悪いお姫様は飼っていた犬に飼われる

りつ

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告白

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 クラウディオが頭を冷やし、自分の処刑は他人に任せるのではないかとロゼリアは心のどこかで思っていた。

 だが、クラウディオは遠い修道院まで足を運び、自分を攫った。

 屋敷に監禁して、自分を犯した。

 ロゼリアが逃げ出さないよう周りに監視させて、自分が留守にする時は貞操帯までつけて……。

「暇なら、図書室に行くといい」

 図書室には、ヴェストリス国の書庫、ロゼリアがいつも籠って読んでいた本が全て揃っていた。あの絵本もあって、同じ作者が描いた他の本も並べてあった。

(本当に、馬鹿な人……)

「――ロゼリア」

 部屋に閉じ込めているのもよくないだろうと、用事を済ませたクラウディオはロゼリアを庭に連れ出した。

 久しぶりに青空の下に出て、眩しく感じた。修道院から馬車で連れて来られた時にはもっと閑散としていたが、今は色とりどりの花を咲かせて、大きな池まであった。

 ロゼリアはクラウディオに手を引かれて、目を細めた。

「これも、あなたが造らせたの?」
「家令が殺風景だから以前から造りたがっていた。それで庭師が張り切っただけだ」

 ロゼリアはくすりと笑い、彼の手を放した。

 子どものように少しはしゃいで先を歩くロゼリアを、クラウディオが呼び止める。

「ね、あそこにも、行けるの?」

 浅い水の中に均等に配置されている石を踏んだ先、アーチ型の鳥籠を斜めから切り落としたような東屋がある。

「ああ、行ける」
「じゃあ、行ってみたいわ」
「待て。一人だと……」

 ロゼリアは正方形の石を踏んで池を渡り始めた。

 ロゼリアが池に落ちるのではないかとクラウディオが焦った声で呼び止める。彼は心配性だ。石と石の間はほんの少ししか離れていない。

「あっ」
「ロゼリア!」

 水で濡れていたのか、ロゼリアはバランスを崩す。だが上手くバランスを取り、事なきを得た。すぐ後ろにいたクラウディオを安心させるように、振り返って無邪気に微笑んだ。

「ふふ。危なかったわ」
「ほんとに、貴女は……」

 くすくす笑いながらロゼリアは休憩地となっている少し広めの所まで一気に行った。クラウディオがぴたりとくっついてきて、もう勝手なことはさせないと抱き上げた。

「後は俺が運ぶ」
「一人で行けるわ」
「いいや。今度こそ落ちる」

 そんなことないのに、と不満な顔をしても無視された。

 クラウディオの長い脚であっという間に東屋まで到着し、白い野花が咲いている地面に下ろされた。ロゼリアは空を仰ぎ、一通り辺りを見渡すと、設置してあった木の長椅子にクラウディオと並んで座った。

 ロゼリアは少しクラウディオに寄りかかる。彼は何も言わず、ロゼリアの触れた手を握りしめてきた。ロゼリアが指を絡めると、当然のように強く握り返された。その温もりを感じ、綺麗な池の水面を見つめながらロゼリアは口を開く。

「クラウディオ、わたしは幸せよ」

 彼がちらりとこちらを見たのを感じる。

「王家を滅ぼされて、裏切り者の男に処女を散らされて監禁されているのに、幸せなのか」
「ええ」

 繋いだ手を強く握り返して、続けた。

「ずっとあの城を壊してほしかったの。ヴェストリス国民を虐げるあの人たちを殺してほしかった」
「……俺が間諜だといつから気づいていたんだ」
「初めて会った時に、あなたがダニーロやヴェストリスの貴族を殺す場面が見えたの。わたしの母の、未来を予知する能力が視せてくれた」

 クラウディオの反応は薄かった。ある程度予想はついていたのだろう。

「よく、俺をそばにおいたな。……怖くなかったのか」
「わたしが望む未来をあなたは成し遂げてくれるとわかっていたから、怖くなかったわ。ダニーロやミケーレから守らなくてはと思ったの」

(わたしも結局、悪いお姫様だったから)

 どんな理由があったにせよ、いくら守るためだからとはいえ、人間を奴隷として扱ってきた。ダニーロやミケーレ、他の貴族たちと何も変わらない。

 ロゼリアは自分で自分が許せなかった。誰かに罰してほしかった。

 だから、クラウディオに処女を散らされるのは仕方がないと思えた。

(それに……)

「あなたは、わたしにとってずっと……初めて会った時から、特別な人だった」
「俺が国王や王太子を殺すから?」
「未来で起きることを抜きにして……あなたは、今まで会った人と違って見えたの。あなたのことが……好きだったの」
「もう今は好きじゃないのか」

 クラウディオの鋭い指摘に、ロゼリアは小さく笑って首を振る。

「今は、もっと……好き。大好きになってしまったの」

 ロゼリアは恥ずかしかったが、クラウディオの方を見て微笑んだ。

 彼が目を瞠って、息を呑む。

「周囲から見れば、わたしは監禁されて不自由を強いられているように見えるのでしょうけれど……わたしは、あなたに囚われているこの状況に、安らぎを覚えているの」

 もう傲慢で犬を飼いたがる王女を演じる必要はない。

 夜も、毎日安心して眠ることができる。

「誰もわたしを傷つけないお城に連れて来てくれた」

 あの地獄のような場所から連れ出してくれた。孤独な場所から攫ってくれた。

 絵本に出てくるお姫様が悪い魔法使いに優しさと温もりを与えたように、クラウディオもそうしてくれたのだ。

 ロゼリアは涙を浮かべ、クラウディオに告げた。

「ありがとう、クラウディオ」

 クラウディオはロゼリアをじっと見つめていたが、やがて顔を近づけ、触れるだけの口づけをした。顔が離れて互いを見つめ合い、ロゼリアの涙が頬を伝うと、もう一度深く口づけされ、抱きしめられた。

「俺も、初めて会った時からずっと、貴女に惹かれていた。貴女が、好きだ」

 嬉しい、とロゼリアは微笑んだ。
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