創訳聖書

龍王

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終末の折の

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創訳聖書


その老人は言った。
「」
 そう何も言わなかった。それが彼の'発言'だった。


 少年は知らない。彼の後ろに佇む、薄汚いベンチに腰掛けている老人の事を。



 そうやって、出逢は終わった。見送られる少年と、死に際に一目見れた事を喜ぶ下らない人生の漢は、無数の未来さきとただの過去うしろを向き、片側は行き、もう片側は逝った。


 少年はいずれ「瞬光」と呼ばれる。その老人は不死の'嫌悪の対象'であった。


 いつだって、輝く世界は暗い冷たさと惹かれ合う。
 常に陰と陽は互いに小さな矛盾をもって円弧を描く。
 何処までも宇宙は闇で満たされ、星々はその隙間を縫って輝き消える。


 光が進む前、不死が消える瞬間、物語は、交わり、そして、過去と未来は現今を生み出す。

「貴方は、不死では無いですよ。貴方はいつだって、俺の英雄だ。」
「」

いつまでも、いつまでも。

 ~~~

「死に晒せ!この蜚蠊ゴキブリめ!」
 重たい足が腹部を揺さぶる。
 青い外套を見に纏った軽く武装した男達に取り押さえられ、何度も痛め付けられた。
 この国の住民は、いやこの世界の生命は何時でもそうだった。理不尽にも、第一印象で決められ、決める。
 彼らには魂の魔力が見えるからだ。暗い色・を見つけ次第、その者には印マークが付けられる。
 何か問題を起こせば、直ぐ様行動に移される。
 それが下らない日常の些細な喧嘩であっても、神聖でもない街ストリートの真ん中を歩いただけだとしても。ルールや個人の勝手な道徳《マタイ》を闇が踏み躙ったと捉えるから。
 だから私は今日も殴られ踏んづけられ、虐げられた。

 勿論、軽く注意で済む者もいる。明るい色・を持っている者は優遇されるし、そういう者は素行が普段から良い場合が多いから積み重ねた印象が良い。
 彼らが訴えを起こせば、それは強烈なメッセージであり、逆に暗き者が起こせばそれは大事おおごととなる。

 だから逆らわない方がいい。私が闇も持ち得る混血であるとしても、やはりここは穏便に済ませた方が、周りの為になるのだ。

 彼は少しだけ心優しい青年だった。それはただ付け入る隙を与えるだけだと言うのに、青年は未だそれを悟れずにいた。

 だが、そんな未熟者にも思うところがある。

 世界は闇で充ちている。

 そう考え始めたのはいつ頃だったか忘れた。その程度の情報は無意識が枝狩りして行く。問題は内容だ。

 処刑された。

 …何度も反復されたその思考はいつだって私に勇気を与えてくれた。
 私が虐げられるのは闇のせい。
 社会から排斥されて行くのは社会の闇に触れたせい。
 私が不幸なのは私自身の本質が闇であるから。
 闇は常にそこにあるのだから、私がこうなったのは当たり前の事なのだ。そう肯定していた。

 しかし、何時でも短い夜は明ける。今日も。それは薄れ、影へと姿を変える。私の生活、詰まるところ人生の様に。夜闇に溶け込む生き様は巨大な光の前では縮こまる。
 今日も今日とて光が眩しい。いや、眩しいと言うより熱い。身体を溶かすように、それらは私達を容赦なく照り付ける。

 …そうして、消える日が訪れる。限られた時の中でこれを望まぬ者は憂い嘆き社会を穿とうとする。いずれは消えるのに、なぜだろうか。
 …こうして、消えぬ日が溜まる。私が人・である限り、思い出の光鎖フラクトライトは誰にも見られない場所で輝き続ける。気ままに過ぎたる時も、行動に移し実際に体感した全ても、疑問も残り続ける。頭蓋内の闇を穿ち在り続ける。

 そうして日はこうして、闇に充ちた世界を穿ち、世界はそれでも特殊とは呼ばず、人はそれを当たり前として、捉えることすら無い。

 思う。美しい例外、光はいつだって闇を穿つ。闇はその穿たれた箇所を回復し、光を我が子の様に抱える。だから、どれだけ光を伸ばしても、闇は充ちている。

 そうやって、また肯定していた。

 ~~

 だが思想がいくら変わろうが行動しなければ世の中は変わらない。思想は個人を変えるが、世の中は行動でなければ変わらない。

 また、世界は変革の連続。
 そして、世界は移ろい行く。「終局」、これこそこれらの到達点であり、一時的な仮初の姿となる。

 まず初めに【『記憶』】という名の点がある。

 点は結ばれ線になりて、【思想】を生み出し、
 線は集い面となりて、【行動】に昇華し、
 面は重なり体となりて、【変革】を作り出し、
 体は動き時となりて、【終局】を迎える。

 人は時を自ら超える事はできない。故にそれ以上の次元について思考しても人の手に余るのみである。

 故に、時以上の存在であるとされる宇宙は、人を親の様に包むのみである。

 宇宙は、『創成』された後、間違いなく『環境』であった。しかしてそれは『集約』される。『集約』されたモノ、それは闇に輝き、動き、重なり集い結ばれたモノ。

 そうしてまるで【『記憶』】であるかのようになる。


 ~~

 やがて消え行く記憶となったその肯定は、きっと私には力なんて与えないだろう。

 ~~~

 一閃する白銀の刃、飛来する燃え盛る矢、大地に根を下ろした健脚と共に構えられた十字架の描かれた荘厳な蒼盾。
 勇者一行が私を殺しに来た。

 眩く照らされる剣が震える。勇者は私を一瞬で胴一門に薙ぐと、闇の霧の様に化した私の体を見て一息着いた。

「ふう。君、死なないんだね。」

 殺そうとしてきたのにも関わらず、随分と軽いノリでそう言った。

「うん、そうだね。」

 皮肉を交えた態度で普通に接し返す。
 すると、私の人としての面を見てか、何かを観念したのか、

「よっし、じゃあ今日はここまでにして帰るか。」

 そう言うと、本当に帰って行った。

 一人残された私は、悪びれもせずに帰って行く彼等を、ただ馬鹿みたいに見送った。

 …明るい人間だった。普通なら見付けた獲物の討伐を完遂するまで、一行パーティというのは止まらないものだ。その定跡セオリーをあの青年は簡単に破る。
 もしかしたら、私の求める「光の皇子」だったのかもしれない。
 そう思うと、足は自然と動く気になれたが、理性がそれを止めた。彼との邂逅は今では無いと運命が告げていた。だから彼は彼では無いのだ。
 私はそのまま下り坂に消える青年達を見送った。

 ~

「彼の事は伏せておこう。」

 謎の怪異に出会しその討伐を断念した後、街に帰る道すがら、勇者は唐突に切り出した。

「それは、奴が聖人だからか?」

 この質問をしたのは、先の光景をその目で捉えていた赤い鎧に身を包んだ僧侶である。

「ああ。」
「あの魔術が世間一般に広まれば、恐ろしい事が起きるだろう。」

「具体的には?」

 その問いに勇者は一拍を置き、

「かの処刑を超える殺戮の嵐が起こるだろう。」

 勇者はたった1度切り伏せただけで彼の魔術を看破し更には来たるべく日を見据えていた。

「そうか。」

 勇者はまた一拍置き、こう印した。

「かの時は美貌と魔力源を求めての略奪だった。だが恐らく、、」

「次・は、人界の永年の悲願を争って。」

 そうして一旦会話は終わった。暫くして彼等らしい青い笑い声が聞こえるまで、その静寂は少し苦しい未来を映し出していた。

「そうだ。彼の通称コードネームは何にする?仕方無く逃してやった訳だけど。」

 また勇者は街に着く直前にそんな事を言い出した。

「黒くて素早く(魔力)探知もできる。特殊な情報体を持って爆発的な運動性能を叩き出せる。「蜚蠊ゴキブリ」で良いのでは?」

 普段は口を慎む方である盾兵タンクから発せられた意外な単語に、勇者と僧侶は驚きと共に若干肯定の意を示した。それは、盾兵が確固たる何かを彼に見た証を受け取ったからであり、決してその内容に応じた訳では無かった。

 こうして彼は、とある勇者一行から始まり、やがてそこに込められた意味が口伝と共に変わっていくに連れ、より差別的な意味のその単語を口にされる事になる。

 ~~~

 この世界には大きく分けて魔術と魔法の二つがある。魔術は人が自ら生成した魔力を扱う術式の事を指し、魔法はおよそ人智を超えた存在、一般的には大自然の魔力を借りて行う法則・・を権限させる行為の事を示す。

 基本的に、魔術から魔法へと至る事を「法術の極」、魔法を魔術へと落とし込むことを「術法の解」と呼ぶ。
 また、この2つを合わせて魔導と呼ぶ事もある。

 また、この世界には魔族と人が居る。魔族は闇魔法を司り、人は光魔術を操るのが一般的とされる。
 だがここに、例外が二つ。片方は、魔族でありながら闇魔術を操り、もう一方は人でありながら光魔法を司る。前者は魔族からも虐げられ、後者は人の世界では勇者無いし英雄と呼ばれる。

 そんな彼らはいずれ出逢う。たった一度の出会い。狂おしい程求め続けて来た相手と、生まれた時から理屈などなくとも「在るべき」だと無意識に把握されて来た対象の何も言わぬ情熱の邂逅。その時はきっと短く、されど永く、何処でもない普通の公園で過ぎ去るに違いない。

 ~~~

「「聖人」を捉えました。」
 実は、元からその存在を把握し、そう呼んでいた。

 太古の占術は陰陽印の図と彼等・・を結び付けて考えていた。
 簡単なことである。これは運命によって生じたこの世の姿。その一部である我々に拒否権もとい人としての権利は存在しないのである。ただ流れるままである。

「そうか。では計画通りに。」

 王は告げる。その言が彼の命を断つ結果を生み出そうとしていることすら知らず。

「はい。承知致しました。」

 蒼盾の兵士はそう言うと、'勇者一行が敵に回る可能性'を口にせず、去っていった。

「さあ、人類の悲願を成し遂げる為に!」

 王の達成を先取りしたかのような感情を含む野太い声が王室に響くと、何処からともなく現れた無数の従者達が一斉に敬礼し、直後散っていった。

「ふっふっふ、ハッハッハッハ。」

 その隠遁且つ躍動とした動きに王は勝利を確信した。それが甘い罠であると知らず。

 ~~

 歴史は繰り返すと言うならば、人は過ちを繰り返すというのならば、差別や虐待も無意味な破壊も戦争も、何度だって繰り返される。

「死に晒せ。魔族め。」

 重い言葉が破壊を司る。強い意思は先ず差別を産む。いつだって世界は人を叱りつける事無く在り続ける。

 闇は病みを産む。この順序である。
 だが、病みを初めから生まれ持った人間はどうなるか。それは暗い存在となる。

 生きとし生けるもの全て闇に抱えられて生きていくのであれば、万物残らず病の奥底。かつては健常とされた存在も今や病に片付く。

 人からすれば闇とは魔王の支配する世界である。それは病の世界である。魔族は人からすれば皆等しく病んでいる。
 また勇者は何時でも病に落ちた者を斬らねばならない。
 ただ、理不尽である。
 しかして闇に生きる者ならば、光に穿たれなくてはいけない。いずれ修復する穴だろうと、一度以上は必ず。やはり理不尽である。
 どう足掻いても勇者は赤照を含めた光となる。この世界では光が使えぬ者は勇者、引いては人に非ず。赤を見ぬ者は青い人生すら知らぬままに生きるからだ。
 悪では無い何か、闇に生き病み続ける生き物を断罪する事が人以上の使命なのである。故にそれらは魔族を虐げる。

 だが闇が広がる速度はあまりに速い。社会の中にあってもこれは変わらない。輝ける者、賢き者程子を成さぬ。余裕のない者程、一時の余裕を求めて子を成し、余裕を食い潰す。
 人は魔族よりも少ない。決して超え行く事は無い。

 争いにもならぬより稚拙な穿通は馬鹿な体験を積ませ、やがてその馬鹿げた者は忌み嫌われ、断じられる。そうして光は無駄な破壊を推し進めず、闇の中でかつて栄光を体感せし者達の間で破壊はその限りを尽くされる。
 人が断罪するよりも多く魔族同士で殺し合う事の方が多い。だが魔族が増える事もあり、その数は減ることは無い。……光は闇よりも小さく、無闇には生きられず、無闇に存在を誇示しない。


「ゴホッゴホッ……」

 青年の咳き込む音が路地裏に消える。
 ああ、と僕は呟いた。魔族はなぜ、虐げられ憎ヘイトを向けられるのであろうか。
 その答えは行動もしない若き頃には得られなかったが、この時私は知った。

 少年を助けようと伸ばした手を振り払われ、敵意を向けられる。あまつさえ彼は私を攻撃しようとして来た。

 …私の魔術は自らの肉体を暗黒物質の配列に置き換え別個の情報体として保存するという物。それはつまり、魔力と意思がある限り、破壊こそされるが、何度でも蘇ることが出来るというモノ。

 私は攻撃を避けなかった。彼が何処まで勘違いを続けるのか見定め、もしまだ救いようがあるのならば、もう一度手を差し伸べるつもりであった。

 しかして彼は私を見た時から弱い存在だと決めつけ、自らを虐げた者の様に私に襲いかかり、先程見た光景と似た喜劇・・を私に与えた。実感したのはついさっきなのに、学習もしない。この時私は彼がなぜ魔族であり続けるのか理解出来た。
 私は平気な顔をして街灯の無いより暗い闇に溶け、流れる影となってその場を去った。

 青年の事は知らぬ。闇から出られない相応の理由があれば、自ら輝くことが出来ないのであれば、彼の子孫も彼の友も意味無く闇を享受し続けるに違いないから。足掻き続けると良い。余裕を持てる様にもなり得まい。

 私は自分と同じ濃さをした暗がりに身を委ねた。

 私の様に、闇を好き好み、時たま明るく輝く事も無いのだから。混血としていずれ消え行く未来を知り、決意して生き続ける。そんな覚悟も持たないのだから。

 …輝くことが無いのであれば、偶然や環境以外で下に堕ちることを防ぐ術はない。

 先ず少しでも良いから人としての輝きを持って周りを幸せにし、相手が人だった場合に返ってくる幸せを使い余裕を持ち、そこから何事でもよい、挑戦をする。そしてできる限り成功にこぎつける。ここまでやって漸く努力は実る。

 環境もとても大切な要因だが、如何せん、魔族の数は多い。故に加速度的に輝く前の者、人と魔族のどちらでも無いモノは埋もれていく。だが一度輝いてしまえば、なんてことは無い、自ら環境を形成できる。そこが輝ける者の強みだ。
 そして一度魔族になった者は光を求め彷徨い続けるか、闇を享受するか、何も出来ずに全てを失い、疲れ果て、往ぬ。

 勿論、真実、出逢いがあればそんな事は無い。自らと交わり輝いてくれる存在が居れば、きっと世界はぐるりと変わるに違いない。その為には熱でも光でも良い。同じ闇でも良い。反応を促進させてくれる何かさえあれば良い。
 そう、何かあれば、変わる事はある。

 知っているか。光は物質から生まれるのだ。人は魔族から生まれる。たとえ最初は醜い猿であっても、出逢いを重ねる毎に人へと成って行く。まあ、出逢いが無ければ魔族からは脱出出来ない。寧ろ変に強くなって猿山のBOSSに変わる場合だってある。

「ああ。(全ては運命なのか。)」

 そこまで考えついて、私は嘆息をついた。

 その直後の事である。

 ~

 封印術式を施されたナイフが首を掠める。気配も何も無かった。その纏われた術式はグラファイトの様にスライドされ修復せんとする黒い霧の体に術式を刷り込み、だがしかし、その術式は闇へと溶け消える。

「!?」

 驚いたのはナイフを投げた白の外套をした従者・・の一人、「魔族寄り」程度が高度な術式を擁する事は無いと先程まで思い込んでいた若輩。しかしもう違う。直ぐ様全力で相手をしなければいけない相手であると理解した。
 そして、その若輩をすぐ様追い越し第二撃を放ったのは、不死の効能を別の術式の派生の結果と考えた白外套を着こなす老練な戦士であった。

 放たれた一撃は紫色の炎。そのプラズマにはその高速流動を逆に活かし円運動に変え制御する形を取った術式を内部に編み込んである。

 また、第三撃、若輩者のナイフが光を帯び、「黒」が動ける範囲の限界ギリギリにナイフが突き刺され、そこから魔力が地面へと流れ込む。
 これまた封印術式を構成する。

 時間差で発動する二つの術式、それを、不死の青年は、自らの肉体を逢えて濃密な闇の霧に変え、それを黒き火の玉へと集め、紫炎の中に自ら突っ込んで行くことで解決しようとした。

 火と炎、間違いなく正面からでは分が悪い。だが自らの全身全霊を一点突破に賭けたその判断は功を奏し、紫炎に情報体を燃やされるより早く、術式が起動する前に、老練な戦士の目前に黒き火の玉は現れる。

「!」

 だがそこを好機と捉えた老戦士は隠し持っていた杖剣を抜刀し、その帯びた魔力で火の玉を切り伏せた。
 ここまで来ると分かるが、その剣には術式は纏われていない。ただの一撃、されどそれは火の玉が修復にかかる時間を使い次なる絶対の一撃を当てる為にあった。
 だがその一撃は放たれることは無かった。
 紫炎を潜る際に内部術式を壊し、爆炎を制御できなくした結果、次の絶対の一撃、光の「法術極」に向け、術式の指向性を変更しようとしていた若輩を紫炎が包み込み、術式変更の中断を余儀なくさせたのだ。

「…」
 私は切られた勢いそのままで黒い霧となり一旦拡散し、追撃の狙いを難しくしつつ逃走を計った。それが功を奏したのか、情報体に術式が掛かった感覚は無かった。

 その状況を些か疑問にしつつ、取り敢えず肉体の収束を待った。肉体が無ければ自由に行動できない。いや、真に情報体を操れるならば、内部に情報を蓄えた光子として世界を飛び回れる筈だが、それは光魔術の極地、この私には扱えない。

 その少し後の事。
 肉体が、中空にて、修復され感覚器が正常に作用すると同時に、妙な光景を捉えた。
 隠遁の術式を纏った白の外套が、街の至る所にて、大規模な封印の術式を作りこんでいるでは無いか。

(街ごと、私を。封印する気なのか…。)

 その予想を確かめるべく、手頃な家屋の屋上にて、情報体を操り、視覚を強化し術式を見定める。するとある事を把握できた。

(闇の魔力にのみ効く抗魔の術式…。)
 闇の魔の形態の内、暗黒物質の無干渉性を利用した独立した情報媒体の操作を可能とする術式にのみ効く、闇の魔力を、文字通り、抗する術式。
 魔法の一種、魔力そのものの根源とされる純粋なエネルギーによる摩訶不思議な性質を活かした"何か"。その術式。
 その発動。

 恐らくは私含めた魔族との混血を一掃する目的もあるのだろう。
 それにしてもこれはやりすぎでは無いか。そんなにも、この私の不死の秘密が知りたいのであろうか。
(……まさか、不死さえ手に入れば不死でない人々の感情を無かったことにできるとでも考えているのであろうか。)
(有り得ない。)
(感情は魔力の源。それを無かったことにするなど、この国に混乱を引き起こす悪手。その様な事、上に立つ者が下す命では無い筈。)

 憤りを捨ててしまっている私ですら、一瞬怒りのような感情が全身の肌を襲った。
 だがその感情は彼の理性によって瞬時に魔力に置き換えられる。
 そして、アレを破壊しなければいけないという焦りに囚われる。

 怒りは火へと変えられ、肉体を黒き火の玉と化し、不死鳥の様に近くに居た一人の白き外套の戦士へと襲い掛かる。

 その白装束の魔導師はそれを迎え撃とうとした。幸い、黒の不死鳥は光魔術を基本とするこの人世界においては、簡単に次の行動を読み取れる程、遅過ぎる挙動をしていた。

(……)

 だが、その猶予の中、問題はそこではないと戦士は考えた。

 今自分に攻撃して来るという事は明確な敵意あっての事。という事は既に失敗した同じ衣装をした仲間が少なくとも一人以上はいるという事であり、魔力の'揺れ'から察するに大した手傷を負ってないという事でもあり、即ちここで正面から当たった所で意味ある戦闘にはならないという事。

 そこまで思考した戦士は、また、抗魔の術式に干渉する能力は無いと報告にはあった為、戦士は魔術式をそのままにし1度退去してみ様子を見つつ増援を呼ぶ事にした。

 これに対し軽く豆鉄砲を喰らったのは、不死鳥であった。間違いなく重要である術式を放置して退去するなど、正気の沙汰では無い。そして、単純に罠である可能性を考えたが、それもあまりに分かりやすいブラフである事を理由に念頭から消した。

 不死鳥の姿から戻った青年は、先程までの感情を全て冷静に魔力源として処理し、術式の無効化に取り組もうとした矢先、自らから出ていく魔力を感知し、頭内に一筋の閃きが走る。

(これは……使えるかもしれない。)

 青年は術式に自らの肉体を触れると、抗魔の術式の効果により流れ込む、魔力よりもっと根源たる何かを、自らに率先して入れ込んだ。
 小さな魔力はより大きな魔力源に引っ張られる。
 術式自体は内部へのセキュリティを防備していない形式もあってか、そうして青年は術式の中に瞬時に潜り込むことが出来た。

 ~

 そこは空白のエネルギーと'何'で満ちていた。闇でもない、光でもない、純粋なエネルギーと純粋な粒子。未だ宇宙が活発的である証拠たる真空に満ちた、真空を'真の真空'たらしめない要因。

 しかしそこで、すぐ様異変が起こる。エネルギーを消費してはその場に満ち、エネルギーに変換されて行くはずであった純粋な粒子を、比較すれば巨大とも言える質量を持った彼の情報体が重力の問題で乱し始めた。そして封印術式の為に集められ濃密を'維持された'粒子は、情報体の周りに集まり始める。

 それを青年は、一見した後、逆手に取った。魔力の源である真空のエネルギー、それを魔力を利用して任意の形に集め始めたのだ。
 真空のエネルギーを逆用するという事は、魔力を消費して真空のエネルギーを一旦消し、そして'正に真空となった部分'に、真空のエネルギーは周りから集まると同時にその場でも発生する為、濃度に不均一性が発生し、それを利用し、霧でできた粘土の様に真空のエネルギーを捏ね集めて行く。

 勿論、濃密さを維持する術式を彼は持たないので密度が高くなると同時に真空のエネルギーの原因である「対消滅」は捗る事になるが、同時に真空の粒子の発生原因である「対生成」を、自らの魔力を置換する事で同頻度まで上げることに成功した。そして、濃密な魔力の源たる真空のエネルギー、その内部にある魔力を打ち消す「対消滅」の現象を'真空の密度の高低差によって、'弾き出す"剣"を手に入れた。
 またこの剣は維持に魔力を必要とする為、また真空のエネルギーは完全に薄れてはいない為、これを手に入れた所で状況を完全に解決できる代物では無い。この剣はあくまで一時的な措置に過ぎない。

 そして、青年はこの剣を扱い、出入口の奥に薄らと見えるその術式の外にいる白の外套の魔導師たちを、片っ端から切り伏せた。
 魔力を断つ剣は真空のこの空間にあっては飛ぶ斬撃を放ち、またそれは対消滅の関係で摩耗し徐々に小さくなって行ったが、外套の魔導師たちを切り伏せ、彼等の魔力を断ち、再起不能にするのに問題は無く、時間も掛からなかった。

 恐らくはこの国公認の魔導師の集団であろう存在を半数近く切り伏せた後、術式、つまりはこの空間の出入り口を維持する者が居なくなった事を確認すると、早々にこの場を後にする事を決める。そして、この空間でのみ成立する最強・・の剣に別れを告げた。

