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第5章

濃墨の闘争

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*こずみのとうそう*



エルフの郷ヴィリオ・ラ・イの北。
名もなき美しい湖の東の畔に、ぽっかりと開く漆黒の空間。
ハイエルフの先祖が発見したとか、創世の頃からそこにあったとか、逸話が色々とあるらしいキエトの洞。

「なんていうか凄く……入りたくないです」

THE洞窟★
という、来るもの全員ぶち殺してやんぞオーラを放つその穴は、人が入れるよう階段状の坂になっていた。しかし、光は入り口付近までにしか届いておらず、めちゃくちゃ嫌な雰囲気。

「ふざけたことを申すな。行くぞ」

クレイに頭を小突かれ、嫌々ながら後に続く。
怖いとかじゃないんだよ。怖さは一切ない。どんなモンスターが出てくるのだろう、珍しい素材はあるのだろうか、という好奇心のほうが強い。
しかし俺は経験値が少ない。マデウスに来て半年ちょっと。様々な場所に行ったが、こういった禍々しい洞に入るのは初めてなんだ。ボルさんの住処に通じる洞穴は、こんな嫌な予感はしなかった。ヴォズラオの坑道すら怯む気持ちは一切なかったのに。
経験したことのない事態に陥ったとしたら、冷静に対応することは出来るだろうか。

灯光ライト

邪魔にならない大きさの光の玉を三つ造りだす。魔素が濃すぎて調整が大変だったが、時間をかけて集中。クレイ、ブロライト、俺の側に配置させ、足元が暗くならないように照らした。

「ビー、苦しくないか?」
「ピュィィ…」

俺の頭の上でヘバるビーを案じながら先へと進んだ。
ちっちゃなプニさん曰く、どれだけ魔素が強くても神様が死んだりすることはない。だが、魔素の影響で身体が蝕まれ弱くなるのは事実。
ビーはクレイかブロライトの傍にいろと言ったんだが、断固として俺の頭から離れようとしなかった。ビー曰く、このくらい耐えてみせると。耐えて、慣れてやると。その気丈な姿が可愛い。

「辛かったらすぐに言ってくれ」
「つかえなくなれば、おいていけばよいのです」

ヘリウムガスを吸ったような声が洞に響いた。
笑っちゃいけないが、この声ほんとに面白い。
ちっちゃくなったプニさんは、クレイの肩に座っている。その姿でその場所で、何を威張っているんだと言いたくなったけど、我慢。吹き出しそうだから。
相変わらず冷たいプニさんにビーが反論しようとするが、声に力は無い。

「ピュイイィー…」
「はいはい、辛いのに喧嘩しないの。それじゃあまず、これを置いておこう」

地点ポイントを確保し、固定フィク
これで最深部まで行っても入口まで直ぐ戻って来られる。魔石には何があっても壊れないよう結界バリア機能もつけているから、もしも洞の入口が壊されるようなことがあっても、俺たちが戻ってこられるくらいの場所は確保できる。
念には念を。俺ってば基本的にビビリですから。

残念ながら洞の地図は無い。ブロライトの案内で進むしかない。超不安。
洞の中は入り組んでいたとしても、一度通ってしまえば探査サーチすることが可能。迷ったら来た道を戻ればいいだけだ。

「よし、こっちじゃ!」

軽やかな足取りのブロライトに従い、洞の奥へと進む。
洞は中に行けば行くほど天井が高くなっており、クレイも背をかがめずに歩くことができた。
全身で警戒をするクレイとブロライトに挟まれながら、手にユグドラシルの杖を構える。洞に入ったとたんモンスターが襲い掛かってくるものだと思っていたが、違うんだな。ただ、この静寂が不気味。びちゃ、びちゃ、という歩く音だけが響き渡り、ぴちゃん、ぴちゃん、という水の音が

