【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

文字の大きさ
15 / 168
春の章 王子護衛編

15 フリー行動

しおりを挟む
 受付カウンターから困惑した連絡が入り、レグルスは憮然とした表情で情報室を出ていった。
 それを見て、気配を消して後を追う。

「レグルス様っ」

 ロビーに降りると、待ち構えていたレイが、はしゃいだ声でレグルスの腕に抱き着いた。
 だが、寸前でレグルスがひょいっと躱し、レイは思いっ切りたたらを踏んだ。

「やっぱ無理なのかなぁ」

 不満気な顔でレイが呟く。レグルスは能面のような笑顔だ。

「こんにちは、レイさん。本日はどのようなご用でしょう?」

 あっ!このセリフ、ゲーム中のレグルス定型セリフだ!ギルドに入ると、言われるやつ!

 あわわと心の中で乱れつつ、アルカはひっそりとロビーの柱の影に佇む。

 受付ロビーは多数の冒険者や業者、依頼人が引っ切り無しに行き交っているので、隠密スキルで目立たないよう紛れ込めている。

 暗殺術マスターしておいて良かったと、心底噛み締めた。

「レグルス様と仲良くなりたくて……」

 出た!必殺のあざと上目遣い!久し振りに歩の感覚が呼び起こされ、見守るアルカの情緒が乱高下する。

「どのようなご用件でしょう?」

 レグルスが同じセリフを繰り返す。

「え~?モブって、同じセリフしか言わないんだっけ?……そんなことないよね?昨日だって、説明細かかったし……」
 
 心臓がぎゅっとした。レイは確かにモブと言った。
 物語ではよくあることだし、その可能性だって薄々感じていた。

 レイもまた転生者、或いは憑依者かも知れない。

「レグルス様、もうすぐお昼ですし、ランチ行きませんか?……デートしてみたいなあ、僕」
「……レイさん、ギルドへのご用件は?」

「え~っ、やだなあ、レグルス様に会いに来てるんですっ」
「……特にギルドへのご用が無ければ、お引き取り下さい」

「は~、ボットかなんかか~?話通じね~、……まあいいや、また明日来ますね!」

 ぱっと身を翻して、レイは走り去った。アルカの横を弾むように駆けていく。

 こいつ、レグルスルート探してるのか。
 信じられない思いで、ニヤついたその顔を見送った。

 魔力を抑えて体術スキルを行使していたためか、レグルスはアルカに気が付くことなくロビーから去った。

 レグルスを出し抜けるのだから、アルカの気配遮断はかなりの腕前である。
 いや、違う。そんなことはどうでも良い。現実逃避をしかけてから、ハッとする。

 レイの狙いがレグルスなら、明日から5日間、毎日ギルドにやって来ることになる。
 毎日ああやってレグルスに、鬱陶しいことこの上ないモーションをかけるのか。
 
 勿論途中で、別のキャラ用の選択肢通りに動く可能性だってある。

 だけど。
 もし、レグルスが段々、絆されたらどうだろう。6日目にレグルスルートが開いたらどうしよう。

 だってこの世界は現実で、シナリオ外のことだって当然のように存在している。
 それにアルカだってゲーム知識を使って、スタンピードのイベントが起きないように手を回している。

 つまりやろうと思えば改変できる、という証なのではないか。

 まだスタンピードのイベント時期は先なので、検証が出来ないが、強制力の有無だって曖昧だ。

 主人公は6日間ギルドに通い続け、最終日の帰り道でギルド裏にレグルスの姿を見かける。
 それから何となく気になって、追いかけようとする。だが、路地裏は危険だと言う、王子の話を思い出して留まる。

 これがシナリオ。だが思い留まらず、シナリオの壁を越えて来たら?

