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第5章

潤朱の衝撃

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*うるみしゅのしょうげき*



ブロライト嬢は嬢であって嬢でなかった。
いや、嬢ではあるらしいのだ。嬢で間違っていないのだ。
だが。

「わたしは女であり少しだけ男でもあるのじゃ!」

無い胸を張ってドヤッと言い放つブロライトによって俺の口は開きっぱなしになってしまい、ビーに手を突っ込まれるまで微動だにすることが出来なかった。
いや待てなにそれすごくない?エルフ族がハイエルフ族でした、っていう事実よりもずっと驚いたんだけど!
クレイは大して驚いていないしプニさんは他人事考えている顔しているし、驚いているのは俺だけのようだ。この世界では両性、っていうのは珍しいものではないのかな。見た目は完璧な美女なんだけどな。凄いな。

「え。両性、って珍しくないわけ?」
「ハイエルフ族としては珍しいかもしれぬが、リザードマンの幼子のなかにもおる」

まじか。
リザードマンの生態も興味深いな。俺の世界観で両性というと強烈なおねえさん的なイメージがあるのだが、マデウスでは違うようだ。
そんな俺の驚愕はさて置かれ、ブロライトの兄上さんであるなんたらアーさんは穏やかに、だけど哀し気に微笑んだ。

「忌むべき血脈は某で終わることは出来なんだ。ブロライトにはいらぬ業を背負わせてしもうた」

その忌むべき血脈っていうのが何なのかわからない。クレイに視線だけで何のこと?と聞いてみるが、逆になんて言ってるの?って目で見られた。使えない。
聞いていいものかどうかもわからず黙っていると、アーさんはぱん、と手を叩いた。

「お客人、大したもてなしをすることは出来ぬが、宜しければごゆるりと過ごされよ」
「なんかすみません、色々と」
「お気に成されるな。我が妹の友ではないか」

さっきは愚弟で今度は妹。
ややこしいな。

その前にここの息苦しさをなんとかしないとならない。大判焼きとハデ茶で誤魔化されていたが、クレイの咳は止まらないままだ。ビーも気だるそうにしているし、湿気まみれのなかで休めって言われても休めないだろう。

「アーさん、この魔素の異常なまでの濃さはどうしたんですか?」

王の補佐官である執政なら詳しい事情を知っているはずだ。
的確な答えが貰えるはずだと質問をすると、アーさんは驚いた顔をした。

「客人、この…魔素の濃さがわかるのか?貴殿は人間であるのに。…そうか、巨人族の」
「いや違います。人間族です」

人間には感じるはずもない魔素。魔素は濃すぎると人体に悪影響が出る。人間以外の種族、リザードマンや獣人、ドワーフなんかは魔素を感知することが出来る。エルフは魔素探知器ってくらい敏感。そんなエルフがこれだけの魔素にまみれて暮らしているのは、いくら多少の耐性があると言っても相当苦しいだろう。

「我が郷のことだ。旅の客人には関わりのないことであろう」
「いやいや、こんな湿気まみれ、いや息苦しい場所でゆっくりすることも出来ませんよ」
「しかし」
「ちょっと試してみたいことがあるんですけど、いいですか?」

郷の掟やら事情やらに拘っていたままじゃ、いつまでたっても問題は解決しない。
清潔クリーンの魔法で息苦しさは緩和された。だが清潔クリーンは一時的な対策にしかならない。あれはただ大量の魔素を消費できただけ。
大量の魔力を消費する魔法を展開すればいいんだが、派手な攻撃魔法しか思いつかない。魔素を吸収しつつ魔力に変えて放出し、現状維持を続けるような……?

「タケル、どうするというのだ」
「この魔素をなんとか消費させたいんだよ。こういう場合は結界バリアが効果的だと思うんだけど」
「あれは魔法を使い続けなければならぬだろう。これほど膨大な地を補うことは出来るのか?」
「あー」

