【本編完結】王女殿下の華麗なる「ざまぁ」【番外編更新中】

ばぅ

文字の大きさ
32 / 39
第七章:卒業パーティ

卒業パーティ(11)

しおりを挟む
「……王族の一員として、私の方から、説明させていただきますわ」



 エレノアは静かに一歩前へ進み出た。その声は落ち着いていたが、会場に響くようなはっきりとした口調だった。



 ざわつく貴族たちは、王族である彼女が話をすることに一斉に注目する。



「王家がこのような措置を取ったのには、理由があります」



 エレノアは視線を巡らせながら、丁寧に説明を始めた。



「皆様もご存知の通り、王族の子供というものは、生まれた時から数多の思惑にさらされます。味方も多ければ、敵も多い。……そして、王家には過去、幼少の王族が暗殺されかけた事件がありました」



 その言葉に、会場の空気が一気に張り詰める。

 貴族たちの表情がこわばった。王家の暗殺未遂など、重大な事件だ。



「私、エレノアは、王女として狙われる危険性ももちろんありましたが……」



 そう言って、一瞬だけ隣のノエルをちらりと見た。



「しかし、それ以上に危険だったのは、ノエルです」



 再び、どよめきが広がる。



「ノエルは、王太子として生まれました。ゆえに、命を狙われる危険性が格段に多かったのです」



 その事実に、貴族たちは顔を見合わせた。



「そこで王家は考えました。ノエルを、女性として育てるのはどうかと。ノエルが王太子であることを伏せ、女性として学園に通わせれば、敵の目を欺くことができるのではないか、と」



 理解した貴族たちが頷き始める。



「そういうことか……確かに、王家は性別を一切公表しなかったが……」

「だから、出入りの商人の噂は『王女が生まれた』だったんだな」

「では……ノエル殿下は王女ではなく、王太子として、正式に王家を継がれるのか……?」



 そんな囁きがあちこちで交わされる。

 ヴァニエルはそれを聞いてなお、顔を真っ赤にして震えていた。

 エレノアはそんなヴァニエルを一瞥し、ゆっくりと続ける。



「私たち双子は、学園に通う間、お互いに隠れ蓑になりました」



「……隠れ蓑?」



 誰かが反応する。



「ええ。私は特徴的な髪色を染め、ノエルは性別を偽った。それにより、誰も私たちが王族であるとは気づきませんでした」



「確かに……」



「ノエル殿下が王女として振る舞うことで、エレノア殿下が目立つこともなかった……?」



「うまくできていたのだな……」



 貴族たちの納得の声が広がる中――

 ヴァニエルは震える手で金の封筒を握りしめ、必死の形相で叫んだ。



「じゃあ、この封筒は……!? これは王家が俺に送ったものだ!! そうだろう!? 俺に王女を嫁がせると約束した手紙なんだ!!」



 会場が再びざわつく。

 ヴァニエルの言葉が本当ならば、彼は王家との正式な約束を交わしたことになる。

 だが、今の彼の様子を見る限り、それはただの妄執に過ぎないことは明白だった。



 すると、静かに、しかしはっきりとした声が会場に響く。



「……その手紙は、私が送ったものですわ」



 エレノアの一言に、ヴァニエルの顔から血の気が引いていった。



「な、何を……?」



「確かに、王家は貴方を援助しました。それは事実です」



 エレノアはまっすぐヴァニエルを見据え、続ける。



「貴方が魔法剣士としての道を志しながらも、資金の問題に苦しんでいたのを私は知っていました。貴方は何度も『俺には何もない』『何をしても無駄だ』と落ち込んでいたでしょう?」



 ヴァニエルは硬直し、唇を噛んだ。



「だから私は恋人として、貴方を応援したかった。ただ、それだけのこと」



 エレノアの声は、冷静で、それでいてどこか寂しげだった。



「だからこそ、王女としての個人資産から援助を申し出た。それが、その手紙の理由です。貴方が夢を追い続けられるように……と」



 ヴァニエルの瞳が揺れる。



「そ、そんなはずはない......! お前が、俺に……!? いや、俺は確かにこの手紙を王家から受け取ったんだ! それで、俺は……!」



「貴方は驕ったのです」



 混乱するヴァニエルの言葉を遮るように、エレノアは冷ややかに言った。



「援助を受け、魔法剣士としての道を開いたことに満足せず、さらなる高みを望んだ。自分が王女と並び立つにふさわしい存在だと、そう思い込むようになった」



「そ、そんな……!」



「最初は貴方も謙虚でした。感謝していました。しかし、貴方は次第に己の力を誇示し、『俺ならば王女と結ばれるに相応しい』と信じ込んだ」



 ヴァニエルは何かを言い返そうとしたが、エレノアは続ける。



「けれど、貴方は知らなかったのです。貴方が蔑んだ私こそが王女だったことを」



 ヴァニエルは愕然とした。



「まさか……」



「貴方は『王家にふさわしい人間』ならば婚約を結ぶ、と書かれたその手紙を、自分への求婚と勘違いしたのでしょう」



 エレノアは冷たく微笑んだ。



「でも、貴方がしたことを考えてみなさい? 私を罵倒し、侮辱し、手ひどく振った。『平民の分際で』『体を使って稼いだ汚い金』などと、私に向かって。自ら王女に対して不敬を働き、『王家にふさわしい』どころか、国の礎となる資格すら持ち得ないことを証明してしまったのです」