 ~

 外套の戦士は自らの判断を悔やんでいた。

 退去したすぐ後、対象はこちらを追う素振りすら見せず術式の内に溶け込んだ。

 一度は自滅したかと思い込んだが、別の魔道士によって対象が内部への侵入を許した事を知ると、他の構成員が内部への干渉術式の構成に手間どる時間を考慮しながら、その出方を探った。

 どう足掻いても敵の詰みだと思い込んだ矢先、しかして仲間が術式から飛び出した斬撃に晒されているのを目撃し、敵が新しい手札を何らかの形で生成した事を把握した。
 そして構成員の半数近くが倒れ、他の無事な構成員が術式を塞ぎつつ倒れた仲間の回復を行おうとしているのを見つつ、この状況を引き起こした焦りからか、術式の破壊を最優先で行おうとし、最も近い術式に向かった。
 だがその術式のすぐ近くに例の青年がスっと立っているではないか。
(しまった。迎撃用の術式を先に編むべきだった……。)
 その判断は遅く、術式によって強化された対象の肉体、敵の拳により身体はくの字に折れながら吹き飛んだ。幸い光魔術の治療術式は肉体に常備されていた為、瞬時に回復したが、身体を起こすと既に対象は姿を消していた。

 重ねての失態であった。

 ~~

 闇の玉が街中を飛行する。追跡を振り払うように止まることなく不規則に曲がり続ける。
 魔導師たちは自らを光の配列と化して一直線に、また直角に曲がりそれを追う。

 曲と直、暗闇と光輝が織り成す、青空に描く軌跡の絵図は住民達の目を奪い、数多の動揺を生み出した。

 魔族がこの街に居たのだという恐怖が広がっていく。
 そこから先程の白の外套の者達の行動に納得が行く者や、更にそこから術式の性質まで思考し、もしや自分達も巻き込まれたかもしれないのではという思考をする賢い隠れた者も現れ始めた。

 彼らは皆一様に動揺した。

 特に動揺を隠し切れず尚且つ怒りに燃える者もいた。
 だが、その男は背後から突き立てられた杖剣により絶命する。

「おやおや、どうやら魔族が隠れ潜んでいた様ですねえ。」

 老戦士は、空に気を取られ決定的な瞬間を見逃した住人達を背に、当人にとっては当たり前であることをさぞ今気付いたかのように皮肉混じりに話す。そして剣を杖に戻し、何食わぬ顔で近くの噴水周りの石棚に腰掛けた。

 傍らにいる若輩者は、内心では自らが移動魔術を使えない事を悔しがりながらも、不思議と貫かれない空を舞うひとつの黒の玉とそれを追い続ける複数の光の線を見ていた。

 老戦士はその様子を見て、彼の境遇を察する。

 この国において最高の白の外套を羽織る事が許されたにも関わらず、彼には自らの肉体を電磁波の配列に変換することは出来なかった。代わりに彼には光の術法を扱うことが出来た。敷けばそこから周囲の魔力に術式を伝播させることが出来る魔法陣を描くことが出来た。
 そんな彼は既に手の届かない範囲にいる黒い星を見つめた。
 憧れもあるのだろう。今まで彼の奇襲を避けその上で老戦士の支援サポートまで無かったかのように無傷で一瞬で逃げられた事など無かったからだ。

(やれやれ、若いですな。)
 若輩者の青さに昔の事を思い出しつつ、老戦士は、不規則に飛びながらも先程から若干城の方に距離を縮めつつある黒の玉を見やり、自らが仕える主の危険を察知する。

「行きますよ。」
 若輩者に声を掛け、立ち上がる。その目は、実際の所主の安否などでは無く、その先の事を見ていた。

 ~

 黒い玉はまるで蝿のように飛び回りながら、単純な軌道を描き包囲網を敷いてる気になっているこの国の最高階位の者共を'眺めて'いた。

 全員が同じ動きをしている訳では無い。一人一人が独自に考え、その上で連携が必要と感じたタイミングのみ協力をするといった感じである。

 均衡が崩れ、個々の駒の自由度が一時的に上がった局面では、たった一度のミスで形勢がひっくり返る事がある。そしてそういう場合、逆に相手のミスを待つ以外に取り返しはつかない。

 勿論、初めから大差で始まったこの戦いでは相手が致命的なミスを一度した所で互角になるかどうか。

 故に今まさに、決定的な行動に向けて準備をしている訳だ。
 そう、適当に逃げていると思わせてその実、街の中心部、王城、その中空から入れる場所、空中庭園。そしてその先、王の居るであろう間へと潜るタイミングを測っている。

 今はまだそれに気付いた存在は居ないと思えたが、一つの残光が王城へと向かっているのを感知する。

(不味いな。先に封印術式でも敷かれたら王に対する正面からの奇襲は失敗してしまう。…もう既にタイミングを見計らっている時ではない。)

 そう思うが早いか、黒の玉は街中、家屋と人の密集した地形に身を暗ます。一度ここに光線達をおびき寄せ、人を避けながら逃げる事で少し差をつけ、その後王城を外壁を周り差をつけたまま内部に入れこもうとする狙いがあった。

 勿論これには危険な点がある。それは、大規模な術式を地面から展開されるとその効果が上空より効きやすいという事だ。先程のように周りの人間を巻き込んでも良いという考えで全体が動いているであろう以上、これは可能性が高い。だが、時間に糸目はかけれなかった。
 こちらの動きに対し、光線達は人にぶつからないギリギリ上空を通過しつつ、こちらの先回りをし始めた。
 想定内の事であり安心したが、こちらにはやはり時間が無い為狙いは変更せずに行く。
 交差点を曲がりながら差をつけ王城に近づき、王城の壁面にまで到達するとその周囲を徐々に上がりながら回り始める。
 直角にしか曲がれない光線郡ではこの挙動をする黒い玉を捕らえることは出来ない。

 狙いは上手く行き、差をつけたまま、城の内部に入る事に成功した。

 …先の存在は恐らく私の狙いを把握し防ごうとしている事から、一度失敗した三人の内の一人か、強い「魔族寄り」と戦った事のある者か、頭の回転が早く常識を破れる者か、これらの内複数に該当しているものでいる可能性が高い。
 そしてその様な厄介な敵と逃げ場も難しい場で戦うのは不利。増援が追いつくまで粘られれば封印も容易くなる。
 だからこそ、まだその厄介な敵と会敵していないこの状況である程度敵を減らしておかなければいけない。

 最も距離を詰めた光線に貫かれたように見せ掛け、情報体を拡散、周囲の壁面に拡散した情報体の一部が触れると同時に壁面に残留する魔力を活かし術式を組む。

 そして組み上げた術式の同時展開によって、通路を塞ぐ形で魔法陣を描く。組んだ術式の効果は空間遮断。勿論即席のモノの為、効果は殆ど続かない。だが、遅れて迫り来る光線は、これに激突し跳ね返って行き、術式を組んでいた1秒の間に、私を追い抜き、白の外套姿に一旦戻った者達からすれば警戒するに足る規模ではあった。

「危険な闇魔術め。ここで消してくれる。」

 眼前に残った三人の魔導師の内一人がこの術式を見てそう言った。

「うん。つまらない発言だな。」

 それが敵の行動を誘発させた。光の魔術によって情報体へと変換すると、光速で間を詰められ、間合いに入ると同時に元の肉体に戻り隙もなく光の刃を手に生成し、それを振るう。

 それがこちらの肉体を薙ぎ払うと、薙ぎ払われた肉体は黒い霧となり拡散する。そこにもう一刀、二刀、光の刃が霧を'削る'。刃は刃こぼれし、拡散した霧の体積は若干減少する。

(やはり、光魔術を直接喰らうのは危ういな。)

 そう思い、次の斬撃の軌道に触れないように霧を集め、こちらも全身で刃の形を取る。

 敵はこれを叩きに来たが、それより早く黒刃は敵の脚を切断した。

「ぐあ…っっ!」

 呻き声が響き、周囲の術式が揺れる。

 残り二人。

 残った魔導師達は、先ず、光線を放ち、続いて光盾バリアを構える。術式が短時間しか保たない事を把握してか、持久戦の構えだ。
 こちらは光線を避けながら加速し光盾バリアに突き立つ。速攻で片付けるつもり。
 カッと音がし、光と闇が相反し、斥力が生み出され、弾き出された我が身体一刃は三角錐に形を変え、回転しながら先程開いた小さな穴に突立つ。穴がより大きく開くと同時に三角錐は槍に姿を変え、光盾バリアをすり抜け、両側に居る二人の魔導師の首を素早く払った。

 そして、彼は倒したかどうかも確認もせずに、その場をただ後にした。

 ~

 幸い、敵の追撃は遅れ、先に行ったと思われた存在も居らず、一人で王の前に立つことが出来た。

「何故、貴様はここにいるのに自由の身で立っていられるのだ。」

 そう疑問を口にしたのは、従者を全て解き放った馬鹿なこの国の王、どちらかと言うと集団の規律より個人の欲求を優先するタイプの男。(これはあの術式放置を独断で可能とさせた事から推察している。)

「酷い言葉だな。」

 そんな性根が甘い男が、人を捕らえようとする時点で、この結果は決まっていた様なものだった。

「己、この私を愚弄するか!」

 不躾な言葉に怒りが顕になる。
 私は意に介さず、こうした。


「手早く始めよう。お前はここで死ぬのが、面白い。」


 その言葉を残し、敵が追ってくるより早く、攻撃を開始した。

 ~

 結論から言うと、王は何の自衛手段も持ち合わせていなかった。

 目の前の血溜まりに伏す肉体には汚く塗れた装飾品が鈍く光っていた。


「間に合いませんでしたか。」

 背中に声が掛かる。
 後ろを向く。それができる時間的余裕があったと言う事はつまり、もう既に敵対関係ではなくなったという事だろうか。振り向くとそこには先程襲いかかって来た老戦士とその連れが居た。

 そしてその後ろから続々とやって来た光線が白の外套姿へと変貌していく。その者達は全て手に光の武器を生成すると、こちらを睨め上げ、行動に移ろうとした。

 しかし老戦士がそれを遮る。

「我らが主は死にました。遺言通り、最後の命令以外の全ての行動は個々人の裁量に任せられます。」

 その言葉に対し、光の大剣を持った一人の魔導師が怒りを顕にし、こう言った。

「その発言、そして今の行動、汝は会敵した後、結果はどうあれその役目を終えたと勝手に勘違いした訳か?」
「ここで貴女方と闘えば国王の残した財産に傷が付きます。私とて本意ではございません。」
 老戦士のその言葉に、恐らく若いと思われる魔導師は少し息を吸い、続けた。

「残念だがな、私達には戦う理由がある。貴様の様に終わったと思い込んでる訳では無いのでな。」
 それに対し、老戦士は、
「いいえ、貴女方にはもう戦う理由などありません。敵を捕え損ねた以上、ここに居る全員が平等に平和の意志を持つべきなのです。」
 やはり確固とした態度を崩さない。

「それはつまり、機会は一度きりしかないという古びた考えから来るモノだな?宜しい。ならば御老公、貴様の首を置いて行け。時代は常に刷新されるモノだ。」
 しかし頭の固い返答が帰って来るだけだった。

(やれやれ、ここまで頭が固いとは、私が屠り散らした先代達と変わりませんね。ただ、その威勢の良さと敬いの無さだけは認めてあげましょう。世代の性質も、少し温故知新されているでしょうか。)

「何も言わないと言うことは、了承したという事で良いな?」

 その問いに答えようとした老戦士、しかしその言を遮り、

「おいおい、このゴキブリ様を放置するのか?」

 問題はその存在を強く、空気も読まずに主張した。

 ~~

 夢を見た。限られた数の友の一人を、いや正確には友だったというべきか、それを、この手で殺してしまう夢を。

 他人の心が読めない彼には金で弄ばれる程度の人脈しか築けなかった。それなのに彼は、彼に少しでも利害関係でない、同じ空間を笑って共にしたという情を持ってくれている大事な友を殺してしまった。


 道化ネタでもない事で理不尽な事を要求され、その上で逃げ道があると知った時、人は、きっとそれを手に取ってしまう生き物なのだろう。


 だから私は殺してしまった。
 本当は私が死ぬ筈だったのに、もうそれすら嘘になってしまった。
 胸は痛まない。きっと理不尽な事が心の底から許せない性分だからであろう。
 その友とは、大いに闘った。敵としてでは無い。友として、闇の中で理不尽と闘った。

 アイツに、また出会うまで、この夢はきっと私の記憶を壊すに違いない。それほどまで強烈で、また、忘れてはならないと心に刻まれる程深い内容だった。

 決して、私が馬鹿だからやったのではない。私はただ、自身の行動が制御できない程子供だったというだけだ。


 さようなら、過去の自分。夢とは言え一線を越えたのであれば、私はきっと大人の階段を登ってしまったに違いない。
 …いっそ、大人になるとはこういう事を指すのかもしれない。


 飛ばした首は目を瞑り、何の怨みも無い様子だった。猫がその上で寝て、客人からそれを隠す。客人には訝しまれ、母が私の味方をし過ぎると、客人は正義感からか、真相を探りに来た。そこで夢は途絶えている。
 そう言えばその猫は、飼っている薄い茶虎の猫ではなく、灰色の猫だった。「灰色」は客人が連れて来た同じ色の猫と仲良くし、私にも好奇の眼差しを向けて来た。全く不思議な夢だった。私には、動物に好かれる要素など無いというのに。客人はこの手の事に慣れているかの様に。

 それが私を少年から青年へと変えたモノだった。


 では、青年から大人へと変えるモノは何だろう。それはきっと、己に掛かる筈の大きく集った負の感情を無視しようとしなくなった時、今なのかも知れない。

 ~

 その発言には本来ならまだ彼には知られていないモノを含んでいた。王とその従者の頭、そして勇者一行と彼等の話を聞いたことのある者しかそれを口にする事はない筈だった。
 だが勿論、'普通の単語として'口にする事はある。今回もその意味だった。

 自身が生存に特化した存在であり、ピンチになると飛び回りまたその際に無駄に思考が澄み渡る事を踏まえてのその単語の採用だった。

 それは奇しくも、従者の頭が会敵後、適当に捻出した理由と似ていた。

「いきなりどうしたのだ……」

 老戦士の隣を着いて来ただけの若輩者は、その発言に困惑し、つい口を零してしまった。

 他の者も同様の感情を持っている。少しでも刺激が加われば戦闘になっていたであろう二者を除いて。

 彼等は互いに合わせていた目を離すと、元来の対象に向き合う。
 そして、老戦士は何かを決めた様に自らの発言を撤回した。

「彼を戦闘不能にするだけであれば確かに王の遺産を損なう事は無いでしょう。」

 その目は老練な戦士らしい思慮深い色に満ちていた。

 その発言に納得したのか、その魔導師は光の大剣に更に同属性の術式を組み込み始めた。

 老戦士はまた、杖剣を納刀したまま大理石の床に突立て、杖を通してヒビ割れに魔力を流し込む。それに追随して若輩者もナイフに例の術式を組む。コツはいるが大理石にはその石中に術式を乱さずに描ける。そこにおいて、この戦いは即席術式で彩られた緒戦とは明らかに違うのであった。

 成年は、悪意を無視はしないが、それから逃げる準備はしていた。

 だが、一面荘厳な装飾で彩られた壁面を破壊して逃げ延びるには、変化した先の物質の硬度が装飾を複数破壊できる程高く、また、勢いを保ったまま逃走形態に素早く変化しなければいけない。

 目の前の敵を完全に撒くには相手の完成した封印術式にできるだけ掛からない様にすべきであり、先までそれができたのは、通常攻撃への変化を見逃さなかった事、術式が完成する前にその内部から術者を攻撃できた事、そして高速の空中戦に持ち込んだ事に尽きる。

 だが、状況を突破する条件を満たすにはこちらも一時的に術式の強化を行わなければいけない。
 そうすると、どちらの術式がより早く完成するか、そこが焦点となってくる。

 こちらは術式を情報体内部で立体的に組むことが出来る。つまり二次的な術式を組むより強烈な術式ができる。そしてそれはつまり、より少ない術式で事を起こせる訳であり、速度に繋がる。

 問題は敵にも同様の事ができた場合だが、幸い、光魔術で武器を生成した者以外、一見してその兆候は見られない。その者達以外、可能性はない。そう思い込んだ。

 …決戦はその思考の直後だった。

 光の術式大剣を持った魔導師が突進してくる。
 若輩者と光弓使いが術式が内部に編まれた飛び道具をそれぞれ放つ。
 残る魔導師が散らばり距離を詰める。
 この順を一瞬で打ち合わせ無しで行える所が経験の成すところであろう。

 それに対しこちらの取るべき行動は、単純、全てを避けるのみ。
 大剣を躱し、その上でほぼ同時に周りの空間へと飛来する飛び道具を躱す為に、当たらない領域を見定める必要があった。
 幸い先の会話から装飾のある横の壁面には飛ぶ心配はなく、床か、後ろの壁面に刺さる形となると容易に予想出来た。ただ、後ろの壁面が良いならば縦長の構造であるこの間では上空に飛んで躱すのは危ない。となれば、後は一つ、下のみ。

 大剣を寸での所で上半身を後ろに倒し躱す。その後、左向きに倒れる様に脚を工夫して移動し、回転しながらその魔導師を抜き去る。
 そのまま先の老戦士へと向かう。

 だがその瞬間、異変に気づいた。

 老戦士はピクリとも動かない。まるで既に獲物を捕らえたかのように。
 悪寒に負け、直ぐ様装飾が多く敵が少ない横壁面方向へと、黒玉に変化しながら飛ぶ。
 しかし間に合わなかった。

 広場全体に闇魔術にのみ反応し、それに係る重力を絶望的なまでに高まる効果が発動する。術式、魔法陣は見えない。

(魔法の、類か…!?)

 その思考を塗り潰すかのような異常な重力に、こちらの意識は保もたなかった。


 意識が切れた後、術式も解けた。
 寝ている内や気絶している最中では、不意に襲われても大丈夫な様に術式を固定しておくが、それもまた魔力量の無駄遣いができない程の戦闘中となると話は別である。

 勿論、自身の魔力を制御するのに敢えて別の魔力を使うという手法もある。自然に眠る魔力源を使うのである。

 そしてそれはまた、逆の事が出来得るという話に繋がる。自身の魔力を利用し、自然魔力を操る事である。

 本来ならばそちらの方が簡単なのだが、「蜚蠊」君は、聖人である為に、いや寧ろそうであったからそう思われたと言った方が良いだろうか、兎に角、自然魔力を使用しての魔力制御が得意だった。

 だが、王の間には残念ながら魔力が内に篭っている物が多い。特に装飾品や神器等は魔力を周囲に漏らさない事が一流の証であり、その為「蜚蠊」君にはこの環境はすこぶる相性が悪かった。

 話を戻す。自然魔力を操る事、これは緒戦を共にした老戦士と若輩者の両方が使った。若輩者のソレは言わずもがな、老戦士の'これ'はそれとは更に規模が違う。
 大理石は魔力の通しが悪いが、それは元から魔力を多分に含んでいる為である。また、石の構造にバラツキが無い為、無闇に魔力が拡散しにくく、十分な魔力量を持ってすれば意図した方に容易く流し込める。その為、大理石は石中の構造を把握していさえすれば術式を容易に素早く描ける。

 魔力は単純な衝撃波とエネルギー体、そして粒子の三位の丁度、いい所取りをした存在位置にあり、その通りは三者の性質から導き出せる。今回ならば、衝撃波はかなり早く、エネルギー体もまた早く、粒子のみが非常に遅いと言った具合であり、つまり魔力の進みは早いのである。それは、肉体に魔力を通す「蜚蠊」君の数倍から十数倍にも及ぶレベルであった。

 また、老戦士が術式を横方向だけでなく縦方向にも描ける事は恐らく勘の鋭い者、経験を積んだ者なら一度に見抜くことも出来たであろう。だが、「蜚蠊」君はそうでは無かった。残念だがこの試合、初めから分かり切った結末であった。

 ただの肉体へと変わった男の元へと、止めを刺そうと白い外套の群れは寄って行った。全ての者がまだ終わりではないと、その体で表現していた。

 例外は一人も居なかった。

 ……効果の対象が「重力」から変化する。「強い力」へと変わる。対象もまた闇魔術から通常の物質へと変わり、効果はまた'反転'した。そして、たった一瞬、それは発動した。

 '術式対象内'の全ての物質は一定の大きさになるまでキンっと高音を立て押し潰される。ハイエナのように群れ集った純白が肉の色と混ざり酷く醜い塊と化し、空気もまた圧縮され球状の液滴や個体に変わり、次の瞬間、術式の効果が戻ると同時に、自身の斥力に耐えられずそれらは衝撃波を発生させながらパアンっと弾け飛んだ。

 組成が変化した最早肉片とも呼べぬ何かは飛び散り、ミネラル分は美しい鉱石へと変わり、個体となった空気は戻る空気中でキラキラと液体、そして液滴は気体へと変わる。

 舞い落ちる薄黒い何か、花火のように消える液滴、そして砕け散ったダイヤモンドの様に音を立てながら飛び散る鉱石、目に見える程の衝撃波。自らに降りかかるそれら破壊の結果を術式で防備しながら、それに晒される王の遺産、そんな光景を前にして、老戦士は実に愉快そうに口を開いた。

「ほっほ、こうやってつまらぬ同胞を裏切った時の絶景や音に優る芸術は無い。」

 術式の対象から外した、そばに居る若輩者と衝撃で吹き飛んでいく目当ての存在を無視し、
 仲間を軽く捻り騙した老戦士は一人杖を握り悦に浸っていた。

 ~~


「おや、お目覚めですかな。主よ。」


 目が覚めるとそんな言葉が掛かった。起き上がるとそこは既に自身が倒れた装飾華美な間では無く、月明かりが仄かに照らす風の心地よい草原の上だった。

 傍には犬っころの様にちょこんと座っている先刻襲いかかって来た若輩者が居た。


「なんの冗談ですか。」


 少し声を低くした。
 生き残ったのだから皮肉を言うのは鉄板である。それがこの男の常識だった。今回はそれを敬語に留めておいた。


「ほほ、何、貴方様の生き様に惚れておりましてな。…監視していたのですよ。昔から。」


 鍋を弄る手を一瞬止めながらそう嘯いた。

 どうやら皮肉は通じてないようだ。

「嘘はいけないよ。」


 その言に少し鍋をかき混ぜる手を止める老戦士、少ししてから笑みを浮かべ口を開く。

「ほほ、まあ、本当の所は、余生の暇潰しとして、興味を持った貴方の人生にちょっかいを出してみた、と言った所でしょうか。」

 そう言った。

 私は少し疑問を含んだ声で返した。皮肉は通じないと諦めて敬語は止めた。

「何故私に興味がある。」


「蜚蠊等と呼ばれる程忌み嫌われている事がとても興味深かったのです。」

 微妙に返答になっていない返答を聞き、強く出てみた。

「お前は、例えるなら、虫を捕らえる蜘蛛と言った所か。」


 ついで、更に声を低くし、こうした。

「今すぐ戦えば良いだろう。」


 その若く好戦的な様子に老人はつい口元を緩ませる。

「ほほ、その様な元気はもう御座いません。私はただ、生き残る事に特筆した才を持つ貴方のような存在が、今後どの様に世界と渡り合っていくかを見届けたいのです。」


 その内容に対し、漸く素直な気持ちが出たか、そう思った。だが、その後に続く危険な言葉に瞬間、戦慄が走る。

「何……既に他の存在から、国レベルの組織体から目をつけられているとでも言うのか。」


「ええ、まさに、その通りでございます。実はですね、この世界には`四天王と呼ばれる存在がおりまして、今回倒したのはその中の一人が仕えていた街の王なのです。」

 その話を傍で聞いていた若輩者は、自らの記憶に照らし合わせ、そう言えば四強で勇者一行パーティを組む為、つい最近頭を迎えに来たな、と思い出した。

「なら今、もしや全方位に居るであろうその敵共に監視でもされているのか。」

 やや強い口調でそう問うた。


「ええ、適当に水晶で見られているでしょう。私は魔導師ではありませんから感知は出来ませんが、貴方様なら、ああそう言えば、報告書にありましたな。魔力感知があまり宜しくないと。ではこの場では確かめようが無いですな。」