 開発中止の幻のレグルスルートが、レイによって開始されてしまったら。

 ぎゅっと胸を押さえた指先が、冷えて湿っていた。
 痛みに似た焦燥感を振り切るように、アルカも静かに居室へと戻っていった。


「何かアルカさんも局長も、お疲れですか?」

 長期休暇から復帰したジョエルが、気遣うように書類を渡してきた。

 通常業務に加え王子の警護案件で、情報室に残っているのはアルカ以外にはジョエルだけだ。

 他のメンバーは全て出払っている。ジークを始め数名が王子一行が向かうダンジョンに先行して、露払いを行っている最中だ。

「まあ、例の案件が」
「ああ、そうですね。ちゃっちゃと行って、終わってくれないですかね」

「うん、でも旅程的に半年はかかるかもな」
「我々平民からすれば、道楽みたいなもんですよ。皆、生活のためにクエスト行ってるのに」

 ジョエルは穏やかな性格だが、割と言いたいことははっきり言うタイプだ。

「まあ、王族の気紛れは、今に始まった話じゃないしな」
「そう言えば、毎日局長を呼び出してるあの方、何なんですか?本当」
「ん……、アレね。……何だろうね」

 レイがギルドに通い詰めて、4日目。レイとレグルスの件は、ギルドをざわつかせていた。

 王子のお気に入りではあるが、ただの平民に貴賓用応接室を使うことはしない。
 そのためレグルスは、ロビーで事務的に淡々と対応していたのだが、レイが全く人目を憚らずに騒いで衆目を集めている状況だ。

 王子一行の件は対応責任者のため無碍にも出来ず、密室に2人で籠るのも御免だと、レグルスはひたすらロビーで自動応答する機械になっている。

 攻略キャラがいない時のレイは、全く人目を気にしない。 
 恐らくだが、ゲーム登場キャラ以外はモブとして、人として見ていないのではないかとすら感じる。

「局長の恋人は、アルカさんなのに」

 丁度口に含んだコーヒーを、吹き出さないように飲み込む。

 そうなのだ。噂はしっかり職員に定着して落ち着いた。

 それなのにレイがちょっかいをかけ始めて、また職員内で注目の案件になってしまったのだ。

「ジョエル、心配してくれてありがとう。大丈夫だから、そろそろ休憩行ってきな」
「はい、ありがとうございます。早めに戻ります」

 ゆっくりでいいと手を振って見送ると、アルカは深く椅子に座り直した。

 このところ、アルカは噂を否定していないどころか、どうとでも取れる対応にしている。
 ここに来て、更に拗れた噂にならないようにという思惑もあるが、感情面の方が大きい気がする。