地上三十階建て以上のでっかい樹もろともの結界となると、ちょっと出来るか自信ない。この魔素を使えばいいんだろうけど、維持し続けるとなると話が変わる。眠っている最中まで魔法を使い続けることなんて出来ないしやりたくない。
いや、ちょっと待て。眠っている間も問題なく発動するものがあった。野宿のさいの大切な相棒、結界バリア魔道具マジックアイテム。あれなら問題なく発動し続けるし、しかも魔力を消費してくれる。いつもの結界バリア魔道具マジックアイテムは乾電池のように魔力をため込み、それを消費しながら結界バリアを維持するものだった。
これに魔素を吸収して魔力として消費する循環機能をつけたらどうだろうか。魔素がある限り発動を続けることができるんじゃないかな。

よし、考えられるということは実際に作れるということだ。
複雑なことは考えなくていい。こう、噴水の水がいつまでも綺麗なまま循環するようなイメージを描いて…。

「タケル、何をするのじゃ」
「黙って見ておれ。面白いぞ」

ミスリル魔鉱石の力は借りない。あれは元々強烈な魔力を秘めているから、あれを使ったら魔素が更に濃くなってしまう。
魔石は魔力の集合体。魔素を操れるものが魔石の生成に携わることが出来る。魔素の操り方は熟練の魔導士などが伝授してくれるらしいが、もちろん俺のは完全自己流。
なんかやってみたら出来ました、って言ったら殴られるんだろうな。

周りにたちこめる魔素を掌に集め、脳内で石を形作る。
これが面白いんだ。こういう色でこういう形の石、とイメージしたままのものが両掌の間でくるくると回りながら形を成していく。思わずハンドパワーです、って言いたくなるのを我慢して集中。

「これは…なんとも素晴らしい」
「タケルは魔石の生成も出来るのか」

ブロライトとアーさんが何か言っているが、その声が遠く聞こえる。
集中して魔素をこねくり回していると、一種のトランス状態に陥ってしまう。自分以外の全てのものの輪郭が薄れ、現実味が無くなっていくような。
石がどんどんと大きさを増す。砂利から小石になり、掌大の石へ。まだまだ大きく出来そうだ。

「執政さま!魔素が!」
「シッ」

ばたばたと乗り込んできた衛兵をアーさんが黙らせる。どうやら外の魔素も薄れてきているようだ。
さてはて両手で抱えるほどの巨大な塊に成長した魔石。これはまだ巨大な乾電池のようなものに過ぎない。この魔石に役割を持たせないと、ただのでかい石のままだ。
コンクリートの塊のような灰色の石に手をあて、更に力を込める。

えーと、このまま魔素を吸収しつつ同時に放出しながら結界バリア機能を維持。結界バリアと言ってもモンスターや盗賊なんかを寄せ付けないものではなく、強烈すぎる魔素を近寄らせないようにする網戸のようなもの。魔素を完全に防いでしまったらこの郷から魔素から消え失せてしまう。そうなると生活面で困るだろうからな。
獰猛なモンスターが襲ってきたとしても、血気盛んなエルフ諸君がなんとかするだろう。

コンクリート状の魔石が次第に色を変えていく。灰色から黒に変わり、次第にオレンジ色に変化する。
ただのオレンジ色の石ってあまり有難みが無いから、どうせならブリリアントカットな宝石のような見た目にしてやれ。ブリリアントカットには詳しくないが、イメージすればいい。繊細なカットのダイヤモンドを。
付き合って二か月で三カラットのイエローダイヤモンドリングを強請ってきたとんでもない彼女を思い出す。ああ、彼女はなにゆえ給料2年分の指輪をぺろっと強請れたのだろうか。記念日でもないのに。ふしぎ。あのダイヤモンドは綺麗だった。

そうこうしている間に思い出のダイヤモンドが出来上がった。一体何カラットになるだろうという巨大なオレンジダイヤ。

「ピュー」
「よし、完成」

ちょっと重たくなってしまったが、持ち運ぶようなものじゃないからいいだろう。
後は起動をさせてみるだけ。

「空が見える場所がいいな。この樹の前にある広場でいいか」

巨大な魔石を鞄にしまい、怒涛の質問攻撃をされる前にそそくさと部屋を出た。
気付いたら肌にまとわりつくような湿気が無い。クレイの咳も止まっている。信じられないといった顔のアーさんも辺りを見渡しながらついてきた。

