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穏やかな日々
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それからは、とても賑やかで、穏やかな日々だった。
クラウディオはロゼリアのためにダイヤモンドの婚約指輪を用意し、入浴する時以外決して外さないよう誓わせた。俺もそうする……とさりげなく付け加えられた言葉には、思わず笑ってしまった。
指輪を見る度にロゼリアはその時のクラウディオを思い返し、指先でそっとダイヤに触れ、魔力を注いでいた。
クラウディオへの気持ちと、王宮と屋敷を忙しなく行き来する彼の健康と安全を祈って……。
「ロゼリア! 今日こそあなたを追い出してやるんだから!」
「こんにちは、ロゼリア」
「ラヴィニア、ルキーノ、いらっしゃい。遊びに来てくれたのね。嬉しいわ」
「ち、違うわよ!」
「ロゼリア。これ、お母様たちから」
「まぁ、美味しそうなクッキー。イルダ、お茶の時に出してくれる? 子どもたちにはホットミルクがいいかしら」
「はい。かしこまりました」
ラヴィニアとルキーノは今度はきちんと両親の許可を得て遊びに来た。
ラヴィニアは未だロゼリアを敵視しているし、ルキーノも表面上落ち着いた素振りを見せているが、本音ではラヴィニアと同じだろう。
だがロゼリアは気にせず、小さな客人をもてなした。
「今日も図書室に行く? それともお庭を案内しましょうか。わたしのお気に入りの場所を案内させて」
「ロゼリア、子どもみたい」
「そんなに嬉しいの?」
子どもであるがゆえに容赦なく、思ったことを素直に二人は口にする。
「ごめんなさい。はしゃいでいるの。こんなふうに、大切な人を招待したことがなかったから」
ロゼリアを嫌う異母姉妹たちからは頻繁に誘われたし、誘うことを強要されたが、どれも楽しいものではなかった。
「ほんと、ロゼリアってば変なの」
でも、とラヴィニアはロゼリアを上目遣いで見ながら、手にそっと触れてきた。
「そこまで言うなら、行ってあげてもよくてよ」
精いっぱい譲歩してあげたと言わんばかりの可愛い顔にロゼリアは笑みを零す。
「ありがとう。ルキーノも、一緒に行ってくれる?」
「べ、別にいいけど」
ロゼリアがありがとうとお礼を言うと、ルキーノは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
ラヴィニアがお喋りなせいか、一緒にいると大人びて見えるが、やはり双子らしくツンケンしている。
「早く行きましょう」
焦れてラヴィニアがロゼリアの手を引く。
「ええ。ルキーノも、行きましょう」
「う、うん」
両手を小さな手で捕まえられて、ロゼリアは温かい気持ちでいっぱいになった。
「――今度、家に遊びに来てもいいわよ」
図書室で絵本を読んだり、庭を散策して、お土産に渡されたクッキーでお茶をしている時、ラヴィニアが不意に言った。
「いいの?」
「ええ。私は立派なレディになるのが目標だから、嫌いな人でも招いてあげるの」
「そう。寛大なのね。……でも、ご両親はわたしに会ってくれるかしら」
眉を下げてロゼリアがそう零せば、二人は顔を見合わせた。
「お父様もお母様も、ロゼリアに会いたがっているよ」
ルキーノの言葉に頷いたラヴィニアが付け加える。
「特にお父様はクラウディオを誑かしたあなたにとても興味があるみたい」
「そうなの?」
誑かした、という言葉に給仕をしていたイルダが鋭い視線を投げかけるが、ラヴィニアは無視して話し続ける。ロゼリアもまぁそういう認識だろうなと気にしなかった。
「そうよ。お父様も私たちと同じくらいクラウディオのことが大好きだもの」
「クラウディオのこと、いつもすごいって褒めるんだよ」
ルキーノがどこか誇らしげな表情で教えてくれる。
「クラウディオってこの国のためにすごいことたくさんしたんでしょう? 英雄だって、みんな褒めてる。ぼくも、将来クラウディオみたいになりたい!」
「ルキーノずるい! 私だって……」
ラヴィニアがしゅんと肩を落とす。女の子である彼女はクラウディオのように軍に入り、剣を握ることは難しいだろう。