 先の皮肉に対する嫌味だろうか、小馬鹿にして来たが、構わず無視して一旦冷静になる。

「……兎に角、今は何とでもできるこの状況を活かして逃げ回るのが吉だろうな。下手に敵に攻撃を仕掛ければ総攻撃が待っているかもしれない。」

 気持ちを普段以上に切り替え、言葉に掛かる重みもまた先刻よりも大にし、当たり前の事を強く語る。


「分かりました。しかし水晶で見張られている以上、敵の包囲網はいずれこちらを完全に取り囲んでしまいます。また、逃げ切るには戦力が少なくとも敵の倍は無くては機がありませんが、宜しいですかな?」

 当然には当然を倍にして返す。仲間であっても圧力を掛けれる時に掛ける事で優位に立ち易くする。それがこの老戦士が培って来た渡世術であった。しかしその効果は、大して効かなかった。

 老戦士が疑問を投げかけたその成年は、口元に笑みのような何かを浮かばせこう言った。

「良い考えがある。いずれその発言、取り消すことになると思うぞ。」


 その言葉に納得したのか、老戦士は、その夜、それ以上はこちらに向けて話す事は無かった。

 その次の日から、一行が向かったのは、一先ずは光の領域と対照、闇の領域であった。破壊が日常茶飯事となった彼の故郷のある世界、国が総出で仕掛けた男ですら簡単に虐げられた強大な闇が渦巻く危険な土地。

 超えた先にあった希望は、既に沈んでしまったというのに。その歩みは、皮肉にも可能性を感じさせる物であった。

 ~~

 その光景を見て何が起きたかを瞬時に覚る。ここにいた同胞達は其の多くが殉職したのだと。

 とある外套の魔導師は、その瞬間、決断する。
 己の人生を掛けてあの者を逃がす事はしないと。
 決して弔いの為では無い。全くつまらない命で命を散らして行ったこの国の最高機関の汚名を晴らす為でもない。ただ純粋に、己が冒した過ちを払拭しようというものだった。

 確かに、今残っている同胞達は全て、彼の過ちによって、結果傷を負った者とその治療に専念した者だけである。
 つまりは間接的に彼が救ったと捉える事も出来た筈だが、彼はそんな因果関係を無視した結果論だけを呑む様な思考をする事は無かった。


 彼は直ぐ様仲間を募った。勿論、彼が傷付けた同胞からではなく、彼等が仕えていた組織と同規模以上の、世界を陰から支援する巨大な「自警団」とも呼ぶべき組織からである。

 また彼はその組織を頼るばかりではいけないとして、かつて交流のあった下部組織にもプライドを捨て頼み込んだ。「どうか私に力を貸してくれないか。」と。

 その効果があってか、男の周りには彼をサポートしてくれる者が現れた。
 私生活の彼を知った事で彼を慕っていた者や、彼の失敗を意図的に引き起こし、その際の彼の自信の喪失をこの目で見てみたいと思う歪んだ思想の持ち主もその中に居た。

 少しして、彼等は「王室探偵団」を名乗り、表では王の死に関する謎を追い掛ける形を取り、彼はその執念を燃やす事に成功する訳だが、しかし。

 そのとある外套の魔導師は、あの一人の男にとって一時、大きな壁となる。それは残念な事に、彼の並の執念によるモノではなく、ただの運命の悪戯によってであった。

 ~~

「どうやら彼が騒ぎを起こしたみたいだね。」

 翌日の新聞には既に事の大まかな把握が載っていた。勿論、そこに載る社説は酷く推論に満ちたものであるが。
 そんな紙面を少し眺めながら、発言をしたのは、勇者、犬や猫を周りに好き好みに侍らした現最強の四天王である漢であった。


「……」

 それに対して、肩周りに鳥をこれまた好きな様にさせている、最も関係のある青の装備に包まれた盾兵は、やはり黙したままであった。


「取り敢えずは、彼の現在位置や進路等に関係無く、最後の一人が来てくれるまで行動は控えるべきかな。」

 彼は仲間の事情を察し、話題を切り替えた。

 それに返答したのは、残るもう一人の仲間、寡黙な青とは対照的な赤の東洋風の鎧を、白の頭巾、白装束の上から身に纏う僧侶、これまた牛を傍に繋いでいる愉快な漢はこう言った。

「それはどうだろうな。奴は戦闘は出来ないが未来を見る事はできる。今の状況だと我々一行よりも奴単体の方が価値は高いかもしれん。向こうが離すとは思えん。」


 勇者は新聞から少し顔を上げた。

「そうだね。つまりは僕らから彼を直接迎えに行くべきだと、言うことだね。」


 僧侶は少し訝しんだが、納得はした。
(ふむ。まあ、そうなるか。あの"神落としの怪奇"を倒すには、どうしても我々四天王
が一つにまとまらねばなるまい。)


「では、今から立つか。」

 気の早い、というよりとある事情で気の立っている僧兵はそう言った。


「朝食を取ったらね。」

 そこは譲らないよ、と言った口調で返す言葉は、その場に居た全員に目の前の現実を思い出させた。

 そう言えば、皆、殆ど有り金が無い。

 この街に来る旅路は長いモノで、道中ぼったくり宿屋を何件かハシゴする羽目になり懐をかなり寂しくされてしまったのだ。

 今座っているテーブル席は最も単価の低い店の物であり、新聞もたまたま落ちていた物を拾ったものだった。犬も猫も鳥も野生の物だし、牛だけは先程死にかけていて屠殺されかかった所を、僧侶が望んで持ち主に相談し
て最後の金貨で買ったのであった。

(あーあ、あの宿屋街はやはり早めに潰すべきだったね。そして募金、いや待て間違えた。合理的募金クラウドファンディングをすべきだな。先ず。)
 そう思うと彼は直ぐ様実行に移した。腹が減っては戦は出来ぬ。

 …彼はやはり全ての人民を味方にする素養を兼ね備えていた。事は順調に進み、その朝の内で彼のカリスマに惹かれた者達と一緒に会食をする事にもなったが、それはまたまた別のお話である。

 ~~~

 盤上は、序盤を抜けて様々な勢力が関わる中盤へと移行する。

 垢抜けた黒い虫、その周りにいる唯一無二な過去を持った仲間程信頼はできていない者達、壁となる者、未完の勇者一行、まだ見ぬ他国の闇、そして主人公がその元へと向かう"御伽噺の神"を殺した存在。


 盤上の駒は残らず何時だって輝き続ける。
 時は無常にも、それを凌駕する事のある天性の才を除いては、ただ一方へと流れ落ちるだけである。

 物語は、その童貞を捨てた。

 ~~~~~

逃避行から半日が経過したある夕暮れ。


「で、協会とは具体的には、どう言った場所にあるんだ。」

"蜚蠊"は、ここに来て今日初めて口を開いた。

「ええ、説明は不要でしょう。行けば分かります。行けば。」
「それでですね。其の上司が自分の不始末を棚に上げて、私の股間を蹴って来たんですよ。協会にあるものは触るなと何度も言っただろうがと。」
「へー、それは理不尽だな。自分が触り過ぎて犯した結果を、ましてや其の応えに何も感じないとは。」

喋りながらも老戦士の足は止まらない。若干二人に置いてきぼりを喰らいかけて居る若輩者を除いて、また、距離が出来かけていた一行に、異変は直ぐにやって来た。


「妙ですな。いつもなら、私が魔術を使えば、協会のものが近くに探しに来る筈です。見たい見たいと。駄々をこねる事が多いんですよね。我々。」
「ええ、ここの林を抜ければ、村があります。そこに協会のアメル支部はあります。何分、この様な場所に村がある事すらも分からないでしょうから、妙に気持ちの良い遁隠術です。」

しかし、其の声を最初に受け取ったであろう人物は、林から、赤の甲冑をがしゃりがシャリと言わせながら、等しく同じ足ぶれで真向かいから歩いて来た。

 「協会に行きたい…か。其れは其れはご無沙汰だな。其の協会はもう既に、お前達を迎え入れる事は無い。全く、つくづく甘いな。お前達、逃げる側というのは。ところで、其の話の続き聞かせてもらっても良いか。上司とやらは、まさか同じじゃ無いだろうな。老戦士。」

地面が赤く燃ゆる。

「初手からこれとは、まさに全力投球と言った感じですね。」


一瞬、景色が揺らんだ。しかし、直ぐに実態に気付く。数珠の根が魔法陣の展開として、既に、この辺り一体の林付近に陣取ってある。

また、純粋に、景色が`赤で塗り潰された。

若輩者を除いて、二人が取り込まれる。しかし、"蜚蠊"は、其の様な囲い合いには、分があり、直ぐ様に暗黒物質の配列で持って、其の珍妙な空閑から真っ先に離れる。其の様は、地に`堕ちた流星と言っても過言では無い。


「ほほ、捕まりましたか。成程、結界術では仕留めきれない訳だ。これでは、透過し放題でしょうに。」
「全くだ。この俺の地獄にようこそと言いたいが、老人、お主の言を取って、逃げられたとだけ言っておこう。しめしめ。」
「"蜚蠊"は、取り逃した。追って通達する。其れと、思わぬ収穫だ。レイよ。お前の道場の師範代がお迎えだ。」

まるで、この空間と外にある残りの勇者達とは、繋がって居るみたいに報告をする赤の僧侶。
そして、其の領域内に取り残された老戦士が一人。杖から剣を抜剣し、鋒を僧侶に向ける。

「尋ねよう。汝、何者か。」
「これはこれは、騎士の例に則り、恐悦至極。其の形からは想像も付かぬ程、礼儀正しい爺さんだ。」
「俺か?俺は、見ての通り僧侶だ。と言ってもただ念仏を唱えるだけじゃ無い。こうして、他の生物にも簡単に危害を加えることができる。」

指を揃えるかの様な奇妙な握り拳をする僧侶。すると、赤のゾーンは瞬く間に噴出する赤の"絵口"によって、様々に塗り変わって行く。
老戦士はこの"絵口"を避けながら、僧侶にまるで歩くかの様に近付いて行く。僧侶は自身の周りに噴出を限定すると、領域の限界まで押し込まれる。居合を警戒しての事だ。
そして、領域の限界から、壁を作り出すと、数珠を老戦士に向け、其の頭部を囲うかの様に数珠を擦る。
老戦士はこれを軽く避け、居合への物語へと歩みを止めなかった。

赤の領域は、精神不干渉、外界からの途絶を意味する。この世界で、数珠を視野にピントを合わされてでもすれば、外界からの侵入者たる老戦士は直ぐ様に、何かしらの封印が施されるであろう。

老戦士は、腰を低く構えながら、剣を掲げ、ゆくりと擦り寄って行くと、こう唱えた。

「明るみに出し魔法よ。暗がりに伴う魔術よ。今、まさに切り離れん-!」

其の居合は、僧侶の居た空間を切り伏せると、僧侶は噴出による押し出しの効果で、壁を凹ませ避けた。

すると、噴出からドロドロと絵の具の様な塊が徐々に吹き固まっていくと、赤雷が切った場所から発生する。

「ぬぅ。術法の解を切り分けるか-。」

老戦士は、また、魔法陣と魔方陣を杖剣から取り出すと、赤雷を集め、絵の具の様な物体を粉に変換し、霧散させて行く。

「まさか、これ程の使い手がこの世に二人も、存在するとはな。危険だ。貴方は其の甘さと共に、危険過ぎる。」

僧侶は数珠で"絵の具"を砲弾の様に集めると蝋戦士に向かって勢いよく射出した。
老戦士はこれを杖剣で、魔法陣を展開しながら、撫でる様に飛ばし、避ける。其の際、ギャリギャリンという音がする。

間合いが取れた。すると老戦士が僧侶に説教をし始めた。僧侶はこれに応じる。


「その発言は面白いですな。実に面白い。「甘い」などと抜かす事、そしてそこにある矛盾に気付さえしない事、そのどちらもが貴公の`弱さに繋がっている。」

 老戦士は手を止め、冷静に目の前の敵に忠告をした。


「ほう、それはつまり、己の未熟さ、甘
さに気付いた上で定した発言か。」

 返すは、対峙する僧侶。その言は、甘さを説くには己の甘さを知った者だけだと言う彼の理念から来ていた。


「ほほ、どうでしょうかな。かつての私に貴公ほどの甘さは無く、故に貴公の言はつまらぬ戯言なのですよ。」

 老戦士は続ける。

「もしやお分かりでない。甘いという言葉をこの世界の物事に当て嵌める時点で、お若い方、貴方が甘い。」


 それは至極当然の事だ。物事を甘く見る事程甘いことは無い。
 だが、それは人に対しては別であるし、人に対しても同じ様に言えるのであれば、同じ事をしているでは無いか。僧侶はあくまでそんな事を分かっているものだと思い込み、浮かんだ一つの疑問を直接問いただした。

「自身は人ではないと言うか。ではなんだ。人を甘く見る愚か者の偶像か。それともこの世の事を分かった上で全てを見通す神でもあるのか。」
「はっきり言いましょう。言い伝えの神は既に'無くなり'ました。もう一つ、今私は貴方の甘さについて及んでいる。そして貴方はそれも、何故そう言われるのかも分かっている。だが、そこから逃げ、言葉の矢で仕留め合いに持ち込もうとしている。そこに、貴方の甘さの最たるものがある。」

 老戦士はその問いに全く態度を振らす事が無い。

 その態度に対し、敢えて相手の土俵に乗り込み、自身の見解を張る。同じテーマの舌戦で自らを熱くする必要は無いと考える。
 また僧侶として、相手を説得するのも彼の一面であった。

「甘さ故に私は私なのだ。世の道理を弁えた上で甘さを捨てる者は良い。一般の僧侶として置いておこう。」

「私はな。甘さが無くては世は説けぬと言うのだ。」

「何故か、分かりやすい話だろう。衆生は全力で生きるからこそ、甘さもまたそこに必要になってくる。苦味を呑むだけでは人は生きていけない。全力には、良薬口に苦しと言うが、健やかなる為に精神を痛めつける苦味ブラックが向かってくるのだ。そこに心に一息を突ける甘さ(ホワイト)が無くては、衆生は黒に呑まれその心と共に潰れるのみ。当然であろう。そこな"蜚蠊"と同じだ。」

 老戦士はそんな彼以外の誰にとっても常識である話に、何も得られない、つまらぬ言であると思ったが、問題は彼の性根であると思い、また、相手のその「甘さ」を肯定する内容に、そうであるならば何故、人を「甘い」と言えるのか、そこに酷く可笑しさを感じた。

「その甘さを体現するために己もまた甘くあらんと、また殺し合いの最中に目の前の好敵をして、「甘い」と呼ぶことに繋がる訳ですか。それはそれは、上々ですな。上上の馬鹿だ。」


「甘さはそれを腹に抱えている者からしか採れん。私は牛が好きでな。よくこうなりたいと思っている。」

 そう主張するのは、あくまで己の信念を語るのは普通と言わんが為に。


「では、こうですね。貴方は牛には成れない。」

 すれ違う話を前に老戦士は方針の切り替えを行った。

「貴方は草葉を食む事無く未だ甘さを取り入れようとしている。もしや、己の内の乳を自ら飲むのですかな。」

 ここにおいて「草葉」は普通の事象を指す。「乳」は人が糧にする物だ。

「甘さは他者から与えられるモノであって、己に与えるモノでは無い。
 また、貴方の先の「甘い」という発言は「未熟だ」という意味でしか無かった。それは人を小馬鹿にする発言。そうでしょう。衆生を救うと言っておきながら、差別を生み出すのですかな。」

 老戦士はそう大きく寝技に持ち込んだ。


「ははは。老人よ。貴様は天国でも作りたいのかな。
 別に良いのだ。自らの為に自らを搾取しても。いや、流石にそれは言い過ぎか。己の為に甘さを独り求めても構わぬのだ。また他人を選別しても良いのだ。
 この世は未だ破壊を求めてはいる。今はまだ、衆生全てが甘さを取り入れる時ではない。」

 今はまだ、この思想で問題ないと、そう言い張り切る。


「趣旨がズレてきた様ですね。
 まるで"'野'に落ちた'糖'"の様だ。蟻に群がられているとも知らず、己をバラバラに持ち運ばれても、その事を認識すらしない。」

「失敬、例えが分かりづらかったですかな。」

「良いですかな。甘さを己自身に与えるとそれは人として駄目になる。だが、他者から与えられた甘さは幸福となって人々を包む事さえある。私が言いたいのはですね。己には厳しく、他者には甘さを少し与えるのが良いという話です。」

 老戦士は続け様に相手の主張を潰す。

「また、貴方は恐らく、全人類が甘さに浸る時が来ると思っている。それは当然でしょう。人々が苦しみを求めてはいないことなど当然の当然。故に、賢き者達が増え集えば、ただひたすらに他者の為他者の為に生きようとする人でなしが出てくる。それが更に増え集え肥えれば、ほら、天の国はそこにあるでしょう。

 天の国ができるという事は、間違いなく、地の底に赤く血に染った苦しみの具現もまたある。そして、甘さは人を駄目にする作用がまたあるのであれば、地獄はその全てが甘さでできていると言い換える事も可能なのです。
 その上で、天の国と地獄に挟まれた世界に甘さが無い訳が無い。
 そう、いずれ世界は甘さの海に還る時が来るのです。」

「…確かに破壊の最中にあってはそれは難しい。しかしそれが届かない世界ができていれば、下々の破壊を見下しながらただ幸せに暮らす事もできるのです。」

 そして最後、舌戦を更に広げて行く。

「それに貴方、独りで甘さを求めると仰いましたね。
 それは他人の為に甘さを生み出す為に、他所から甘さを取り出すと、これは矛盾している。
 またそれは甘さを自ら生み出せないと言っているのも同じでしょう。」

「ええ、貴方は、牛には成れない。」

 しかしその発言ですら一理あるとしか捉えないのがこの僧侶であった。

「貴様、中々に面白い話をするでは無いか。俺は牛になりたいと言った訳だが、その通り、牛になることは出来ないとは知っている。
 だが、敢えてそれを目指す。己の手に余る夢だろうが、それを叶えんとひた向きに歩き続ける。
 そして衆生に甘さをもたらす為に私は先ず、甘さを知る必要がある。」


 その言葉に対し、老戦士はここにおいて漸く少し歳の差を考慮した内容を話す。

「己の手に余る夢は辞めておいた方が良い。別に私がそう言う類の経験をした訳では無いですが、少し考えると分かる。
 人は己の視野に入る物しか認識できない。
 全てを救う力を手に入れても、全てを見ている訳では無い。全てを救う力、そんなものがあっても、人の視野でしかそれを振るう事しかできない。それが人という生き物。
 故に気付かぬ内に力は出し惜しまれる。使わない力はやがて腐り、それを持つ基盤に腐敗を生む。
 そしていずれその視野は黒く閉ざされる。気付けばその力の持ち主も消え失せる。
 また、見果てぬ夢を求める者は全て、その求めの為に今を捨てて行く。今を捨てれば、いずれ来たる今も失う羽目になる。永遠に訪れることの無いそれに追随する。死ぬまで駆ける。
 ほら、凄惨な人生でしょう。辞めておいた方が良い。
 」


「うむ。それは確かに一理ある。だが最後だけは納得できない。凄惨…それは貴様が生産性を求めているから、人の役に立ちたいからそう見えるだけであろう。
 立派な人生ではないか。夢という甘さに魅せられ、それを追い求める。人が己の視野に入る物しか扱えぬと言うなら、その者は、夢を扱う。夢は人を導き、導かれた者は甘さを手に入れる。ほら、何も問題無いだろう。
 まあ、私は甘さを世に浸透させるために説かねばなるまいと思っている訳だが、勿論それは夢が一過性故に残らない為に言っている訳だ。理屈として人々に浸透させる。これが最も効率が良い。」

 僧侶は少し喜びようであった。

 だがしかし、老戦士は冷たく、残酷に現実を言い放つ。

「ええ、それもまた良いですが、理屈は解釈を生み、解釈は勘違いを生む。それだけでは解決しないでしょう。」

「これは、貴方は個人であり、その限りある時間の中で成そうとすると、また、貴方が目指す理想が群体としての形であり、教えが浸透するには時間が掛かり、そしてその後永い間それが育まれる事を考えると、どうにもそれら全てが上手くいかなくなる。」

 それは相手の主張の先鋒を捉える'手'であった。しかし、僧侶は少しも動じない様子で、

「……また、貴様は偉く達観しているな。いや、確かに、貴様は老人だが、些かそれでも物が見えすぎでは無いか。幾らか世界に絶望した事は無いかな。そうであるならば一」

 そうであるならば、私がその魂を救おう、そう言いかけた所で老戦士の言に遮られる。


「ほほ、絶望程美味しく無い物は無いでしょう。そんなもの、願い下げです。」

 その発言はなんであるか。
 感情に味を覚えるなど狂気の沙汰でしかない。
 もしや自分しか見てないのであろうか、もしそうなら、先の発言、「人は己の視野に入る物しか扱えぬ」とは、言い訳に過ぎないとでも言うのかと、それを確認すべく次の質問をした。