「ブロライト、説明はしてくれぬのか?」
「兄上様、タケルを信じてくだされ。きっと悪いようには致しませぬゆえ」

すれ違うハイエルフたちがこれはどうしたことかと驚いている。アーさんに深く頭を下げつつ、何事かと後をついてきた。そのままハイエルフ一行をハーメルン。下に降りるための昇降機のような乗り物に誘導され、あっという間に地上へ。
樹の内部から外に出るとカラリと晴れ渡った青空が広がっていた。魔素の影響で空の色さえ違って見えたのか。

ログハウス風の家々からエルフ達が出てきた。皆空を見上げ、驚き、笑っている。
よほどあの濃い魔素が辛かったのだろう。何かから解き放たれた開放感を喜んでいるようにも見えた。

しかし新たなる魔素は大気に溶け始めている。この、えりあしに感じるチリチリとした嫌な予感。空を見上げると薄い霧が出始めていた。あれがきっと、この郷に悪影響をもたらしている濃すぎる魔素だ。
あの魔素がどこから出ているのかは後々調べることにして、先ずはこの巨大オレンジダイヤを起動してみよう。
鞄からぬるりと巨大な魔石を取り出すと、俺たちを取り巻いていたエルフやハイエルフたちから驚きの声が上がる。俺もこんなでかい魔石を作ったのは初めてだよ。

「アーさん、これから俺がやることを見ていてください」
「あ、ああ」
「こうやってですね、石に触れます。片手で構いません。それで、こうやってこうする、簡単でしょ」

魔石はすでに加工され、一種の魔道具マジックアイテムになっている。起動するのも停止させるのも持ち主の判断に任せるしかない。
大切な魔道具マジックアイテムを起動させるには長い詠唱を唱えるらしいが、いざって時に使えなければ意味を成さないんだよな。俺のは簡単簡潔。

「兄上様、タケルの申す通りに」

アーさんは戸惑いながらも魔石に近寄った。
周りからお止め下さい、とか危険です、という制止の声が上がるが歩みを止めない。
小さな拳をゆっくりと開き、魔石に掌を押し当てる。

起動スタート

起動の合図と共にオレンジダイヤがほんのりと光を放ち、ゆっくりと宙に浮いた。

「執政様こちらに!」
「執政様!」

執政様の小さな体を巨大なエルフが抱っこし、その場を離れる。
ダイヤから生まれる光は輝きを増しながら空を目指す。太陽の光に反射され、四方に小さな光を放っていた。さながらミラーボールのようだな、なんて昭和のディスコを思い出しちょっとあの形を後悔していたら。

「ピュイッ!」

強烈な光が一気に放たれ、瞬時に郷全体を覆う大きな結界が生み出された。
高い高い空と大樹を全て覆う光る膜。
ここまで凄い効果になるとは思っていなかったんだけどな。

「ふおおお!凄いぞタケル!こんなのは初めて見た!」
「すっげえ。俺も初めて見た…」

漂う強すぎる魔素を吸い込んだ魔道具マジックアイテムでもあるオレンジダイヤは、くるくると回りながらその力を利用して結界を作り続けている。
よしよし、イメージ……よりだいぶ立派になった気がするが、概ね想定内。穏やかな郷に輝くミラーボールはかなり異様だけど、許してもらおう。
空気もカラッとしてきたし、息苦しさも無くなってきた。ビーが嬉しそうに飛び回り、大きな翼で宙を舞っている。

その姿を見ているエルフ族達は、拝んだり喜んでいたりと反応が様々。
ただ一人、執政のアーさんだけが俺のことを凝視していた。

「嗚呼…古の伝承にありし『異なる血を抱きしもの』とは……貴殿のことでござったか」

はい?

アーさんはわなわなと震えると、傍にいたエルフ達に支えられながら膝を折った。
そして俺のことを拝むようにして頭を下げた。

はい?

え。ちょっとなにこれ。
アーさんに続いて傍にいたエルフ達が膝を折り、それに習うように他のエルフ達も膝を折って深く頭を下げだした。

なにこれなにこれ。
わけがわからず慌てて視線をクレイに向けると、クレイもわけがわからずと呆けている。使えない。
それじゃあプニさん……は、なんか勘違いしてそう。絶対自分のこと崇めていると思い込んでいるな。

「ブロライト、これどういうことなの」
「タケル、貴殿はエルフの郷に伝わる救い主のようじゃ!」



はあああ??




++++++

はい?
のイントネーションは右京さんのはい?で脳内再生お願いします。
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