「ぴょ!」

突如飛び上がったブロライトにクレイが素早く反応して剣を抜き、ビーが驚いて俺の頭皮に爪を立てた。

「ピイィィ~~ッ!」
「イデェ!なんなの!」
「モンスターか!」
「いや、首筋になにか垂れてきたのじゃ!」
「水滴だろ。もう、驚かせるなよ」
「いやこれは、水滴にしては……」

ぬるぬると。
ブロライトの首に垂れたものの正体。
光に照らされたそれは、緑色に光る粘着質。

「ばっちいなそれ!」
「タケル!上だ!」
「あらあら、おおきいですね」

呑気に感心するプニさんが指さす先、そこには巨大な蛇が大きな口をあーんと開けていた。
天井に開いた穴から出て来ただろう巨体を蠢かせ、その手を。手?!なんで蛇なのに手が生えているのこれ!

「バジリスクじゃ!」

いや、バジリスクって蛇の王様って言われていて、決してこんな巨大ツチノコのようなフォルムではなかったような!
広い空間だとはいえ、場は限られている。天井からにゅるりと這い出してきた巨大ツチノコは、両手足をカサコソと激しく動かし、一目散に俺を目がけてきた。

結界バリア展開!速度上昇クイック展開!」
「グギャアアア!」
「うひょーーーー!!」

がばりと開いた口から強烈な臭いを放つ液体を吐き出す。液体はべしゃりと壁に叩きつけられ、じゅっと音を立てて溶けだした。酸かこれ。強酸を吐き出すのか!

「タケル!不用意に近づくでない!」
「近づいてないだろうが!あっちが、こっちに!」

ツチノコのくせに恐ろしく素早い。
いや、実際のツチノコなんて見たことはないが、あのフォルムでロックバードより素早いってどういうことだよ。
弱点はないのかな。弱点。先生、助けてください。

--------------

キエトバジリスク ランクA+

サーペント種の最上位種。キエトの洞で独自の進化を遂げた。強固な表皮に覆われた身体は魔法を跳ね返す。酸袋から吐き出す体液は強酸。気を付けて。
備考:尻尾の先端は金剛石になっており、高値で取引されている。
弱点:八個ある瞳。

--------------

調査スキャン先生が優しくなっている!
いやそれより、金剛石ってダイヤモンドってことだよな。ダイヤモンドはお貴族様たちに大人気の宝石だ。これだけ大きな図体なら、ダイヤモンドも大きいはず。よしよし、チームの食費にしてやるか。

「クレイ!ブロライト!弱点は八つの目ん玉!魔法は効かない!」
「ならば目玉をつぶすまで!」

クレイの剣が的確に瞳を切り裂くが、鈍い音と共に弾かれる。バジリスクの瞳は蛇と同様、薄い膜が瞳を覆っていた。まるでコンタクトレンズのような。
それが八つあるって、どういった進化を遂げたらそんなことになるか説明してほしいくらいだが、ともあれ爬虫類っていうのは総じて寒さに弱い生き物だ。

氷結槍アイシクルランスを展開!二人とも避けろ!」
「タケル、狙うなら足元じゃ!」
「了解っ!そーれいけ!」

鋭い氷の槍が数え切れないほどバジリスクの足元に突き刺さる。槍が突き刺さった地面は瞬時に凍り付き、一気に外気温下げ、バジリスクの僅かな体温を急激に奪う。
本体に直接魔法が効かなくても、魔法で本体に影響を与えることはできるんだ。

「続いて暴風雪ブリザード、展開っ!」

足元の氷の槍に怯んだ隙に、寒さに追い打ちをかけた。
こっちは結界バリア効果で暑さ寒さを一切感じないから、ここら周辺を全部極寒にしてやる。
魔素の影響で魔法をコントロールするのが難しい。今までにないほど集中し続けないと。

「ギャガッ…ギャッ……」

バジリスクは突然寒くなった理由がわからないようで、真っ白い息を吐き出しながらそれでも俺を目がけて歩こうとしていた。
だからなんで俺だけを狙うのよ。肉を食うなら肉付きのいいクレイを食べなさい。

