一兎を想う飼い主は一兎を得る

さか【傘路さか】

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 空腹なので軽く食事をさせてくれ、と、身体を洗わせてくれ、という申し出を受け入れ、二人で遅い昼食を囲む。

 とはいえ、性交渉前、という事もあってか、宵知の様子がぎこちない。

 風呂には宵知が先に入る、と言うので見送り、リビングの音響装置を使って『HONEY≠BUNNY』を何度もリピートする。

 脚を揺らしながら楽しんでいたのだが、早々に風呂から上がったパジャマ姿の家主が戻ってきた。

「交代……。って、これ『HONEY≠BUNNY』か」

「いい曲名だね」

「ああ。美月を想像して歌詞を書いた」

 静かに自分を指すと、苦笑しながら肯定される。

「ミミさんへの歌詞じゃなかったんだ……」

「ミミは別に大人しくはない」

「私も大人しくないよ?」

 先ほどの攻防を思い出したのか、宵知は遠い目をして頭を拭う。

「そうだな。認識を改める」

「ふふ。お風呂入ってくるから、逃げないでね」

「…………はい」

 神妙に頷く宵知を置いて、駆けるように風呂へと移動した。

 忙しく服を脱いで、使うのにも慣れた風呂場で丁寧に身体を洗う。また一つ、ウサギのバスグッズが増えていた。最早ライフワークだ。

 湯船に身体を沈め、外で冷えた身体を温める。無駄に運動不足の筋を伸ばしておいた。

「のんびりしてたら逃げられるかもしれないし、出よ」

 風呂場を出て、バスタオルで軽く水気を取った後で気づく。

 今日は特にお泊まりセットを持ってきたということもなく、私の服は着てきた服だけだ。この服で出て行っても、興が乗らない気がする。

 うーむ、と頭の水分を拭いながら思案する。ふと思いついて、バスタオルを身体に巻き付けた。リビングのカーテンは、宵知が風呂に行った後で閉じている。

 ご機嫌なまま、浮かんだ足で廊下を跳ねる。

「お待たせー」

「おかえ…………り!?」

 グラスに入れたお茶を飲んでいたらしい宵知は、見事にまた噎せていた。近寄って背を撫でてやると、私を指さして口をパクパクしている。

 顔は真っ赤で、テレビで見た格好良い宣材写真と同一人物とは思えない。

「なんで、バスタオル一枚で……!」

 悲鳴を上げるような言い方に、首を傾げながら裾を持ち上げる。

「お泊まりセット忘れちゃったし」

「…………そうか」

 宵知はパジャマの上を脱ぐと、私に頭から被せる。どうせ脱ぐのに、と思いつつバスタオルは抜き取った。

 私も身長は低くないのだが、宵知との身長差はそこそこある。だぼだぼのパジャマは上手く股の部分を隠していた。

 興味深く裾を持ち上げていると、慌てた様子の恋人に止められる。

「寝室行くか!?」

「…………! うん!」

 表情を輝かせた私に対し、彼は罠に掛かったような表情をする。

 苦悶の表情を浮かべている様子を見るに、私よりも性交渉を重く捉えている空気があった。

 両手で彼の手を捕まえ、廊下に出て引き摺るように歩き始める。

「美月……」

「ん?」

「誰かと寝た経験が…………。いや、答えなくていい」

「答えなくていいの……? 本当に?」

 宵知はその場で頭に手を当て、唸った。兎の悪戯心が大層満たされる。

「躰を重ねて魂を染めちゃうと、色が抜けなくなっちゃうんだよね」

「それは、いずれ子に分けるための魂が、か?」

「そう。だから、多情じゃないって言ったでしょう」

 くす、と唇を持ち上げ、彼の手を引いた。とと、と廊下を足音が叩く。

