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第5章

番外編:料理は冒険

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予告なしで番外編です。

本編として書いたのですが、あまりにも脱線しすぎたので消そうかなと思いましたが
せっかく書いたので載せてしまいます。



++++++


「カニ…ッ?」
「そう、蟹」
「この、スープは、カニ、の、こうらっ…?」
「そう、甲羅」

鞄から取り出した真っ赤な甲羅を机に置くと、クレイは甲羅とスープを何度も何度も見比べて呆けた。
まさか甲羅の出汁がこんなに美味いとは思わなかったんだろう。見た目はグロくて恐ろしい、冒険者に嫌われるモンスターだからな。
しかも甲羅についた肉もそのまま入れたから、わずかに蟹肉もスープに混ざっている。それもまた美味い。

「ヴォズラオでタケルが仕留めたトランゴ・クラブがこれじゃな」
「トランゴ・クラブ?!」
「Aランクのモンスターではないか!」

周りで話を聞いていたエルフ達が驚き声をあげる。
エルフ族の中でも蟹は有名だったようだ。それぞれものすごく嫌そうな顔をしている。
モンブラン・クラブもベルカイム住民に嫌悪されているからなあ。美味いのに。

「タケル、もっと寄越しなさい」
「プニさんは気に入った?」
「ええ、とても。食べるものの見た目など気にしてどうなります。口に入れれば全て同じではありませんか」

それは正論なんだけど、クレイはまだ現実が受け止められないようだ。
俺がさんざん勧めた蟹だからな。いくら勧めても頑なに食べなかったから、ちょっとイラッとしてスープに混ぜてやった。
さっきは美味いと絶賛したんだ。今更否定は許さない。

「食わず嫌いなだけだろ?」
「これは、確かに美味い」
「ふふふふふ。俺が蟹にうるさかったわけがわかるよな。蟹の肉は煮ても焼いても生でも美味いんだから」

モンブラン・クラブも美味かった。あれはもう久しく食べていないが、トランゴ・クラブはビーと二人でちまちまと食いつないできたのだ。それこそ週2のおやつとして。残りはわずかになってしまったため、個人的に蟹狩りに行きたいと思っていた。
最強の採取鋏を作ってもらうため、ドワーフの鍛冶職人であるグルサス親方に渡したぶんを差し引いても、甲羅は大量に残っている。そういえば甲羅で出汁を取って食う料理があったよなと思い出し、今回の強行に至ったわけだ。

「タケル様、お伺いしても宜しいでしょうか」
「うん?なんでしょう」

料理長がエプロンの裾をつまんでもじもじとしながら聞いてきた。マッチョな身体でそれやめてほしい。

「このように素晴らしき料理は、如何様にしてお知りになられたのですか?」

前世で独り暮らしが長かったのでね。
なんて言えない。

作らざるを得ない状況だったから、やむを得ず作っていただけだ。コンビニ飯や外食っていうのは5日も続けば飽きるし、財布にもお優しくない。
炒め物っていうのは料理の基本。作り方なんて知らなくても混ぜて炒めればそれなりの味になる。塩とコショウだけでも美味くなる。あとは想像すればいい。醤油と混ぜればどうなるか、味噌と混ぜればどうなるか。
細かい分量が必要な料理は出来ないが、炒めたり煮込んだり焼いたりするのは得意だ。

「りょ」
「りょ?」
「りょ、料理は、冒険です」
「ほう…」

やべえ。
適当に言っただけなのに料理長がすごいキラッキラした目でこっち見てる。まじやめて。
食うことに夢中になっていたやつらも、俺が何を言うのかと注目している。どうしよう。料理人でもないのに偉そうなこと言えない。
とりあえず作ってみることが大事なんだけど、なんて言えばいいかな。失敗を恐れるな?
無表情の下に脂汗かきまくっていると、料理長は何かに気づいたように頷いた。

「冒険…そうですね、冒険だ。未知なる世界を探求する心、その勇気。それはまさに冒険。決められた道を歩むのは冒険ではない!タケル様、貴方様はそう仰りたいのですね!」



「私は恐れていた。先代から教わるままに作り続けてきた。肉と、木の実をあえて炒めるなど、考えもしなかった」

そりゃ作り方を知らなければ応用だって出来ないだろうよ。

「しかし貴殿はまさに、冒険だと!料理は、冒険だと!」

あ、いや、
そんな深いところまで考えて言ったわけじゃないんですけどね。

「私はっ…!冒険致します!これから、恐れずに、何事にも挑戦致します!」

やっべ。
料理長はでかい拳を掲げ、やる気に満ち溢れていた。
外界から閉ざされた世界で冒険なんて限界があるが、料理に至ってはその限りではない。食材と調味料さえあれば味は無限に広がる。
———なんて。
俺の考えなんて全部ドラマや漫画の影響だ。