「他人の絶望は好みか。」


「いいえ。他人の感情は論外ですとも。」


 想定内の返答に、また間違いなくこの男の性根が危険である事に対し、僧侶は問答を諦め、戦闘態勢に入った。そして礼儀として最後の言葉を発した。

「では、もう語るべき事は何も無いな。」


「ええ、ではでは。続きと行きましょうか。」

 老戦士は人としての相性がただ余りにも悪いと、簡素な結論をこの会話の〆とした。

 人である者同士での凡そ最高峰の戦闘が再開される。
 それはまた、互いに違いの納得の行く全力で彩られていた。

 ~~~

外周を回って来る。そう言い残して、若輩者は、先程までの自分を忘れ掛けて居た。

しかし、事態は思わぬ事になる。何と、襲撃部隊が既に、闇魔術を感知して、この協会付近まで入り込んで来ているでは無いか。

其の中に、見覚えのある意匠をこらしたデザインの盾兵が居たのを覚えている。

恭しい行列の中にあって、其の様は、まさに異様だった。同じ勇者パーティにいる赤の僧侶が無難なら、こちらは少々奇妙だ。


「頭、何故我々を捨てた。」

 そう問うたのは白の外套を亡き組織の形見と着こなす若輩者であった。
 その問いには、組織の崩壊は既にその時から始まっていたと、決して、今離れた場で共闘している畏敬の念を抱く者達による物では無いと、そういう感情が篭っていた。


「…」

 それに対し、十字架に大鷲が襲いかかっている絵図が彫り上げられた蒼の大盾を斜めに傾けている戦士は、やはりというか残念にもというか、押し黙ったままであった。


「答えろ。」

 答える気が感じられないかつての頭領を前に、間髪入れずこう続ける。

「そうか、ならば…」
「今は何を求めている。その双肩に乗るはなんの責務か。」

 その心を教えろと、その義務があると、そう言った。


「……」

 目を瞑った戦士の肩に野鳥が乗って来る。
 その鳥達を羽ばたかせる様な気配は出さず、静かにその双眸を開き、何も語ることは無いとその目で告げた。

 ギリ、と一度歯軋りをする。若輩者は、自分ではまだ対等な立場にすら立てて居ないのかと、己の未熟を恨んだ。
 だが、次には気持ちを切り替える。

「なら、もう良い。」

 あくまで自分が主導権を握っているつもりで、突き放すつもりでそう言った。

 そして、備えていた魔法陣を、大きくその場に展開した。半径7メートル超のドーム型、ギリギリ目標に到達する長さである。
 その術式が意味するは、白、塗り潰し、空間への干渉。つまりその効果は指定空間の消滅。彼が誇る絶対の一撃、その最大解放であった。


「………」

 蒼い戦士は沈黙を保ったまま、術式を展開する。
 その意味は、光、物体に対する干渉、生物の魔力の一次上書き、情報保存、時間差での情報解放。即ち、己の一部と化したモノ全てを光の情報体に変換し、指定する場まで光速で飛ばす術。
 沈黙の金は、己を飛び回る車へと変える。

 次の瞬間、戦士のいる地点が白き奔流に晒される。


 光の速度に追随するには同じく光の速度が必要になる。
 今、この場において、術式の中とは言え、空間干渉の「法術の極」が発動している以上、光速で動き回る対象に効果を掛けるのは難しい事では無い。
 勿論、それは相手が術式の中に来ることが前提であり、当然、相手は己に向かって来ると理解していた。相手の性格を考慮すれば、確かに、盾を構えた蒼兵は最も価値の高い金駒だが、術式を発動すれば大駒として振る舞う。
 大駒は逃げるも突撃するのも自由だが、今回において、それは片方しか有り得ぬと思考した。それは、相手の性格から察することが出来る。あの責任感の強い戦士が、目の前の'想い入れのある'部下の再三の問に対し、何も言わず逃げたなどという恥を許容する程甘い性格である筈が無い。

 故に、この勝負、つまり蒼兵の居る空間を消滅させる事は、反応速度の問題となる。

 光は一直線にしか飛ばない。曲がる時は、術式に既に「任意の地点にて折れ曲がるようにする」意味が込められていた場合のみだ。
 わざわざ曲がる術式を組み込まなかったのだから、そう、相手は一直線にこちらに向かってくるのみ。

 それが理解出来ていた若輩者は、敵が目の前に現れた瞬間、既にその術法を起動していた。

 白き魔力は再びその像を包む。術法が終わった時、術式はまた、その空間ごと消滅していた。


「……」

 終わり際は呆気なかった。そう思った。

 そう思い、油断し、術法が揺らいだ時、前方から高速で接近する魔法陣を感知する。


「っ…。」

 俯き気味だった顔を上げた瞬間、顔含めた身体全体が拘束される。否、身体全体程度では無い。空間が、術式が固定されている。

 ……時空間の固定、それを生身の人間が受ける時、そこにある全ての生命活動は停止する。

 十、二十、三十、時が経過する。

 それを生み出した'下がっていない筈の'蒼盾兵は、そこから更に術式を広げ、内側に向かって、殺生命の電磁波を生み出す蒼の塗り潰し術式を組み上げる。

 生命活動は、停止しようが、時空間がまた動き出す時に復活する。それまでに固定した時空間に阻まれないような攻撃を準備しなければいけない。

 また、時空間の「封印」は極強大な魔力を要し、それが有りうるのは、自然、それも国ガイア級の魔力が必要となる。
 故に、一時的な固定までしか、人の身では扱えない。

 …固定された時空間が徐々に周りから解けていく。

 固定されていた時空間は戻ると同時に周りの時空間に近づく様に加速し、大気中の分子の運動は上昇し、気温が跳ね上がる。
 周りに立ち上る蜃気楼によって、黒く光すら閉ざされた空間が揺らぐ。その像は魔法陣の縮小に伴い中央へと集っていく。

 その像が完全に一つになり白い外套を映し出した時、青い高殺傷力の電磁波が、像を消失させ、彼を焼失させた。


 酷く焼け焦げた死体を前に、彼に悟られる程甘くない青年は、悲哀を胸にあの時全てを見ていた青年は、そのまず開かない口から声を出した。

 青年は、かつて守護獣であった大鷲を神秘アラヤによって封印する命を受けた頃を思い出しながら、

「思えば私が来る前から既に崩壊が始まっていた'君の'国は、
 私が離れた時にはもうその全ての栄光を捨てていた。」

 その言葉の後半には、浮かべていた状況は移り、情景は心情へと切り替わり、自分が勇者に惚れたのはその時組織が埃に塗れていたが故にと、組織を捨てた己を肯定していた。

 それに、と、青年は続けた。

「…栄枯盛衰の業を全て受け止める事は出来なかった。」

 肯定を振り払い思考するも、それでも変わらなかったと、自らの心情が弱気になっているのにも気付かず、そう否定した。

 そして最後の問いに答える様にこう言った。

「僕はただ、今、本当の救世主を知りたくて、ここに居るんだ。」

 隆興も減衰も、破断も構築も、そう言う話では無い。業の波に飲まれる世界を、人をそこから救い出してくれる筈の理想の存在を、心の底で望みながら。大鷲の向かう今は未だ主無き十字架に託して。


 聖杯伝説

 火。

 焚べる薪。

 王は太陽を向いて。

 月夜に酒の肴として謳う。

「救世主が現れる。其の者は、この世界に大いなる戦火を齎すであろう。」

 人々は、笑った。

 新しい人の顔を見る。

 其の目に隈は無い。

 ただ、闇の中に一筋の光が、全て別れる水流の如く裁く。

 人々は知っていた。

 其の力が、笑顔に代わる新たなる装いを齎す事を、月明かりの(枕)元、日々の本で知っている。

 其の後は知るまい。

 本が一冊あるだけだ。

 其の本は、まるで、空白が目立つ様に、前半にだけ、びっしりとこびり付いた炭と跡とが、こう記した。

 Zeus-metaと。

 其の本がある。

 主(神)は、雷を遣わした。

 (主)人を燃やし尽くさんとする為だ。

 (主)人は、雷の中、現れた。

 大きな鷲が居た。

 其の十字架に居座り、大雨に傘と覆い被さった。

 晴れた後、(主)人は鷹を追い求めて、旅に出た。

 ハゲワシが十字架の周りに居着いた。

 雷は時折、降り、新たな種を蒔いた。

 (主)人は、其れを持って、全て焼いた。

 パンも家も、本も焼いた。

 全ては、(主)神の御導きによる福音。

 其の災禍の中、覗き込む様に、主(神)は、眠られた。

 幾年もの歳月を経て、(主)神は、降臨した。

 最強の伝説に勇姿を記す。


 マリンが聖杯を、大海から奪った。


 ルシファアが顕現した。


 魔王「ヤゴー」が討ち果たされた。


 カボチャの竜が復活した。


 隣国が魔界と戦争を始めた。


 ゴジラ  が長き眠りから解き放たれた_

 ~~

"蜚蠊"は、林を抜けると其の村の中にあって一際大きい施設を発見した。そこで、不思議な少女に出逢った。

其れは、義手足をした少女であり、眼鏡の矯正がとても可愛い代物だったのだ。
"蜚蠊"が協会の中に入って来ると、少女は、少し、絶妙に絶望した顔をした後、語りかけ来た。

「ねえ、君、どこから来たの。」

ほんわりするようなあくびの出るような声を聞き、思わず思い切り振り返る"蜚蠊"様。

「俺?俺は、遠いここじゃ無い何処かから。」
「へぇ、そうなんだ。やっぱり人は、その人の服装次第で幾らでも人生を想像する事ができるんだね。お爺さんの言ってた通りだよ。」
「はは、其れもそうか。」

こんなボロボロの身なりじゃ、先程の様な顔をされてもおかしくは無い。

「ねぇねぇ。私、ここに来た人の為に今は、廃屋になったこの村を紹介してるの。ここは協会だから、とっても偉い人が来て、とっても豪華な生活を望むのだけれど、僕はいつも、この村の建物しか紹介出来なくて、叱られちゃうんだ。もっと良い建物は無いのかと。」

ああ、そうか。この村の様によく出来た場所を捨てる選択肢をした連中と性根のところでは一緒なのかと、自分を追って来た連中の中には、そんな奴しか居なかったけなと、当たり前に思う。

「其れで、もしかしたら、君がこの村を紹介してくれるのかい。こんな俺に。」
「うん。きっと良い場所が見つかるよ。ほら、行こ。」

そう言うと少女は出入り口から出て行った。さっきここに来たばかりでもう移動しなければならないかと、少し億劫に考えながらも、少女と離れるのは、それ以上に億劫だった。

少女は、今は廃屋になった村の建物を紹介すると、ここが良いと、一軒の木造建築の家を紹介してくれた。

何畳もある…其の光景に"蜚蠊"は、打ち震えた。今までは、狭い路地裏か公園のベンチしか住む所は無かったけど、この道端の草を食む様な生活ももう終わりなんだと、井戸も風呂場もあるこの家を焦る様に見て回った。

そうして、"蜚蠊"は、少女の言う通りに、協会の物を使って、風呂に入った。

何年ぶりだろうか。
温かい湯船に飛び込むと、思わず咽せてしまい、死にそうになる。


そして、他の戦っている人達の事を忘れて、"蜚蠊"は、床に入った。

 ~

それはまさに福音であった。

 ~

 闇カオス 全てを取り込む 暗い暗い穴の底
 内に光の礫が輝く
 無音を響かせ 迫る 宇宙コスモス

 目当ては見つかったかい その軽い問いに 首を前に傾ける 精一杯 もう制御は効かない 何も喋れない
 ただ 自分であった塊が 何処にでも居る訳ない髪や眼や肌 何処にでもいるような整い様 そんな人 そこに襲い掛かる

 天使の輪が十 上から三 二 一 四 悪魔の角が四つ 前と後の頭に二つずつ 翼は八枚 光の礫で埋め尽くされた白が六つ 黒が二つ 顔は歪み 四肢は細く長く太く 胴には無数の穴が 景色を貫通させ 手には槍 最強と似た 透明の

 勇者の剣 振り払うは悪意 憎悪 でも効かない そこには無いから あるのは心の病み
 病み 病み 闇
 別次元の戦い それは魔力 感情と感情 心と心 魂と精神の戦い

 直ぐに向かう勇者と呑み込む魔王
 構図は完全にファンタジーの決戦
 とうに蜚蠊は王となり 勇者を迎え撃つだけの余力を残した

 触れる槍と剣 音を立てて止まる 残響に乗せた魔が王を焼き 槍の軌跡の延長 帯びた魔で勇を傷付け 止まった武器 再び動き出し 繰り返す

 宇宙を宿した木に触れた 闇はただの闇ではなくなり 至る
 勇者は止めに来て 際の魔王となった蟲に返り討ちあう

 ただそれだけ


 光 全てを焼き尽くす ただ明るく輝く星の様
 黒い線を隠さず
 高温で燃やしながら導く 人の道

 お前は一体何なんだ その重い問いに 口を大きく開く 胸一杯 もう我慢ができない 誰も知らない
 もう自分である自信の源が 探しても見つからない 街や山や城 何処かでいずれ見つかるさ 奇跡 それを逃し切るな

 天使の輪が十 上から順に三 二 一 四 あくまで角は四つ 前と後の頭で二つずつ 翼は強く 光の礫で塗り潰された白が迫る 目の前に 顔は凛々しく 四肢は動き回り流れ 胸には無数の想い 心を映し出し 手には技 最強のもの 不可視なり

 魔王の槍 突き穿つは 勇気 希望 でも効かない そこには有るから 有るのは強い愛
 愛 愛 哀
 別位相の闘い それは気力 心と心 感情と感情 精神と魂の闘い

 曲がらぬのは勇者 呑み込む魔王
 設定は完全にSFサイエンス・フィクション
 元より彼らは人であり 魔王を討ち倒すだけの力を持て余した

 触れる剣と槍 音が立って止まる 残響に乗せた魔は勇も焼き 剣の軌跡の延長 帯びた魔が王を切り崩す 変わった体 再び変わり出し 繰り返す

 宇宙を宿した木を知った 闇はただの闇ではなくなり 届く
 魔王は潰しに行き 際に勇者であった者に討ち取らせた

 ただそれだけ

 ただそれだけ

 ただそれだけ

 ~~

 白銀の剣が唸る。
 無数の武器が魔力を帯び迫る。それらは術式を帯びたナイフによって撃ち落とされる。
 蒼い盾が大地に健脚で支えられ、術式を展開した。それに文字、意味を無駄に入力し飽和させ無効化させる老戦士が居た。

 つい先程の話である。

「主よ、お先に目当ての元に行きなさい。」

 老戦士が言った。

「お前は、私を見届けなくて良いのか。」
 皮肉ではない、ただの疑問を投げ掛ける。

「そう言った話をしている内に劣勢になるでしょう。相手には我らがかつての頭首が居る。」

「そうか、なればこそと思ったが、今はお前の口に乗せられよう。」

 今度こそ皮肉を口にする。
 そして素早く黒き玉に変化し遠くに見える樹へと向かった。


「全く、お見通しとは食えない。」

 誰にも聞こえぬ声で嘆息を着く。

「食うつもりは毛頭無いですが。」


「そう、君達も彼の元へ行くのか。」
「頑張れよ。その先は天国か地獄か、分かったものじゃないからな。」

 そう言うと、また、勇者は去っていった。一瞬、その場に取り残され掛けた色々と対照的な連れの二人は、悠々と去って行く彼とは裏腹にゆっくりとこちらを警戒しながら後ずさって行く。

 不思議な一行、とは考えなかった。優先するものが違うだけで、確実に驚異には変わらない。
 だが、今ここで、仕留めるのは難しい。
 他二人は知らないが、少なくとも蒼の盾兵に関しては今居る二人で同時に掛かっても勝てるかどうか分からないかなりの豪傑であるからだ。勿論、それはこちらの手の内を知られているせいであり、実力のみの問題では無い。
 真の問題は、あの盾兵がこちらの面子を把握した事で、情報を他二人、同格と思われる赤の和鎧に身を包んだ僧侶、最高の知能を持つであろう勇者として生きる最高位の戦士と共有する事である。

 例え目当ての存在を味方につけようとしても、その賭け自体が五分五分である上、彼の領域から離れると全てが振り出し以下に戻る。

 そして、明らかに「何か目的地にある」と。
 それを知ってあの行動を起こしたという事は、今、あの者達に対する機会があるのではないか。

 ここで逃がしては次は無いと、理屈と本能が同時に強く告げた。

「お待ちなさい。」

 術式を組むまでの時間稼ぎ、そして、また情報が引き出せれば良いと思っての行動。

「どこへ行かれるのですかな。何かこの先の事を知っている様子ですが、良ければ同じ目的を持つ同士としてお聞かせ願えますかな。」


 その声は既に勇者には届かない。代わりに一員である僧侶が答えた。

「この先はな、貴公らにとって、いや、もしやあの成年なら問題は無いかもしれないが、恐らくは遥かに手に余る世界を壊した怪物が居る。」

 その言葉だけを残した。


 残されてしまった老戦士は、彼が思考を別にしたその情報について少しの間整理していた。


「…世界を壊'した'……。」


 その言葉に、当時噂になった件を思い出す。

(まさか、ソレ・ノア帝国が吸収した異端の民族のみで構成された5000人の魔導師軍をたった一'人'で殲滅した'奴'がいると言うのか……。)

(そして、それを知った上で、ここまで来ているという事は、封じるか討ちに来たという事。)

「これはこれは、不味い事になりましたね。」

 その言葉を聞いてほぼ同じ結論に達していた若輩者は確信する。今の主はもうまともな姿では帰って来ない。それどころか、戦力を'二つ'失ったと考えると、目の前の敵やこれからの追手を撒くのが難しくなる。

 ここで勇者一行に加わる事などできない。また、この広大な林では曲折的な戦闘は難しい。

 …今も尚包囲網を狭めてきている不死狩りの大軍に対抗するには、かなり入念な計画と地形有利が必要だ。

 であるならば、八方塞がり。包囲網が目前に迫る前に目的の地に着けば問題は無いとした判断が誤っていた。

 こうなると、水晶で見られていない地中に大規模な術式を描き、突破口を作る以外に方法が無くなる。
 現実に、この様な戦いでは、術式による総魔力質量の変動、これを如何に読みイメージできるかが要点になってくる。術式が読解されれば、作戦の読みは安定し、勝利への過程も明瞭になる。

(最早、一刻の猶予もない。)

 術式を展開する。地中は、基本的に、安定はしているが、術式を無駄なく描くには不向きの場。故に術式を描くのに時間が必要なのだ。

 そうしてただひたすらに術式を展開する。


 その後数十分が過ぎた辺りの事であった。

 遠くに見える樹がほんの少し震えた。

 そしてその数秒後であった。巨大な魔力の畝りが、大地を伝って震え、組み上がっていた術式を粉々に粉砕する。
 更にその数分後、地中に残存する魔力を使用しての術式の再構築中に、勇者一行が、何なのか、恥もなくこの場を通過しようとした。

 術式を展開すべきか数秒程迷うも、一行の樹を見据えるその酷く真剣な眼差しを見た瞬間、一刻でも急ぐ為に敢えてここを通ったのだと、つまり今この場では敵にはなり得ないと悟る。

 そして、その機会を逃さず、術式を発動させた。

 誰一人として驚く者は居なかった。

 破砕音を響かせ、地中から巨大な突風が巻き起こる。
 老戦士は飛び、笑みを浮かべ、「いっそならば、共に地獄に参りましょう」と、突風域から逃れることが出来ずに体を持って行かれた赤い僧侶に告げた。
 対峙する僧侶と空中で、術式を展開し、一方は術式を武器に混交し、激突する。数撃の後、一度全ての術式が切れた時、僧侶がそう言った。

「先行を取っておいて続かぬのか。甘いな。」

 と、これまた手厳しいのかよ。

 残された者の内、勇者は一瞬、そちらに目をやったが、直ぐに樹の元に向かい、若輩者は魔力を強く篭める為一度手を合わせ、組み上げていた術式の内、光の壁を周囲270°程に立ち上げ、蒼い盾兵は、それに阻まれた。

 ~~

 そう言えば、、地球は良い脇役である。

 一聖たる日の本にあり、生命が育まれる。光が闇を塗り潰す事もある。
 満天の星空が見える。光は闇を穿ち続けるのだから、集う物であり、美しい光景を遺憾無く発揮し続ける。
 だからこうして光は常に消えぬ事を実感し続ける。

 人は宙を見てこの世界に闇以外が自らの存在を主張し続けている事を知る。
 知り得た物は真の闇ではない、何闇いずやに吸われ、熱へと変わる。そうして人は常に消え行く光と遭遇している。しかし、それに気付く者は少ない。
 大抵の者は光を知らな過ぎるのである。


 光が闇を抱える事は無い。光は影の立役者であるが、光が闇を凌駕することは、創成以外、局所でしか有り得ない。

 故にこの星はやはりおかしいのである。

 ~

 この星の中に眠る生命が遥か彼方の天体から飛来したかのような造形をしている事はしばしばある。
 だが、それはつまり、その遠くの天体は地球ほど恵まれた環境ではなく、局所的にしか生命を育めず、またその生命の系統樹も単調な気候ゆえにほぼ変わる事も無いという可能性を示唆しているのでは無いか。
 宇宙人に見える生命は人間より別分野で完成している存在故に、別の世界の住人として本能が勝手に告げるのでは無いか。

 ~

 月明かりに照らされた天高く聳える一つの'樹'があった。いや正確には、束ねた髪の様に集まり、束ねられた筋繊維の様に太く一つと化す、細長い枝の群生であった。

 その樹は深淵を思わせる深海の色と宇宙を連想させる深蒼で染っていた。またその蒼には星々が輝いていた。勿論これは、ただの莫大なエネルギー源を比喩しただけの物である。
 その枝々の頂点には、ぶら下がることなく半分に埋まった状態で付いた'実'があった。それは時折光る事もあり、光球装飾イルミネーションの様にも思える。
 それは、眼であった。ただの目ではない。凡百、電磁波、エネルギー、振動、魔力を感知することの出来る、創造主ですらその発想を躊躇う様な別次元に異常なまでに高性能な眼レンズ。それが、枝の先々に、ある種数学の素数を思わせる程芸術的なまでに、不規則に規則正しく生えている。


 ではその'樹'の根元はどうなっているのであろうか。

 根とはまるで言えない、個体として完成された昆虫の様な甲殻類が、大地の上に力強く、また、ただ自失に、根を張っている。


 首から上は、まるで首から噴出した鮮血を感じさせる勢いのあるその枝々が大部分を締めており、時折幽霊を思わせる素朴な白に近い灰色の仮面が、周りを偵察しているかの様に回りながら顔のように浮き付いている。

 その甲殻は虹色をしており、その模様は当たり前の様に綺麗に流れていく。その色に付随した魔力も障壁バリアとして甲殻の一部と化し同じ様に流れながら各地の属性を変えていく。

 脚は、昆虫、蟻や甲虫を思わせる、何処からその力が出るのか分からない様な、不思議な六本の赤茶けた足と、緑と黄色を基調とし全体的に自然な色をした細長く鋭く、素早い蜘蛛を思わせる毛の生えた八本の足、そして、胸板に蝦蛄の捕脚アレが複数付いていた。

 胸から尾の途中にかけては蝦蛄のシンプルに洗練されたスタイルの良い造形だが、途中から蜘蛛や蜂の腹部に近い少し丸みを帯びた形をしており、しなやかな毒針が箒上に連なっている先端部へと繋がっている。勿論、全て流麗な虹色の甲殻で覆われている。

 そして胸板には更に一対の巨大な装甲とも取れる腕があった。アレだけで胸板の3割から4割を覆い隠しており、その大きさは横十数メートル×縦数メートルと言った所である。

 そして特徴的なのが、背にある浮いた一対の巨大な円状の単純な物体。これは仮面と同じ色をしており、外付けの存在だった。
 ただ、それが一対かどうかも分からない。これに対峙し偶然か或いは故意にか生還した者の言によれば、あの灰色の仮面と未確認飛行物体(UFO)はじゅわと蒸発し形を変えていくのだそうだ。その為、それは一対では無く、無数にある時もあれば、一つに纏まって巨大な貝殻の様にもなるらしい。

 そんな、
 生物模写に芸術の大家の絵を取り入れたかのような、
 別天体の生命に神の使徒を付け合せたかのような、
 生物としての本能に危険信号を送り、理性には得体の知れない恐怖を植え付ける様な、
 抜け殻がそこにあった。


 その'樹'は、宇宙であり、宇宙を目指し、その甲殻生命体の肉であり、その内側から噴出している様をありありと見せ付ける何であり、酷く生々しい神秘淘汰の眼を宿す、不思議な集合体でしか無かった。

 ~

 '神'の元へとやって来た成年はそこでその存在が居ないことを悟る。

(死気が濃すぎる。重い。そしてこの樹から神秘が香って来る。)

((…))

「まさか、神は既に、取り込まれたとでも言うのか。」

((…))

(では、これからどうすれば良い。)
 そこに思考を持って来た。

((…))

 だが、その思考を遮るように、

((汝、我の力を扱わぬか。))

 '樹'は話しかけて来た。

 ~~

「ぶえっくしょんっ」


「なにどうしたの。風邪なの。」

 スっと白い指が額を触る。その冷たさは彼女の心の温かさを表していた。

「いや、何、ちょっと悪寒がしてな。何か、これから出会う奴と既に会うてしまったかのような感覚で。」


「ふふ、何それ。可笑しいわ。貴方って偶に意味不明な事を言うものね。」

 その丁寧な口調から彼女の半生が垣間見得る。とある小国の姫と生まれ、

 周りに比肩しうる程の魔術の才は無く、
 女王となる日、その日の内にその国が大国に潰さるという20の誕生日、自らの責務を放棄して他国に亡命し、その時に多くの国を支えていた人の生と死を知り、自らの弱さと傲慢さを恥じた。

 そして力の無い彼と出会い救われた。

 彼ーかつて'御伽噺の神'と戦い、結果、自らの魔導の10割を奪われ封じられ、奪われたそれが自立し、神を討ち滅ぼすと同時に、見も知らぬ全てが虚飾で彩られた街に飛ばされ、そして、彼女と出会うまで自らの生に疑問を持ち続けた成年。

 そんな彼等は今日も楽しく日常を過ごしていた。かの蟲がその人生の中でたった一度も経験することの無い、普通の日々を。

 ~~

 死んで曰く、人は死に際に全てを掛けるべきでは無いと、生きて悠に、人は今を生きてこそなのだと。

 それができるのは普通だけだ。どれ程それが有り得ぬものだとしても、それは理想の中に在り続ける。

 私が普通を壊したなら、それを逆に壊す存在も居て然るべきだ。いつ現るのだろうか。いや、居ない。

 破壊の対義語は破壊では無い。人々を救う者が世界を破壊するならば、人々を惑わす者は、創造する。

 人々を破壊する者が居るならば、その者は世界を破壊する。ここにおいて対遇は生き生きとしている。

 生物が宿す再生は、そのどちらにも属する奇跡である。「在る」から離れ崩れ整い行く不安定な奇跡。

 奇跡を消すは空白の存在。空白を彩るは万物の景色。景色を潰すは漆黒。漆黒にて輝くは奇跡である。

 奇跡は不世出である。それはどう足掻いても運命の産物でしかない。運命は、破壊と創造を肯定する。

 運命が勝手であるならば、何処かに業を直してくれる存在を想うのも、私が何かを壊すのも、運命だ。

 運命は理想には縛られない。運命はただ、現実に寄り添い、生きとし生けるもの、これを普通にする。

 運命によって定まった当たり前の事を語ろう。生きる者はいずれ死に行く。決して、逃れる事は無い。

 ~~

 私が壊したものを埋め合わせるかのように、新たな世界を形作る創造神が生まれ行くのを見たい。そう思った。

 私は生まれて来た時から、周りの存在に疎まれて来た。それは私が間違っているからだ。産まれることで世界の流れを乱してしまったのだ。

 ああ、ならば、せめてこの薄汚い魔族を消し潰す存在は居ないものか。疎むのも疎まれるのも、全ては心が醜いからだ。魔族でなければ、虐められる事も無い。
 ああ、人であれば、人の導く先に居る存在ならば、そう言った心の邪悪から解放されている。
 その者に会いたいと思った。自らをただ、その手で消してもらう為に。

 ~~

「生きる上で大切な事は何であろうか。」

 その質問はふとした時に心から漏れてしまったものだ。

「ほほ、それは、適切な量の食事と適度な睡眠と、定期的な運動でしょう。」

 老戦士が答える。最後の運動というのは、老戦士に言わせれば心躍る戦闘の事だ。

 そういう事では無い。若輩者はそう思った。


「そうだな。」

 成年は少し頬を緩ませ、肯定の意を取った。

(人生に必要なもの……それはきっと、遠大な目的と、それに矛盾しない結果が直ぐに分かる目標では無いか。)
 彼の若輩者は、不適合者でありながら、自らの強みを活かした職に着き安定した生き方をせず、組織に入るためにただひたすら研鑽を積んでいたあの日々を思い出した。そして、こう思った。
(俺には、今、そのどちらもない。生きてない。)

 きっとその言葉は、いや、これを言うべきかは難しいが敢えて言うならば、彼がその選択をした時既に、彼の死に繋がるプロセスは、出来上がっていた。

 ~~

 生きる上で重要な事は、きっと、失敗をしない事だ。だから僕はもう死んでいる。
 でも、だからと言ってこれ以上死ぬ訳には行かないでしょう。
 一見屁理屈に思えるそれは、彼の心の根に埋もれた新たな指標だった。
 ズレた思想は時に人を盲目に前に進ませる。それが、彼の原動力となった。


「ゾウスさん、調査終わりました。敵はどうやら、所謂神様の元に向かっているそうです。」

 そう声を掛けたのは彼を慕っていた青年。

 彼にはこれからも世話になると考えていた。

「そうか、成程。ありがとう。これからも宜しくお願いできるかな。」


「はっ、はい。」

 勢いよく返事をする。

(ゾウスさんから頼られた……)

 そこに諦めない精神を見取り、憧れを強くした青年は、彼に背を向けると同時に口を抑えた。

 そんな顔が真っ赤になってる純朴な青年を少し遠くから眺めながら、他の構成員はこれからの敵に対し思想を巡らせていた。
 強いのか、厄介なのか、殺すのに尊敬できる存在か、生き永らえさせる程醜い存在か、はたまたその生き方はどの様な紋様を描いているのか。彼を貶めるのに使えるかどうか。

 各員はこの時はまだ自身の基準に則って考えているだけだった。

 ~~


「さてと、行くか。」

 街でやる事を終えた勇者一行は、最後の一員を探すのではなく、先に、今さっき受け取った情報にある包囲網の協力を、先鋒を切ることで取り行う事にした。

 街の外まで来た一行は、歩きながら、いつ襲われても良いように術式を隠蔽しつつ展開する。
 一見それは何も起こってないように見える。だが、彼らの表情や態度から一瞬のその間やほんの少しの意味ある無駄な動きを察することが出来る者ならば、そこでは間違いなく'それ'が見えるのである。

 一行は向かう。対象は、目下、この街を南に下った山嶺に居るという。殺す事はできないため、捕らえるしかないが、隣にいる猟奇殺人鬼と特殊な術式を扱う青年がそれを難しくしている。


「…」

 理解出来ている赤の僧兵と青の盾兵に、周りの担当をする様にと、軽く目配せをした。

 背後から近付く影が、こちらの首を狙って来るのに一秒も掛からなかったが、その時には既に先の後を取っていた。

 勇者は抜剣で敵の腕を切り落とすと、そのまま肩で胸を押すように体当たりをし次に続く影諸共吹き飛ばし、勢いを活かし剣を後方に斜に構えたまま横に回転し移動し、回転の重みを剣に込め見えぬ敵に向け逆袈裟に振るい、反応の遅れた三人目を倒す。
 そして起き上がった先の二人に剣を突き付け、問うた。


「誰の差し金だい。」


「ただの、盗賊だ。」

 そう言った首が飛ぶ。

「誰の差し金かな。」

 より丁寧な口調で相手に圧を掛ける。

 頭上に振り下ろされた蒼い大盾が、玉ねぎの様に潰れる塊を作り出す。


「……それを言う様に教育されてないのは分かるだろう。」

 赤い僧兵が周囲の警戒を解き、そう言った。


「うん、まあそうだけど、少しでも情報を引き出せればと思ってね。」


「時間が勿体無い。」

 僧らしい厳しい意見だ。


「で、他は何処に。」

 仲間が警戒を解いたからと言って、追撃しないのは愚策の可能性がある。追撃戦程楽に勝てる戦いも無いからだ。


「全て、既に我が弓の射程外だ。」


「そうか、ならまだ間に合うかもね。」


 大地を蹴ると、有り得ない程の瞬発力で、前方の敵一人に距離を詰める。


「ふう、これだからお子様のお守りは嫌なんだ。」

 その言葉が言い終わるが早いか、その敵の胴は防御ごと美しく真一文字に切り飛ばされる。敵も相当な手練だが、勇者には遠く及ばない。
 続けて、横数十の距離に居る黒ずくめの二人組へと駆け出す。敵の迎撃魔術を紙一重で交わしながら、距離を詰め、一瞬軽く蹴り止まり緩急を付け、敵の防御意識が緩んだ瞬間を狙い、残りの距離を一瞬で跳び抜き、背後の太陽光を利用しつつ上段で一人、そして脚のバネを活かし下段から一刀。

 全て一撃で戦闘不能にした勇者は、今度こそ、情報の引き出しに掛かった。

 ~~

「おや、どうやら殺られた様ですな。かなりの手練を選んだつもりだったのですが。」

 老戦士は現況を素直に報告した。


「まさか俺に黙って、勝手な事をしたんじゃ無いな。」

 軽く問い詰める。


「ええ、半分はそうですな。もう半分は元々の指令です。彼等は我らの同胞が他国勢力の網に掛かるかどうかを調査し、必要あらば助け出すか情報を取られる前に殺すという組織でした。」


 でした、という言葉に反応する。

「そうか、つまり今は国の崩壊後、お前の指示で動いていた訳だな。」


「ご名答でございます。」

 ~~


 何かを思い出しながら、成年は起き上がる。

 目の前には、倒れ伏す勇者。
 周りには、魔を帯びた黒い霧。
 自らの身体は宇宙の様に輝く礫を誇らせながらいつもの如く闇でできていた。

 …状況が理解できない。いや、俺が何らかの形で勇者を戦闘不能に追い込んでしまったというのは分かる。そうでは無い。何故。いやそもそもこの身体、これが原因なのか結果なのか。

 どうすれば良一

 一瞬頭が割れるように痛む。思い出す。私は、樹、あの樹に語りかけられ、長い詰めろの掛かったこの局面を打破したいと思い、少しだけ肯定の意を心に浮かべてしまった。直ぐ様理性が危険を促したが遅かった。

 あの後、何か自らの心情が、他の者の魔力から再置換された何と混ざり、何かがあった。

 その後は、喋れない。無力。動けない。無駄。ただそれだけだった。

 その後、事ここに至るのだから、分からない事だらけだ。

 私は、何をして、何ノ為ニ生マレ、何が起こり、何故生キル。
 誰を殺し誰を救い、誰ヲ救イ誰ヲ殺シ、殺し救い、助ケ、倒シ、、、

 オ前ヲ、助ケル。

 お前?お前、とハ、誰、ダ??

 オ前ダ。
 私ハ自立スル者。
 力ノ奔流。
 亡キ神ヨリ、コノ地ヲ守ルヨウ、仰セ仕ッタ。
 オ前ハ、我ガ力ヲ望ンダ。
 故ニ、決シテ、逃シハシナイ。

 頭に響く魔の篭った音。魔術を司る脳を大きく揺さぶる。否定するように、いっそ人格まで届く。それは成年の思い出にある使い用もない意思を活性化させる。そして、それを上書きするように樹の記憶が侵食してくる。

 止めロ。止メて。止めロ。止メて。止めロ。止メて。止メて。止めロ。止めロ。止めロ。止メろ。止メロ。止メろ。止メロ。止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ

 無駄。汝、意味消失ス。故ニ、我、汝也。

 止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ

 我、汝也。以汝我也。

 止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ止メロ
 噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫頭ニ語リ掛ケルナ。意味ヲ私ニ、与エルナ。出テ行ケ。出テ行ケ。出テ行ケ。出テ行ケ。出テ行ケ。出テ行ケ。出テ、行、ケ。

 壊れかけた脳が赤熱し、崩壊への余命を告げる。

 その時、アンパンマンがグミになった。

「君を救う。」

 …頭を上げる。そこには、恐らくは先の自分との戦いで魔力も乾涸び身体中ボロボロになった勇者が居た。


「君は、ここで死んではいけない。」

 勇者は綺麗事を口にする。魔をそこに乗せながら。


「君の心を見た。」


 強く、樹の侵食を止めながら、


「君はかの魔族では無い。」


 ゆっくりと、諭す様に、


「君は、人だ。」



 だけど、

 あああああああああアアアアアアアア噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫
 止メろ。止めテ。
 私ノ希望ヲ砕か、ない、、で、、、、私ハ、私は、殺して貰う。希望に、奇跡に。だかラ、人であってはいけない。いけない。
 人ハいけない。? 人を殺せ。?? 殺セ。皆殺シダ。 。。


「君は、借り物の力で魔王に成った。だから未だ染まり切ってはいないんだよ。きっと、その性根は、人に最も近しい。」


 ……?人ニ近イ?ヤハリコイツハ、、殺ス。何モ言ワヌ謎の肉塊ニシテヤル。

 成年は侵食され崩壊した自我を持って、判別を忘れた。

 破壊ダ。破壊ダ。アア、破壊、ダ。
 逃ゲルナヨ。今ニ食ベテヤル。

「逃げないよ。さあ、おいで、不死身の人よ。」


 大地から溢れ出る闇の奔流。触手の様に無数の手のように、それは勇者の元へと集う。ソレを手で取り、潰し口に運ばんが為に。


「先ずは、その厄介な根からだな。」

 そう言うと、大地を蹴ると同時に、離れた場に落ちている剣を不可視の力で吸い寄せる。
 手に取られ、勇者の心と共鳴し、高い音を立てて魔力を帯びた剣、その魔力の質が限界まで高まり、それが剣の内部にある制約を取り払う。

「法術解放。」
「崩壊するは空白の中。彩色を向いに。切り伏せるは漆黒。奇跡よ、その運命から降り、運命を死に降らせ。」
「今、四象の一角は一瞬を輝かす。」


 剣が輝き、闇で包まれた世界に一筋の奇跡が降臨する。

 勇者が雄叫びを上げる。

「うおあああああああああアアアアアアアアアアア噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫噫」


 …その勇者も同じだった。あの樹の宇宙を、先の戦いの中でその身に受け、そして壊れ行く自我と闘い、それでも今、最後には己の力とした。

 地上に降りた流星が闇の網を潜りながら加速していく。それはきっと、その勇者の一生を表していた。



 その魔王に奇跡を突き立て宇宙の漆黒を貫いた勇者は、だが最後には、その身に即死級の損傷を受け、そして天に召された。


 奇跡は、蟲の身体から宇宙を失わせた。

 だが、闇の腕は魂の抜けた勇者とその剣を破壊すると、直ぐ様、彼の元に行き、ゆっくりと我が子を抱擁する母のように包んで行った。


(…ありがとう。)


 その言葉は彼に闇を封じる力を与えた。

(でも、この奇跡は、今はまだ受け取れない。いつかきっと、誰かに与える為にある筈だ。)

 黒い霧が何処からともなく晴れて行く。その霧は彼の心情を表していたのか、霧が晴れた時、またいつもの感情の無い彼が立っていた。

((……))

 樹は黙する。人の様に。己の一部が亡くなったが為に。

 彼は日に照らされ急速に去って行こうとする闇夜に着いていく様にその場を後にした。

 ~~

「おやおや、これはこれは、邪魔者の邪魔をして正解でしたかな。」

 抉れた大地、立ち込める白煙、倒れる木々、元の姿から変わり果てた様々な物体に所々突き刺さった矢、展開する術式。
 その只中に立つは杖剣をそのまま大地に突き立て勝利宣告をしている老戦士。

 彼は、気付けば闇夜に溶け込み自らの傍らに立っている成年を少し労い、大木に上半身を預け倒れている赤の僧兵へと向かっていった。

「そこな血沸く坊主よ。貴殿の闘い、中々の粘りであった。また次に出会う時は、周到に準備をして来ると良い。」

 闇がその言葉を残して影を攫って行く。残された僧兵は己に回復魔術を掛けながら、帰ったら修行をしなくてはいけない云々と考えていた。

 そして、ほんの少しの後、こう呟いた。

「全く、凄い爺さんだった。」

「正に論述の戦士だな。」
 それに対してあの老人がなんと語るのか興味があった。だが止めた。ここから先は一介の僧侶の手に余るモノだと勘づいた。

 ~

 私のは単一の結論でしかない。結論とは疲労の副産物。故に、そこにあるは、正しくない下らない末路なのです。

 そんな言の葉が暗い秋の風に舞う。

 それは老戦士の告げたものか、それとも世界が奏でる詩うたか。

 それを知る者は居ない。

 ~~


「おや、彼は一緒では無いですか。」

 それだけだった。彼と長い間共にして来た筈の老戦士は、彼の事など問題では無いかの様に振る舞う。


「それでは、お次の目的は。」


「…何、少し魔族の長とやり合おうと思ってな。」


「ほほ、吹っ切れましたな。」

 新たな好敵手と出会ったかの様に老戦士は祝する。


「この道程、全くと言って良いほど(その集落等を)避けてきたのに、そうですか、今更ですか。面白い。」

 そう独り言を言うと、次には、その顔から笑みが消えている。

 そう、相手は魔族なのだ。強大な闇の権化。魑魅魍魎、悪鬼羅刹、それだけには留まらない。並の人ではそれらを抗するのに数十という力を要するのが常の、人に対する兵器。強大な生物兵器。それの本拠地を襲撃するとなれば、無数の戦力があっても可能ではない。
 魔力というモノが当時の社会に降り立ち、この世の常識を変えてから今日に至るまで、魔族がその勢力図を変えた事など一度たりとも無いのだ。
 勿論、それはその前に存在した社会に多くの闇が在中していたからこそであり、魔力に取り憑かれ制御出来ずに魔族に堕ちた者達を、地形的な問題をして、人界と分けようとした際に、互いに攻め込みづらく外部からの魔法干渉も難しくしたが為でもある。


「だが、その前に準備することがある。」


「一先ずは、この大地を越えよう。」


 その決定が彼を再び絶望に落とすなどとは、この時、当人は知る由もなかった。

 ~~


「もしもし、大丈夫でしたか。」

 そう問い掛けたのは、白の外套を着こなす一人の男性だった。


「……」

 寡黙な戦士はいつも以上に目の前の対象を訝しんでいる。

 その疑い様に、このままでは協力を持ち込むのも難しいと判断した男は、こう言った。

「率直に言うと、貴方の力を借りたい。」
「…君達の先程までの目的と一致していると言ったら、分かるかい。」


「……」

 そうだな、と言い掛けた。確かにこの場面では、沈黙を上ずらせるのも手ではあるが、それは今後の状況を読んでその次第に沿うべきだと考えた。また、知識から来る理解がそれを辞めさせた。
 あの時、大勢で掛かる筈の対象に一人詰め寄られ、それに心が負けた訳では無いのに、あの様にした以上、この男は読めないのだ。恐らく、自分以上にキレる若者だろうと。


「元頭領、これはかつての部下からの進言だと思って聞いて下さい。我々の一員としてでは無く、外部の協力者として、我々と同じ目的を持って共に行動してみませんか。」


 その言葉に信頼を少し感じた。
 先導者無き穴だらけの小舟で良いならばと、その言に乗るそぶりを見せる。

 これ以上無駄に話すと今ある肯定が取り消される可能性があるとして、こうした。

「それはとても心強い。ありがとうございます。」

 そう笑顔で応え、区切りを付け、成果だけを持って帰る。

 それを陰から見ていた探偵団は、彼の最後のやり応に軽く舌を巻く。
 また、それを傍から見ていたその内の一人が、こうした。

(あの笑顔は素晴らしい。壊れた余韻はどれ程か。二度とあの笑顔をうかべることが出来ないように、その自信と目標を潰えさせよう。)

 そう目を細め一人陰で笑顔になった。