落ち込むラヴィニアをどうやって慰めようかとロゼリアが思案していると、ラヴィニアは自分で気持ちを切り替えて顔を上げた。
「ロゼリアは小さい頃、何になりたかった?」
「わたし?」
急な質問に驚くも、この子なりに考えていることがあるのだろうとロゼリアは自分の小さい頃を振り返ってみる。
「そうね……わたしは王女だったから、将来は誰かに嫁ぐだろうと思っていて……自分の国を出ることも、考えていたわね」
「素敵な王子様と結婚できるって夢見ていたの?」
ラヴィニアの無邪気な問いかけにロゼリアは微笑んだ。
「ええ」
「ふぅん。他には何かなかったの?」
「どうだったかしら……もう遠い昔のことだから、あまり覚えていなくて……あ、そうだわ。結婚したら、自分の住む部屋をあの絵本に出てくるようなお城やお屋敷にしようと考えていたの」
たとえ好色な人間と結婚しても、部屋の模様替えくらいは好きにやらせてもらえるだろうと思っていたのだ。
(その後クラウディオと出会って、死ぬ覚悟をしていたのだけれど……)
「クラウディオは王子じゃないから、ロゼリアは別の人と結婚するの?」
クッキーを食べ終えて手持ち無沙汰になったルキーノが口を挟んだ。ロゼリアが答えるより先にラヴィニアが即答した。
「どうしてそうなるのよ!」
「だって、そういうことにならない?」
「じゃあどうしてロゼリアは今クラウディオと一緒に過ごしているのよ。お母様とお父様も、二人は結婚するって言っていたんだから!」
「いきなり怒らないでよ」
「怒ってない! ルキーノが変なこと言うからでしょ」
雰囲気が悪くなりかけ、ロゼリアは仲裁に入る。
「クラウディオは王子ではないけれど、わたしにとっては王子様よ」
「ほら! ロゼリアがそう言っているんだから、クラウディオは王子よ!」
「ええ……」
ラヴィニアの謎に自信ありげな態度にもルキーノは納得できない様子だ。
「クラウディオが全て叶えてくれたの……。だから、彼はわたしの王子様よ」
「……でもロゼリア、この前はクラウディオのこと絵本のお姫様って言ってなかった?」
「ロゼリアからクラウディオの話聞くと、何だか甘いもの食べ過ぎちゃった時みたいな気持ちになるわ」
二人の言葉が耳に入っていない様子で、ロゼリアは窓の外に視線をやった。
(早くクラウディオに会いたい)
クラウディオはロゼリアのためにダイヤモンドの婚約指輪を用意し、入浴する時以外決して外さないよう誓わせた。俺もそうする……とさりげなく付け加えられた言葉には、思わず笑ってしまった。
指輪を見る度にロゼリアはその時のクラウディオを思い返し、指先でそっとダイヤに触れ、魔力を注いでいた。
クラウディオへの気持ちと、王宮と屋敷を忙しなく行き来する彼の健康と安全を祈って……。
「ロゼリア! 今日こそあなたを追い出してやるんだから!」
「こんにちは、ロゼリア」
「ラヴィニア、ルキーノ、いらっしゃい。遊びに来てくれたのね。嬉しいわ」
「ち、違うわよ!」
「ロゼリア。これ、お母様たちから」
「まぁ、美味しそうなクッキー。イルダ、お茶の時に出してくれる? 子どもたちにはホットミルクがいいかしら」
「はい。かしこまりました」
ラヴィニアとルキーノは今度はきちんと両親の許可を得て遊びに来た。
ラヴィニアは未だロゼリアを敵視しているし、ルキーノも表面上落ち着いた素振りを見せているが、本音ではラヴィニアと同じだろう。
だがロゼリアは気にせず、小さな客人をもてなした。
「今日も図書室に行く? それともお庭を案内しましょうか。わたしのお気に入りの場所を案内させて」
「ロゼリア、子どもみたい」
「そんなに嬉しいの?」
子どもであるがゆえに容赦なく、思ったことを素直に二人は口にする。
「ごめんなさい。はしゃいでいるの。こんなふうに、大切な人を招待したことがなかったから」
ロゼリアを嫌う異母姉妹たちからは頻繁に誘われたし、誘うことを強要されたが、どれも楽しいものではなかった。
「ほんと、ロゼリアってば変なの」
でも、とラヴィニアはロゼリアを上目遣いで見ながら、手にそっと触れてきた。
「そこまで言うなら、行ってあげてもよくてよ」
精いっぱい譲歩してあげたと言わんばかりの可愛い顔にロゼリアは笑みを零す。
「ありがとう。ルキーノも、一緒に行ってくれる?」
