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第5章

粉錫の決着

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*ふんちゃくのけっちゃく*


魔王対巨大ナメクジの戦い。

字面だけ見ればB級映画だが、目の前で繰り広げられる死闘は現実。肌を焼くほどの熱と、鼻腔を突き刺すクッサイ匂い。
クレイもブロライトもビーも、巨大ナメクジと見事に戦っている。いや、こちらが優勢だ。
例え相手がランクSの強敵だろうとも、俺たちが一丸となれば負ける気がしない。ほぼクレイが猛攻しているが、ブロライトとビーも見事な攻撃を続け、何度目かの『冒険者ってすげぇんだなー』という気持ちにさせてくれた。

俺もあの激戦のなかに加わってナメクジ退治をやりたいが、出来ることと出来ないことがあるのです。それを人は向き不向きとも言う。
ナメクジがよろめいた隙に一気に間合いを詰め、硬化ハードした両手で拳を繰り出す。

「カニすーいとーーーんっ!」
「おんせんたまごぉぉーーーっ!」
「ピュイイイーーーッ!」

それぞれ食べたいものを掛け声に、力を振り絞って一斉にタコ殴り。
戦いに慣れた冒険者なら、もっと効率よく的確に対象を撃破するのだろうが、俺たちチームは連携に慣れていない。特に俺。それでも戦力としてはベルカイムのどのチームより強い。
倒したいから戦うんじゃないんだ。
倒した後に美味い飯を食いたいから戦うんだ。
飯を食うことは生きること。俺たちは、全力で生きるために戦うだけだ。

「ジュジュジュッ、ジュジョッ」

ナメクジは最後の気力とばかりに足掻き、全身を暴れさせる。

「そうじゃタケル!塩じゃ!ガナフ王国を滅ぼしたスラグ種は、塩で撃退したと聞いた!」

やっぱりそうか。
塩をかけて水分を奪えば更に弱らせることはできる。それは俺がもともと知っていたことだから、調査スキャンでは出なかったのだろう。弱点の一つにすぎないからな。
塩も小麦粉も持っているが、これだけ巨大なナメクジにかけるほど有り余ってはいないのだ。

「タケル!塩じゃ!」
「勿体ない!」
「はあっ?!何を言うておるのじゃ!」
「今ある塩を全部ぶちまけても絶対に足らないぞ!足らないのをわかって無駄に使うことはないだろう!」
「たわけたことを申すな!」

馬鹿言え本気だ。
そもそも俺が所持している塩。これは、エウロパの受付主任であるグリットの奥さん、チェルシーさんが紹介してくれた業者から直接買った高価なものだ。
この世界では高級品に分類される天然塩、しかも丹精込めて天日で乾かした真っ白な高級塩。一般的に出回っている塩は茶色い粉砕岩塩。こいつも塩には変わりはないが、なかなか溶けにくいから俺が作る料理には不向きだったりする。
またベルカイムで塩を手に入れればいいだけだが、この塩はエポルナ・ルト大陸からアルツェリオ王都を回り、それからベルカイムに仕入れられるとても貴重な品。

ナメクジ退治をするのだとわかっていたら、安く手に入れられる塩を大量に買っていたのに。
かといって、ナメクジを弱らせるには塩が最適だということはわかっている。

「それじゃあ、せめて濃い塩水を作ってぶちまけるってことで!」
「どう作るのじゃ」
「作るのは簡単。水球弾アクアグレート展開!待機!」

魔法そのものが効果なかったとしても、物理的なものは別だろう。確か塩水でもナメクジは退治できたはず。
ためしに水の玉を数個造りだし、中空をぷかぷかと浮いている掌サイズの玉に塩をさらさらと入れる。ああ勿体ない。

「勿体ぶるでない」
「だって貴重な塩なんだよ…」
「タケルが美味いと絶賛しておったハデ茶の茶葉を譲ってやる」
「はい乗った!」

ハデ茶を持ち出されたら従うしかない。玉露は塩より貴重だ。しかもハイエルフ秘伝の茶葉。きっと、王都でさえ買うことなんかできないだろう。単純かって?ええそうですよ。
ケチっていた塩の量を増やし、塩水ボールの完成。

「ぬおおおお!!」

クレイの渾身の打撃により、ナメクジの巨体がぶわりと宙を浮く。その勢いのまま壁に激突し、俺の結界バリアにヒビを入れた。

「タケル、このままではほらがおちますよ」
「わかった!そおれいけーーーーっ!」

水球弾アクアグレートを一発ナメクジの頭に投げつける。
塩水はナメクジの身体に的中し、強い衝撃と塩水を浴びせた。まるで強酸を浴びたかのように、ナメクジの身体から大量の蒸気が上がり、その表皮がどろりと溶けた。

「ジュジョッ!ジュルッ!ジュウウウ!」

やはり塩か。
うん、もっと早くやるべきでしたごめんなさい。
ナメクジはクレイの拘束から逃れようと暴れまくる。

「効いておるぞ!」
「連続する!クレイ、ちょっと離れられるか!」
「グガアアアアッ!」

聞く耳ないな、あのオッサン。
敵とみなした対象物を撃破するまで魔王は暴れ続けるだろう。それはそれでクレイの体力が心配だ。
無数の水球弾アクアグレートを追加で造りだし、ブロライトと協力してちまちまと塩を投入。完成したものからナメクジにぶち当てる。クレイの後頭部に二、三発当たったのはご愛敬。
表皮がどろどろと溶けだしたナメクジには、もう反撃の余力は残されていない。