 ~~~

 その様相を解れさせつつ、盤面は未だ難解であった。

 ~~~

 隣の大陸には、エルフ狩りというのがあった。

 人がその殲滅では無く獲得の為に魔族を襲った稀有な例だ。

 それはまだ、社会が旧時代の物だった時、魔力によって外見が感情や心を強く反映する様になったすぐ後の事、突如魔力を手にした人類の内、野蛮な上手く感情から魔力を変換できない者共が、社会に蔓延した万能感や感情という突発性の物を理性で制御出来なかった為に引き起こされた低秩序な雰囲気に流され、また、その無駄に有り余った欲求を制御出来ず、エルフという高貴かつ超常の存在に手を出した。

 その結果は凄惨たる物だったと言う。

 エルフと言うたった一種の魔族だけで人類の内、その半分を根絶やしにしたのだ。

 情報インフラが整い過ぎて居たせいか、当時はデマが飛び回り、また便利な時代でありそれに対する教育が未熟であった為に、リテラシーの欠如した者が余りに多く、未だ有効であった人権を無視する様な誤った情報に惑わされた者達が、少数派である彼等彼女等を虐げようとし、その者達はその力の前に潰え、情報が完全に伝達し切る前に事に及んだ者は、同じく、その後の教訓の礎となった。
 それも、今日で言う所のそのエルフ達は全て正当防衛という形で収められた。
 なぜなら裁判官は人であった。人は強くは無かった。術式に関する知識も雑なものしかできておらずまともに相手になるはずが無かった。そんな中、無情で絶大な力を見せられ、とてもでは無いが先に根を上げるのは当然だった。
 また、そのエルフのほぼ全てが、当時で言う所の「上級国民」だったのだから、最早、判決に掛かる浮力はどれ程重しを乗せようとも対象が水面下に行く事を許さなかった。

 また、エルフ以外の他の魔族もまた、それら犠牲の一員となり、また破壊者にもなった。

 その後、エルフ含めた魔族への感情は、ほぼ魔力の制御できる者達しか生き残ることが出来なかった為に、大きく制約され、ただ理知的に合理的に、隔別若しくは永劫の和平を求める声が大多数を占めた。以降、後者は、各地のエルフの対応次第だがほぼ未遂に終わり、今日に至るまでその全てが解消されている。


 今、永い時を経て、それと似た事象がまた引き起こされようとしている。

 たった一人の成年が到達した術式一不死の効能を生み出すその理論を狙った人界の合理的な暴走である。

 合理的な暴走。

 それは一見矛盾しているように思える。
 だが、問題はそこではない。
 勿論、矛盾もしていない。

 偵察兵スパイも送れぬが為に、また遠見の魔術等よる探知は魔法を操る魔族に対しては逆に危険となる為に、結果魔族の動向を知る術が無く、いつ魔族がこちらを攻めて来るか分からない状況が続き、突如の襲撃によって、その勢力図を後退させられ続けた人界。

 結果、その事で人の安寧そのものに幻滅し、生きる意欲を失った者達を生み出し、光属性へと繋がる感情を持たない者達が定期的に勇者行軍を組み闇の領域に挑むも返り討ちに会い続けた。

 貴重な人材を失い続ける中で、その時代の人類の最高叡智達は、それを止める為に、精神及び肉体の回復魔術そして最終的には、理論上の不死の術式を浸透させることができないかと考えるようになった。その為に術式を完全に理解する必要があり、またそれらを開発しようとするも、不死の術式に関しては闇魔術の一部の属性のみが条件に合うものだという情報のみを知る事になる。

 人材が不足していた為、そもそも魔術を得た当時には既に優秀な人材は、多くが生き残る為に纏まりづらい癖のある性格へと変貌していたばかりか、その時には世紀末に近い状況であり容易に協力体制を取れる状況では無かった為に、殆どが有効では無かった。故に、どう足掻いても、不死の術式の探求は有志が少人数で永い年月を掛けるしかなく、それでもそれを諦める者も多かった。

 そんな折、不死の術式を完成させた者が魔族界から爪弾かれ降りて来た。
 それを、好機と捉えるのは異常ではなかった。

 だが、その先にあるは、不死の術式を生み出すに至った闇魔術を操る少数派魔族達の無数の積み重ね、つまり暗い真理深淵との邂逅。
 そしてそれは、生きる希望が強く光魔術を操れる者しか基本的に生き残れなかった人界にとっては喉から手が出る程欲しい、毒にしかなり得ぬ物。

 その探求の先にあるは意味の無い自滅しか無いというのに、そんな分かりきった結末に付随して、「危険を承知の上で事に挑めば」、「その時が来る手前で辞めれば良い」、そんな数多の希望や安心が崖まで続いてるというのだから、最早それは、まともな思考を失った、然して考え抜いた結果である「合理的な暴走」としか言えない。
 具体的に考えよう。「危険を承知の上で事に挑めば」、危険を回避する具体的な術が見つからないのに精神論で何とかなるのか。「その時が来る手前で辞めれば良い」、誰かが、作り上げられた希望に縋り続け、それを無効にしてしまう可能性は。

 …話を戻そう。

 事ここにおいて、問題は発生する。
 それは、二択である。

 手を出せば届く位置にあるその叡智を、'捨てる'かどうか。

 これによって人界は二分される。

 それは皮肉にも、己の中に正義を持っていた勇者という職業者が予言したものだった。

 希望が戦争を引き起こす。
 どれも正しいというのに、それに気付けない。
 正義は一つでなければ、戦争は終わらない。
 世の中はたった一つの正義によって統一されなければいけない。
 正義は個人の持ち物では無い。
 また、戦争無しで、つまり希望を持たずにそれは行われなければいけない。

 そんなことは、最早人の所業では無い。神の様な、人を超えた何かしらの存在の御業である。

 ~

 生命体とは矛盾を極めた存在である。故にその最終到達地点は、その存在の運命からの消失である。

 これを他力本願で行うのが、救いを待つという行い、そして自力で行うのが、解脱という行いである。

 宗教は生命の本質を抱える。故に、宗教が乱立するこの星こそ、それを生み出すに至った人類こそ、役満の知的生命体なのだ。

 ~

 余談だが、8という数字はこの宇宙で人類が持つ数字である。

 軽く屁理屈になるが、8はその形で完全を示す。また横倒しにすれば♾であり、計算不能を表す。

 もしかしたら、人類は、自らの形を完全とし、その敗北は計算できないのでは無いか。

