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七
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そのときと同じ道を、今里絵は走っている。
あのとき止まってしまった刻は、まだ進んでいない。
葉が落ちて、寂しくなった桜の木に登って、泣いたあのときと、何も変わっていない。
今は満開の桜だ。
人もたくさん花見に来ている。
城下でも指折りの桜の名所だった。
あのとき登って泣いた木の根元に着いた。
高台になっていて、城下が見下ろせる。
一番高いところにある木だ。
道から外れているために、花見の人もここまでは登って来ず、ちらほら見かける程度で、静かだった。
散り始めている桜は、見惚れるほどに綺麗だ。
木に登って間近で見る花は、地上で見るものと同じではない。
地上ではすましているようだが、木の上では、一輪一輪がよく見え、親しげに語りかけてくるようだ。
「今年も綺麗だね」
そう桜に語りかけて、一年で一番美しい姿を褒めた。
「そこにいるのは誰だ?」
突然木の下で声が聞こえた。
「どうした? 木の上に人がいるのか?」
その声に、何人かが集まってくる。
家中の若侍たちのようだ。
ここまで花見に来るなんて、今まで遭遇したことなかったのに、もっと気を配るべきだったと悔やんだ。
が、見逃してはくれないようだ。
頭上に人がいるのが気に食わないようで、降りてこい、と騒がしい。
「まだ子供だろう。手荒な真似はするなよ」
家中の侍たちとは、争うなと、きつく戒められている。
道場に、どんな無理難題をふっかけてくるかわからないからだ。
身分の低い者を見下し、いたぶることになんの躊躇もない輩だ。
どうしよう・・・。
逡巡している間にも、何事かと仲間の侍が集まってくる。
仕方がない。
里絵は、枝から飛び降り、そのまま地面に膝をつき、頭を垂れる。
「申し訳ございません。どうか、お許しを」
「どこの家の者か?」
「・・・」
ためらっていると、いきなり肩を蹴られて、仰向かされた。
「おいおい、まだ子供だろう」
乱暴をいさめる言葉が聞こえるが、それも面白がっているようにしか聞こえない。
男装の里絵は、並の男子よりも背が低く、声も高いので子供に見られる。
体も細く、華奢なこともある。
「どこの家の者かと聞いている!」
居丈高な若侍の態度に、むっとしながらも、両手をついて、頭を下げる姿勢をとる。
「大月、源兵衛・・・」
「なに? 大月? ・・・織姫道場か」
若侍たちから笑いが起こった。
「鬼姫が婿をとったらしいな。道場破りに負けて、その男のものになったとか」
「棒っきれ振り回すよりも、咥え込む方がいいってな」
「あっちの方も相当なものかもな」
「試してみたいもんだ」
下卑た笑いが無情に響いた。
血が逆流するような、抑え難い激情が湧き上がる。
「とすると、おまえは鬼姫の妹か。跡取りがいないんだったな」
落ちた花びらが混じる腐葉土を握りしめて堪えている里絵だったが、襟が掴まれて引き起こされた。
「男にしか見えんぞ」
有無を言わせず胸元がはだけられる。
「きゃっ!」
「いや、やはり女子か」
男の腕を振り解き、後ろに下がる。
からかわれている。
晒しで胸元を巻いているが、恥ずかしさと怒りで頭に血がのぼった。
思わず腰を引き、刀の柄に手をかけた。
「おのれ!これ以上愚弄すると許さない」
「なに? 抜く気か?」
「抜いたらどうなるか、わかっているんだろうな」
「抜いてみろよ」
お咎めを受けるか、返り討ちにあっても文句は言えない。
命を賭ける行為だ。
「油断するなよ。子供でも鬼姫の妹だからな」
「真剣で立ち会ったことがあるのか?」
「そいつは竹光だったりしてな」
嘲笑はなおも続く。
体が震える。
それは、抜いてはならないと抑止する思いと、このまま言われっぱなしは嫌だ、一人か二人は斬れるという思いがせめぎ合っているからだ。
「おおっ、抜いたのか」
このまま死んでもいいと思ったら、抜けた。
「道連れにしてやる!」