「タケル様、さっそくですがこちらのスープの作り方を…」
「あああえええとそれは」
「タケル!!」

突如クレイが立ち上がって叫んだ。
口におべんとつけたまま。

「何事にも挑戦する心!それは、俺が忘れていた冒険心であった!」
「はあ」
「見た目だけで恐れるなどと、騎士の風上にもおけぬ所業…恥ずべき真似である!」
「へえ」
「俺も冒険を忘れていた!」
「ピュー」

だからどうしたのだと言いたいのを我慢していると、クレイは目を輝かせて俺を見下ろした。

「トランゴ・クラブを狩りに行くぞ」
「はえっ?!」

変な声出た。
クレイの思わぬ提案に、一瞬何を言われたのかわからなくなった。
あれだけ蟹を毛嫌いしていたのに、自ら狩りに行こうと言うなんて。

「待て待てクレイストン、トランゴ・クラブは稀に見る高ランクモンスターじゃ。そこかしこに生息しているわけではなかろう」

ブロライトが同じく立ち上がり、何故か腰に下げていたジャンビーヤの点検をはじめる。

「ううむ、そうであったか。ならばランクCのモンブラン・クラブか…ランクBのノシャック・クラブ」
「ランクDのローツェ・クラブはどうじゃ。小振りじゃが雨上がりの平原によう出る」
「ならばベラキア大平原に大量の水をまけばよかろう」
「大量の水はどうするのじゃ」
「タケルに運ばせればよい」
「なるほど!」

話が勝手に進む蟹狩り計画。
やる気を出していただけたのはとても有り難いのだが、なんていうか当事者を置いていかないでくれないかな。

「いやいやいや、今からベラキア大平原に行くとかちょっと待て。トルミ村の北だろ?どんだけ離れていると」
「あら。お前はわたくしの存在を忘れているようですね」

ヒイイ
忘れていなかったけど黙っていてほしかったあ。
馬の神様はおもむろに長い袖をまくりはじめ、今にも変化しそうな体制を取る。

「いや待て、待ってください、待ちなさい!こんな夜遅くに蟹を狩りに行くつもりか!」

意気揚々と出発準備をはじめるチームメンバーを落ち着かせるべく、扉の前に立ちふさがる。皆で俺を睨みつけるのやめようか。

「カニ、は煮ても焼いても生でも美味いのだろう。俺は焼いた肉を食ってみたい」
「わたしは生で食ってみたいぞ!」
「ピュイイィ~、ピュピュ!」
「じゃがばたそうゆーとあわせて食べてみるのも如何でしょう」
「おお…流石はホーヴヴァルプニル神」
「ひひん」

料理は冒険。

そのたった一言で巻き起こった今回の騒動。
チームの皆に蟹を気に入ってもらえたのは万々歳なのだが、その食欲を舐めていた。
俺が作ることによってクレイ、ブロライト、プニさんの舌は確実に肥えてきている。ビーは言わずもがな。
それはそれでよいのだ。より美味いものを食ってもらいたいし、俺の懐かしの故郷の味を食ってもらいたいとも思う。
俺が確かにあの世界で生きていたのだという痕跡を僅かでも彼らに証明できればと、味を再現できるよう奮闘してきた。美味い美味いと喜んで食べてくれる仲間を見ると亡き母を思い出す。母もこんな思いで料理を作ってくれていたのだろうと。

いいね蟹狩り、俺も行く。
と言えないのは明日の予定がありましてね。エルフの女王様に会わせていただくんですよ。
女王様と会う約束をしているのにすっぽかし、若しくは寝不足だなんてとんでもない。

さて。
話を聞いてくれないクソガキ共をどうしてやろうか。
明日は女王様に会わせてもらうんだ。これから遠出するなんてとんでもない。
そりゃ蟹狩りには行きたいが、今すぐでなくてもいい。

「お前ら、話を聞きなさい……」


特大の睡眠ソルシュをぶちかましてやるから。


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