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第一章:神の暇つぶし
外伝ー陽葵の恋①
しおりを挟むピピ……ピピ……。
起床の時間を知らせる合図が鳴り、当時十二歳の陽葵が目を覚ます。
陽葵は目覚まし時計の音を消しつつ朝の六時を確認すると、欠伸を漏らしながらベッドから出た。
目を擦る陽葵はパジャマから可愛らしいフリルの付いたワンピースへと着替え、靴下を履く。
着替え終わった陽葵はショートの髪を櫛で整えると、パンパンに詰め込まれたカバンを両手に、自分の部屋から下の階のリビングへと向かった。
リビングに着くと、玄関に名前の印が付いているピンク色の小さなスーツケースが立ててあり、陽葵はそれを尻目にリビングに居る両親へと挨拶をする。
「パパ、ママ、おはよう」
「陽葵、おはよう」
「あぁ……おはよう、陽葵」
陽葵が挨拶をすると、料理を食卓に並べているママと、シャツ姿でコーヒーを飲んでいるパパが返事をくれる。
パパがコーヒーをもう一飲みし、格好を整えて荷物を持っている陽葵を見ると、昔を懐かしむ様に話し出す。
「陽葵はやっぱり、ちゃんとしてて偉いなぁ……僕なんて修学旅行の日に寝坊して置いて行かれかけたし、和真も颯太も寝坊して大変だったもんなぁ……」
「ふふっ……確かにそうねぇ。特に颯太なんて、忘れ物しかけたものね」
陽葵には兄が二人おり、一番上の兄が当時16歳の和真、二番目の兄が当時十四歳の颯太だ。
特に颯太は天然で、高橋家の中で一番騒々しい。
そんな兄二人はまだ寝ており、当の本人達がこの話を聴くと、恥ずかしそうに慌てるだろう。
「颯太お兄ちゃんは天然だからなっ!」
「ふふっ、そうね。でも陽葵は、お兄ちゃん達が好きなのよねー?」
「うん!好き!」
陽葵達兄妹は、小さな頃から仲睦まじく、一緒に居ることが多い。
そのため、兄達の口調が移ったのだ。
そんな、兄二人っぽい口調をする陽葵に、ママが揶揄うように聞くと、陽葵は恥ずかしげも無く即答した。
「えっ!じゃ、じゃあパパは!?」
「パパも好き!」
好き!と即答される息子に嫉妬したのかパパも陽葵に聞くがこれにも即答で、最愛の宝に可愛らしく微笑んで貰ったパパは陽葵に抱きつく。
「うぅぅぅぅぅ……最近、和真も颯太もママも言ってくれないからあああ!!そんなこと言ってくれる陽葵は僕の天使だよおおおおおおお!!!おーん!おんおんおん……」
「はいはい。アナタ、愛してるわ」
「……ママッ!?」
陽葵が涙をシャツに染み込ませているパパを宥めていたら三十中盤の両親が見つめ合い始めたので、椅子に座って朝ご飯を食べ始める。
「朝ご飯食べるね?」
「うん。召し上がれ」
「いただきまーす!」
両手を合わせ料理の糧になった命とそれを作ってくれた人に感謝し、朝ご飯を食べる。
朝ご飯は目玉焼きとウインナーにサラダ、それに味噌汁と白米だ。
陽葵が朝ご飯を食べていると、両親も朝ご飯を食べ始めたり、寝惚けた兄二人が起きて来たりした。
あと少しで朝ご飯を食べ終える陽葵に、一番上の兄、和真が眠そうにしながら話しかけてくる。
「ふぁー……ねむ。そーいや陽葵。今日、修学旅行なんだろ?」
「そうだよ?」
「楽しんで来いよ」
「うんっ!」
陽葵の頭にポンッと手を載せ、にへらと微笑む和真。
その姿は兄そのもので、陽葵にとっての自慢の兄だ。
そんなことを陽葵が思っていると、颯太が二人の間を割って入ってきた。
「なぁなぁ、お土産も頼むぜ?」
「ふーん?そんなこと言う颯太お兄ちゃんには買ってあげないっ!」
「えぇーっ!?そんなー……」
「あははは!そんなこと言うからだぞ、颯太?」
「…………ごちそう様でした」
ぷいっ!と颯太からそっぽを向くと、颯太は分かりやすく落ち込み、そんな颯太の頭をポンポンと叩きながら和真は笑った。
その様子を見ながら陽葵は朝ご飯を食べ終わると、手を合わせて感謝を示し、何やら騒いでいる二人を尻目に食器を片付ける。
「ママ、そろそろ行こー」
「そうね。そろそろ時間ね」
「先に玄関にいるね」
「はーい」
