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第5章

檳椰子黒の苦痛

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*びんろうじくろのくつう*


ギルドでいくつかの依頼クエストを受注し、数日分の旅支度をしてエルフの郷からキエトのほらがある北を目指す。
旅支度と言っても俺の鞄には大量の食材があるから、改めて用意するものはない。

ついでとばかりに妖艶エルフのサーラさんに聞いておいた。プニさんが引っ張る荷馬車はどこで造れるかと。神様が引っ張り、大勢が乗っても見た目も重さも変わらない、そういう特別な魔道具マジックアイテムになっている荷馬車。
注文多くしすぎたかなと不安になったが、サーラさんは微笑んで『それ、面白そうじゃなぁい』と言ってくれた。押し付けられた胸の感触が腕に今も残る。とうぶん洗いたくない余韻。

「プニさん、郷から出てしばらくすると大きな湖に出る。その湖の東にキエトの洞があるらしい」
「ぶるるっ、わたくしの出番ですね」

門外不出という地図はアーさんが貸してくれた。と、言ってもアンバールさんが手渡してくれたその場で解読(リード)をして覚えてしまう。これで地図を失う心配はなくなる。
やる気まんまんのプニさんに馬化してもらい、森を一気に駆け抜けた。採取をしつつゆっくりと行っても良かったが、善は急げとも言うからな。

『 魔素が 濃く なりつつある』
「ああ、エルフの郷を出たらオレンジダイヤの効き目はなくなる。クレイとブロライト、気分が悪くなったら教えてくれよ」
「わかった!」
「承知!」

プニさんに乗っているうちはその力の恩恵なのか、息苦しさや湿気などは一切感じない。鬱蒼とした木々を避け、風よりも早く走るプニさんに感動しつつ、今のうちに魔道具マジックアイテムを作ってしまう。

取り出したるは、ベルカイムでプニさんが買えと強請ったくせに忘れ去られた小瓶。この小瓶にはいつでも力を込められるよう、ミスリル魔鉱石の砂があらかじめ入れられてある。この砂入り小瓶に浄化パージ機能をつけよう。

高濃度の魔素のなかでも不自由なく動けるように、いわゆるガスマスクとか防護服のようなもの。毒ガス攻撃や毒霧攻撃も防ぐ。
途中で離れてしまっても、この魔道具マジックアイテムがあればそれぞれ身を守ることができる。クレイには免疫能力があるが、念には念を。
俺は後悔したくないからな。

『 タケル あの洞から 恐ろしいほどの 魔素を感じる 』
「ブロライト、あそこで間違いない?」
「そうじゃ。…しかし、どうも様子がおかしい。なんじゃ、あのおびただしい量のモンスターの死骸は」

森を抜けた先にある広い湖の畔。
太陽の光に反射し輝く水面は穏やかで、濃い緑の森と透明な湖のコントラストが、まるで絵画のようだ。絵画に詳しくはないが、そんな感じ。流石エルフの郷の領域内。神秘的な風景だ。

だが美しい湖には不釣り合いの、モンスターや動物の死骸が地面いっぱいに転がっている。最近死んだばかりの躯や、一部白骨、ミイラ化したものもある。手の小指ほどの小さな動物や、巨大なモンスターまで横たわっていた。
こんな光景、はじめて見た。ふつうモンスターの死骸というのは肉付きで放置されることが無い。他のモンスターや動物に捕食されるから、骨だけが残る。それなのにここにある死骸は全て肉付き。

「ドルドベアの死骸もあるぞ。あの重量級モンスターですら……どうなっているのだ」
「うん?どこにあるのじゃ」
『 待て! 我から 降りるでない! 』

プニさんの背から降りようとしたブロライトに、プニさんの制止が入る。だが、その声はブロライトに届かない。

「ブロライト、たんま!」
「たんま?たんまとは、どういう意味……ッ?!」

慌ててブロライトを止めたが、とっさのことで幼少期の言葉を使ってしまった。しかし言葉が通じても、ブロライトの素早い動きを止めることは出来ない。
地面に両足が付いた瞬間、ブロライトの顔が苦しげに歪んだ。

