悪いお姫様は飼っていた犬に飼われる

りつ

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諦め

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 毎日同じ行動を同じ手順で心がける。人気のない場所に行き、クラウディオを一人にする。クラウディオを信頼して自由な時間を与える。

 クラウディオに惹かれていく恋心を隠し続けながら、ロゼリアは彼に隙を与え続けた。

 思わぬ未来が見えたことで動揺したのもある。だがそれとは別に、ロゼリアはクラウディオを一目見た時から目が離せなかった。青みがかった灰色の瞳が美しいと思った。自分を睨むような鋭い眼差しに恐怖とは別の理由で心拍数が上がる。

 彼を犬として飼い始めてからも、いつもの自分らしくなかった。

 何でもない振りをしながら、クラウディオの一挙一動を密かに気にしている。視線を感じると、変なことを口走ってしまいそうで落ち着かなくなる。

 他人にどう思われようが今まで全く気にしなかったのに、クラウディオには悪く思われたくない。彼に嫌われたくない。

 彼にとって特別な存在になりたい。

(そんなこと、絶対に無理なのに)

 嫌われるようなことしかしていないのだから。

 誰が首輪をして犬呼ばわりする女を好きになるものか。憎まれこそすれ、好意を持たれるはずがない。

 ロゼリアは生まれて初めて自分の出自を呪った。彼ともっと普通に出会いたかった。普通の女として恋に落ちたかった。

(でも、ヴェストリスが良い国だったら、わたしたちは出会わなかった)

 クラウディオがわざと捕まり、この国に足を踏み入れることもなかっただろう。

 あの光景で垣間見えた若い男性、クラウディオが跪いて忠誠を誓っていた相手は恐らくレオーネ国の王太子であろう。

 信頼を置かれているクラウディオは、無事に任務をやり遂げた後、きっと王太子の親族である王女や、貴族の娘との結婚を勧められるはずだ。いや、もしかするとすでに婚約者がいるかもしれない。

 クラウディオのことを考える度、胸が苦しくなった。

 そして、ロゼリアが見た未来通りになるならば、自分とクラウディオが一緒になることは絶対にあり得ない。今、この時だけなのだ。

 いつか終わりが来ることがわかっているから、ロゼリアはクラウディオに手を繋いでくれるよう頼み、以前なら考えられなかった閨の真似事さえ命じてしまった。彼は拒まなかった。

 名前を呼んでくれて、とても嬉しかった。彼が来てくれて、初めて安心して夜を過ごせるようになった。眠るのが怖くなかった。後ろにいてくれることがすごく心強かった。

 ただ任務として警戒を解き、好意を持たせようとわかっていても、クラウディオが自分を気遣い、不器用な優しさを見せてくれる度にロゼリアは胸が締め付けられ、泣きそうになった。

 自分も、あの絵本に出てくる悪い魔法使いのような気持ちを味わうことができた。

 短い間でも、彼を好きになることができたのだ。

(そうね、もう、十分……)

 何も思い残すことはないと、ロゼリアはゆっくりと自分の人生に諦めをつけることができた。

(どうせ好きになってもらえないのなら、うんと憎まれて死のう)

 嫌な記憶は消したくてもなかなか消えてくれないものだ。クラウディオには申し訳ないが、最悪な女として自分を覚えていてほしい。

(どうして悪い魔法使いが死を受け入れたのか、今ならわかるわ)

 隣国の王子が現れて、そう遠くない未来にお姫様は良き心を取り戻すと予感したのだ。

 たとえそうでなくても、嫌われ者の自分と、何もかも全て持ち合わせている王子とでは、どちらを選ぶか決まっている。お姫様の心が変わっていくことが、悪い魔法使いには耐えられなかった。

 だから塔から落とされた時、お姫様が手を放してしまった時、魔法使いはどこかで安堵したのではないだろうか。これでよかったのだと……。

 ドラゴンが一緒に火の海に入ったのも、同じ心境だったのだ。

(わたしも、そうしよう)

 予知で見せた未来では、クラウディオが国王を殺していたが、彼の手を汚させる必要はない。自分が、その役目を担おう。

 あの父親とも思いたくない男はどうせ自分のことばかり考えている。我先にと隠し通路を通って逃げ出すはずだ。その前に、止めを刺そう。

(お母様の残してくれたこのペンダントで)

 ロゼリアは毎日欠かさず魔力を注ぎ込んだペンダントを握りしめる。どれくらいの力が放たれるかはわからないが、魔力を注ぐ度にひどく消耗するので苦痛を与えるくらいはできると信じたい。

(――さようなら、みんな)

 飼っていた犬たちに別れを告げるのは寂しかった。でも、彼らからすればようやく解放されるのだから、よかったと祝福してやるべきだろう。

(クラウディオはいないわね)

 当然だ。彼は今頃味方と合流して逃げ惑っている貴族たちを捕まえている最中だ。

 彼の邪魔にならないよう、彼が国王の元へ足を運ぶ前にロゼリアは全てを終わらせる。そう信じて疑わなかったのに。

(わたしが、殺すはずだったのに)

 どうしてクラウディオがダニーロを殺してしまったのか。

「クラウディオ……」

 ダニーロの身体から剣を引き抜いたクラウディオはロゼリアに視線を向ける。

 彼女はその瞬間、死ななければ、と思った。

 彼が自分を睨みつける顔をこれ以上見たくなかったから。自分が憎くて嫌いだという言葉を聞きたくなかったから。――いや、どれも違う。

 生きていれば、彼の人生を狂わせてしまうと、理由もなく悟ったからだ。

 ロゼリアはまだ掌の中にあったペンダントを握りしめ、念じた。

(死にたい。わたしを殺して。わたしを助けて――!)

「あっ……」

 だが、ペンダントが光り始めると同時にクラウディオに腕を勢いよく掴まれ、ペンダントを奪われてしまう。息絶えた父の元に放り投げられ、ロゼリアはクラウディオに押し倒され、拘束された。

 今までになく激しい憎悪を感じさせる顔で見下ろされても、やはり怖くはなかった。

「……わたしを、死なせてくれないの?」

 楽にさせてくれないの?

 ロゼリアの言葉にクラウディオの瞳が揺れたように見えた。

 クラウディオにならば、一思いに殺されてもいい。それで今までの扱いを清算してくれないだろうか。

「ああ、許さない。許すものか」

 クラウディオは手首を痛いほど握りしめ、告げた。

「お前に復讐してやる。今度は俺がお前を飼ってやる。俺のために生き続けてもらう」

 ロゼリアは泣きそうな表情で微笑んだ。

 自分のような女に固執するクラウディオは頭がおかしい。

 そして彼の言葉を嬉しく思う自分はもっと頭がおかしかった。
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