 辿り着いた宵知の寝室も、使いっぱなし、といった具合に荒れていた。だが、恋人の匂いが染み付いた部屋は悪くない。

 きょろきょろと室内を見回していると、シーツを整えていた部屋の主が振り返った。

「どうした?」

「滑りが良くなるクリームとか、ある?」

 尋ねて数秒後、彼はまたぼっと顔を赤くした。

 ばたばたと妙な仕草でキャビネットに近寄ると、中から透明の液体が入ったボトルを取り出す。

 中身がたっぷり入ったボトルは開封され、ごとん、と取り落とすようにベッドのヘッドボードに置かれた。

 準備は万端、とご機嫌に寝台へと腰掛けた。手招きをすると、宵知が隣に腰掛ける。少しだけ空いたスペースは、速攻で埋めた。

「ね。キスしよ?」

 ん、と唇を突き出してみせると、嗚呼、と天を仰ぐような声が漏れ、しばらくして唇が塞がれる。

 相手の肩に手を置き、身体を持ち上げて更に触れ合いを深くする。舌に唇を開くよう促され、望まれるままに迎え入れた。

 舌先は唇の裏をなぞり、さりさりと舌裏を擽った。

「ん…………ん、ふ。ぁ、う……んん……」

 無意識のうちに首筋を抱き込み、深く舌を絡めていた。前戯めいた触れ合いは、芯の熱を否が応でも高める。

 いちど唇が離れても、二度目をねだった。混ざった唾液をうっとりと飲み込む。

「宵知。だいすき」

「俺も好きだ」

 寝台に乗り上がり、欲のまま頬に、額に、と口付けていると、途中で制止された。

 不満、と頬を膨らませていると、苦笑しつつ雑に留められた首元のボタンが外される。日に焼けていない部分が露わになると、二人の間の空気が次第に情事の色を濃くした。

 ボタンが次々と外されていき、胸元から臍、そして下の毛までもが相手の視線に晒される。

「すけべ」

「え!?」

「じっと見てた」

「それは……見るだろ」

「ふふ。嘘、もっと、私だけ見てて」

 欲を付け加え、肩から借りたパジャマを滑り落とす。衣擦れの音がして、布地はシーツの上に広がった。

 宵知の喉が動く様が、ゆっくりと見えた。

「撮影用に手入れしてるから、肌、綺麗でしょう?」

「撮影、は兎の姿で、だよな……!?」

「そうに決まってるじゃない。人の姿で手入れすると、兎の姿でも毛並みが良くなるんだよ」

 兎の姿もある意味、裸を晒している事になるのかもしれないが、毛皮が服ということで黙っておく。

 身体を起こして身を寄せると、相手の唇が首筋へと触れた。キスをして、そして舌先で舐め上げる。

「ん……、ふ。あは、くすぐったい」

 胸元に当たった唇は、吸い上げて痕を残す。独占欲を刻みつけられ、ぞくぞくと身体を快楽が駆け上がった。

 指先と唇が、同時に胸へと辿り着く。薄い色をしたその両側に、別々の刺激が襲いかかる。

「んん……! ぁ、ふ。うぁ……、ぁ」

 気持ちいいことを知らなかった場所が、性器として目覚めさせられていく。吸い上げられ、摘まみ上げられる度に、ぞわぞわとした感覚が走った。

 ぬめった舌先は、突起に絡みついて撥ね上げる。漏れた息は、相手を誘うように熱を持っていた。

「あ、……ゃ、あふ。…………んぅ、ン」

 そんなに吸われたら形が変わってしまう。相手の目元に手を差し入れ、やんわりと引き剥がす。

 ちゅぽん、と唇から離れた胸の先は、ぽってりとして熟れきったような色に変わっていた。

「もう終わりか?」

「もういいってば……! お乳はまだ要らないから」

「お、乳……?」

「雌雄関係ないって話したでしょ。子どもが小さいうちは出る人もいるよ」

「胸からか……!?」

「他にないでしょ」

 真っ赤になって頭を抱え始めた宵知を放っておいて、相手の下半身を覆う服に手を掛ける。