 ヴァニエルの顔が青ざめる。



「嘘だ……俺は、俺は、王女と結婚するはずだったんだ……!」



「そう言えば……」



 エレノアはふと、思い出したように口を開いた。



「その手紙には、契約書が同封されていましたよね?」



 ヴァニエルはハッと息を呑む。



「契約書……?」



「ええ。貴方はしっかり読んでいなかったのかしら? そこにはこう記されていました」



 エレノアはゆっくりと、静かに言い放つ。



「『本契約により、王家より支援金を貸与する。ただし、王女と正式に婚約した場合、その返済は免除とする』と」



 ヴァニエルの血の気が引いていく。



「それが何を意味するか、わかりますか?」



 ヴァニエルは言葉を失い、硬直する。



「貴方は、この契約を『無償の援助』だと勘違いしていたのでしょう。でも、それは“貸与”でした。そして、『王女と正式に婚約した場合』のみ、返済不要となる条件付きだった」



「ま、待て……」



「でも、貴方がしたのは何? 王女である私を侮辱し、蔑み、不敬を働いた。つまり、貴方に残されたのは『婚約』ではなく、『莫大な返済義務』なのです」



 ヴァニエルの唇が震え、次の瞬間、怒り狂ったように叫んだ。



「馬鹿な!! そんなこと、あるわけがない!! 俺は、俺は王家にふさわしいはずだったんだ!! 俺は選ばれし者だったんだ!!!」



 しかし、その叫びに応える者は誰もいなかった。

 ヴァニエルは怒りに任せてエレノアに向かって突進しようとしたが、次の瞬間、警備隊の騎士たちがヴァニエルを取り押さえた。



「放せ!! 俺は王家に認められたんだ!! こんなことで俺の未来が崩れるなんて、許されるはずが――」



「いいえ、許されませんね」



 エレノアは冷ややかにヴァニエルを見下ろした。



「貴方は王族を侮辱し、不敬を働き、さらには学園の場で魔法を用いて暴力を振るいました。責任はしっかりと取っていただきますわ」



 キッパリと言い切ったエレノアの言葉に続き、ノエルも一歩前にでて、厳しい口調で告げる。



「…ついでに、貴殿が送った、魔法具・魔法学コンテスト審査員への贈賄についても、もう調べがついているからね。僕とエレノアで調べたんだ。今頃、お仲間たちは牢屋の中だろうね。話の続きは、後ほど取調室でゆっくり聞かせていただこうか」



「お、俺は……俺は、王女と結婚するはずだったんだ!! こんなこと、あってはならない!!!」



 ヴァニエルの絶叫が響くが、もはや誰も彼に味方する者はいなかった。



「お連れしろ」



 ノエルの一言で、騎士たちはヴァニエルを捕縛し、引きずるようにして会場から連れ出していった。



「や、やめろ!! 離せ!! 俺は、お前たちよりも格上になるんだぞ!! 俺は……俺は選ばれし者だったんだぁぁぁ!!!」



 ヴァニエルの叫びは、次第に遠ざかっていく。

 それを静かに見届けながら、エレノアはそっと息を吐いた。



「これでようやく、幕引きですね」



 そう呟く彼女の表情には、どこか満足げな安堵が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄?ありがとうございます!では、お会計金貨五千万枚になります!

ばぅ
恋愛
「お前とは婚約破棄だ!」 「毎度あり! お会計六千万金貨になります!」 王太子エドワードは、侯爵令嬢クラリスに堂々と婚約破棄を宣言する。 しかし、それは「契約終了」の合図だった。 実は、クラリスは王太子の婚約者を“演じる”契約を結んでいただけ。 彼がサボった公務、放棄した社交、すべてを一人でこなしてきた彼女は、 「では、報酬六千万金貨をお支払いください」と請求書を差し出す。 王太子は蒼白になり、貴族たちは騒然。 さらに、「クラリスにいじめられた」と泣く男爵令嬢に対し、 「当て馬役として追加千金貨ですね?」と冷静に追い打ちをかける。 「婚約破棄? かしこまりました! では、契約終了ですね?」 痛快すぎる契約婚約劇、開幕!

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

伝える前に振られてしまった私の恋

喜楽直人
恋愛
第一部:アーリーンの恋 母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。 第二部:ジュディスの恋 王女がふたりいるフリーゼグリーン王国へ、十年ほど前に友好国となったコベット国から見合いの申し入れがあった。 周囲は皆、美しく愛らしい妹姫リリアーヌへのものだと思ったが、しかしそれは賢しらにも女性だてらに議会へ提案を申し入れるような姉姫ジュディスへのものであった。 「何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」 誰よりもジュディスが一番、この求婚を訝しんでいた。 第三章:王太子の想い 友好国の王子からの求婚を受け入れ、そのまま攫われるようにしてコベット国へ移り住んで一年。 ジュディスはその手を取った選択は正しかったのか、揺れていた。 すれ違う婚約者同士の心が重なる日は来るのか。 コベット国のふたりの王子たちの恋模様

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

双子の姉に聴覚を奪われました。

浅見
恋愛
『あなたが馬鹿なお人よしで本当によかった!』 双子の王女エリシアは、姉ディアナに騙されて聴覚を失い、塔に幽閉されてしまう。 さらに皇太子との婚約も破棄され、あらたな婚約者には姉が選ばれた――はずなのに。 三年後、エリシアを迎えに現れたのは、他ならぬ皇太子その人だった。

気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました

みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。 前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。 同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

処理中です...