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第七章:卒業パーティ
卒業パーティ(8)
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トランペットの音が高らかに響き渡った後、それまでざわめいていた会場が一瞬で静まり返った。
扉がゆっくりと開かれ、重厚な赤い絨毯の上を堂々とした足取りで国王陛下が進む。深い緋色の王服をまとい、堂々たる威厳を放つその姿に、会場の貴族たちは一斉に跪いた。
ヴァニエルも、険しい顔をしながらも膝をつき、礼を取る。エレノアはセドリックの隣で静かに膝を折り、国王を見上げた。
「顔を上げよ」
国王陛下の低く響く声が、広い会場に静かに響く。
貴族たちは一斉に顔を上げた。その視線の先で、国王は穏やかに微笑んでいた。
「本日は、諸君の卒業を祝うために参上した。ここに集う者たちは、学び舎での時間を経て、多くの知識と経験を積み、それぞれの道へと進むこととなる。これからの人生において、その学びが実を結ぶことを期待している」
国王はゆっくりと視線を巡らせ、壇上から会場全体を見渡す。
「さて――すでに噂になっていることではあるが」
国王の言葉に、会場の空気が一段と引き締まる。
「実は、我が子もこの学び舎を卒業する」
静寂が、会場を支配した。
その場にいたほぼ全員が、ある程度の噂は耳にしていた。それでも、王自らがこうして公式に言及したことで、その言葉の重みが一気に増す。
「在学中は身分を伏せていたが――それでも、仲良くしてくれたことに感謝する。また、事前に知らせがあった通り、王家の将来について、一つ発表をさせて欲しい」
国王が穏やかに言葉を紡ぐと、貴族たちの間で小さなどよめきが起こった。ヴァニエルは取り巻きたちと視線を送り合い、笑みを浮かべながら静かに盛り上がる。
誰もが固唾を飲んで見守る中、国王はゆっくりと名前を呼んだ。
「ノエル・ウィンチェスター」
その瞬間、会場の空気が凍りついたかのように張り詰めた。
人々の視線が、一斉に会場の一角へと向けられる。
そこに立っていたのは、ノエルだった。
ふわりと揺れる銀色のドレスに、キャサリンとお揃いの装飾。髪には繊細な髪飾りが光り、端整な顔立ちは、これまでのどんな夜会でも変わらぬ気品を帯びている。
ゆっくりと壇上へと歩みを進めるノエルの足取りは、普段と変わらず優雅で、堂々としていた。
壇上へと上がる途中で、彼女はセドリックと目が合い、少し申し訳なさそうな顔をする。
セドリックはノエルの視線を受け、静かに頷いた。
――おそらく、ノエルは先ほどの騒ぎを聞きつけ、助けに向かう最中だったのだろう。大勢の生徒たちの間をすり抜けながらも、駆けつけようとしてくれた。その事実に、セドリックは感謝の意を込めて視線を送った。
ノエルはそれを受け取ったのか、わずかに目を伏せ、次の瞬間には王族としての顔をして壇上に立った。
彼女は、堂々とした態度で壇上から会場を見下ろし、まるで最初からそこに立つべき存在だったかのように、人々の視線を受け止めた。
国王がノエルに向けた視線をゆっくりと外し、再び会場全体を見渡した。そして、一拍の静寂の後に、再び口を開いた。
「……そして、エレノア・ハモンド」
その瞬間、会場全体が揺れるようなざわめきに包まれた。
先ほど、ノエルの名が呼ばれた時の比ではない。
「エレノア?」
「まさか、あの平民の……?なぜ彼女の名が呼ばれるのだ?!」
「だが、名が呼ばれるということは、彼女も王家の子ということになるぞ…」
「どういうことだ……王家の子は、双子だったということか!?」
ざわつきは瞬く間に広がり、会場の至るところで動揺の声が上がる。
当然だった。
ノエルが王族であることは、すでに噂になっており、正式に発表されるだろうと考えた者も多かった。しかし――エレノアは違う。
誰も、彼女を王族として認識していなかった。
貴族たちの中には、彼女のことを「平民のくせに」と馬鹿にしていた者たちもいた。その者たちは今、血の気が引いた顔で震えている。
彼らは思い返す。
数々の夜会でエレノアを見下し、冷たい視線を向けたことを。