 脱がせたい、という意思表示に服を引っ張ると、腰を浮かせてくれた。容赦なく服を引っぺがす。ヘッドボードに置いておいたボトルへ手を伸ばし、蓋を開ける。

「触っていい?」

「ああ。俺もいいか」

「いいよ。触りっこしよ」

 ボトルの中身を相手の股間へ垂らすと、指先に粘性のある液体が絡み付く。股の間に手を突っ込み、彼の逸物を引き摺り出す。

 服の上から触るよりも重たいそれを、両手で擦った。

「何処が好き?」

「あぁ……、そこ、は。気持ちいい」

 相手の指が私の太股へ触れ、内側へと潜り込んだ。半身は直ぐに捉えられ、太い指先に弄られ始める。

 どちらからともなく、ぐちぐちと淫らな水音が響く。慣れた刺激で、弱い処を知った指で高められていく。

「ん、ぁ。うぁ……、先っぽ、だめ」

「お前だって。際どいとこばかり……、うあ」

 絞り上げるように下から上へと指を滑らせると、呻くように声が漏れる。じっとりと睨め付けられるが、暴発は免れたようだった。

 相手の指は私のそこから離れ、両手で腰を掴む。持ち上げるように寝台の上を移動させられ、仰向けに倒された。

 ぼすん、と柔らかいシーツの上に埋まる。

「出るとこだっただろ! 勘弁してくれ……!」

「出ても良かったよ?」

「良くない! ちょっと大人しくしててくれ」

「私のこと、大人しいって言ったくせに」

 宵知は過去の発言を後悔するように視線を投げ、私の脚を持ち上げた。腰は少し浮いている、視線の先には、繋がるときに使う窄まりがあった。

 空いた手がボトルを持ち上げると、股へ中身を垂らす。

「なんでローション持ってたの?」

「別名義として曲を依頼されたアダルトゲーム制作元の好意で、そういった玩具と一緒に送られてきた」

「へえ。玩具……」

 眼差しに期待が漏れてしまっていたのか、今度な、と窘められ、こくこくと頷いた。

 触りやすいように広げた股のを指が辿り、尻の谷間を伝う。後腔は直ぐに探り当てられ、指の腹が肉輪を撫で擦った。

 ねとねとした液体が絡みつき、ちゅう、と指に吸い付く。具合を確かめていた指が、くっと押し込まれた。

「あ──! うあ、ぁ」

 くぷくぷと前後に出し入れされ、少しずつ長い指が奥へと挿入る。

 内壁の具合を確かめながら慎重に押し入られ、痛みはない。だが、快楽の前兆のような、何とも言いがたい疼きがあった。

 力を抜き、指を招こうとしても身体が巧く動かない。びくびくと身を震わせ、指が中へ進むたびに喰い締めてしまう。

「ね、ぇ……。う、ふぁ。もう、挿れて、いいんじゃ……ぁ、な……?」

「怪我したいのか?」

 それでもいい、と言いかけて、彼の股を見る。指先で育てた重みを思い出し、口を噤んだ。

 黙っていると、着実に指の腹は知らない地を踏みしめていく。平穏な道行きかと高をくくっていると、突然、指がその場所へと辿り着いた。

「ひ、うぁ────!? ぁ、あ。な、……ン、ぁ」

 指の腹で柔らかく撫でられただけで、質の違う、痺れるような感覚を与えられる。

 強烈な刺激でありながら、妙に後を引くのが恐ろしかった。ひく、と喉を鳴らし、眉を寄せる。

「な、なに……!? さわ、て」

「やっと大人しくなったな」

「そういう話じゃ……ぁ、あァッ! ひぁ、あ」

 新しい感覚を覚え込ませるように、彼は指先でそこを撫でる。乱暴な触り方ではないのに、脚を震わせ、身体が本能的に逃げを打つ。

 彼の腕は私の脚を抱え直し、身体がねじ込まれる。そうやって、私は未知の快楽に揺られた。

「あ、ぁ。……や、ぁッ! ヘン、で、それ、こわ、ァ……ア!」