「ぐあっ!ああああっ!ぎゃあああ!」
「ブロライト!如何したのだ!」
「ピュイイィーーッ!」

突然呻きのたうち回るブロライトに、クレイとビーも続こうとする。
ユグドラシルの枝を杖に変え、二人を止めた。

「二人ともそのまま!プニさんの背から降りるんじゃない!」
「何故だタケル!このままではブロライトが!」
「わかってる!清潔クリーン、展開っ!」

ブロライトが苦しむ原因がわからないままだが、辺り一面の空気を浄化する。濃すぎる魔素なのか、死骸から発生している物質なのかは後で調べればいい。
範囲を考えず最大に近い魔力で展開してしまったため、清潔クリーンは俺を中心に湖の対岸にまで到達。周辺に落ちていたモンスターらの死骸が塵と消えてしまったのは、不可抗力。清潔クリーンって意外と怖い魔法でした。
それと同時にブロライトの悲鳴が治まった。

『 うむ もう 大事ないようだ 』

プニさんの了承を待って俺とクレイは背から降りる。
ブロライトは額に脂汗をかき、整わない呼吸を必死で繰り返していた。

「はあっ、はあっ、はあっ…」
「ブロライト、ゆっくり呼吸をするんだ」
「きゅうに、むねが、くるしく」
「うん、悪かった。たんま、っていうのはちょっと待ってって意味なんだよ」
「ふふ、ふ、タケルの、郷の、ことば、なのじゃな」
「そうそう、とりあえず…調査スキャン

ブロライトの背に掌を当て、今の症状を調べる。
何が原因かわからないまま回復させるわけにはいかない。

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ヴェルヴァレータブロライト ハイエルフ ランクA

急性魔素中毒症 

--------------

急性魔素中毒。
また専門用語が出てきたが、急性っていうのは急になるってことだよな。で、魔素の中毒。高濃度の魔素に充てられたということだろうか。

「クレイ、プニさん、ブロライトは魔素中毒になったようだ」
「なんと?!しかし、いくら高濃度の魔素を吸い込んだとはいえ、ブロライトはハイエルフではないか」

ハイエルフはエルフよりも魔力が高い。そのぶん、魔素の力も多く吸収、消費する。それだけ魔素に対する耐性もあるんだけど、その許容を超えるほどの魔素がこの辺りにあるのかもしれない。

『 タケル 魔力の 効果が 消える 』
「え!それはやばい。また清潔クリーンを展開するより、今造ったこれを試してくれ」
「なんだこれは」

小瓶をブロライトとクレイに手渡し、浄化パージ魔道具マジックアイテムを説明。
それぞれに起動をさせ、高濃度の魔素から身を守らせた。
光の膜が二人を包み込み、外気から完全に隔離されたのを確認してからビーをブロライトに手渡した。

「ピュイッ?!」
「タケル、お前はどうするんだ!」
「俺はたぶん大丈夫。ここなんかよりも、ずっと濃い魔素の中にいたことがあるから」
「ピュイィ!ピュイ!」

心配して叫ぶビーをよそに、魔素はあっという間に湧いて出てきた。何処からということはわからない。目に見えないからだ。肌にまとわりつくような嫌な感覚。
ビーはエルフの郷の魔素で具合を悪くしていたから、まだそれほど免疫力が強くないんだろう。

うーん、ちょっと湿気を感じるかな。エルフの郷よりも濃い湿気。梅雨の時期に二日続けて雨が降った後のようだ。不快指数百パーの。
ボルさんの住処では一切感じることのなかった魔素。それがいま感じられるということは、つまり、えーと、どういうことだ?
まあいいか。

「クレイ、魔素中毒はどうやって治すんだ?」
「うむ。俺も詳しくはわからぬが、清浄な気を吸わせると症状が緩和すると聞いたことがある」
「なるほどな」
「ピュー?」

頷いてはみたものの、よくわからない。綺麗な空気を吸わせればいいってことだろう。
浄化パージ魔道具マジックアイテムは、悪い空気などを寄せ付けない効果がある。このまま時間がたてばブロライトは治るはず。
事実、ブロライトの呼吸は落ち着き、青かった顔色は元に戻りつつあった。