「てえぇい!」
「ギャアアア!」

クレイの大槍がバジリスクの目を一つ潰した。寒さのせいで瞬きすら遅くなっているようだ。
動きが鈍くなった巨大な蛇なんて、百戦錬磨の冒険者の敵ではない。

「たあっ!」
「ギョアアアアアッ!」

続いてブロライトのジャンビーヤが唸り、次々と目を潰す。
はー、やっぱり二人の戦闘はかっこいいよなあ。俺は戦闘に関しては素人だから偉そうなことは言えないが、二人の動きには無駄がないんだ。
ゴブリンとの戦いで様々な冒険者の戦いっぷりを見てきた。しかし、その素早さは別次元。瞬く間に対象物を撃破する様は、見事としか言えない。

「クレイストン、みけんにもめだまがあるようです」
「かたじけないっ!」

ちっちゃなプニさんも目玉の場所を教えてくれているようだ。有難い。

「ピュイ、ピュイ」
「うん?無理しなくていいんだぞ?」

俺の頭をぺしぺしと叩いて、攻撃の参加を訴えるビー。
身体をバジリスクに向けてやると。

「ピュ!ピューーーーーイーーーーーッ!」
「だから離れてやれって!」

ビーの得意技、超音波振動ドラゴファウストが炸裂。
結界バリアを展開していなければ、脳みそが弾け飛ぶほどの振動。強烈な振動は弱ったバジリスクの三半規管を刺激したらしく、完全に動きを止めた。
表皮を直接攻撃する魔法は効かないが、生きるために必要な呼吸器官や、寒暑を感じる自由神経などの感覚器官には効くようだ。
しかし油断は大敵。窮鼠は追いつめられると猫をも噛むのだ。

調査スキャン……残り1つ!ちっちゃな鼻の上!」
「承知した!」

クレイが大槍を構え、渾身の力で振り放った。
槍は猛烈な勢いで残った瞳を貫く。

「ギャアアアアアア!!」

バジリスクは絶叫を上げのたうち回り、尻尾で壁を叩きながら暴れた。
壁には結界バリアを展開済み。あとはバジリスクの最期を見守るだけだ。

「グギャッ…ギャ…」

目玉を潰しただけで何で死ぬのだろうか、なんて他所事を考えながら動きが完全に止まるのを待つ。
俺たちがここに来なければ生き続けただろう命。
そんなこと考えたら冒険者なんてやっていられないから、戦うことに後悔はしない。

「ピュピュ」
「使えるところは全部利用させてもらう。南無妙法蓮華経……あと知らない」
「ピュムー…」

両手を合わせ冥福を祈ると、鞄をがばりと開く。
俺が指示をしなくとも二人は心得たとばかりにバジリスクを抱え上げた。そのまま鞄の中へするりと飲み込まれる。
せっかくのランクA+モンスターだ。しかも、キエトの洞で独自進化したバジリスク。きっとレアな素材を持っているはず。
尻尾の先の尖った石が全てダイヤモンド。腕のいい宝石職人に磨かせれば、どんだけ大きなダイヤモンドになるだろうか。楽しみだ。

「このようなモンスターがキエトの洞に出るなど、有り得ぬことじゃ」

ブロライトが腑に落ちないとばかりに、バジリスクを収納した鞄を見つめる。

「これも、濃い魔素が原因なのかもしれぬな」
「ハイエルフでも苦しむ魔素の中で暴れまわるなんて、相当な耐性……いや、突然変異なのかな」
「どちらにしろ、これからさきもきけんなのはかわりがないでしょう」

うへえ。
洞探索の序盤でラスボスにぶち当たった気持ちだったが、もしもキエトの洞の内部でバジリスクが最弱モンスターだったとしたら。



もう帰りたい。



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