 ひぐ、と嬌声が濁り始めた頃、ようやく指先が抜かれる。彼の指先を食んでいた肉縁は捲れ上がり、ローションに塗れててらてらと光っていた。

「忘れてたな。ゴム……」

 チェストに向けられた視線をこちらに向けるように、甘えた声を出す。

「魂、染めてくれるんじゃないの?」

「は? …………あぁ、……そういうことか」

「そういうこと」

 彼はチェストに向かうことはなかった。

 寝台の上に転がっていたボトルを持ち上げると、芯を持った肉棒を濡らす。亀頭を伝い、粘性のある液体がぽたぽたとシーツに落ちた。

 躙り寄ってくる雄に対する怯えと、魂を染められる背徳感が唇を持ち上げる。閉じていた脚を自らの腕で抱え、綻んだ場所を露わにする。

 近づいてきた先端が、ちゅう、と肉輪と触れる。離れると糸を引き、また触れ合えばぬとぬとと粘着質な音を立てた。

「も、焦らしてる……?」

「してない」

 相手の腕が、私の腰を掴む。背がずっとシーツの上を滑り、ぐちゅ、とその場所が填まった。

 ひ、と悲鳴が喉から漏れる。一番太い部分が通り抜けたのを良いことに、ぐぐ、と一気に含まされた。

「ひ、ッあ────! ンン、ぁ」

「柔らかい、な」

 酷い質量を含まされている筈なのに、私の躰は巧く雄を呑み込んでいく。

 ず、ず、と小刻みに揺らされ、柔らかくなった内壁を擦り上げる。喉が絞まるような怯えがあった。

 こんなに、圧倒的な存在に色を塗り替えられてしまったら怖いはずなのに、私のそこは柔く怒張を食み、そして奥を許していく。

 嬌声の合間に、互いの呼吸音が混じる。ぐちゃぐちゃに身体を蕩けさせて、相手の形に変化することを望んだ。

「あ、ぁ。……、ンう。……ッは」

「……、ふ。痛みは?」

「ぁ、ない、けど。でも、お腹、ずくずく……して……」

 波を堪えるように、唇を噛む。堪えたと思っていたのに、その時、膨らんだ先端がその場所を捉えた。

 軽く小突くような動きだったが、指とは比べものにならなかった。更に重い質量で、弱い処が抉られる。

「ひ────」

 私の半身は、吐精してはいなかった。それなのに、与えられた刺激は絶頂に似ている。

 びくんびくんと太股を震わせ、痙攣した内側が男根にしゃぶり付く。その動きは、精をねだっているかのようだった。

 生殖行為をして、腹の中を許して、相手の色に書き換えられる。既に漏れ出ている子種が、自分の魂に色を混ぜる。

 そんなひどいはずの行為を、されたいのだった。

「…………宵知。もうちょっと、おく……ぁ、はいる?」

「奥?」

「おく、がいい……。いっぱい、ほしい」

 彼は脚を抱え直すと、突き上げていたその場所を通り過ぎる。余っていた砲身は、またずぶずぶと躰に埋まっていった。

 肉縁は捲れ上がって拡がり、可哀想なほど卑猥に色付いている。結合部はくぷくぷと泡立ち、粘膜同士が擦れ合った。

 雄の膨らみが、奥を探り当てる。ちょうど膨らみが填まるような柔らかい場所を、分け入るように拡げる。

「あ、ひう。ぁ……ぁあ、ア。……や。だめだって、……わかって、るのに」

 ぐぷん、と完璧に填まった時、喉から上がったのは悲鳴だったかもしれない。

 神経を擦り合わせているような快楽が、押し寄せては尾を引く。理性は焼かれて、本能だけで繋がっていた。

 乱暴なピストンではなく、ただ填まったモノを揺り動かされるだけ、ただそれだけの動作で、全身が陥落した。

「これで、奥。ぜんぶ、────埋まった」

「アッ、は。……うあ、ぁ、あ。ひ、ぐ……ァ、ア!」

 男の動きに合わせ、頼りなく腰を揺らす。楔を打ち込まれ、逃げることは許されなかった。