 推しが目の前で、誰かのものになろうとしている。

 どうだろう、平気でいられるだろうか?推しが幸せならと、直ぐに心から言えるのか。

 少なくとも、アルカには出来なかった。

 レグルスが力無く局長室に帰って来た。いつも時間は決まっているので、レイから解放された所だろう。

 いつも昼前に来て、昼食の時間には帰って行く。どうも攻略キャラとも会っているらしい。

 情報室とは続きとなっているので、レグルスはアルカの前をぐったり横切っていく。
 いつもなら軽口を叩いていくのに、そんな気力も無いようだ。

 明日1日で凸は終わるから頑張って!とは声に出せず、代わりに呼び止める。

「局長、ジョエルが戻ったら、ランチ一緒にどうですか?」
「……っ、行きます!」

 レグルスはバッと振り向いて、見る間に満面の笑顔になった。犬だったら、ブンブン尻尾を回している。その様子を見てホッとする。

 安堵の中に少し、優越感のような厭らしい感情が含まれていて、コーヒーと共に飲み下す。
 冷め切ったコーヒーは、いつもより苦かった。


 翌日、いよいよ迎えた、主人公フリー行動最終日。 

 アルカは朝から緊張していた。幸い敏いジークもおらず、レグルスもバタバタしていたので、誰もアルカの様子に気付く者はいなかった。

 内心時間が過ぎるのが怖く、1刻毎に鳴る王都の大鐘楼の鐘の音にすら胃が痛んだ。

 今日、路地裏でレグルスを見かけたレイが、追いかけたらどうしよう。

 そもそも、レグルスが路地裏に行かないようにすれば良いのか。
 どう動けば正解なのか。

 そこまで考えて、何故レイがレグルスルートに入るのを阻止したいのか、と頭の中に冷静な己の声が響く。

 恋人と噂されるのも辟易していたくらいだし、いくら推しだって、誰と付き合うかはレグルスの勝手だ。

 裏でこそこそ手を回して、他人のプライベートに介入するなんて卑怯そのものじゃないか。

 本当は、他人に向き合う気も無い癖に。
 自分に向けられる好意に酔って、特別だって優越感に浸って、良い気になっていたんだろう。

 自分が1番、踏みにじられる屈辱を理解っている癖に。
 
「……、」

 はく、と口が息を求めて動いた。

 見たくなかった部分、己の醜悪さが突き付けられた気がして、アルカは片手で顔を覆った。
 
 それでも無情に刻限を迎え、レイの訪れが告げられた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり
BL
 帝国の侵略から国境を守る、レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の駐屯地に派遣された、新人の魔導騎士ネウクレア。  着任当日に勃発した砲撃防衛戦で、彼は敵の砲撃部隊を単独で壊滅に追いやった。  凄まじい能力を持つ彼を部下として迎え入れた騎士団長セディウスは、研究機関育ちであるネウクレアの独特な言動に戸惑いながらも、全身鎧の下に隠された……どこか歪ではあるが、純粋無垢であどけない姿に触れたことで、彼に対して強い庇護欲を抱いてしまう。  撫でて、抱きしめて、甘やかしたい。  帝国との全面戦争が迫るなか、ネウクレアへの深い想いと、皇国の守護者たる騎士としての責務の間で、セディウスは葛藤する。  独身なのに父性強めな騎士団長×不憫な生い立ちで情緒薄めな甘えたがり魔導騎士+仲が良すぎる副官コンビ。  甘いだけじゃない、骨太文体でお送りする軍記物BL小説です。番外は日常エピソード中心。ややダーク・ファンタジー寄り。  ※ぼかしなし、本当の意味で全年齢向け。 ★お気に入りやいいね、エールをありがとうございます! お気に召しましたらぜひポチリとお願いします。凄く励みになります!

【土壌改良】スキルで追放された俺、辺境で奇跡の野菜を作ってたら、聖剣の呪いに苦しむ伝説の英雄がやってきて胃袋と心を掴んでしまった

水凪しおん
BL
戦闘にも魔法にも役立たない【土壌改良】スキルを授かった伯爵家三男のフィンは、実家から追放され、痩せ果てた辺境の地へと送られる。しかし、彼は全くめげていなかった。「美味しい野菜が育てばそれでいいや」と、のんびり畑を耕し始める。 そんな彼の作る野菜は、文献にしか存在しない幻の品種だったり、食べた者の体調を回復させたりと、とんでもない奇跡の作物だった。 ある嵐の夜、フィンは一人の男と出会う。彼の名はアッシュ。魔王を倒した伝説の英雄だが、聖剣の呪いに蝕まれ、死を待つ身だった。 フィンの作る野菜スープを口にし、初めて呪いの痛みから解放されたアッシュは、フィンに宣言する。「君の作る野菜が毎日食べたい。……夫もできる」と。 ハズレスキルだと思っていた力は、実は世界を浄化する『創生の力』だった!? 無自覚な追放貴族と、彼に胃袋と心を掴まれた最強の元英雄。二人の甘くて美味しい辺境開拓スローライフが、今、始まる。

異世界にやってきたら氷の宰相様が毎日お手製の弁当を持たせてくれる

七瀬京
BL
異世界に召喚された大学生ルイは、この世界を救う「巫覡」として、力を失った宝珠を癒やす役目を与えられる。 だが、異界の食べ物を受けつけない身体に苦しみ、倒れてしまう。 そんな彼を救ったのは、“氷の宰相”と呼ばれる美貌の男・ルースア。 唯一ルイが食べられるのは、彼の手で作られた料理だけ――。 優しさに触れるたび、ルイの胸に芽生える感情は“感謝”か、それとも“恋”か。 穏やかな日々の中で、ふたりの距離は静かに溶け合っていく。 ――心と身体を癒やす、年の差主従ファンタジーBL。

平凡な俺は魔法学校で、冷徹第二王子と秘密の恋をする

ゆなな
BL
旧題:平凡な俺が魔法学校で冷たい王子様と秘密の恋を始めました 5月13日に書籍化されます。応援してくださり、ありがとうございました! 貧しい村から魔法学校に奨学生として入学した平民出身の魔法使いであるユノは成績優秀であったので生徒会に入ることになった。しかし、生徒会のメンバーは貴族や王族の者ばかりでみなユノに冷たかった。 とりわけ生徒会長も務める美しい王族のエリートであるキリヤ・シュトレインに冷たくされたことにひどく傷付いたユノ。 だが冷たくされたその夜、学園の仮面舞踏会で危険な目にあったユノを助けてくれて甘いひと時を過ごした身分が高そうな男はどことなくキリヤ・シュトレインに似ていた。 あの冷たい男がユノにこんなに甘く優しく口づけるなんてありえない。 そしてその翌日学園で顔を合わせたキリヤは昨夜の優しい男とはやはり似ても似つかないほど冷たかった。 仮面舞踏会で出会った優しくも謎に包まれた男は冷たい王子であるキリヤだったのか、それとも別の男なのか。 全寮制の魔法学園で平民出身の平凡に見えるが努力家で健気なユノが、貧しい故郷のために努力しながらも身分違いの恋に身を焦がすお話。

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

処理中です...