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第5章

陰萌葱の誘い

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*かげもえぎのいざない*


翌朝、チーム蒼黒の団はドルト街道を北上していた。
目ぼしい地味依頼と条件の良い依頼を受注し、グリットにちょっとそこまでえへえへと言い訳をしてベルカイムを後にした。オールラウンダー認定を受けてからはじめての遠出だ。
巨大ミミズのキャラスス君はブロライトの指示により無事に森の奥へと帰って行ったようだ。ベルカイムの住民に特大うんこを残して。あれ絶対公害だと思うんだけど、住民らは嬉々として喜んでいた。どんだけ。

チームで遠出ともなれば馬車に目いっぱいの荷物を積み込んで、時間をかけてえっちらおっちら進むのだが、チーム蒼黒の団は違う。
大量の食料や水、野営準備などなどすべての嵩張る荷物は俺の鞄の中。各々必要最低限の荷物だけを装備し身軽に動く。最低限の荷物だけでも装備するのは、もしも俺とはぐれてしまった場合、一日は生きられるよう干し肉や水を持つようにした。これはクレイの提案。
仲間と離れてしまっても俺は探すことが出来るが、冒険者たるものいついかなる時も不慮の事態というものを想定してなんたらかんたら。
ともかく、他の冒険者から見たら有り得ないほどの軽装なわけだ。近場にハイキング行くくらいの軽装。
まあ、ラクならラクでいいよな。

森に入るまでプニさんは馬になるのを遠慮してもらい、徒歩で移動。へたくそなスキップで先行するブロライトに声をかけた。

「ところでブロライト、エルフの郷って何処にあるんだ?」
「行こうと思えば今この場でも行くことが出来るのじゃ」
「えっ、どうやって?」

ブロライトによるとエルフ族には特有の魔力があり、その魔力を練ることによって郷までの道のりを作ることが出来る。なんて便利機能。もちろん、エルフ族以外がその道のりを作ることは出来ない。
俺も転移門を作ることが出来るから、他にもそういった便利なものがあるんだろうな。ある意味で地球の文明の遥か彼方を突き進んでいる世界だからな。俺の知らないものすごい技術があるのだろう。
空間術が一般的に知られているのだから、大都市なんかでは当たり前に使われているのかもしれない。

「郷までの道のりはエルフ族以外知られてはならない。ゆえに森の奥深い場で人知れず作らねばならぬのじゃ」

そういうわけでドルト街道を離れトバイロンの森に入った。
トバイロンの森は奥に入れば入るほど魔素が濃くなる。それと同時にモンスターが強くなり、ランクDモンスターですら命を懸けなくてはならないほど。ランクC冒険者ならば難なく倒せるのだが、ランクC以下の冒険者は近寄らないほうがいいと警告されている。それを知らなかった俺は手つかずの採取場ラッキー、なんて鼻歌交じりに来ていたっけ。

「タケル、わたくしの背に!」
「ああ…ハイ。オネガイシマス」

モンスターに用心しながらプニさんの変化を見守る。
魔法少女のようにきらきらしゃららんっ、と変身するわけではない。ぼひゅん、という奇妙な音と同時に煙が出て。

『ぶるるる…』

麗しの美女はあっという間に美しい巨大な白馬に。何がどうやってこうなったのか説明してもらいたいが、専門的なことを言われてもわからないからいい。これは、こういうものだと納得するしかない。
その変化をはじめて見たブロライトは、両手をぶんぶん振って地団駄踏み踏み。

「ふおおおお!なんとも素晴らしいことじゃ!これが神獣なのじゃな!」

ブロライトの素直な興奮にプニさんは機嫌も宜しく、絹糸のような純白の尻尾を左右に振った。
大木よりも巨大なプニさんの背になんとか三人飛び乗る。クレイ、俺、ブロライトの順番。ビーは負けるものかと飛んで行く気満々。

『さあ参りましょう!地の果て時の彼方すらも、わたくしにかかれば瞬きの如し!」
「ちょっとまてまて!急がなくていいからな!落ち着いて歩いてくれ!ほら、たくさん木が生えているから危険だろ?」
『ぶるるっ、わたくしがお前たちを振り落とすと思うのですか?そのような浅はかなこと、するわけがありません』

プニさんはそう言うと、まるで氷の上を滑るように走り出した。
一角馬に乗った時とは段違い。視界が上下に揺れることもなく、風圧で顔がぐにょぐにょになることもない。馬に乗っているというよりも、車に乗っているようだ。車よりも振動が無くて乗り心地は最高。
だがしかし、目の前がクレイの広い背中というのがいささかつまらない。尻尾邪魔。

「プニさん、これは凄いな。揺れることもなく、しかも早い」
『ふふ。わたくしはこの世で最高の馬ですからね。そこらへんの馬と比べてはなりません』
「でも人目につかないところでしか乗れないっていうのは不便だな。出来ればベルカイムから直接乗っていきたい」
『それならばわたくしに見合う荷車を作りなさい』
「荷車?ああ、そうか馬車か」
『借り馬車のような粗末なものでは許しませんよ。美しく優雅で、それでいて清楚な荷車です。それ以外は引きません』

