【完結】BLゲーにモブ転生した俺が最上級モブ民の開発中止ルートに入っちゃった件

漠田ロー

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秋の章 人工魔石事件編

61 解放

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 アルカは他の冒険者と共に、乱暴に剥き出しの土の上に転がされた。

 足音が遠ざかるのを待って身を起こす。対面に2つ並んだ、4つある牢の一室だった。
 牢の前で気配遮断を使っていたレグルスが、直ぐに鉄格子に寄って来た。アルカも立ち上がって、鉄格子に顔を寄せる。

「アルカ、少し待っててもらえる?奥に何か、凄まじく禍々しい気配がする。本当にヤバい感じがするから、先に確認したい」

 珍しく、焦ったような顔をするレグルスに頷く。

「牢なら自分で破れるから大丈夫。ただ、俺はこいつらを捨て置けないから、そっちは頼んだ」

「確認したら、1度戻って方針を決める。本当にすぐ戻るから、俺を待って」
「分かった」

 レグルスは1度口を閉じてから、鉄格子を握るアルカの指を握り締めた。

「アルカ、あの男、と……、何かあるんだね?」

 レグルスの心配そうな瞳に、口を引き結ぶ。目を閉じて、深呼吸をした。

「俺が、精算しなきゃいけない因縁」

「―――分かった。解ったよ。何が起きても、後は任せて」

 握られた指先に、ぎゅっと力が籠もった。すうと息を吸った、レグルスの碧い瞳が覚悟を宿した。

 真っ直ぐに真摯な眼差しが、アルカの瞳を貫く。

「本当に……、レグルスは、ばかなんだなぁ」

 泣いているのか笑っているのか、自分ではどんな顔をしているのかもう判らない。

 レグルスはいつだって何度だって、背負う重荷の罪すら引き受けようとする。

 それだから、アルカは間違えることが出来ないのだ。きっと。

「行って。それで、早く戻って来て」
「うん。行ってくる」

 レグルスが直ぐに姿を消した。牢にそれぞれ捕らわれて、動かない冒険者たちを見つめる。
 アルカも肚を決めた。


 四半刻した頃、つかつかと足音が聞こえた。一度聞いたら忘れない靴音。
 アルカは牢の端に蹲り、顔を下げた。

「さてさて、今日はどれがいいかな」

 身を灼かれる程の憎悪が沸き上がる。

 少年時代の面影はすっかり消え、やつれた下品な雰囲気から気がつけなかったが、ユアンと名乗った男こそが、幼いアルカを犯した張本人である。

 このユアンが主犯で、アルカや他の被害者を騙し、手下と一連の暴行事件を起こしたのだ。

 確かにアズカン地方はユアンの実家、パーシェル侯爵家の領地ではある。
 しかし、まさか本人がここに居て、悪事に手を染めているなど想像だにしていなかった。

「駄目だな、歳喰いすぎだろ。もっと若いのは?」

 手下の男と話しながら、アルカの牢に近付いてくる。今すぐ殺せる距離だ。

 だが、こいつらの悪事を暴かなければ。
 もし逃げられれば、また他の冒険者が被害に遭う可能性だってある。

「おっ、いいな、この赤毛。こういう気の強そうなガキを屈服させるのがいいのよ」

 ひひと笑いながら、手下を引き連れたユアンがエイミーの前に立った。
 アルカの目の前で倒れている彼女の体に、汚らしい男の手が伸びる。

 あの日、助けてと叫んだ声が蘇る。

「おい、待てよ」
「ん、目が覚めた奴がいるのか?」

 気がつけば、アルカは声を上げていた。
 動きを止めたユアンと護衛の視線に晒され、心臓が逆流したかのように動く。

「久しぶりだな。ユアン・パーシェル」

 フードを下ろし、強気に口の端を上げる。ユアンは虚を突かれた顔をした。

「誰だ、お前……。借金取りか?」
「なんだよ、薄情だな。俺はお前に会いたくて会いたくて、1日足りとも忘れたことなんか無かったのに」

 酷薄な笑みを浮かべたまま、じっとユアンを見つめると、ユアンは下から上までをジロジロと見返してきた。

「……お前、まさか……、アルカ・メイヤーか!?」

 漸く至った回答に、鼻で嗤って頷く。ユアンは目を丸くしてから、直ぐに厭らしく笑った。

「はは、随分色っぽく育ったじゃねぇか。相当誑し込んで来たな?昔はあんなに可愛かったのに」

 ぞっと体中の毛穴が開いて、背中を汗が流れた。

「お前も今や冒険者の端くれか?でもこんなザマなら、大したことないんだな」

 にやにやとユアンが嘲笑う。

「お前こそ何やってんだよ。悪党の三下でもやってんのか?お前みたいなクズ野郎には、お似合いだな?」

「うるせぇよ!こちとらお前とジークの野郎のせいで、大変な目に遭ってんだよ、ずっと!」

 頬を殴られたが、敢えて避けずに受けた。大したダメージにもならない。

「お前、ジークのことも咥え込んで、俺にけしかけただろ!あれで学園退学になって、俺の人生全部上手くいかなくなったんだよ!最終的には父上に、こんな辺鄙な場所に追いやられるわ、借金は膨らむわ、おまけに平民にまで格下げされたんだぞ!」