社交界で彼女を相手にすらしなかったことを。
平民が分を弁えずに貴族と同じ学び舎に通っていることを嘲笑ったことを。
――その「平民」こそが、王族であったと知らずに。
「嘘、だろ……?」
「そんな……」
崩れ落ちそうなほど動揺する貴族たちを余所に、国王の視線は静かに壇下のエレノアへと注がれていた。
エレノア自身も、心の準備はしていたつもりだったが、実際に名前を呼ばれると、胸の奥が強く締めつけられるようだった。
そんなエレノアを見つめる一つの視線――セドリック。
彼は、明らかに動揺していた。
彼女の名前が呼ばれた瞬間、彼は思わずエレノアを見つめた。その金色の瞳には驚きと、理解しきれない疑問が浮かんでいる。
エレノアは、申し訳なさそうに小さく微笑み、そっと囁く。
「……言えなくて、ごめんなさい……その、規則で」
その言葉に、セドリックは一瞬目を見開いた。しかし、次の瞬間――
「……いや」
彼は、何も迷うことなくエレノアを強く抱きしめた。
「セ、セドリック……?」
驚くエレノアの髪に頬を寄せ、セドリックは優しく囁く。
「君がどんな身分であっても……君は君だ。そんなことは、最初から決まっている」
――君が、何者であっても。
――どれほどの高貴な血を引いていようとも。
「君を愛している。変わらずに」
その言葉に、エレノアの心は温かくなった。
彼の腕の中にいると、どんなに自分が変わろうとも、ここだけは変わらないのだと思えた。
エレノアはそっとセドリックの胸に額を預ける。
「……ありがとう」
感謝の言葉を呟くと、セドリックは少し微笑み、エレノアの手を取った。
「さあ、行っておいで」
「……うん」
エレノアはセドリックの手にそっと力を込めた。
セドリックは、その手をしっかりと握り返し、静かに歩き出す。
人々が見守る中、彼はエレノアを壇上へと送り届けるように、途中までエスコートした。 そして、彼女が壇へ上がる直前。
セドリックはふと微笑みながら、優しく言う。
「むしろ、色々と納得だよ」
「え?」
「君の聡明さも、品の良さも……妙に王族のようだったからね」
冗談めかした口調だったが、その瞳には深い愛情が宿っている。
エレノアは少しだけ驚いた顔をした後、ふわりと微笑み、ゆっくりと壇上へと歩を進めた。
扉がゆっくりと開かれ、重厚な赤い絨毯の上を堂々とした足取りで国王陛下が進む。深い緋色の王服をまとい、堂々たる威厳を放つその姿に、会場の貴族たちは一斉に跪いた。
ヴァニエルも、険しい顔をしながらも膝をつき、礼を取る。エレノアはセドリックの隣で静かに膝を折り、国王を見上げた。
「顔を上げよ」
国王陛下の低く響く声が、広い会場に静かに響く。
貴族たちは一斉に顔を上げた。その視線の先で、国王は穏やかに微笑んでいた。
「本日は、諸君の卒業を祝うために参上した。ここに集う者たちは、学び舎での時間を経て、多くの知識と経験を積み、それぞれの道へと進むこととなる。これからの人生において、その学びが実を結ぶことを期待している」
国王はゆっくりと視線を巡らせ、壇上から会場全体を見渡す。
「さて――すでに噂になっていることではあるが」
国王の言葉に、会場の空気が一段と引き締まる。
「実は、我が子もこの学び舎を卒業する」
静寂が、会場を支配した。
その場にいたほぼ全員が、ある程度の噂は耳にしていた。それでも、王自らがこうして公式に言及したことで、その言葉の重みが一気に増す。
「在学中は身分を伏せていたが――それでも、仲良くしてくれたことに感謝する。また、事前に知らせがあった通り、王家の将来について、一つ発表をさせて欲しい」
国王が穏やかに言葉を紡ぐと、貴族たちの間で小さなどよめきが起こった。ヴァニエルは取り巻きたちと視線を送り合い、笑みを浮かべながら静かに盛り上がる。
誰もが固唾を飲んで見守る中、国王はゆっくりと名前を呼んだ。
「ノエル・ウィンチェスター」
その瞬間、会場の空気が凍りついたかのように張り詰めた。
人々の視線が、一斉に会場の一角へと向けられる。
そこに立っていたのは、ノエルだった。
ふわりと揺れる銀色のドレスに、キャサリンとお揃いの装飾。髪には繊細な髪飾りが光り、端整な顔立ちは、これまでのどんな夜会でも変わらぬ気品を帯びている。