そんなん何処にあるんだ。
領主が所持しているような、ごっついきらびやかな馬車で移動する冒険者なんて見たことが無い。盗賊にさあお金ありますよいらっしゃいと宣伝しているようなものだ。
一般的な馬車は古き良き西部劇に出てきそうな木製の幌馬車だ。しかしただの幌馬車では駄目だろう。なんせクレイも俺もブロライトもでかい。特にクレイが一番でかいため、普通の幌馬車では乗ることができない。幌部分からクレイの顔と尻尾が出ている馬車なんて悪目立ちするだろう。面白いけど。
俺の空間術を応用して見た目よりも中身が広い荷車が作れたらいいんだが、作り方がわからない。馬車なんてこの世界に来てはじめて乗ったし、もちろん作ったこともない。

プニさんが望む馬車か。
細かい注文はともかく、こういう場合は木工職人とかに頼めばいいのだろうか。
ベルカイムにいたっけ?



「我望む、我描きし故郷ふるさとへの旅路。我が尊き神リベルアリナよ、迷いなきみちを照らしたまえ」

深い深い森の奥。
木々が生い茂るそのなかで、ブロライトの全身がほんのりと輝く。小さな光がいくつも生まれ瞬き、さらさらと消えていく。
これこそエルフ。神秘の種族。ハニーブロンドの長い髪が風もないのにゆらめいて、これがとてつもなく神聖な儀式に思えてくる。ブロライトの声が自然とこだまし、特別な音を奏でているよう。
CG技術が素晴らしくなった映画を間近で見ている感じ。自分自身で魔法を扱うようになってしばらくたつが、それでもこの光景は信じられない。

「ふん。リベルアリナなぞ小さきもの、頼るのならばわたくしを頼りなさい」
「お静かに」

プニさん曰く、リベルアリナとはエルフ族が信仰する光と風を象徴とする神様。マデウスには八百万ほどじゃないけど多種多様の神様がいる。だが、どの神様も創世から在る『古代』神に比べたら格下らしい。
プニさんのくだらない嫉妬はどうでもいい。

「エルフの郷に参るのは久方ぶりであるな」
「へえ、クレイは行ったことあるのか」
「西のエポルナ・ルト大陸にあるエルフの郷であったがな。郷長に招かれたことがあるのだ」
「どんなとこ?」
「ふふ。己のまなこで見るとよい」

クレイは色んなところに出没しているようだな。そんな期待を持たせるような笑い方をするということは、俺の陳腐な想像を超えたものすごい場所だということだ。
ブロライトの詠唱が終わると、何もない空間がぐにゃりと捻じ曲がった。渦のようにぐるぐると黒い空洞なようなものが生まれる。俺の鞄を開いたときの黒い空間に似ているな。

「この渦に触れるのじゃ。目を瞑らなければならぬぞ」

そう言いながら漆黒の渦に手を触れると、ブロライトの身体があっという間に吸い込まれた。吸い込まれたというよりも、消え去った。跡形もなく。
もっと説明とか、そういうのないの?
目を瞑って触るだけ?触ってから目を瞑るの?え?息は止めるの?

「なにこれ!」
「エルフの郷へと続いている道だ。早よう入れ」
「ちょ、なんか怖くない?」
「はははは。なにを言うておる」
「ピュ」

笑いながらクレイも渦に触れ、あっという間に巨体が消え去った。ビーもそれに続き、尻尾を振りながら恐れもなく渦に消えた。
いやこれ怖いでしょ。渦に触れたら身体が消えるってなにこれ。転移門は人一人がくぐれる大きさを確保していたし、門の向こうは直ぐに目的地が見える。安全安心仕様なんだが、この渦は帽子くらいの大きさしかない。出口の見えない暗黒のトンネルに入れるか?
消えた身体は一度細分化されてそして再構築されてそのさいハエでも混じっちゃったら融合してハエ男になっちゃうのかなとか、いろいろ余計なことを考えていると。

「タケル」
「なんですか」
「あのエルフに気を付けてやりなさい」
「え?」

渦に触れようとしていたプニさんが、至極真面目に言い出した。

「明るさに惑わされてはなりません。どれだけ輝く光にも、必ず闇があるものです」
「闇?…ブロライトの闇?」
「闇に負けぬ光を纏いなさい。お前ならば容易き事」

そんな謎の言葉を残し、プニさんも渦に触れて消え去った。
独り残された俺。
獰猛なモンスターが蔓延る深い森の中で、怪しげなぐるんぐるん渦巻く黒い何かを睨みつける。

「はあ…」

睨みつけていても何も始まらない。
この渦の向こうに何が待ち構えているのか。


目を閉じて、黒い渦に触れた。







++++

ハエ男でティンときた子は僕と握手。

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