「べ、別にいいけど」
ロゼリアがありがとうとお礼を言うと、ルキーノは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
ラヴィニアがお喋りなせいか、一緒にいると大人びて見えるが、やはり双子らしくツンケンしている。
「早く行きましょう」
焦れてラヴィニアがロゼリアの手を引く。
「ええ。ルキーノも、行きましょう」
「う、うん」
両手を小さな手で捕まえられて、ロゼリアは温かい気持ちでいっぱいになった。
「――今度、家に遊びに来てもいいわよ」
図書室で絵本を読んだり、庭を散策して、お土産に渡されたクッキーでお茶をしている時、ラヴィニアが不意に言った。
「いいの?」
「ええ。私は立派なレディになるのが目標だから、嫌いな人でも招いてあげるの」
「そう。寛大なのね。……でも、ご両親はわたしに会ってくれるかしら」
眉を下げてロゼリアがそう零せば、二人は顔を見合わせた。
「お父様もお母様も、ロゼリアに会いたがっているよ」
ルキーノの言葉に頷いたラヴィニアが付け加える。
「特にお父様はクラウディオを誑かしたあなたにとても興味があるみたい」
「そうなの?」
誑かした、という言葉に給仕をしていたイルダが鋭い視線を投げかけるが、ラヴィニアは無視して話し続ける。ロゼリアもまぁそういう認識だろうなと気にしなかった。
「そうよ。お父様も私たちと同じくらいクラウディオのことが大好きだもの」
「クラウディオのこと、いつもすごいって褒めるんだよ」
ルキーノがどこか誇らしげな表情で教えてくれる。
「クラウディオってこの国のためにすごいことたくさんしたんでしょう? 英雄だって、みんな褒めてる。ぼくも、将来クラウディオみたいになりたい!」
「ルキーノずるい! 私だって……」
ラヴィニアがしゅんと肩を落とす。女の子である彼女はクラウディオのように軍に入り、剣を握ることは難しいだろう。
落ち込むラヴィニアをどうやって慰めようかとロゼリアが思案していると、ラヴィニアは自分で気持ちを切り替えて顔を上げた。
「ロゼリアは小さい頃、何になりたかった?」
「わたし?」
急な質問に驚くも、この子なりに考えていることがあるのだろうとロゼリアは自分の小さい頃を振り返ってみる。
「そうね……わたしは王女だったから、将来は誰かに嫁ぐだろうと思っていて……自分の国を出ることも、考えていたわね」
「素敵な王子様と結婚できるって夢見ていたの?」
ラヴィニアの無邪気な問いかけにロゼリアは微笑んだ。
「ええ」
「ふぅん。他には何かなかったの?」
「どうだったかしら……もう遠い昔のことだから、あまり覚えていなくて……あ、そうだわ。結婚したら、自分の住む部屋をあの絵本に出てくるようなお城やお屋敷にしようと考えていたの」
たとえ好色な人間と結婚しても、部屋の模様替えくらいは好きにやらせてもらえるだろうと思っていたのだ。
(その後クラウディオと出会って、死ぬ覚悟をしていたのだけれど……)
「クラウディオは王子じゃないから、ロゼリアは別の人と結婚するの?」
クッキーを食べ終えて手持ち無沙汰になったルキーノが口を挟んだ。ロゼリアが答えるより先にラヴィニアが即答した。
「どうしてそうなるのよ!」
「だって、そういうことにならない?」
「じゃあどうしてロゼリアは今クラウディオと一緒に過ごしているのよ。お母様とお父様も、二人は結婚するって言っていたんだから!」
「いきなり怒らないでよ」
「怒ってない! ルキーノが変なこと言うからでしょ」
雰囲気が悪くなりかけ、ロゼリアは仲裁に入る。
「クラウディオは王子ではないけれど、わたしにとっては王子様よ」
「ほら! ロゼリアがそう言っているんだから、クラウディオは王子よ!」
「ええ……」
ラヴィニアの謎に自信ありげな態度にもルキーノは納得できない様子だ。
「クラウディオが全て叶えてくれたの……。だから、彼はわたしの王子様よ」
「……でもロゼリア、この前はクラウディオのこと絵本のお姫様って言ってなかった?」
「ロゼリアからクラウディオの話聞くと、何だか甘いもの食べ過ぎちゃった時みたいな気持ちになるわ」
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