時計を見たママは、少し残ってる自分の料理を急いで平らげ、食器を片付けた。
カバンを床に置いて待っていると、ママはスーツケースをゴロゴロと引きずって来る。
「お待たせぇ。それじゃあ行こっか」
「はーい」
陽葵が玄関の扉を開け外に出ると、リビングの方から声が聞こえてくる。
「陽葵、気をつけて行ってらっしゃい」
少し寂しそうな、それでいて安心するパパの声。
「楽しんでこいよ!」
爽やかとした、それでいて明るい和真の声。
「思い出話聞かせろよー?」
賑やかとした、それでいて元気の出る颯太の声。
「行ってきます!お土産楽しみにしててね!」
陽葵は三人に手を振って、家を背にした。
ママが玄関の扉を閉める隙に、ガッツポーズしながら「やったぁ!」とはしゃぐ兄の姿が見え、そんな兄を微笑ましく思った陽葵はくすりと笑う。
ゴロゴロ……ゴロゴロ……。
スーツケースを引きずる音だけが響き、清々しい程の蒼を孕む夏の日差しに晒されながら、二人は歩いて行く。
「あっつ……」
「暑いの?ちょっと待ってね……」
「どうしたの?」
「はい、これ。可愛いでしょ?」
右手でパタパタと顔を扇ぐ陽葵に、ママは向日葵の造花が付いてる麦わら帽子を渡した。
「かわいい……ママ、ありがと!」
「なら良かったわ。暑い時はそれを被りなさいね?」
「うん!」
子どもらしい笑みを浮かべながら麦わら帽子を被る陽葵を、ママは微笑ましそうに見ていた。
暫くして学校に着くと、何人かの生徒と保護者、若い先生が校庭に居る。
学校は比較的新しく、校庭には桜の木やブランコなどの遊具が相当数あり、いつも休み時間になると遊びに来るのだ。
皆と合流した陽葵は友達と、ママは先生や保護者と挨拶をする。
「樹、綾華、おはよー!!」
「「おはよー!」」
二人で話していた当時十一歳の樹と綾華に陽葵が挨拶をすると、二人揃って元気よく返した。
しかし、そこには二人しか居なく、陽葵が辺りを見渡しても蒼がどこにも居ない。
「ねぇ二人共、蒼はまだなの?」
「まだだよー」
「まぁ、いつもの事じゃない?」
「たしかに!」
蒼はいつも学校にギリギリで来るので、いつもの事と言えばいつもの事だった。
その事実に「蒼だもんね」と三人は、声高らかに笑う。
笑いが落ち着くと、ハッ!とした樹が陽葵にコソコソと話だす。
「そういえばさ、陽葵。あれ、持って来た?」
「あれ、だろ?持って来たぜ」
「ふふふ……皆であれするの楽しみね」
「な!めっちゃ楽しみぃ」
「あれ」という隠語をコソコソと連呼する三人は、待ちきれないと言わんばかりに笑顔を浮かべていた。
暫く三人で修学旅行についての話をしていると、蒼が蒼のママと二人で三人の元へと来る。
「三人共、おはよう!」
「「「おはよー!」」」
手を振りながら走ってくる蒼の後ろを、微笑ましそうに笑っている蒼のママがゆっくりと歩いて来て、穏やかな口調で三人に話しかける。
「陽葵ちゃん、樹君、綾華ちゃん、おはよう」
「「「おはようございます!」」」
「元気でよろしい!三人共、蒼のこと宜しく頼むわねぇ」
「母さん……そういうの大丈夫だよぉ……」
三人に対して蒼のことを頼むという蒼のママに、蒼が少し恥ずかしそうにするものだから、三人はニヤリと下劣な笑みを浮かべる。
「蒼のことは、あたし達に任せてください!」
「私達が面倒を見るので安心してください!」
「はい!僕がしっかりリードするので大丈夫です!」
「お、お前らぁ……?」
「あらぁ。それなら安心ね!」
「「「はいっ!」」」
「それじゃあ宜しくね!楽しんでらっしゃい」
四人で蒼のことを弄ったからか、当の本人はゲッソリとしている。
そんな蒼を見て笑うと蒼のママは、陽葵達のママが話している所に行った。
近くに大人が居なくなった四人は円形に囲い、コソコソと話を始める。
「なぁお前ら、とあれ持って来たか?」
「ちゃんと持ってきたわよ」
「僕も」
「あたしも」
「夜が楽しみだな」
「「「「ふっふっふっふっ……」」」」
四人の不気味な笑い声が校庭中に木霊した。
それを他のクラスメイトは「またやってるよ」と、呆れながらもどこか楽しげに笑う。
