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そして私は思い出す
しおりを挟むその日は雷の鳴り響く土砂降りの雨の日だった。
私、リズエッタは森の中を駆け抜けた。
目的もなければ何の意味も無い、幼いながら虚しさと無力さを噛み締め只々森の中をがむしゃらに走り、私は無意識に思い出の場所にたどり着く。そこは私と弟と、祖父との秘密基地。
大きな木の幹にぽっかりと空いた巨大な空間。大人二、三人が入っても十分に余裕のある空間に家族三人で其処で一夜を過ごした事もあった。そして私とアルノーにとっては祖父と喧嘩をすると逃げ込む場所でもあった。
そんな思い出の詰まった場所で私は崩れ落ちるようにしゃがみ込み、身体を、声を震わせた。
「お爺ちゃん……」
雨でびしょ濡れになった髪から雫が滴るように、瞳に溜まった涙も頬を伝う。
祖父であるヨハネスはもう長くはない事が分かってしまったのだ。
生まれてくる前に父はもう既に死んでいた。王都で働く騎士の一人で、戦に行ったっきりそのまま還らぬ人となったらしい。祖父の娘である母は父を喪い気を病み、私とアルノーを産んだ後、私達が物心がつく前に病に倒れて死んでいった。
それからは祖父が男手一つで双子である私達を育ててくれている。
あまり記憶にない両親よりも、ずっと側にいてくれた祖父の方が私達には”親”であった。
今でさえヨボヨボ爺さんの祖父だが、昔は冒険者ギルドに属していた為に動物を狩ることが得意で、私達姉弟はよく狩りについて回ったものだ。しかしながらその狩りのせいで祖父は怪我をし身体が弱まり、今では寝たきりになってしまっている。
そんな祖父が数刻前に私とアルノーを呼びつけこう言ったのだ。
「近いうちにスヴェンがここにくるだろう。二人はあいつについていけ」
その言葉で私は幼いながら悟った。
スヴェンは町々を行く商人だ。そのスヴェンについて行けと言うことは祖父はもう自分の死期がすぐそこまできているのを分かっているのだと。
祖父に縋り付いていやだ嫌だ泣き叫ぶアルノーを背にし、私は家を飛び出し大荒れの森を走りここに至る。
膝を抱える手は冷たく、身体は小刻みに震える。その震えは寒さからか恐怖からか悲しみからはわからない。
ただ一つ分かっていることは私に出来ることなんて何もないということ。
医者を呼ぶには時間もお金もかかる。どう足掻いたって幼い私達にはどうにもできないことだ。
分かっている。分かっている。
分かっていた。
祖父の命が尽きかけていることなんて。
「嫌だ! 嫌だっ!」
その時だった。
一際大きな雷が轟いたと共に私の周りは光を放ち、脳に細々とした映像と音声が流れ出したのだ。
何処かこことは違う場所で、私ではない誰かと、蔑み奇怪に笑う男がいて、泣いて、喚いて、吐いて。
巡る巡る記憶の渦の中、私は”私”を思い出した。そして、その時譲り受けたものがあった事さえ忘れていた自分に嫌気さえもした。
チカチカとする目を擦り、凝らし、私はその”場所”を凝視し、そして今するべき事に全力を尽くす。
「待っててね、お爺ちゃん!」
小さな両手に見たこともない実を抱え、私はまた土砂降りの雨の中駆け出したのだった。
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