 理性はまだ警鐘を鳴らしているのに、本能は与えられる刺激に従順だ。

「よく、咥えられたな……。こんな、狭いとこ、で────!」

「ン、うぁ。あ、あ、あ。……ひッ、ぁああッ!」

 ぐぽぐぽと泥濘に押し込んでは引き抜かれる。雄が気持ちよく欲を吐き出すよう、無意識にもてなしてしまう身体が恨めしい。

 押しつけられた腰を、自らの脚で抱え込む。

「もう、いっぱい……、ふくらんで、るね……?」

 近づいてきた顔にそう甘く囁くと、腰が震えた。こぷりと溢れる子種を、悦んで飲み干す。

 はち切れんばかりの熱を柔らかく包み込んで、そして引き絞る。

「ほんとうに、大人しくない────!」

 苛立ちをぶつけるように、大振りに腰が引き抜かれる。

 その動きが助走なのだと、一瞬で理解した。近づいてきた腰を脚で抱き込み、突き入ってきた身体に腰を押しつける。

 こちらを見下ろす宵知と視線が合った。だらしなく蕩けた表情のまま、唇だけで誘い文句を囁く。

 ずるる、と細径を駆け上がった熱棒は、一度拓いたその場所まで辿り着く。体重を掛け、ぴったりと腰を押しつける。

 熱を持った身体がぶるりと震えた。

「ひ、ン。……うあ。ひ、ぁぁああああぁぁぁッ!」

 身体の奥に、白濁が叩き付けられる。雄に慣れきった腹は嬉しそうにその欲を飲み干し、色を覚えてしまった。

 魂への色付け。他者の精を受け入れる波は暴力的でありながら、抗いがたく身体を溶かす。

 長い吐精の間、私は寝台の上に押し付けられていた。びくん、びくん、と身体を震わせ、身を捩る。

「あ、……も。おなか、いっぱい……」

 文句交じりの声音でそう言うと、ようやく宵知は身を起こした。引き抜いた雄はローションと体液に塗れている。

 身体の中にはまだ余韻が残ったまま、今でも男を咥えているみたいだった。

 寝台に腕を預けて休んでいると、宵知は私の脚を持ち上げる。ぎょっと向けた視線の先には、既に勃ち上がった肉棒があった。

「はァ……!?」

「どうしたんだ?」

「…………インターバルは?」

「いや。俺は、こんな感じなんだが……」

 普通は、欲を吐き出したら一時的に賢者になるものではないんだろうか。けれど、彼のそれはもう二戦目を待ち侘び、持ち上がっている。

 目を白黒とさせていると、股に膨らんだものが押しつけられた。

「加護の一種……!? それとも個性……!?」

「それは分からないが、美月にとっては都合がいいんじゃないか? ほら、性欲が強いと言っていたし」

 性欲が強いことと、体力があるかどうかは別問題だ。文句を考えているうちに、蕩けきったそこは亀頭を迎え入れてしまう。

 ぐぷぐぷとまた潜り込む砲身に慌てても、もう遅かった。

「あ、あン……! あ、ひ」

「本当に、よく入るな」

 大きな掌が腹を撫でる。だが、その僅かな刺激さえも体には毒だ。

 いくら性欲が強くとも、それはあくまで草食動物の中での話である。体力のある獰猛な肉食獣の欲望を受け止めるには、あまりにも荷が重かった。













 宵知からの依頼については付き合うことを機に、正式に終了することになった。

 気持ちを通じ合わせてから兎に転じる事はできるようになったのだが、流石に恋人に触られて金を貰うのは、と私が固辞した為である。

 だが、宵知にとっては兎の私は金を払ってでも触りたい存在だったようで、普段よりもサービスすると、その度にお菓子を買い与えられている。

 同居についてはしばらく返事を迷っていたのだが、ミミさんの一件に加えて私が音信不通にしてしまい、トラウマになってしまったらしい宵知を慰めるために泊まっている内に既成事実化されてしまった。