それからの四人は、他のクラスメイトや先生と話して時間を潰し、その時を待っていた。
学校の時計が朝の七時半を示す頃、先生の号令にて整列を行う。
整列をした生徒の前に出た校長先生が生徒や保護者、引率の先生に挨拶をする。
「皆さん、おはようございます」
『おはようございます!!』
「元気がよくて何よりです。子どもは元気過ぎる位が丁度いい」
元気な声で返事をする総勢八十人の生徒に校長先生は、和やかな笑みを浮かべた。
それは校長先生が子ども好きで、尚且つ修学旅行が楽しみで仕方がない生徒への慈しみの心があるからだろう。
「さて、これから生徒の皆さんには、一組と二組のクラス別でバスに乗って貰います。席順は前日にクラスで決めていると思いますが、はしゃぎ過ぎて酔わない様にしてくださいね。もし気持ち悪くなった人が居たら、直ぐに近くの友達や引率の先生に知らせるようにしましょう。自分がバスを汚すのは本望じゃないでしょう?先生方もですよ?」
まさか注意が来るとは思わなかった先生達は、くすりと笑い「えぇ。分かりました」と楽しげにのる。
「そうですか。校長という立場の私は生徒だけでなく、先生方を守るのも責務の一環なのです。先生方も生徒達と一緒に楽しんで来てくださいね」
『はーい!』
楽しげに、校長先生に返事をする先生。
校長先生はそんな先生達に微笑むと、保護者の方を見て話を再開した。
「保護者の皆様。愛する子どもが自分の手の届かない所に行ってしまうのが不安で仕方がないのは、孫が三人いる私にも身に染みて分かります。そして、少し子どもっぽい先生方にも……」
『えぇーっ!?』
急に自分達に飛び火してきた校長先生に、若い引率の先生達は驚きを隠せないでおり、その様子を見た保護者達はくすりと笑う。
「冗談ですよ冗談。それで先程の続きですが、さぞ不安しておられる保護者の皆様に一言」
少しいじけてる先生達に冗談だと笑う校長先生が話を続けると、人差し指を一本立てて保護者に問う。
「成長した我が子を見たくはありませんか?修学旅行とは親の元を離れて生徒同士で過ごし、絆や協調性を育む大事なイベントなのです。思い出してみてください。友達と楽しく遊び、学んだ朝。初めて、友達と一緒にご飯を作った昼。覗きがバレて先生に怒られたり、夜更かしをして枕投げをした夜。勿論、楽しいことばかりじゃなく、悲しい思い、大変な思いをしたかも知れません。ですが、そのどれもが掛け替えの無い思い出で、自分を成長させてくれた経験だと思います。ならば、愛する我が子が無事成長して帰ってくることを信じてあげてください。大丈夫です。ここに居る先生達が命懸けで、今、この瞬間から芽吹こうとしている、未来の大樹達を守ります!」
短いようで長い校長先生の話は、確かに保護者達の心を掴んだ。
校長先生の話を聞いて「楽しかったなぁ……」と懐かしむ者、「大人になるのね……」と感慨深くなる者など、それぞれがそれぞれの我が子に対する思いを募らせた。
そして、話を終えた校長先生が礼をすると校庭中に拍手が響き渡り、校長先生は少し照れくさそうにしながら、引率の先生へとバトンタッチする。
「さて、それじゃあ荷物をバスに詰めましょう。恐れ多いですが保護者の皆様、荷物をバスに詰め込むのを手伝って貰えないでしょうか?」
そう言い生徒と保護者を先生がバスに導くと、生徒は各々の席に座り、保護者はネームタグの付いたスーツケースを順番に詰め込み、先生は保護者が来なかった生徒のスーツケースを詰め込んだ。
バスの中は生徒達の会話で賑わっており、荷物を詰め込み終えた保護者は我が子が乗っているバスを見ている。
「それじゃあ修学旅行に出発しますよー!」
『はーい!』
出発の合図を聞いた生徒は先生に返事をし、バスの窓からそれぞれの保護者を見ては笑顔で手を振り、それに保護者達も笑顔で手を振り返した。
『行ってきまーす!』
『行ってらっしゃーい!』
修学旅行のバス二台は、保護者達に見守られて出発することとなった。
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