【本編完結】王女殿下の華麗なる「ざまぁ」【番外編更新中】

ばぅ

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第七章:卒業パーティ

卒業パーティ(7)

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――ゴオッ!



 刃から放たれた炎が弧を描きながら、エレノアへと向かっていく。



 周囲の貴族たちが悲鳴を上げ、後ずさる。パーティ会場の華やかな雰囲気は一瞬にして張り詰めたものへと変わった。



 エレノアは反射的に身を引こうとした――だが、その時だった。



「……っ!」



 視界が黒い影に覆われる。



バチィッ――!



 鋭い音とともに、炎の魔法がかき消えた。



「……間に合ったな」



 低く、落ち着いた声が響く。



「セドリック……!」



 エレノアが思わず彼の名を呼ぶ。



 セドリックが、彼女を庇うように前に立っていた。



 彼の手には、魔道具である公爵家のカフスボタンが握られていた。しかし、ヴァニエルの魔法を受け止めた瞬間、その表面がひび割れ、ボロボロと崩れ落ちていく。



「……これで防げたか。念のため、父さんから借りておいてよかった」



 セドリックは崩れた魔道具の破片を見下ろし、わずかに眉を寄せた。



「怪我はないか?」



「ええ……大丈夫です」



 エレノアは落ち着いた声で答えると、セドリックの顔を見上げた。彼の金色の瞳は、心配そうにこちらを見つめている。



「セドリック様こそ、大丈夫ですか?」



「俺は問題ない」



 セドリックはあっさりと答えたが、もう一度手元を見下ろした。崩れた魔道具は、護身用のものであり、それなりにしっかりした作りだったはずだ。ヴァニエルの魔法が特別強力だったわけではないが、魔道具が一撃で壊れるとは予想外だった。



「……無駄に派手な魔法を使うな」



 セドリックは静かにヴァニエルを見やった。その瞳には冷ややかな怒りが宿っている。



 一方、ヴァニエルは剣を握る手に力を込め、悔しそうに歯を噛みしめていた。思い通りにならない状況に苛立ちを募らせているのが明白だった。



「チッ……」



 舌打ちが聞こえた。



 エレノアは、燃え盛る炎の余韻がまだ空気の中に残るのを感じながら、一歩前に進み出た。セドリックの背を借りることなく、自らヴァニエルを正面から見据える。



「……貴方、何をしたかお分かりで?」



 静かだが、冷たい声だった。ヴァニエルの眉がピクリと動く。



「こんな華やかな場で、攻撃魔法を使うなんて。貴族としての品位を欠くどころか、騎士としても失格ですわね」



 周囲の貴族たちも、同様にヴァニエルを非難する視線を向けていた。卒業パーティという祝宴の場で、しかも貴婦人に対して剣を向けたとなれば、それがどれほどの大問題か、誰にでも分かることだった。



 だが、ヴァニエルは恥じるどころか、逆に嘲るように鼻で笑った。



「失格?違うな、これは正当な裁きだ」



「正当……?」



 エレノアは小さく息をつき、首を傾げた。



「部不相応に不敬罪を働いた平民には、それに見合う罰が必要だろう。これは俺が貴族として、そして時期準王族として果たすべき役目だ」



 ヴァニエルは誇らしげに言い放つ。



「お前のような平民が、貴族でもない身で貴族社会に入り込み、偉そうに口を挟むこと自体が間違いなんだよ」



 彼の取り巻きたちは、しかしながらその言葉に同調するどころか、ヴァニエルの暴走に不安げな表情を浮かべていた。ここまでやるつもりではなかったのだろう。



 エレノアはそんなヴァニエルを見て、ほんの少し哀れに思いながらも、淡々と言葉を返した。



「……王女殿下のための剣、ですわよね?」



「そうだ。それがどうした」



「その王女殿下が、こんなことを承服できると思いまして?」



 ヴァニエルの表情がピクリと引きつる。



「何?」



「よりによって、王家に仕えると言いながら、王女殿下の名のもとに、こんな無様な騒ぎを起こすなんて……。とんだ忠義者ですわね」



 ヴァニエルの顔が見る見るうちに赤くなる。



「貴様、また王女殿下を引き合いに出すか!」



 逆上したヴァニエルは、怒りを抑えきれず剣を握り直した。



「王女殿下と私、そんなに差はありませんもの」



 エレノアは少しだけ唇の端を持ち上げ、まるで取るに足らないことでも言うかのようにそう告げた。



 ヴァニエルの顔が、真っ赤から今度は青ざめるほどの変化を見せた。



「――貴様、不敬にも程がある!!!」



 ヴァニエルは完全に我を忘れ、再び剣を振り上げる。



 だが、次の瞬間、高らかに鳴り響くトランペットの音が、会場を包んだ。



 騒然としていた場が、一瞬で静まり返る。



「――陛下の御前で、その無様な姿、晒すつもり?」



 エレノアの言葉に、ヴァニエルの顔が強張る。



 王の入場を知らせる音――それが意味することを、ヴァニエルも理解していた。
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