「全部自業自得だろ、そんなの。馬鹿じゃねぇの?」

「うるさい!……まあ、いい、それも今日で終わりだ。これが終わったら、俺は自由なんだ。お前に構ってる暇は無い」

 再び手を伸ばされた、エイミーの前に躍り出る。

「お前みたいな歳喰ったヤツは、お呼びじゃねぇの。ヤルなら若いのに限る」

 アルカは先程までの怒りが、急速に冷えていくのを感じた。

 自分は一体、何に縛られていたのか。

 思い出は美化されると言うが、アルカを裏切ったのは優しく朗らかな、兄のような人だと思っていた。

 だが、どうだろう。今、目の前にいる男は小汚く歳を取り、他責思考で借金に塗れ、おまけに自分より弱い者にしか勃たない畜生以下だった。

「お前のナニが粗末だから、未だにガキしか犯せないんだな」

 吹き出して嘲笑うと、ユアンの顔が見る間に真っ赤になっていく。

「なあ、ペド野郎。お前の短小じゃ、全然届かなかったよ」
「クソガキが!殺してやる!」

 ナイフを抜いたユアンが、飛び掛かって来た。全然当たらないどころか、手下を倒す暇さえある。
 ナイフを避けるついでに頸動脈に蹴りを叩き込めば、手下はあっという間に倒れた。

 何度、頭の中で思い描いただろう。

 毎日毎日、何処までも追ってくるこの男の幻影を、何度頭の中で殺しただろうか。

 毎日毎日、布団の中で噛み締めた怒りと屈辱を。吐いた血反吐と吐瀉物の味を。

 誰かと繋がることの出来なくなった体を、心を。
 消えない恨みと憎しみで、自分さえも殺そうとしたことを。

 10年以上、自分の首を縛り続け身の内から灼き尽くし、破滅に導く業火のその全てを拳に握り締める。

 頬を掠めたナイフを避けて、カウンターの右ストレートを全力で、その顔目掛けて振り抜いた。

 吹き飛んだユアンが鉄格子に当たって、泡を吹きながら血反吐を吐く。
 真っ赤になり、腫れた左頬から歯が数本転がった。

 転がったナイフを拾い、這いずりながら逃げるユアンを追う。

「ひ、たしゅけ……」

 ユアンが情けなく泣きながら這いずる先に、レグルスが立っていた。
 何も言わず、見届けるというつもりが解った。

 這い続けるユアンの背中を踏んで、体重を掛ける。動きを止めたユアンが悲鳴を上げながら、助けてと振り仰ぐ。

 いつかの自分が見えた。足首を折られ、泣きながら無様に這って逃げた自分。

「俺は、何度も助けてって言った」
「ひぃ、やめて、殺さないでぇ……!」
「俺だけじゃない。お前が踏み躙った奴は、皆そう言った筈なんだよ」

 ユアンの頬から涙が流れた。いつかの自分も何も出来ずに、ただ泣き喚いた。

「泣いても助けてもらえないこと、お前も知れ」

 ナイフを逆手に持ち直して、狙いを定める。

「もう全部、終わりにする。あの日に縛られるのは、今日で終わり。さよならだ、先輩」

 狙いを定めたナイフを、全力で振り下ろした。

 刀身が撓んで折れる寸前の音を立て、ユアンの頬の紙一重の土の床に突き刺さる。

 一寸狂えば顔が切り裂かれている軌道を、アルカは全力でも正確に振り下ろした。
 それこそが、これまで積み重ねた修練の証だ。

「根性無いなあ、情けない」

 ユアンは泡を拭いて気絶してしまったので、アルカは肩を竦めた。それから佇んだままのレグルスへ向かう。

「終わった?」

 やや張り詰めた響きの問いに頷くと、レグルスは一度アルカを強く抱き締めてから、ユアンの元へ入れ替わりに向かった。

「じゃあ、俺の番ね。起きろ」

 レグルスは指先で水の初級魔法を展開させると、水球をユアンの顔に起きるまで数回落とした。

「うぐっ、はあはあ、……?」
「はい、おはよう」

 目を開いたユアンににっこり笑ったレグルスは、そのまま素手で丁寧にユアンの両足首を折った。
 骨が割れる特有の音と、ユアンの絶叫が響く。

「しーっ、ちょっと煩いから静かにしてね。俺はアルカみたいに優しくないよ。じゃあ行こうか」

 ユアンの襟首を掴んだレグルスは、散歩でもするかの如く、にこにこしたまま歩き出した。

 いっそユアンが気の毒になるくらい異様な雰囲気のレグルスを、アルカも慌てて追った。
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