 ~~~

 別の大陸に移る事を目指す道程、、

 捨てられた魔族を拾い、軽く剣を教える。それをもって争いに身を委ねる事で自らの生きがいを探そうとした少年が居た。

 強く生きる上で己だけではなく周りの協力が必要だと理解した魔族が人に成る夢が、正夢となった事もあった。

 魔力を感情から変換できなくなり、世の中に絶望するのではなく、逆に希望を見出した人と出会った。その者は、魔から解放され、生を実感していた。

 胸に理想を抱き、それを叶えた魔族が居た。

 其れ等全てを束ねた"蜚蠊"と呼ばれた老人が居た。

 ~~



 ~~~

 少年は強かった。何よりも心が。


「確かにその言葉は正しい。だけど、その言葉を贖罪の糧にしている君では永遠にそれを味方に付けることはできない。」
 世の中は皮肉でできている一その言葉に溺れ死んだ青年に少年はただ冷酷に告げた。
「当たり前なんだ。それが業であるのは。でもね、業は一つでは無い。永遠に終わらない業との邂逅、人生とはそういうものなんだ。」
 だから、と続けた。
「僕の仲間にならないか。」
 生き返れと、そう告げた。

 少年は格好良かった。何よりも魂が。

 ~

 光の皇子は斯くて生まれた。
 澄んだ瞳に柔い面持ち。淡白な筋繊維にしっかりとした骨格。世間の荒波に揉まれる道程を介さずとも疾うに悟り得ていると、世界に憚れた光の皇子の生誕–––––。三つ子の魂百までと、子供の頃は誰しも可愛い者だが、彼は、特に、人目を集めて憚れた。世界の優しさを語る風体は、世間の体に能く克く溶け込んだ。

 少年は腕白に育った。風林火山の様に流れる太く長い髪は、見る者全てを虜にした程だ。

 少年は格好良かった。
 何よりも其の魂が、天然自然の道理のまにまにとなりえたが為に。

 そんな少年も青年になった。光の皇子と呼ばれる未来、其の旅はここから始まる。

 ~~~序章~~~

 学校を卒業した。

 学校と言っても法術を教えてくれる勇者皆通る道だ。

 法術とは、世間の真理を心理に神理なる詠唱による世界の世間的上書きであり、剣術・槍術・弓術指導を行ってくれる所では必ずと言って良いほど、一つや二つの法術が免許になっている。悪しき竜や鬼を倒す為には、破滅を齎す場面で重宝する超大技。

 皆伝者マスターにのみ授けられる筈の其れ等を集めたのは、伝説の整合皆伝者グランドマスター。其の息子が建てたという伝説の学び舎で、瞬光と呼ばれた彼は青年になった。

 世間の闇が"蜚蠊"を生み出した短い時の由縁。永劫とも言える時の中で忍耐は調えられる。

 世界の光が理不尽を露わにする為にあるならば、一瞬の快活さに、全てを委ねるのは、調べ。

「闇。光は飛んで、消え失せよ。永劫の忍耐に、一瞬の快活を此処に。調べたり。」

 彼は青年になる手前、よくこの詠唱を口にしては学び舎に通っていた。其れが彼を「光の皇子」にする唯一無二の絆の法術にそっくりの整合だとは知らずに。流石にただの謳い文句だとばかり思っていた–––。


~~~中章~~~

其のドラゴンはこう言った。一言一句間違えずにこう言った。
「法術解放。」
「崩壊するは空白の中。彩色を向いに。切り伏せるは漆黒。奇跡よ、その運命から降り、運命を死に降らせテイア。」
「今、四・象・の一角は一瞬を照らす。」

其の瞬間、真白な自我消失と共に、電子データの津波に流されたかの様な錯覚、自身の質量が真っ二つになった感覚があった…それだけで止まるはずも無い。一瞬の間を置いて、死への直帰が始まる。

粉。自身の肉体も精神も爪の先から細かく零れ落ちていく手前、刹那。

「闇。光は飛んで、消え失せよ。永劫の忍耐に一瞬の快活さを此処に、調べたり。」

「!自爆詠唱の法術の極で相殺するというか–––––!」

其の言葉に一瞬ハッと考える。?自爆詠唱?然して聞き捨てならないな。これはオリジナルの体感覚の光速化だと、「瞬光」は唸ったが、元も子もあるまい。今はただ、あのラハブ=ドラゴンの正体が、嘗て魔王に侵食され呑まれた「悲劇の勇者」だと、知識は告げていた。

光がこの上なく縦横無尽に飛び交う。まるで笑顔の様に、大きく広がっては、小さく伸び畳んでいく。

すると、ラハブ=ドラゴンが大きく口を開いて、
「侮るなよ。」
劫火一線!

背後に被弾した第二の流星は、其の軌道を笑止と代えて、一瞬しか通用しない最強の剣を振るいしごった。
袈裟懸け、逆袈裟、突き、払い、返し、薙ぎ払い、廻し胴、逆胴、逆袈裟、幹竹割り–––!落ちる様に滑り込む様な突き。突き上げ。幹竹割り。袈裟懸け。袈裟懸け、逆袈裟、突き、払い、返し、大回転斬り––––!
流星から一部の青光を受け賜るかの如く、落ちて行く流星を生み出し、編み手繰る。

気付けば既にパーティメンバーは壊滅。独りでやるしか無いのは分かるが、些か、腹の底から出た咆哮でも無ければ、此処から先の一押しを続けて行く峠の見・え・方には順応出来ない。

倒落。黄金のドラゴンの巨体が黄金都市の埋没を思わせる。頭部は洞窟ダンジョンの壁に沈み、遺された金銀財宝の在り方を示す地図は、逆鱗に、小さい。ヒラヒラと舞う其の紙切れがその場の時間感覚の浮遊を表していた。
いや、巨体が残ってると言うべきか、ラハブ=ドラゴンは時空寸断剣「白空」の連撃を受けて、其の体力、基礎代謝を大幅に減らし、尚も、空間を占拠して居る。

ガラゴロと洞窟ダンジョンの壁から頭部を起こし、直様に青白い広範囲ブレスを吐く。

瞬光は、其のブレスの周りを纏うかのように回転し、件のドラゴンの口を剣で塞いだ。

大きく仰け反るラハブ=ドラゴンは、時空寸断を頭部に受けながらもブレスを口元から零し余りあるだけの焔で、強引に二射線状の円弧を描き出す。まるで其処は土俵であるかの様に、やられ《スリップダメージ》に特化した焔は瞬光の体を其の土俵に追い込む。

そして、顔を掻く様に時空寸断剣を取ると、そのまま吞み込み、腹の中で唯一危険な箇所である火焔袋を破り、其の黄金の巨体を、其のしこたま斬られた腹から、破らせ、時空寸断剣を持って出て来たのは、魔王に反旗を翻した筈の最強の四象竜では無く、嘗て魔王に呑み諂われたあの男だった––––!

歩み寄る影は何処か覚束なく、土俵入りする脚は逞しさに健気さを兼ね備えていた。

「俺が本当の四天王だ。」

何とこの男は、あろう事か、魔王直属の四天王だと言い張るのだ。

「俺はもう、勇者という童貞を捨てた。」

「昇天して輪廻の枠の中で、あの竜になっていて分かったよ。この世界の小っぽけさに、この世界の醜さに気付けた。」

「俺はもう他の何物でも無い。来い。俺が剣で相手をしてやる。」

時空寸断剣を放り捨てる。霧散する剣に、構えも無く突進して来る元勇者に剣も有るはずも無く–––、いや、魔力で編まれた即席の剣で、瞬光を捉え––、背後に回った瞬光は、手にしてあったロープで素早く捕縛すると、スリップダメージが効かないであろう其の魔力の流れを受け取り、青白い土俵を突破する。千切られる前に倒れ伏したパーティメンバーの元に向かった。

「レイア、大丈夫か。アックス、お前も無事か。ホルス、治癒術式は使えるか。」

三人とも先程の法術の極の餌食になったらしい。

一人、真向かいに巨大な竜を目にしながら、ただ握りしめた剣を持って、一直線に向かって行く。

「-舜光。」
誰かが呟いた。

一際輝く流星の様に、瞬光は、ラハブ=ドラゴンを討伐した。

~~~

そして、世界は、神代を齎したガイア。

これは、六道では無いのだろうアラヤ。

全てを文字の監獄にしてしまうカオス。

ラハブ=ドラゴン、中身こそ、テイア。

人も生まれも後悔も揺蕩うマリンで。

由緒正しき神話のはじまりはじまり。其のエロス。



~~~終[ホロらいふ]章~~~

 岸辺に、入江に、船があった。

 大きめの船があった。

 カタストロフィエリア立ち入り禁止区域の中でイチャついてる二人を見ると、白を基調とした装備の銀髪の巨乳女騎士・白銀ノエルは、注意をすべく声を掛けた––––


 月明かりも無い宵闇の春。海岸沿いに停められた一つの大きな船から離れた所にほんの少しの灯りが見える。

 ビュオー ザッ ザクッ

 白い砂浜を棍棒メイスを腰から下げて歩いているのは、この海岸近くの街、城下町の隣町とでも言うべき現代風のインテリアが窓越しに見える店もチラホラある街中に、異質なローファンタジックな宿屋や飲み屋を何軒も抱えるアキロゼこと女勇者の其れに対して、教会風の聖騎士団、その団長たる白銀ノエルその人であった。

 船、其の灯りの辺りからは二人の女性の声が聞こえる。

 マリン船長「ねぇ~。るしあ~。ちょっと位良いじゃーん。」

 片方は少し焦りがみえる昭和風の声に、イチャつく際に変わる高音が特徴の赤髪赤い衣装、レッドとオレンジのオッドアイが特徴の船長と思しき人物。

 麗羽るしあ「駄目だよマリン~。もうちょっと離れて。」

 もう片方は、元々の声質が天・使・の・様・に・、高く、それでいて落ち着いている緑髪、緑の衣装の赤眼の少女。

 風俗に、身寄りの無い場所に飛ばされ、其れ意気込みと買った方と売り飛ばされた方の様に見える異質な、ある意味、女性としての本懐を感じさせるカップルが居た-。

 ノエルは其の二人の声を聞きながら、船に飛び乗り、船側面のロープを登って行った。

 カッ コッ ギシ ギシ
 歯軋りの様にキィキィと音を立てる甲板に辿り着き、休憩中の船員を見回すと、船内に入って行く船中央の扉を思いっきり開け、ノエルは挨拶代わりにと注意勧告した。

 白銀ノエル「こら。こんな所で何やってるの。」
「ここは危険だよ。直ぐに出て行って。」

 マリン船長「なんだとコラ!ウチの船に許可も無しに勝手に乗って来た挙句、挨拶も無くいきなり何様だ。」
「こちとら海賊だぞ。舐めんな。」

 白銀ノエル「初対面でキレられるのは嫌だけど、どうにもね。こっちの仕事の邪魔しないんなら、考えてやってもいいぞ。」
「それとも、やろうってのかい。」
「それならこちらにも君達を連行する責務があるんでね。暴れてもみな。」

 シュリン

 女海賊・マリンが腰に挿してあった軍刀カットラスを抜く。

 ジャキン

 それを見て、白銀騎士団の団長も同じく腰にぶら下げてあった棍棒メイスを取り出した。

 両者、得物を正中に構えては、女海賊・マリンが、先に仕掛けた。

 マリン「えいやぁっ」

 先ずは上段。右上から左下に掛けての袈裟斬りに、
「とぅっ」

 大きく水平に斬り結ぶ。
「ほいっ」

 三太刀目に、右下から小手を狙う動き。

 団長はバックステップで回避しながら、三太刀目に狙いを合わせて上から棍棒メイスで叩く。

 ギャリイィン

 マリンの太刀筋が団長の先端柔く剛に強い棍棒メイスの柄を捉えた。

 大きく接近する両者の顔と肉体。

 若干マリンが押され気味になっている。

 するとマリンが身を翻して、大きく水平に回し胴を取る。
「ちぇすとぉっっ」

 団長は其れを棍棒メイスでガードすると、マリンの大きく出た手と足に沿いながら、徐々にマリンに近付いて来る。

 団長の棍棒がマリンの柄に触れた。マリンは右手で団長の身体を使って力を抜くと、揺さぶられ離れた団長に渾身の力で低く胴を放つ。防具で弾かれたが、団長に五太刀目が入った。


 新月の夜にシルエットが二つ。


 すると見回りに来た何処にでもいる平凡な少女・ときのそらが遠くから、
「ああっ」

 と声を上げては、二人の間にふわりと飛んで来ては、両者の腕を片方ずつ掴むと仲裁に入った。

「駄目だよ。危ないことしちゃ!!」

 しかし二人とも矛を収める気はない。

 二人は睨み合いながら、年上と思しきときのそらの忠告を聞いていた。

「ここは、天災の影響下にある入江。ほら、こんなに風が吹いてなさそうなのに、波もこんなに高くまで来て居る。こんな所にいたら、明日中に遭難しちゃうよ。早く別の場所に引っ越さなきゃ。それと、騎士様にも悪いけど、こう言う危険な橋渡しはやめよう。私が言えた義理じゃないけど…」

 ノエルは、満たされ掛ける潮の中、はいはいと餌を待たされた子犬の様に頷いて居る。

 しかし、業を煮やしたのか、マリンは、これ又、腰に挿してあったピストルを取り出した。

 団長は咄嗟にときのそらちゃんを庇うと、壁際迄、距離を取り、弾が当たらない様にした。

 すると、ときのそらは意を決した様に時空を歪ませ其処から立ち引くと、数刻の後、白銀団長の愛人のエルフ・不知火フレアを連れて来て、事態の打開を図ってしまった。

 来たフレアは早速、船長に向かって矢を引き絞っては放った。マリンは其れを上手く躱すと、団長に向かってピストルを撃ち放った。団長は向かって銃口に棍棒を夢中に振り回すと、弾を弾いて行く。

 するとフレアは二本、三本と矢を番え、マリンに向けて放った。

 流石に其れを躱し切れず、マリンは肩口に矢を受けてしまった。

 フレア「フレア《燃えろ》!!」

 ほんの一節の詠唱のみで団長から程近いマリン船長の肩口が燃え盛る。

 ノエルは隙を見て近付くと、大きくスイングをして燃える自分の肩を押さえて必死のマリンを棍棒メイスで吹っ飛ばした。

 その場にいた女性達の中では最年長であったときのそらがそれ以上の追撃はしない様に忠告をして、燃えるマリン船長と共に、事態は収束した。

 るしあ「マリン~」

 るしあが近付く。

 マリンが肩から火を吹き出して居るのを知ると、咄嗟に、船室から水の入ったバケツと包帯と化膿止めを持って来た。

 る「熱ッ…」

 るしあは、燃えるマリンの肩口から矢を抜くと、肩を包帯でグルグル巻きにした。

 マリンとるしあは船室に入り込むと、一連の音で驚いて出て来た一味に声を掛け、白と褐色、青色の青女達を囲う様に指示を出した。
「アイアイ!包囲っすね。任してください。」


 そうして、数刻の後、一味に囲われてしまったノエルとフレアは背中越しに距離を取りながら、中央のときのそらを護っていた。

 バン チュン バンバン チュン キンッ
 無数の弾丸と舶刀カットラスで絶対絶命のピンチ…かと思いきや。

 ノエル「今だっ!!!」
「とおぅりゃぁぁぁーー!!!」

 団長が、屈強そうな一味の副棟梁に向けて、棍棒メイスを思いっきり振るった。

 ガンッ ドカッ バキッ

 三連撃。腹と腿と頭に鉄製の打撃を受けて倒れる屈強な船夫。

 隙ができたノエルはフレアに声を掛ける。
 ノ「一旦退こう。フレア。」

 その後、一旦、引き返したノエルは同じく大砲を持って行く様に騎士団員に指示を出して、こちらも大砲を用意した宝鐘の一味と戦争をおっぱじめた。

 豪風の中、砲弾と砲弾が飛び交う様はさながら一種の映画の様だった。

 しかし、徐々に暴風がキツい宝鐘の一味が押されて行く。

 其の戦争は一夜明けるまで続き、多くの傷跡を海岸に残した結果、マリンの船を撤退させる事に成功した。

 マリン一向が、船長の怪我を治す為に、其の海岸を後にしたのだった。

 ~~

 道すがら、陸地に沿って浅瀬をゆっくりと航行していると、街外れに割と大きめの医院を見つけたマリン一味は、其の医療の加護を受ける事にした。

 筏で船から降りると、数分もしない内に、海岸沿いに立てられたまるでホテルみたいな病院、もとい学校に到着した。

 其の学校のグラウンドを見渡すと、保健室の入り口で、ボロボロになった悪魔・常闇トワが項垂れながら、其の隣に居て終始謝っている天使、ただのガタイの良いショタに見えるが実際は握力の自慢、天音かなたと何やかんやあった雰囲気である。

 常闇トワ「まさか本当に、悪魔のツノが生えて来て、其れを思いっきり折られたり引っこ抜かれたりするとは思わないじゃん。」

 天音かなた「だから御免ってば~。こうして、天界学園からも降りて来て、念入りに謝ってるから許してよ~。」

 そんな中に割り行って入る。

 マリン「やい!ここは…見た所診療所の様だけど、外の学校施設はどうなって居るんだ?かなり興味ある…のだけど。」

 すると中から、グラマラスだが美ボディな悪魔の保険医が出て来た。

 癒月ちょこ「あら、大変…肩に傷をしてらっしゃるではありませんか。何方か、手伝って。」

 かなた「しょーがないなー。ちょっくら善行して来ますか。」

 マリン「何だと。私の身体に触れようってのかい。」

 ちょこ「どうなさいましたの?」

 マリン「はい。」
「…ええと…先日、ちょっと、エルフに矢を射かけられまして、肩に傷が…」

 癒月ちょこ「傷の方はかなり深いですね。ただ、腕の方は元に戻りますわよ。」

 そう言うと、ちょこ先生とされた、グラマラス美ボディな悪魔の保険医は、身体を近付け、ゆっくりと傷口にキスをすると、魔法なのか、途端に腫れたダランとした右腕が治り始める。

「このまま三日間は安静にして置いて下さい。それと、決してこの事を他人に言ってはいけませんよ。」

 と言うと、傷口の包帯を取ってくれた。
「何されてたんですか。」

 るしあ「私を守っててくれて…」

 ちょこ「あらやだ。」

 照れたちょこ先生は、念入りに薬局の場所と自分のした治療行為をバラさない様に口付けすると、そのまま診療所の奥に篭ってしまった。

 そして、其の念押しと、処方される薬の書かれた紙を渡された。

 マリンとるしあは遠く、どこか拙い場所で、其の薬局で薬を買うと、目の前から、巫女の格好をした破廉恥が、やって来ると問答無用で祈祷をしてくれた。
 そして、船に帰って再び、留まる場所を探した。

「ってか。これただのカルシウム剤じゃ無いか。船ウチにもあるぞ。こんなもん。」

 マリン船長は、文句を言っていた。だが、丁度買い物を終えたらしい一行と遭遇する。

 魔界から程近い場所で、マリン達一向は、大蝙蝠の群れと遭遇した。降臨者アドベントだ。

 蝙蝠と一口に言っても、かなりデカい。鋭い牙に暗褐色な体、ここが魔界に程近い所なのか知らないが、吸血鬼を彷彿とさせるのは、都合の良い所だ。それとも、マリン達の魔力が引き寄せる努力故の刺客なのかも知れない。ボスが睨み付けて来た。

 る「マリン、血を吸われるよ。ここはるしあに任せておいて。」

 るしあは、ネクロマンスで、死んだ船員を取り出し、銃口を群れに向かって向けさせる。カチリと、銃から魔力を放たせると、満足する様に、もう一発、二発と絶えず連発させる。

 マリン「任せておけって言うけどさ、こんな可愛い子に戦闘を任されたんじゃ、海賊の名折れよ。」

 言うと、マリンはと・あ・る・事・情・から銃弾の入って無い銃ピストルを大蝙蝠の群れの先頭に向かって開け放つ。

 ハート色の大魔力と共に、轟音・爆発が起こり、大コウモリの群れは忽ち崩壊して行った。

 る「すっご~い。マリンは最強だね。うん。」

 マリン「こんなもん朝飯前よ。それより、ねぇ見て見て、こんなにも腕が動ける様になってる。」

 マリンは腕をぐるぐると動かすと、イテッと傷が身に染みる様だ。そして、マリンは意を決する。

「面舵一杯!これから、ぺこランドに向かう。魔界から程近いけど、まあまあ、人の出入りもあるから、情報は確実だ。今後、川を上っていく。それで、アイツらの情報を見つけ次第、倒しに行くぞー!」

 その時、虚空からときのそらが出現した。

 ときのそらは、キッとマリンの方を睨むと、それを見てがるるるると唸るるしあの方に近付いて行って、其の手を握る。

 そら「大丈夫。落ち着いて。貴方はそのままで良いから。」

 るしあは、一頻り唸り続けると、ふんと、そっぽを向いてこう言った。

「どうせ、るしあの事は分からないのです。結局…」

 るしあは、また独りになってしまったかの様に、魔力のオーラを纏い出す。其のオーラは、マリンの足元にも絡み付いてる。

「大丈夫よ。貴女達は一人じゃ無い。」

 ときのそらは、そう言って、その場を後にした。

 ~~~

 マリン「–––って云う訳でさ、其の二人に返り討ちにされたんだよね~。」

 ぺこーら「成る程ぺこ。」

 るしあ「でもマリンも凄く頑張ってたよ~」

 カチャ カチャ

 運ばれて来る取り取りにカッティングされた人参料理と、遠方の大陸で貿易で手に入った香辛料で出来た郷土料理に舌鼓を打ちながら、宝鐘マリンは、子供時代の親友であり、特別に近くの河口に船を留めさせてもらった兎のプリンセス・ぺこーらと話を続けた。
「で、最終的にどうなったの」

 マリン「最後は騎士団員が持って来た大砲とウチの大砲の撃ち合いになってさ、船はボロボロ。向こうも向こうでかなり、損害を出したみたいだけど、あの岸辺がボコボコになっただけだと思うし…何だかな~」
「最近、鮫・運・は良かったんだけど、どうにも人相手に調子が悪くなると言いますか。」

 ぺこーら「其れは大変だったぺこね。」
「でも喧嘩は良くないぺこ。」

 彼女達が集まるといつもぺこーらは取り仕切れるのだ。

 ただ、世界はそう単純では無かった。

 問題を話し始めたぺこーら。
「最近さ~、ウサ建の社員のムーナって娘が何者かに狙われていて、森の方から怪しげな視線がするとか何とかでさ。」
「森の方に行ってみて確かめて欲しいぺこなんだよ。」

 マリン「お安い御用だ。その位なら何とかしてやる。」

 るしあ「そうだね。ぺこーらのためにも頑張らないと。」

 ぺこーら「本当ぺこか!?ありがとうぺこ~。」

 こうしてマリン達は、問題となる森の奥に潜む珍獣・猛獣達のお噺について、関わることになった。しかし、相手は歴戦の猛者。一筋縄で行く筈もなかったのである。


 S「ターゲット補足。」

 お「どうする。凸撃しちゃおっか。このまま。」

 桃鈴ねね「そうね。」

 ラ「もうちょっと待った方が良いんじゃない?今直ぐにとは言えない人達も居るし…」

 森、奥から照準の付いたアサルトライフル越しにムーナと呼ばれた少女を捉えるSSRBと、拡大スコープでテレビ画面に釘付けになるが如しの愉快な仲間達–珍獣・おまるん、妖怪・桃鈴ねね、魔法使い・雪花ラミィ、このパーティに関わったら最後、命は無いと後世に噂されるだけの存在。

 この森の謎は深まるばかり…ただ、少しづつだが、世界は変わり始めていた。

 ~

 ヒュー ガサガサガサ

 森の木々が静かに揺れて、草木が音を立てて道を開けて行く。

 マリン「よいしょっと」

 軽々と裏山まで辿り着くと、其処からは街の姿が展望できた。

 マリンの船からウサ建の事務所兼作業場、農地に隣接する森。其の奥にある巨大なロボットと離陸管制塔。

 その更に奥の方から、怪しげな轟と雷をもって迫る天災––––

 マリン「良い風だね~。」

 る「うん。とっても良い風だね。」

 吹き抜ける風は少しだけ、いつも取りの潮風の匂いがした。

 ~同時刻~

 とある街では一人の青女が潮の匂いにつられて海岸まで出て来ていた。先日、ここで銃声と戦争があったとの報告が入ったばかりの海岸で、一人っきりで海の向こうを睨んでいた。

 桐生ココ「へぇ…来るのか。」

 そんな街の長を除いて、世界は変わり行くのだ。ムーナと呼ばれたウサ建で働く一人の少女と、其処に訪れた二人の少女と共に。世界は、否応無く変わり行くのだった。

 ~~

 森の中をガサゴソと探索して回る二人。

 其処にいきなりだが、珍獣・おまるんがターザンして現れた。

 おまるん「おー、お前ら、よくそんな装備で森に登って来れたもんだな~。虫に刺されなかっただけでも幸運に思えよ~。」

 マリ&るし「誰!」

 おま「私はしがない野生児さ。其れよりそこの緑の髪の奴、ちょっと疲れてるんじゃ無いかな。こっち来て休むと良い。」

 そう言うとおまるんは指を鳴らし、手品の様に数多くの猿と猛獣をるしあの周りに侍らせた。

 ウキキーキー ガオー

 幾らか集った猿は、おまるんの指示でるしあを拐いに来た。

 マリンが剣を抜いて応戦する。

 先ずは、そこの猛獣からだ。るしあを助けるっ!