天井からぱらぱらと砂が落ちてきた。砂が小石になり、小さなひびが次第に大きく割れていく。崩れるなこれ、と思った瞬間に天井から岩が落ちてきた。

結界バリア展開!ブロライト、ビー、埋もれないように気を付けろ!」
「ピュイ!」

最期の足掻きとばかりにナメクジは巨体は壁に打ち付ける。四方に入ったひびが更なる天井の崩落を招き、崩れた個所から太陽の光が差す。
洞の内部の生態系が、などと考えている場合ではないな。流石に巨大な岩に埋もれたまま結界バリアを維持するのは難しい。ナメクジの息の根を止め、それから修復リペアをすれば元に戻る。シメジの採取は最後だ。

「てえええいっ!」

ブロライトのジャンビーヤが切り取った触角の根元に突き刺さった。それと同時にクレイの鋭い爪が喉元を深くえぐり取った。

「ジョジュジャアアア!!」

ナメクジの断末魔が崩壊しつつある洞内部に響き渡る。
大量のゴブリンとの連戦より、超美味いトランゴ・クラブより、ダークアネモネ…は、俺は戦っていないか。上位ランクのゴロツキ盗賊よりも、次元が違ったランクSモンスター。しかも魔法による能力低下や直接攻撃が効かないという縛り付き。
魔王クレイもいつになく苦戦していたし、ブロライトもビーも心底疲れ切っているようだ。

「オオオオオオーーーッ!」

クレイの勝どきの声が上がった。
崩れる天井から大量の土砂や岩が降り注ぎ、そのなかで雄叫びを上げるクレイはまさしく悪魔の王。最強の敵はクレイなんじゃなかろうか、と気を抜いて苦く笑った瞬間。

ヒュンッ

空を切る高い音が、舞い上がる砂埃のなかで聞こえた気がした。

「ピュイイイーーーッ!」

ビーが叫んだ先を慌てて見ると、最後の最期にナメクジから飛び出た触手が、何処にそんな力があるのかと言わんばかりに鋭くブロライトを突き刺そうとしていた。

「ブロライトッ!」
「へっ?」

くたくたになっていたブロライトは触手の攻撃に気づいたが、素早く動くことができない。
コンマ数秒の出来事がいやに長く感じた。気を抜いた瞬間に各々の結界バリアが解けてしまっている。
結界バリアで間に合うか?結界バリアにすらヒビを入れる、Sランクモンスターの最期の攻撃が。

結界バリア展開ぃっ!」

間に合え!
ユグドラシルの杖から放たれた魔法は、ブロライトに到達する前に光る線に遮られた。
今の光の線は何なのかと思う間もなく、その光は真っすぐに岩山に埋もれるナメクジへと突き刺さる。


その瞬間、ナメクジが爆発した。


++++++


うへええええ!!

謎の光がナメクジに刺さり、それのおかげでブロライトに触手が到達することはなかった。しかしまさかナメクジが大爆発するなんて、誰が想像できただろうか。

「……何がおこったのだ」

お。クレイが魔王を引っ込めた。
やっと我に返ったかのように、辺りを見渡し砂埃のなかで頭をかく。何処から記憶がないのかわからないが、気付いたら洞の天井はぽっかりと空いているし、ごろりとした岩だらけになっているし、元の洞の面影が何処にもなかった。そりゃ呆然とするだろう。
俺がギリギリで展開した結界バリアのおかげでナメクジの肉片が飛び散ることはなかったが、結界バリアの範囲外は地獄絵図だった。
透明な円状の結界バリアの壁に、肉やら内臓的な何かがへばりつき、びっちゃびちゃでぐっちゃぐちゃで…。

「ピュイ」
「そうだ。ブロライト…、砂埃が酷くて視界が悪いな。ビー、風精霊に頼めるか?」
「ピュッピューイ」

魔素が完全に薄れた洞内部を軽快に飛んだビーは、目には見えない風精霊を呼び洞内部に風を吹かせた。
風精霊が起こす風は聖なる風。混じりっ気のない高原の風のような爽やかなそれが洞内部を巡り、穴の開いた天井へ砂埃を全て飛ばしてしまった。
太陽の光が差し込む洞内部に、ほんのりと発光する巨大シメジ群。その中央で落ち着きを取り戻したクレイと、更にその近くでうずくまるブロライトと。

誰?

「安心なさい。エルフです」

いつの間にか元の人型に戻っていたプニさんが、すたすたとブロライトに近づく。
慌てて後に続くと、ブロライトをかばうように立っていたのは。


なんだよ。

結局、心配だったんじゃないか。





++++++

主人公にあるまじきケチ発動。
コンビニで気軽に買える代物ではないので、ケチってみました。
文字で戦闘シーンを表現するって、本当に難しいですね。

年内更新はこれで最後になります。
元旦にもしかしたら何か更新されているかもしれませんが、予定は未定。

本年は皆様にお読みいただきまして有難うございました。
来年も皆様のささやかな楽しみになれるよう、精進し続けたいと思います。
ありがとうございました。
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