほど。高い山の標準が富士山でしかないから、知識も富士山から。そういった知識がこの世界で通用するかはわからないが、草木が生息できる範囲内を探せばいいはず。

ギルドが出したお題だ。あるのかどうかわからないような曖昧なものではないだろう。ただし、あるはずだから見つけてねよろしく、という感覚。
もしもボルさんの住処やプニさんの湖みたいに魔素停滞の影響が出ていたとしたら、と考えて直ぐにやめる。そんな可能性、考え出したらキリがないからだ。

「見つけたっ!」

ともかく俺は久しぶりの単独行動。
いつも頭や肩にあった生臭さが無いだけで不安を感じてしまうのは、それだけビーがいつも傍に居たという証。俺となかなか離れたがらなかったビーを無理やり引き剥がしたのはプニさんであり、なぜか笑顔で『魔力はわたくしが補ってあげます』と言われた。よくわからんが、頷いておいた。
用事はさっさと済ませて帰るつもりだが、それでもまる1日か2日は離れたままだろう。大丈夫かな。泣きすぎて頭イタイとか言っていないかな。

「あのーっ!」

それともやけ食いとかしていないだろうな!ビーは可愛いからあっちこっちでおやつを貰う。それを調子こいて延々と食うもんだからいざ夕飯の時になって腹いっぱいだとかぬかしやがる。子供か。子供だったか。
食べる姿がちょっとハムスターみたいで可愛いのはわかる。わかるがしかし、メタボドラゴンなんてそんなの、ちょっと見てみたい気もする…。

「ちょっと!」

それもまた可愛いんだよなちっきしょう、って思っている時点で俺って親バカなんだからなあとデレているのもまた事実。同僚が赤ん坊を自慢する気持ち、今更ながら理解出来たよ。鬱陶しいとか思ってごめんよ田中君。君の気持ち、今ならわかる。写メりたい。

「ちょっとーー!?」

しまった、妙なこと考えながら走ってしまった。いかんいかん、目的地を定めて走らないととんでもないところに出てしまう。
後ろから全力疾走で走ってくる馬にやっと気づくことが出来た。

「待って!待ってってば!なんでそんなに走るの早いのよ!」

サラブレッドに良く似た茶色い馬にまたがり、こちらを目指して来るのは旅装束の若い女性。知らない人間だ。
俺に何の用かと足をやっと止めると、馬は泡を吹きながらへろへろになって止まった。考え事をしながら走っている俺に追いつけるわけが無いのに。

「どうしました?」
「ちょっと、待って、息が、くるし、はあ、はあ」

何処から追いかけてきたのかはわからないが、随分と走っていたようだ。馬に乗っているからといって一切疲れないわけが無い。そこまでして俺を呼び止めたかった理由は何だろう。

「走るのすごい早いんだもの。びっくりしちゃった」
「はあ」

女性はゆっくりとした動作で馬から降りると、ぱちりとウインク。目元のホクロが印象的な綺麗な女性だ。しかしあからさまに媚びてくるのが気に食わない。
高い塀で囲まれた街の外は獰猛なモンスターと無法者が跋扈する危険地帯。それなのに猛烈な勢いで走る見ず知らずの大男を呼び止める妖艶な女性。これ絶対罠だ。

「アタシ、あなたにお願いがあってぇ」
「そうですか。ではまた後日」
「えっ?!」

今この場で依頼を受注している場合ではないんだよ。泣きじゃくる我が子、じゃないあの生臭い可愛いドラゴンのために早く帰らないとならないのだ。

「ちょっと待ってよ!アタシがお願いしているんだから聞きなさいよ!」

女性はがばりと胸の開いた服で胸を張った。豊満な二つの膨らみはどうしても目に入ってしまうが、そんな女性の姿、ベルカイムで見慣れている。枯れているわけじゃないぞ。慣れただけだ。
マデウスに住む女性の多くが胸を強調させるような服装をしている。こう、寄せてあげてどんどこどん、って感じ。貴族になるとそこにコルセットなる腰を締め上げる下着を着用するらしい。女性はどの世界でもファッションに苦労するんだな。男だったらシャツのボタン4つ開けて胸毛ドヤァするようなのんか?腹壊しそうだ。
トルミ村の女性ですらそんな格好で日常を過ごしているのだから、何も知らない初心な中学生じゃあるまいし、恥じることは無い。今更慌てふためくほどじゃないし、ときめくものはない。

「依頼ならギルドを通してください」
「ギルドってどこのよ」
「ベルカイムです」
「遠いじゃない!アタシは、今すぐにお願いを聞いてほしいの!」

なんじゃろな。
道端で偶然?出会った女性がいきなりのお願い事。人の良い純真な性格だったら真摯に聞いてあげるのだろうが、俺は色々と経験を積んでいる腹黒元営業なんですよ。誠実だけじゃ食っていけないんですよ。

「先を急ぐので」
「アタシも急いでいるの」
「何を急いでいるんですか?」
「えっ?!えっと、それは、ああ、そうそう!アンタの採取する薬草の評判が、そう、評判がいいからアタシも依頼したくて!」

人を騙すならもっと芝居が上手でないとならない。
女性に慣れていない男だったらコロリと騙されてしまうかもしれないが、俺を騙すなら嘘をつけなさそうな年齢の子供を寄越すべきだったな。
女性の視線は落ち着きなく宙を彷徨っている。嘘をつくのに慣れている詐欺師ではないようだ。

「依頼をするのならギルドで。じゃ!」
「待ってってば!!」

ローブを両手で掴まれ、引っ張られる。俺の大切な一張羅をぞんざいにしないでくれ。

「お願いだから、話を聞いて」

今度は真剣な顔。彼女の魂胆はわかりきっているが、話は聞いておくか。悪い評判が立つのは宜しくない。さてさて、面倒なことになりそうだ。
ワイムス君、俺のことを足止めしたいならご老人やお子さんを団体で寄越さないと意味はないぞ?


若しくは蟹の一個小隊だな。






+++++


ファンタジー大賞の御礼は近況ボードにて。

皆様、ありがとうございました。


しおりを挟む

処理中です...