 宵知の家に、私が生活できる程度の私物が用意されてしまい、自宅に帰る理由を無くされてしまったのだ。

 必要なくなってしまった私の自宅は引き払われ、残っていた私物はこちらの家に運び込まれた。

 引っ越しの日、宵知がとてもご機嫌だったのを覚えている。

「痒いところはないか?」

『前脚の後ろのとこ』

 今日も私は兎の姿で宵知の膝に乗せられ、ブラッシングをされていた。机の上にはお手入れグッズが並べられ、ソファに座った宵知は嬉しそうに世話を焼く。

 私と付き合った理由を置いておいても、この人はあまりにもウサギが好きだ。表情はでれでれとして締まりがなく、私が甘える度に眉が更に下がる。

「美月。お腹に顔を突っ込んでいいか?」

『どうぞ』

 友人なら断っていた甘え方も、まあ恋人だし、と許している。顔を輝かせた宵知は兎のお腹に顔を突っ込み、息を吸い込んだ。

 本物のウサギなら先ず逃げられていることだろう。釈然としない感情のまま、彼の頭を前脚でぽすぽすと叩いた。

 兎吸いを終えた宵知に脱衣所まで運んでもらい、人に戻って服を着る。

 リビングに戻ると、彼はお手入れグッズを片付け終え、飛び散った毛を粘着テープで掃除していた。

「今日のおやつは何にしようか?」

「苺のショートケーキ」

「分かった。午後になったら買ってくる」

 高いのに、と断られることもなく、当然のように受け入れられてしまった。試すようにお菓子の値段を上げたら、際限なく認められてしまいそうだ。

 掃除を終えた宵知の隣に腰掛けると、自然に手が重なった。指先を絡め、甘えるように寄り掛かってくる身体を受け止める。

 彼と身体を重ねるようになって、他の兎のように小さくなくて良かった、と思う日々である。

「今日ね。夢でミミさんと遊んだよ」

「……元気にしていたか?」

「うん。兎の始祖様と一緒にいっぱい跳ねてた」

 不思議だったのは、私とミミさんだけでなく、兎の一族の始祖様もいたことだ。始祖様は私たちよりも更に神の力を受けた存在で、かなり長く生きていると聞く。

 そんな存在を夢に出すような頭だっただろうか、と自分を疑ってしまう。

「それは良かった。また会ったら教えてくれ」

「うん」

 もしかしたら、夢を通じて本当に会っているのかもしれない。だが、本当に会っていたとしたら、会えない宵知が悲しくなってしまう。

 いくら同族とはいえ、夢で会う、と思っているくらいが丁度いいのかもしれなかった。

「ねえ。来年、ウサギ年なんだよ」

「知ってる。たくさんウサギグッズが出て嬉しい」

 あんなに無機質だった玄関も、正月飾りで賑やかなことになっている。ちまちまと買い足している姿を思い出し、思わず笑みが浮かんだ。

「年越しして、来年も一緒にいようね」

「来年だけか?」

「…………ううん、ずっと」

「そうしよう」

 絡み合った指先が、またぎゅっと握られた。顔を上げ、何も言わずに唇を寄せる。

 キスを繰り返すうちに盛り上がってしまい、その日は重たい腰を抱える羽目になったのだが、上機嫌な恋人は跳ねるように私の世話を焼くのだった。







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