「大丈夫か?ブロライト」
「はあ……、急に胸が苦しくなったのじゃ。こう、息が止まって、死ぬかと思うた!」

うん、笑顔で言うことじゃないな。
強烈すぎる魔素はハイエルフをも苦しめるのか。それなら、洞の周りに転がっていた大量のモンスターらの死骸。あれもまた、濃い魔素の影響で死んでしまったのかもしれない。やだ怖い。
ここら周辺一帯、致死量の魔素がたちこめていたってこと?
ボルさんの住処に溜まっていた魔素も、普通の人間なら即死だって言っていたな。

『 タケル 』
「どうしたプニさん」
『 あの 洞より 強き魔の 力を 感じる 』
「あの洞…。えっ、今から行くキエトの洞?ええええ」

目的地が毒まみれって、それどうよ。
そりゃ洞って聞いて、何事もなくるんるん気分で行けるような場所でないことは想像していたが、まさかの毒まみれ。
毒に免疫のあるモンスターは、より凶暴になるんだよな。おまけに濃い魔素も吸い込んで、それでも生き延びているとなると……。
これ、絶対にDやCランクの案件じゃないぞきっと。

「よし!もう大丈夫なようじゃ!」

元気よく飛び起きたブロライトは、手に握りしめてた小瓶をしげしげと見つめた。
持ち主が起動を停止するまで、小瓶はぼんやりと光を放ち続ける。ミスリル魔鉱石を動力源としているから、七日間連続で使い続けたとしても、停止することはない。

「大量の魔素はキエトの洞から出ているらしい。つまり、あの洞に近づくだけでさっきのブロライトみたいに大変なことになる」

ハイエルフですらもがき苦しむほどの魔素だ。例えドラゴニュートであるクレイストンに耐性能力があったとしても、試してみようとは言えないし、耐性能力は万能なわけではない。
俺はほら、色々と恩恵を貰っているから、どれだけ強い毒や魔素にさらされたとしても大丈夫。

「タケルの造りし魔道具マジックアイテムがあれば、死に至ることもないのだろう?」
「うん。それは絶対に手放さないようにしてくれ。その魔道具マジックアイテムで強い魔素が寄り付かないようにしているから」
「わかった!」
「プニさんは」
『 ぶるる… 』
「人型を取るのはちょっと怖いな。洞の外で待ってる?」

神様が魔素の影響で死ぬとは思えないけど、どんな影響が出るかわからない。苦しんで暴走してあちこち壊されたら困る。

『 お前は 魔素が 目に見えぬで あろう 』
「そりゃまあそうなんだけど、でもプニさんでかいから…」

背の高い俺すら見上げるほどの巨大馬。キエトの洞がよほど広くない限り、プニさんは入ることができない。入れたとしても、でかいから邪魔。
さてどうしようか。人型になったプニさんに浄化パージ魔道具マジックアイテムを造ってあげればいいのかな。

「ちょっと待ってろよ。もう一つ同じ魔道具マジックアイテムを造るから」
『 ぶるるるるる… 』

それじゃあまたミスリル魔鉱石の砂入り小瓶を取り出して、と鞄に手を突っ込むと。

『 ひひーん! 』

プニさんは一声高く嘶くと、全身を眩く輝かせた。
いや、人型になる前に魔道具マジックアイテムを造らせろよ!
まったく、だから神様って自己中で人の話聞かなくて…

「このすがたならば、わたくしもつれていけるでしょう?」

えっ?

ヘリウムガスを吸った時のような高音。
光と煙で隠されたその先。

現れたプニさんは小さな姿で。
いや、子供じゃなくて。

「さあいきましょう!」

全長二十センチほどの小さなプニさん。


まるで子供が遊ぶなんとかちゃん人形が、そこにいた。




++++++

ミニポニーにするか幼女にするか迷いましたが、結局ミニサイズにしました。
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