どこへぶつけていいかわからない、溜まりに溜まった、姉や結城への不満や憤り、己の不甲斐なさに対する怒りが噴出しようとしていた。
あのとき止まってしまった刻は、まだ進んでいない。
葉が落ちて、寂しくなった桜の木に登って、泣いたあのときと、何も変わっていない。
今は満開の桜だ。
人もたくさん花見に来ている。
城下でも指折りの桜の名所だった。
あのとき登って泣いた木の根元に着いた。
高台になっていて、城下が見下ろせる。
一番高いところにある木だ。
道から外れているために、花見の人もここまでは登って来ず、ちらほら見かける程度で、静かだった。
散り始めている桜は、見惚れるほどに綺麗だ。
木に登って間近で見る花は、地上で見るものと同じではない。
地上ではすましているようだが、木の上では、一輪一輪がよく見え、親しげに語りかけてくるようだ。
「今年も綺麗だね」
そう桜に語りかけて、一年で一番美しい姿を褒めた。
「そこにいるのは誰だ?」
突然木の下で声が聞こえた。
「どうした? 木の上に人がいるのか?」
その声に、何人かが集まってくる。
家中の若侍たちのようだ。
ここまで花見に来るなんて、今まで遭遇したことなかったのに、もっと気を配るべきだったと悔やんだ。
が、見逃してはくれないようだ。
頭上に人がいるのが気に食わないようで、降りてこい、と騒がしい。
「まだ子供だろう。手荒な真似はするなよ」
家中の侍たちとは、争うなと、きつく戒められている。
道場に、どんな無理難題をふっかけてくるかわからないからだ。
身分の低い者を見下し、いたぶることになんの躊躇もない輩だ。
どうしよう・・・。
逡巡している間にも、何事かと仲間の侍が集まってくる。
仕方がない。
里絵は、枝から飛び降り、そのまま地面に膝をつき、頭を垂れる。
「申し訳ございません。どうか、お許しを」
「どこの家の者か?」
「・・・」
ためらっていると、いきなり肩を蹴られて、仰向かされた。
「おいおい、まだ子供だろう」
乱暴をいさめる言葉が聞こえるが、それも面白がっているようにしか聞こえない。
男装の里絵は、並の男子よりも背が低く、声も高いので子供に見られる。
体も細く、華奢なこともある。
「どこの家の者かと聞いている!」
居丈高な若侍の態度に、むっとしながらも、両手をついて、頭を下げる姿勢をとる。
「大月、源兵衛・・・」
「なに? 大月? ・・・織姫道場か」
若侍たちから笑いが起こった。
「鬼姫が婿をとったらしいな。道場破りに負けて、その男のものになったとか」
「棒っきれ振り回すよりも、咥え込む方がいいってな」
「あっちの方も相当なものかもな」
「試してみたいもんだ」
下卑た笑いが無情に響いた。
血が逆流するような、抑え難い激情が湧き上がる。
「とすると、おまえは鬼姫の妹か。跡取りがいないんだったな」
落ちた花びらが混じる腐葉土を握りしめて堪えている里絵だったが、襟が掴まれて引き起こされた。
「男にしか見えんぞ」
有無を言わせず胸元がはだけられる。
「きゃっ!」
「いや、やはり女子か」
男の腕を振り解き、後ろに下がる。
からかわれている。
晒しで胸元を巻いているが、恥ずかしさと怒りで頭に血がのぼった。
思わず腰を引き、刀の柄に手をかけた。
「おのれ!これ以上愚弄すると許さない」
「なに? 抜く気か?」
「抜いたらどうなるか、わかっているんだろうな」
「抜いてみろよ」
お咎めを受けるか、返り討ちにあっても文句は言えない。
命を賭ける行為だ。
「油断するなよ。子供でも鬼姫の妹だからな」
「真剣で立ち会ったことがあるのか?」
「そいつは竹光だったりしてな」
嘲笑はなおも続く。
体が震える。
それは、抜いてはならないと抑止する思いと、このまま言われっぱなしは嫌だ、一人か二人は斬れるという思いがせめぎ合っているからだ。
「おおっ、抜いたのか」
このまま死んでもいいと思ったら、抜けた。
「道連れにしてやる!」
どこへぶつけていいかわからない、溜まりに溜まった、姉や結城への不満や憤り、己の不甲斐なさに対する怒りが噴出しようとしていた。
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