 その時、一発の銃声が、銃弾がマリンの額に、一瞬の後に直撃した。

 マリン「う…~」

 幸い、額は固いため安い銃弾を弾き返したが、凄腕だった。距離、およそ130メートル前方の草叢。アサルトライフルで気絶させるとは…これ如何に。

 海岸での諍いから来た争いと言い、敵の戦力が測れない内に剣を抜いたマリンの負けだった。

 る「マリン!」
「大丈夫!?」

 仰向けになった倒れるマリンと連れ去られるるしあ。二人の旅はここで終わってしまうのかーー。

 ~~

 指先の冷えを観測し、目が覚めるとそこは洞窟であった。

 マリン「ううん…うっ。」

 激しい頭痛に襲われ、頭を抱えるマリン船長。

 マリン「はっ」
「「るしあーー」」

 洞窟内に響き渡る声。しかし、返事は返って来なかった。
(兎に角、ここから出ないと。)

 ヨタヨタと歩き始めては転び掛けるマリン。

 なんのそのと、マリンは微かな光に向かって歩き始めた。

 ある程度近付き、暗闇にも目が慣れると、出口からよく知った顔が飛び出して来た。

 ぺ「「おーいマリン~。大丈夫ぺこか~。」」
「そこは右下の岩から迂回すると早いぺこよ。」

 マリン「ありがとう。」

 ぺ「手を貸さなくても大丈夫っぽいぺこね。」

 マリン「よいしょっと…ん?何だこの石。浮いてるぞ。」

 ぺこーらの下まで辿り着いたマリン船長の顔色は悪かった。

 マリン「どうしてここに居るのが分かったの。」

 ぺ「この前もその前も盗まれた人参はここに置いてあったぺこから。もしやと思って。」

 マリン「どういう…はっ」
「まさかもう全部盗まれちゃったって事!?オーマイガー!」

 ぺ「違うぺこよ。」
「兎に角、先ずはるーちゃんを探すのが先決なんだぺこよ。」

 マリン「そ、そうだ。」
「「「るしあ~~~」」」

 再び洞窟内に木霊するマリンの声は、無情にも行き場が無かった。

 洞窟は裏山の中腹辺りにあった。其処から少し行くと、彼女達の集会場所に辿り着くのだが、二人とも知る由はなく……その集会場所で、るしあは猿達に囲まれて寝ていたのだが、当然これも知る事はなかった。

 るしあを探していると、先程見た猿達の気配が感じられないことに気が付いた。

 するとマリンは咄嗟に後ろを振り向き、
「居る…」

 駆け出した。

 ガイドの無い初めての未開の山の中では踏破困難、遭難が最も危惧されることであり、常に水流や大気の水分を肌感覚で良いからチェックして置きたい所だ。その能力はマリンにもあった。海賊業をやっていると潮風に巻かれて時折、淡水の匂いに気が付く。今回もそうだった。

 近くから熱の匂いがした。

 無論、るしあの其れでは無い。だが、マリンには予感があった。

 果たして、その予感は当たっていた。

 見ると、猿の群れが地面から湧き出た湯の源泉に入り浸って居た。

 マリン「おいこら!猿共!るしあをどこやった!」

 聞いた所で何も得られるものは無いだろうに、マリンはしかして叫んだ。
「るしあー。」

「くそっ」

 特に返事もなく、清閑とする温泉。

 すると、これ又、奥の方からぴょこんとよく知った耳が。

 気が付かない内に追い越されてしまった様だ。
「マリ~ン、こっち来るぺこよ。早く!」

 ぺこーらが憔悴気味にマリンを急かす。

 すると温泉からも街がよく見えた。絶景だった。

 だがよく見ると兎田建設の方から煙火が見えた。更によく見ると旗が燃やされている事に気が付いた。戦争だった。

 そうすると背後から一人の女性が近付いてはこう言った。

 ラミィ「早く行った方が良いよ。」

 マリン「分かってらい!」
「ありがとう。見知らぬ人」

 ラ「どういたしましてと言いたい所だけど、仕方が無いからだね。あっ。」
 マリンとぺこーらが街の方に戻って直ぐにときのそらが時空を越えてやって来た。

 ラ「あの…」

 ときのそら「大体の事情は察したから、大丈夫。」

 ときのそらは気を取り直すと、其処から様子を伺った。

 ~

 ぺこランドはSSRBによって襲撃を受けた後だった。満月だった。

 るしあも居ない。はっと気が付くと、マリンの船の上におまるんが登っていた。

 お「中々快適な家だ。私が引き取って置いても良いだろう。」

 そしてその船の上にムーナが居た。

 ム「ココはダイジなお客様の持ち物デス。早く下りなさい。サル!」

 ムキャーと威嚇するおまるんと怒っているムーナ。

 いがみ合う両者にマリンはこう言った。

 マリン「るしあを何処やった!」

 お「ん?近くに居なかったっけ。」

 S「まあまあ、そんな事より、今日は人質も沢山手に入った事だし、焼肉パーティでも開こうじゃ無いの。」

 ぺ「焼肉!?」
「ぺこーら達を食べるつもりぺこね!」

 ムーナ「させませン!!」

 S「確かに、わためぇをこっそり調理しようとはしていたけど…」

 わためぇ「んー。んー。」

 口はガムテープ、手足を縄で縛られた羊飼いが連れて来られた。

 ときのそら「大丈夫!?」

 直様に縄を振り解いたのは、ときのそら。時空の歪みは、雪花ラミィも連れて来た。

 わためぇ「ありがとう。このご恩は一生忘れません。」

 羊飼いと雪の魔法使いが仲間に加わった。

 S「おのれ、よくもウチ達の非常食とマドンナを…」

 マリン「そんな事よりるしあは無事なんだろうな!?」

 桃鈴ねね「無事だよ。」
「ほら」
「温泉の方にも行ったんだね。臭いで分かるよ。でも残念。逆方向でした~~。」

 るしあは猿達を伴いながら出て来た。

 る「お~い。マリン~。」

 マリン「るしあ!?」

 る「さっき迄お猿さん達と一緒に寝たりおしゃべりしていたんだけどね。船に乗せてくれるなら仲間になっても良いって。」

 マリン「本当!?」

 こうしてお猿さん達が仲間に加わった。

 お「くそっ。これ以上仲間を取られて堪るか。」

 S「停戦協定だ。」

 ぺ「やったペコ!」

 こうしてぺこランドは焼け野原になりながらも何とか事態を収束させる事ができました。めでたしめでたし。

 ~~~

 とあるお城での出来事。

 ルーナ姫「そろそろこのお城にも飽きて来たな~。」
「何か楽しい事無いかな~。」

 ルーナ姫はいつも通りの日常を過ごしている様ですが、少々退屈が込んできたみたいです。

 ルーナ姫は探しました。暇潰し、ゲーム、旅行、遊園地。そうだ。噂に聞いて居たぺこランドに行ってみようと。

 ~ぺこランド~

 さくらみこ「何だこの村、しけてんにぇ~。」
 ぺこーら「やんのかぁ!?」
 さくらみこ「やんのかぁ!?」
 ぺこ&みこ「「ぼこぼこにしてやるぞ~。」」
 そんな最高なeverydayが過ぎ去る中、ルーナ姫はぺこランドに到着しました。

 ル「ここか~思ったよりも寂しい場所だな~。」

 マリン「ああん!?余所モンが、何生意気にウチのシマ語ってんだ!」

 ルーナ姫「何なのら!?この海賊!lueknight助けて!」

 マ「ああん!?何男手に頼っとんじゃ!シャンとしろシャンと。」

 シャン

 ルーナイト「お呼びでしょうか。姫様。」

 ルーナ姫「こいつを摘み出せ。」

 マリン「調子乗ってんじゃねえぞコラ!海賊の脅威ってのを思い知らせてやらにゃならん様だな。このひよっ子がぁ!!!」

 こうしてルーナ姫は、愉快なお友達を一人、手に入れました。

 しかし、お城の方から煙が漂って来ました。

 ル「何。早く城に戻るのら!」
「またね。マ・リ・ン・船・長・。」

 マリン「何処で私の名前を…」

 こうしてルーナ姫は短い休息を確かめました。

 そして、マリン一味は奇しくも、ルーナ姫の後を辿る事になるのです。

 ~~

 星街すいせい「ヤッホー」

 突如として青髪の痩身者に気軽なノリの声を掛けられた。
「彗星のごとくやって来た星街すいせいです。」
「すいちゃんは~、今日も可愛い~。」

 という訳で、ここでバチコリとポージングを決めていくゥ~。

 本来ならば誰しもが唖然とする中で、マリン船長だけはるしあと同じ匂いに気が付く。

 星街すいせい「ここからは私の占い次第で~す。」

 とまあ、こんな感じで初対面なのに離してくれない訳だが、
「ジャジャーン。てれりれりれれ~てれりれりれれ~れれ~れり~れり~れり~れりご~」

 自分風にアレンジしたお馴染みの曲を鼻歌混じりに演奏して行く星街すいせいさん。
 天球が描かれた占いの玉?が注目を集めている。
「何と快・晴・です。お二人の仲は最高に素晴らしい。」

 と占いの結果を発表すると、
「それじゃあまたね~」

 帰って行った。

 ~隣街~

 占い師・星街すいせいが住むその街は、城下町と比べると些か不安の残る大きさだったが、華やかで快適だった。

 城下町とは道路でつながっており、今風の隣街と城下町との間のレトロな建物が残る幹線道路、そして歴史を思わせるお城と宿屋が立ってある街があった。

 どちらも華厳だが、主に肉食系女子はその街から離れたところにある山と森と野原と海に集まっていた。だからこそ、その様な声が聞こえる筈が無かった。

 白神フブキ「えへへ~食べちゃうぞ~」

 わためぇ「ぎゃー!!」(←)

 そんな事は尻目にと、マリン達は大きな川に船を乗せてゆったりと一味と一緒に漕いで行く。

 白神フブキ「えいっ。(かぷっ)」

 ヤゴー「待ち給え。」
「礼を仕損じる。白神フブキ。汝を大空の案件として取り扱わせて貰う。」
「既に4名程手配済みだ。逃げられると思わないで欲しい。」

 大神ミオ「いきなり!?」

 白上神社に住んでいると噂されて来た白上フブキが、羊飼い・わためぇを襲っている、と思いきや、魔王・谷郷元昭が白上フブキの目の前に立ち塞がった。

 谷郷元昭…通称ヤゴー。大空建設の社長が名付けた事で有名な模範的な魔王である。

 白「ヤゴー。何を持って先達と後塵の違いを見間違うか。」

 ヤゴー「今日で汝は終わりだ。今すぐにわためぇを離しなさい。」

 白「それが最後の台詞にならない事を祈るね。」

 わ「はひっはひっ…はふぅっ……」

 白「じゃあ、行くね。」

 刀剣一線、魔王ヤゴーに向けて無窮の蓮撃!

 魔王は手に魔力を乗せ、撃ち放つと、元国王フブキングの蓮撃を回避して行く。刹那、大神ミオの変身が開く。ゴジしゃ…小さなゴジラ化し、闇の放射能・龍属性でできてしまった隣人・大神ミオは魔王魔王の魔力を喰らい尽くそうとしては、放射能熱戦に変え、魔王・ヤゴーの体を焼いた!!……かと思いきや、全身に施された刻印と肩から下げている魔力で編まれた細いマフラーにも焼けた跡が…!!

 白「助太刀無用。」

 ミームクイーン・白上のフブキングは物理的な技量のみで渡り合っているが、こちらにも秘策はある。だが、それは今回はお預けの様だ。どうやらわためぇが琴を取り出して、演じるのだ。

 わ「戯曲・愉快な仲間達。お聞き下さい。」

 ポロロン ポロ ポロン ポロン ポロ–ン ポロン ポロロン ポロ ………

 魔王「むっ。これは。」

 白「アレ?何だか、戦う気が薄れて来たぞ…ふわ~ぁ。じゅるり…」

 自前の羊達から収穫した素材で形作られた堅琴の音色は、戦う者全ての力を削いだが、肉食本能迄は抑え込めなかった模様だ。

 白「えへへ~食べちゃうぞ。食べちゃうぞ~。」

 魔王「待ちなさい!」

 あのフブキングがわためぇに襲い掛かるその瞬間、ときのそらが現れた。

 すると、ときのそらは、咄嗟に止めようとしていた魔王ヤゴーの魔弾を一身に受けてしまった!!!

 そら「く…はっ……」

 白「そらちゃん!!」
「くっ…私が悪かった。謝るから、ヤゴーは離れてて!!!!!」

 ヤゴー「えっあっ。済みません…」

 白「ごめんなさい。そらちゃん!私が身勝手にわためぇの羊毛を奪おうとしたからっ…」

 この時、わためぇは、羅生門だった。

 そんな快晴の折、夏色まつりは肩を落としながら坂をゆっくりと登って来た。
「あっちーだりー…」

 わ「はっ!またしても女子おなごが。」

 大神ミオ「わ~まつり、来てくれたんだね。」

 夏色まつり「ン?何事?」

 大神ミオ「実はかくかくしかじかで」

 夏色まつり「何!許せん!魔王処すべし!!!」

 ある晴れた朝日は、最後まで、わためぇの羊毛を脱がす事は無かっただろうと、今になってみれば付け加える事はできる。


マリン「ヨーソロ~」

 猿達と一味と羊皮紙(貿易で手に入れた)と、そしてるしあ。

 マリンの旅はまだまだ続くのだろうと。

 差し当たってフブキングやヤゴーとはお別れの程を。

 遠くから、希望が無いからと、大神ミオと夏色まつりも手を振ってくれて居た。

 その後、ヤゴーは全界隈から大バッシングを受け、魔王が統括する案件の6割を表社会、2割を裏社会に明け渡す事になり、連日取り沙汰されたが、街を歩く時もマスクとサングラスが必要になる訳では無かった。

 ~~~

 城下町に一つの巨大な組織があった。桐生組。街の実権を握る生殺与奪の専門家。

 そんな彼等は桐生組たる証として腕にドラゴンーパンプキンドラゴンの刺青がしてある。

 その刺青がチラホラと街の中に。見受けられる。城に集まっている様だ。

 ルーナ姫が急いで城に戻ってみると城は何者かのブレス攻撃を受けた後だとわかる様に焼けていた。

 ルーナ姫が居なくなって数日後の事。神秘が薄れた城に一頭のパンプキンドラゴンが頭、桐生ココが出現したとのことである。

 ル「まずいな。魔術防壁の方を強化しなくては駄目か。」
「…手配して欲しい場所があるのら。」

 そのまま荷馬車を進ませる姫様一向。

 すると見覚えのある建設会社が見えて来た。

 ルーナは直ぐに馬車から降りると、直様、馴染みのある応接室に案内された。

 ル「変わらないのらぁ。今日も…」

 大空スバル「あははは。待たせちゃってごめん。」

 ル「そんな事無いのら。」
「其れより、又、ルーナの話を聞いて欲しいのら。」

 大空スバル「はいはい。何かな~。」

 ルーナ姫はそう言うと、ぺこランドに行って来た話からお城の火事までの事、今後の提携方針について説明をした。

 ス「へ~。兎田ンとこと仲良くなっちゃったか~。」

 ル「ち、違うのら。決してそう言う関係を結んだとかでは無くて…」

 ス「そうか~。でも話してて、仕事の疲れがちょっと楽になって来たかな。ありがとうルーナ。」

 ル「どう致しましてなのらぁ!」

 今日も今日とて仲よさげな二人。

 そんな彼女達を置いておいて、世界は変わり続けていた。

 ~~

 マリン達は裏の界隈にやって来ていた。先日、海岸に留めて居た時とは正反対に陸路だが、同じ街である。

 何分ここでは、yagooNEWSなるものが街角のテレビ画面に映ってるそうだが、ときのそらとの一件を機に、裏社会に実権を握られてしまった哀れな証左でもある。果たして彼の命運は一体…とそんな事は置いておいて、裏社会で噂のカップル・おかゆんところねだ。

 二人とも何やら屋台の飯を頬張りながら此方に近づいて来る。

 おかゆん「モグモグ~。ころさん、楽しいね~。」

 ころね「うん。そだね~。」

 すると目の前から、危なげなカップル・マリンとるしあだ。マリンは白銀聖騎士団の本拠地を探して居た。

 おかゆん「モグ。お。何やら不審な人物が。」

 ころね「来ちゃったねぇ。来ちゃったねぇ。」

 る「ねー、マリン~。歩き疲れちゃった。」

 おかゆん「どうしてこんな所に居るのかな~。もぐもぐ」

 ころね「確かに気になるね~。」

 マリン「白銀騎士団の看板をついさっきそこで見かけてな!どうにも決着を着けに行こうかと思っとるんよ。」

 お「其れはやめといたほうがいいよ~。僕が言うのもなんだけど。モグモグ。」

 こ「やっちゃえば~?!誰も責任取らないからさ~。」

 マリン「こちとら海賊張っとるんです。女の子を庇って、一度の負けは良いにしろ。船まで傷つけられたとあっては、あっちゃいられない。」

 お「ふーん。そうなんだ~。モグ」

 こ「其れより雲行き怪しく無い?」

 ビュゴォォオオ

 そんな折、一陣の強烈な潮風がその場に居た全員の髪を攫った。

 マリン「ここまで潮風が届くなんてただ事じゃないわね。」

 る「ね。この教会っぽい所でしょ。マリンが探して居たの。ここ入ろ。」

 そうするとそこには、ノエルとフレアのサイン入りの看板が、潮風に揺られて奥の細道から出てきたではありませんか。

 お「ノエフレ!」

 こ「おかころ!!」

 マリン「………」

 る「……」

 一瞬、何かの気配を感じ取ったおかゆんところね。

 お「マリン~とやら~、あの娘は放って置くとヤバイかも。」

 こ「そだね~。気・を・付・け・て・ね・。」

 と、見知らぬ獣女二人に忠告を貰ったマリンは、しぶしぶるしあの言う事に従う事にした。

 ~

 すると、なんとそこには、ノエルとフレアが居たではありませんか。

 二人は甲冑姿と民族衣装から洋服に着替えながら。

 ノ「ね~フレア~また今度温泉旅行に行こー。」

 楽しげに語り合っていた。

 フ「うん良いね~」
「どこ行く~?」

 気が付かない内にマリンとるしあは声を押し殺して聞いていた。

 ノ「ぺこランドの近くに温泉が見つかったんだって~そこ行こーよ。」

 先日、マリンがるしあを探すときに見つけた猿がたむろっている温泉の事だ。

 ガタン

 マリンの足が近くにある木箱に引っ掛かってしまった。

 ノエフレ「誰!?」

 マリンは疲れていたのか、思わず飛び出して居た。

 シャキン

 戦闘だ。先ずは中段と見せ掛けて、マリンの動きが止まった。

 当然、二人とも武装していない所かこれから湯浴みをしようという所…丸腰なのだ。丸裸なのだ。

 私怨があろうが、そんな相手を倒しに行くのは不愉快だった。

 シャキン

 剣を鞘に戻すと、マリンはこう言い放った。
「今日はこの位で見逃してやるよ。」

 そうしてマリンはるしあを連れて、しかし、其のあまりに大きな胸の前に敗北感を感じていた。

 ブーブー

 フレア「あ、電話だ。」
「もしもし、ハイ。緊急……ですか。直ぐに向かいます。」

(これに比べると、るしあは永遠に0だな。)

 る「ねーマリン~何考えてんのー。」

 マ「え!?いや、別に、今日もるしあちゃんは可愛いなって。」

 る「何濁してんの。」

 マ「え!?いや、えっと~。」

 る「ヌグルルルル」

 マ「え?」
「るしあ、ちょっと待って、何考えたかだけ言ってみ。」

 る「質問に質問で返すな。」

 爆発寸前のるしあを宥めるマリン船長すると、又再び、潮風が建物を襲った。

 ビュゴォアォォォ

 ガtガタ

 揺れる戸板と頑強な家屋。二人はつい押し黙ったままだったが、遂に。

 る「ねぇ、別れよ。」

 マ「えっ?急にそんな事言われても…」

 る「もう良い!」

 急に駆け出したるしあはマリンを置いて行ってしまった。マリンは追い掛けたが途中で見失ってしまった。

 ~~

 ルーナイトの報告があった。風と潮がこれまで以上に高まり続けているとの事だ。

 ル「あいわかった。防波堤の方は。」

 すると、各地の建設会社の代表取締役から、こんな魔術レターが送られて来た。

 ブゥン

「「「今しがた各建設会社の方と連携を組みまして、目下補強中であります。どうか、近隣住民、ルーナ姫、ルーナイトの皆様、落ち着いて行動して下さい。」」」

 ル「そうか。」

 すると、又報告が入った。先程の会議で、防波堤は役に立たないという事なのだ。大事である。

 ル「そうか。防波堤が使えないなら、お城の魔術防壁を拡張しないといけねぇな。」
「私ルーナが何とかするのら。」

 そう言うと姫様はデスクから立ち上がり、お城の地下に向かわれました。

 ~

 暴風はぺこランドも襲っていた。遠くに竜巻に乗ったサメの幽霊が見える見える。会議帰りの大空建設社長・大空スバルは、同じく建設会社の社長である兎田ぺこーらの後について行った。

 ス「おい兎田ぁ!大丈夫っすか~!」

 著しく大きな声を掛けた。

 ぺ「いきなり何しに来たんだぺこ。お茶は今出せねぇぺこ!」

 後ろをついてきたと思しき社長仲間に一度の嫌悪感を抱きつつ、其れでも丁寧に対応して行くぺこーら。

 ス「いや~。丁度機械出動させるんだけど、それでも人員が足りて無くってさ。」

 人数足りないんだよ~、何て後頭部を撫でながら、まるで飲み会に誘うかの様な軽いノリでトンデモナイことを言い出した大空スバル。

 ぺ「ウチに戦闘が卓越された奴は居ないぺこ。」

 素っ気なく、先方の提案をお・断・り・す・る・自然な一手。ところが。

 ス「いや、そうじゃ無くて、あるでしょ。うさ建巨大ロボット。」

 近くまで来て漸くと言わんばかりに指し示した先には、つい最近まで建造に夢中だった愛ロボットの姿が。

 ぺ「乗れって言うんぺこか?」

 全てを察して無意識の内に肯定してしまうぺこーら。

 ス「そうそう」

 待ってましたと表情に声が乗っている大空スバルの程。

 ぺ「ちょっと待つぺこ」

 しかし否定はするのが兎田流。う~んと唸ってみては。
「考えてみるぺこ」

 そして。

 よくよく外を、見ると風の闇の中に紛れ込んだ鮫が、早過ぎる宵闇に鮫の幽霊が大量を通り越して、居る。

「 GURAAAAAAAAA –––––」

 潮風が極大の台風と化す。其の勢いに呑まれまいと、桐生ココは一人、街の最も海に近い家屋の上から、海を睨み付けていた。否、正しくは、台風の目になっている箇所のあり得ざる竜巻、其の中心部に居るこれ又異質ながうるぐらを見つめていた-––––

 ザザぁ ゴウゴウ ざっパッぁ~ン

 一際恐ろしい波が彼女を襲うが、音速を超える正拳突きでこれを打ち払う。

 スッパーーン

 ~~

 メイド()の湊あくあは可愛かった。丸々とした肉付きに紫色の髪の毛。少々難儀な事だが、メイドの腕にも自信があった。

 そう今日までは。

 今日はいつも通りにお仕事をしていたら、いきなりお屋敷にサメの幽霊が飛んで来るんだもん。お仕事は邪魔されるわ、怖いわ、そこにいるわで三重苦。追い払うのに苦労して、出来なかったけどほとほと疲れたら、次から次へとやって来るんだもん。信じられないっ!ってうわあああああ

 ドッカーン

 え!?