ゆっくりと壇上へと歩みを進めるノエルの足取りは、普段と変わらず優雅で、堂々としていた。
壇上へと上がる途中で、彼女はセドリックと目が合い、少し申し訳なさそうな顔をする。
セドリックはノエルの視線を受け、静かに頷いた。
――おそらく、ノエルは先ほどの騒ぎを聞きつけ、助けに向かう最中だったのだろう。大勢の生徒たちの間をすり抜けながらも、駆けつけようとしてくれた。その事実に、セドリックは感謝の意を込めて視線を送った。
ノエルはそれを受け取ったのか、わずかに目を伏せ、次の瞬間には王族としての顔をして壇上に立った。
彼女は、堂々とした態度で壇上から会場を見下ろし、まるで最初からそこに立つべき存在だったかのように、人々の視線を受け止めた。
国王がノエルに向けた視線をゆっくりと外し、再び会場全体を見渡した。そして、一拍の静寂の後に、再び口を開いた。
「……そして、エレノア・ハモンド」
その瞬間、会場全体が揺れるようなざわめきに包まれた。
先ほど、ノエルの名が呼ばれた時の比ではない。
「エレノア?」
「まさか、あの平民の……?なぜ彼女の名が呼ばれるのだ?!」
「だが、名が呼ばれるということは、彼女も王家の子ということになるぞ…」
「どういうことだ……王家の子は、双子だったということか!?」
ざわつきは瞬く間に広がり、会場の至るところで動揺の声が上がる。
当然だった。
ノエルが王族であることは、すでに噂になっており、正式に発表されるだろうと考えた者も多かった。しかし――エレノアは違う。
誰も、彼女を王族として認識していなかった。
貴族たちの中には、彼女のことを「平民のくせに」と馬鹿にしていた者たちもいた。その者たちは今、血の気が引いた顔で震えている。
彼らは思い返す。
数々の夜会でエレノアを見下し、冷たい視線を向けたことを。
社交界で彼女を相手にすらしなかったことを。
平民が分を弁えずに貴族と同じ学び舎に通っていることを嘲笑ったことを。
――その「平民」こそが、王族であったと知らずに。
「嘘、だろ……?」
「そんな……」
崩れ落ちそうなほど動揺する貴族たちを余所に、国王の視線は静かに壇下のエレノアへと注がれていた。
エレノア自身も、心の準備はしていたつもりだったが、実際に名前を呼ばれると、胸の奥が強く締めつけられるようだった。
そんなエレノアを見つめる一つの視線――セドリック。
彼は、明らかに動揺していた。
彼女の名前が呼ばれた瞬間、彼は思わずエレノアを見つめた。その金色の瞳には驚きと、理解しきれない疑問が浮かんでいる。
エレノアは、申し訳なさそうに小さく微笑み、そっと囁く。
「……言えなくて、ごめんなさい……その、規則で」
その言葉に、セドリックは一瞬目を見開いた。しかし、次の瞬間――
「……いや」
彼は、何も迷うことなくエレノアを強く抱きしめた。
「セ、セドリック……?」
驚くエレノアの髪に頬を寄せ、セドリックは優しく囁く。
「君がどんな身分であっても……君は君だ。そんなことは、最初から決まっている」
――君が、何者であっても。
――どれほどの高貴な血を引いていようとも。
「君を愛している。変わらずに」
その言葉に、エレノアの心は温かくなった。
彼の腕の中にいると、どんなに自分が変わろうとも、ここだけは変わらないのだと思えた。
エレノアはそっとセドリックの胸に額を預ける。
「……ありがとう」
感謝の言葉を呟くと、セドリックは少し微笑み、エレノアの手を取った。
「さあ、行っておいで」
「……うん」
エレノアはセドリックの手にそっと力を込めた。
セドリックは、その手をしっかりと握り返し、静かに歩き出す。
人々が見守る中、彼はエレノアを壇上へと送り届けるように、途中までエスコートした。 そして、彼女が壇へ上がる直前。
セドリックはふと微笑みながら、優しく言う。
「むしろ、色々と納得だよ」
「え?」
「君の聡明さも、品の良さも……妙に王族のようだったからね」
冗談めかした口調だったが、その瞳には深い愛情が宿っている。
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