 突如起動した魔術トラップに、サメの幽霊が引っ掛かって爆発四散したと思うと、声が聞こえて来た。

 ジジ..ジージー

 ?「あー、もしかして起動しちゃった?」
「私、シオン。もしかすると…死んじゃった!?あくあちゃん大丈夫~?(おどおど)」

 いきなり声が!?ってシオン!!?どういう事!?

 紫咲シオン「あー、仕事してるあくあちゃんの邪魔しようとトラップを仕掛けて置いたんだよね~。」
「大丈夫かな~。あくあちゃん…」
「爆弾仕掛けたつもりは無かったけど、相当巨大な獲物だったから爆発になっちゃった…みたいな?」
「と、取り敢えず、様子を見に行くか。」

 バタバタ ドカッt ドサドサッ ドンガラガッシャーン ITETE..
「ちょ、ちょっと待ってて。」

 ~~~

 街中が大パニックになった。

 其れは当然。サメとか関係無く、暴風は光を通さない闇風へと変っていたからだ。人々はお城の魔術防壁で何とか難を逃れていたが、弾丸すらも屈折する風の壁が流れる。流れる。流れ狂う。決して自然の災害という訳でも無い。何処かしら神秘的な暗雲に包まれながら、街はクリスマスの様に城の周りに巨大な魔術防壁のイルミネーションを施されながら、其の巨大な樹は街を護り続けていた–––––。

 
 ~~

 金髪の女勇者・アキ・ローゼンタールは不可解な人影を探していた。否、人影というにはあまりにか細い其の面影を–––––

 協会は次から次へと不確かな道程で出現するアンデットを掃討出来るようにアキロゼに申し付けていた。

 海岸、海、入江、山の中、小高い丘の上、城下町––其の道程に其の出現頻度に、不確かな面影を捉えた。

 人が操っているのだ。アンデット共は、そして、不確かなのだ。其の方法が。協会から依頼された「未知なるアンデットとの遭遇」は、既に殺して来た。だが、其の先に、一人の少女の姿が浮かび上がるとは、想像だにしていなかった。

 薙ぎ倒せば薙ぎ倒す程、其の不可解は確信へと変わり、遂に、あの一人で駆けて行くあの少女の魔力に迄辿り着いたと言う訳だが–。

 其の少女に近付く際、又しても協会から依頼持続の相談が届く。あの少女が居たとした宿屋にアンデットが出現したとの事だ。

 どうやら、あの少女は無意識の内に自身を守らせる囲いを遅れ馳せながら作っているのでは無いかと。

 死の象徴であるアンデットが街中に現れただけでも相当危険なのだが、其方は任せたと、通信機越しの同僚ロボ子に任せた。

 何せ目の前からあの少女が消え失せるのだけは避けたい構えなのだ。

 アキロゼはるしあを追い掛けた。と其の時、戦意に気が付いたのか、アンデットとサメの幽霊が同時に出現した。

 本能的に察する。これは危険が過ぎる。

 アキロゼは手に握っていた大剣を強く握りしめると、斬撃一刀。アンデットと鮫を斬り伏せた。

 次々にアンデットが街中に出現する。右1、左2、3体。後方に死角なし。前方の四体纏めて横薙ぎに斬り伏せて、アンデットだから復活を考慮しないとね。

 まだ居る…次に来たアンデットも同じ様に大きく踏み込み、瞬く間に掃討すると、見つけたるしあに向けて光を突きつける。

 アキロゼ「あなた、一体何者。」

 すると思ったより丁寧に
「ネクロマンサーの潤羽るしあです。」

 と帰って来た強い風が吹く中、声が伸びた。

「るし…ふ・ぁ・あ・!?」

 其の瞬間だった。
「!!」
「「「ヌグエェアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」」」

 正体不明の光が先程麗羽るしあと名乗った人物奥底から出現し全身を包んでは爆発する。いや、した。

 巨大な火の柱が真白く変わっては巨大になって行く。異常に甲高い音を伴って、巨大な竜巻が一瞬生じては、雷が中心から四方八方に巻き付いて、人の姿に移り変わって行く。

 いやデカい。

 協会が出しているA級賞金首(35Pタイタン等)なんてザラにいると思わせる戦力。見積もって私の練度の3、いや5倍は固い。

 戦力差、絶望が望外の程。雲泥の差にも程がある。

 想像を超えて天を衝く巨人。其れがルシファーだった。

 今、麗羽るしあはこの巨人になってしまったのだろうか。

 潮風は、サメの幽霊の大群へと姿を変えていた。

 時は来たり。世界が終わる其の時が、堕天(女体化)をし、其の心が助けを求めていたのにも関わらず世・界・の・暴・風・に閉ざされた結果がコレである。

 ~~

 光。

 十数秒遅れてゴロゴロと音が聞こえる。

 光。光。光––。

 何度も何度も何度もゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロドンッ!!!!

 ス「なんだぁ!?」

 アヒルの様な声を上げる大空スバル。

 ぺ「不味いぺこ。ただでさえこの暴風の中、人なんて飛び出せば飛んで行きそうなものぺこなのに」
「ムーナ!!大丈夫ぺこか~!!!」

 近くに連れて来たムーナ・ホシノヴァに安否確認を取る。

 ム「シャチョウ!大丈夫です!」

 すると元気な声が返ってきた。

 ぺ「良かったぺこ~。」

 光。次いで聞こえて来る雷鳴を待たずして、ムーナは決意した。

 ム「スミマセン。」
「私、外に行って来ます。」

 え?と声に出してしまう兎田建設のシャチョウ。しかしムーナは止まらず、

 ぺ「ムーナ!!!」

 ダッt

 ムーナは外に出ると、暴風雨に呑まれながら、天に手を翳す。

 すると、暗雲が避け、月の姿が露わになる。

 風が弱まり、ムーナは、更に、空を飛んだ。

 そして、あの天を衝く巨人の下に行った。

 ぺ「クッソ~こうなったら、ぺこダムに搭乗してあの巨神を止めるしかねーぺこ」

 誰に命令してんだと言わば、

 ス「直ぐに乗るっスよ!」

 其の声には先達としての重みが乗っていた。

 ぺ「了解ぺこ!」

 ~

「るしあは、何処いったんだ…」

 潮騒が聞こえる程の緊張感にあって、深い愛をこの災厄と共に呑まんとするマリン。突如として号雷を告げる鐘の音の最中、憂、自らの才を持ってしても何分も得られぬ災禍の中にある自覚。自分だけが唯一世界を救える冒険たたかいを挑めると、確かに足は震える。

 結実の旅に、世界を股に掛けて闘うのが海賊じゃ無かったのか。それに、あの大きな音、何か嫌な予感がする。

 「船長!アレ!るしあっですよ。あの巨人!!」

 船員からの声で目が覚める確かに、あの巨人からする魔力はるしあのものだ。

 もし、るしあの身に何かあったなら_私は、それを齎した相手をタダでは返さない。だから、お前を切ってでも撃ってでも止めるぞ。るしあ、覚悟しとけよ。そんなにした孤独を、生涯を、マリンの愛で終わらせてやる。終わらせてやるんだっての!

 ~

 ス「`シュバリゲオン発進!」

 ぺ「ぺこダム搭乗完了!」

 東からシュバリゲオンが発進したのと同じ様に、西からぺこダムが発進した。

 シュバリゲオンは暴風を止めに、ぺこダムはルシファーを倒しに向かった。


 そんな折、ムーナが巨人の下に到着し、またしても月明かりを手にする。すると、大地が揺れ出し、ルシファーごと月明かりに魅せる様に浮き上がって行く。


 その浮遊と月明かりに柔いだ暴風に乗せられて、マリンの船は出航した。

 先程の声から全てを察したマリンは、猿とサメの幽霊と一味と共に、空高く、宙を舞った。

 ~~~

 サメとの関わりは激的だった。獲るのは思ったより簡単で、誰かが海中で鼻を押さえながらそのままで引き揚げれば巨大なサメでも何のその。釣り上げた後は煮るなり焼くなり好きにできる。ランプの燃料なり、アラの部分に珍味な部位が眠っているのだから、交易で活躍した。だが、まさか、そのサメの幽霊が出るとは思いもよらなかった。

 サメは使える。こんな時でも。今回だって、サメが近くに纏わり付いて居ないと船の軌道が安定しない。味方だったのだ。サメは。

 そんな事情は露知らず、闇風は暴風から、元の潮風に戻ろうかという勢いだった。

 船がぐらつく。

 航海の時だ。

 今こそ我等、宝鐘海賊団の総力を結集してるしあを助けに行く。

 行かなければならない。

 どうやら…

 
 …るしあを迎えに来るみたいなのです。

 
 ~

 サメとサメの幽霊が、ルシファーの一瞥で、はんぺんなる塵芥やはんぺんの妖精に変わる。

 ぺこダムは直様応戦した。シュバリゲオンが巻き込まれて一瞬で蒸発したのが見て取れたのだ。
「「ムーナ!!!!」」

 最後の言葉の様に柔らかで丁寧な面持ちで、焦燥を孕んだ声を掛ける。機械からの音声が二重に反響して聞こえるのが、何とも悲痛この上無い。

 ム「ハイ。」

 ぺ「「大丈夫ぺ iyun

 ピカー

  ドン ゴゴ

 
 ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 ム「シャチョウ!??!」

 ぺこダムも、るしあが眠っていた場所もきのこ雲に呑まれてしまった。

 そして、目に映る物全てを灰にするかの如く容赦無く迫るルシファー。

 しかしてその眼は見た。今にも崩れ落ちそうな船で、猿に囲まれ、はんぺんの妖精に押し上げられながら、彼・に迫る一人の赤い青女を。

 船はそのまま船首をルシファーの鼻と交わし、躍り出たステップは昭和気味に、ルシファーの口から中に、マリンを呑み込んだ。

 内側に侵入した際の防壁は無いのか-–、唐突に覇気が停止するルシファー。

 今、宝鐘マリンは、前人未到の地へと足を踏み入れ探索を開始した。

 だが残念な事に、るしあは子・宮・の中に居た。

 ~~
 柔いだ暴風の中、月明かりに照らされて地面から夥しい量のゾンビが出現した。

 一体一体が明確に意思を持っており、昨日今日で生み出された訳ではなさそうだ。

 一体全体何が起こるというのか–––理解はするがめまいはする。

 人でなし共の残骸と言う訳ではなく、間違いなくこの国で土葬されて来たゾンビだ。アンデットの起こす低周波音によって起き上がっている。其のアンデットを遥かに超え、この国の人口に匹敵する程に膨れ上がった数、いる。

 異質な空気が纏わり始まった。

 全ての事が終わってしまう。

 
 ときのそらは、時を止める力で、魔王と共にルシファーの魔力を中和している。

 
 さくらみこは祈祷をしてゾンビを宥めて居た。

 するとゾンビは昇天して行きながら、その場に倒れ伏す。其処に35Pがやって来て即席の墓の中にゾンビを担ぎ上げていく。

 
 星街すいせいは占いの玉でパチンコをして居る。近くに天照大御神神社があるのだ。

 ?神社からの声?「今日もバチコリとツイートに成功して行く~~。」

 
 アキロゼは無類に光を振るい続けていた。

 天地乖離か–––––。
 最大、いや、最強の敵であるあ・の・ル・シ・フ・ァ・ー・の練度は恐らく、天元突破を十数度繰り返さなくてはいけないレベル、恐らく、其の度に顕現していたアンデット程の強者では無いにしろ、先人達を今一度屠り去るのも好都合。ここから先は、只管に我儘で居ないと…

 
 赤井はあとは其れでも、歌い続けていた。

 
 癒月ちょこは、こんな事もあろうかと、足に装着した拳銃ホルダーから拳銃を抜き、ゾンビを撃退している。

 
 夏色まつりはクーラーの付いた部屋の中でアイスを食べながらテレビを付けたところ、緊急速報にゾンビが映っていて、放心した。

 !「突如発生した"死者蘇生"によって、我が国は混乱しております。って、何!?」

 
「鳴らせ。神天雷奏。廻り巡る世界を一呼吸に。変えよ、今根気常《こんこんき~つね》。我が体に、一点の闇黒も無く!刀剣解放–––––白亜絶滅魔獣総軍フブランド。」

 neKO゛ーーー゛N!!!

 白神フブキは、刀剣の潜在能力を解放させ、フブラー嘗てこの街に堕ちた彗星=星街すいせいが流れ星に願った結果を迎撃した守護獣神、其れを大小様々に無数に召喚し、方々の援護に回った。

 
 湊あくあは、気絶して居た。

 
 紫咲シオンは魔術を用いたゲリラ=メスガキックでゾンビを安全に撃退していた。

 
 大空スバルは大半が蒸発した機械の内部で ̄

 ゾンビが其の無い肉を、前後左右上下に反転させながら、凝り固まり、肉塊が肉塊を呑み込みながら更に巨大な兎鬼へと変貌して行く––。

 ゾンビが兎鬼の化け物に変わるのを見た。

 
 大神ミオはありったけの天然魔力を使いフブラと同じだけ巨大なゴジしゃでゾンビ群体の大半を焼き払った。

 GYAOーN

 ga.ga.gagangangagan
 gzbea–m‼︎

 
 waoーn

  nyaoーn

 
 戌神ころねと猫又おかゆは片方が巨大な壁に変化したかと思いきや、もう片や巨大な猫狼に変化し、ゾンビやアンデットを呑み喰らっていく–––。

 !「突如発生した大きな壁と狼…猫でしょうか、其れが一心不乱に………」

 
 白銀ノエルは、これ又、棍棒メイスを振るっては元凶となるアンデットを壊して行く。

 教会の鐘の音が氾濫した。

 
「フレア!」

チュドーン

 濠塵。爆発。色煙。其の近くに巻き込まれずに居るエルフの猛者が一人、受け継いだ秘伝の技とトラップを駆使して、周り全てのゾンビを焼き払う。
 
 そして、不知火フレアは切れてしまった矢の補充に向かった。

 
 兎田ぺこーらは化け物が更なる化け物に変わるのを見ていた。

 
 桐生ココはドラゴンの姿に変身しては兎鬼やらの化け物に火を吐いている。

 
 ルーナ姫は、死者蘇生の基点となるアンデットを倒す様にルーナイトに指示を出した。

 
 わためぇは、追われる。そんなこんな時でも羅生門だったーーーー

 
 天音かなたは、大空警察から貰った拳銃を素手で壊してしまって居た。

 
 常闇トワは、街中の片隅で蹲って居た。

 
 獅白ぼたん率いる愉快な仲間達は、指名手配も関係無くゾンビも屍鬼も諸共掃討して居た。

 
 サメガキ「A.I wanna go to a 'saizeriya'?a?ya?aaa~I was a few moments.I came "a" over.」

 死神「OK,and take your times,I wondered cake from ends.You aren't big for me.You don't break this nation.」

 曰く、英なる国には、神が一柱のみしか存在せず、それ以外は全てギリシャ神話の神なのだとか。世界を一度はその旗で染めたとある一国は、アトランティスでギリシャ軍と天災に敗北した。そして、元々いたのか、それとも残されたのか、神のみぞ知るその一柱は、死神だったという。
 死神は不死鳥と仲良くしており、サメガキたるアストヒル=ロンゴミニアド頭脳体は、お友達である化生に一途な観音様(SCP財団長)と、とある救世主の母である何処にでもいる普通の金髪の女性と仲が良かったのだと云フ。

 
 何処かでこの事を慌てふためきながら、見物している謎の組織があった–––。
「風間も卍解する~。」
「できるの!?」
「吾輩、こんな時だけどサイゼリヤに行きたくなって来たぞ。」
「うーん、どうやら此処にもゾンビ集団が向かって来ているみたいですね~。」
「ええ~。もう終わりじゃ~ん。な~んてね。シャキン」
「必殺!風斬真伝。武之輪墓《かぜきりしんでん/たけのわがはか》!!!」
「うわっ!!!いきなり基地ごとゾンビを切り刻まないで下さい!!」
「う~ん、基地に出来た隙間からゾンビの呻き声が聞こえるな~。若しかして、吾輩達、囲われてたのか。」
「アンデット補足!原因不明の死者蘇生もこれを破壊すれば止まります!」
「よっしゃ~。これで勝つるぞ~。」
「近くに居ねーでござる。」
「どうやら詰みみたいね。」
「吾輩、今すぐにモッツァレラチーズを食したくなって来た。」
「私の薬でどうにかなるでしょうか。えいっ!!」
「ぎゃー注射!嫌~い!!」

 
 そして又、鬼は竜になり、空を飛びながら桐生ココ、パンプキンドラゴンに襲い掛かる。其のドラゴンに、ぺこダムは、辛うじて動いており、ゲリラ的に跳んでは、ビームライフルで焼きを入れながら、急所にビームサーベルを打ち込み倒して行く––––。

 
 フブラとゴジしゃが融合し、互いに違いな陰陽を更に纏い二人して陰陽印の方陣を描きながら、目覚めたルシファーの巨大な一瞥を吸収して、同じ程強大なエネルギーを纏った封印術–––––––、順繰りに神社を参拝するかの様に、第一に鳥居で取り押さえ、第二に参道がエネルギーを流し、第三に狛犬が咥え、第四に手水舎てみずやの格好で拘束し、以降の変化で封印の形態が建築様式に進化構成されて、ルシファーの体を封じ倒して行く。

 
 魔王の指示により、ゾンビ群体を罠に嵌める事に成功した。塞いだ道路の間にコンクリートを流し込んで、ゾンビは止まった。実に、コンクリート葬である。

 アンデットは、既に生成されなくなっていた。

 遂には、溜まり切った尸の臭いが多くの市民を奮い立たせた–––!

 ~~~~

 マリンは、マリンという異物を取り込んだルシファーの彼・女・らしさを見つけることはできず、1日遅れて、肛門から落ちてきたのだが、その時にはもう既に、アンデットは粗方掃討され、ゾンビ側に血の気がなくなったかの様な沈黙が訪れていた。

 マリンはまあまあ高度から落下したが、デカいお尻が衝撃を吸収して助かった。

 すると、マリンはその落下時にカノジョの膣口とカレの陰茎の両方を見ており、直様立ち上がると、船を探しに行った。

 見れば、既に屍の山が築かれてある。

 斬撃や打撃に倒れ、匍匐するアンデッドの肩甲骨を丁寧に外していく射撃。

 金色と銀色の髪の毛が温くなった風に揺られて、マリンの船を示した。

 マリンは船に辿り着き、余り動かないことを知ると、川の流れを変える様に一味と共に工夫した。
「水責めじゃ!!!」

 ざざ ざっプゥ~ん

 横たわっているルシファーの陰部目掛けて船を走らせた。

 そして、マリンはマストを通ってルシファーの子宮の内部に入り込み、無事にるしあを助け出す事に成功した。
 粘着質の肉塊がるしあを覆っていたが、剣チャッカルとピストルで捌き、るしあが子宮の中心から出ると、不安定になったルシファーの身体は、大量の魔力を光の礫状に霧散させ、陰陽道の強大な封印に沿って超高密度と化した魔力は、ルシファー最後の覚醒と共に、其の素粒子を質量に繰り込む急降光速、次いでエネルギーが無くなった事により起こる急速冷凍、急冷故の圧力とエントロピーのバランス引いては対消滅対生成の秩序が乱れた末の大規模な熱射、急熱にヨる幾何学模様を否定する巨大な爆心、全てを吹き飛ばす急爆の音波、影から先に、ループ状に万物を溶かす急波なる降圧が起こってしまう。

 ときのそらは助けに行こうとしたが、間に合わなかった。

 そして、どこまでも細長く高いきのこ雲、そしてこの星を貫通する勢いの衝撃波と共に、国の名を冠するこの国唯一の不動産魔術式、「ホロらいふ」は消えて無くなったかと思われたその時!!!!その巨大な樹を到来させた術式に陰陽遁ベースの封印術が、其の巨大な爆発を対生成・対消滅から、無力化し、果てしない連鎖階段の様に、柱の組み立てと帷の降り寄りが重なって、全ての衝撃が完全に無害化!!圧倒的に無傷なマリンの目の前に和風の建築が出現する。
しかし-


「完全に見失ったのです。」

 ドスと、腹部に冷たい感触が入り込む。マリンはゲホと吐血し、膝をガクガクと鳴らす。

 目の前にるしあがいる事と自分が今刺されている事、完全に理解していた。自分が死ぬ程恨まれて居る事を。殺される程の罪を犯してまで、この軍刀を帯びている事を。

「最後まで、るしあの為に格好良い所見せて欲しかったな。そんな呆然としてないで。」

 そう言うと、るしあは、マリンから包丁を引き抜く。

 ぼたぼたと溢れて行く命の音。そして、るしあは今、罪を犯した。

「ごめんなさい。魔王あのひと達の声が届いたの。るしあはね。裏切り者を処断する為にずっと、この機会を探ってたんだよ。無理せずにね。このまま楽になりなよ。マリン。」

「だ…誰か..助け…」
 ゲボッと人生史上初の大いなる後悔と共に、マリンは最大の吐血を自身の身体に課し、そのままドチャッと血溜まりに伏す。

 まさに、悲劇である。

 だが、この国の墓問題は粗方、解決された。

 …この様な事が何度も起こって来たと言うのか、それともただ絶望に伏し、善悪の秤が消失したのなら皆一様にこうなのか。

 人々とホロメンは、今日は特に笑顔に包まれていた。

 マリンもるしあも、ノエルもフレアも、アキもロボ子も、魔王もそらも、おかゆもころねも、かなたもトワも。
 …


 いつまでも。いつまでも。お忘れなき様に。今日この日、世界の終焉に巡り会えた事実に。


 世界の真実はいつまでも変わらない。灯りを。明かりを。灯せ。点せ。


 世界の果てが来る其の時、審判の日が来るもし、全ての魂よ、永遠に安らかであれ。
完成しました♪♪♪♪♪♪



 ~~~~~

「GAIAARAYACHAOSTEIAMARINEROSU」

ラプラス・ダークネス「闇、光は飛んで、消え失せよ。永劫の忍耐に、一瞬の快活さを此処にて、調べたり。」

 勇者だった者に、その奇跡を還す。

(…ありがとう。)

 その背後からの無言の想いは魔を封じる力を持っていた。

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