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★疑い
しおりを挟むリズエッタ達家族が賑やかをテーブルを囲む中、スヴェンはただ一人どうしようもない気持ちを抱いていた。
リズエッタが揚げるルクルーの香ばしい匂いも、馬鹿正直に派手に鳴らす腹の虫も、アルノーとヨハネスの話など聞こえぬ程に、目の前で、幼い笑顔を向けているリズエッタにスヴェンは恐怖を感じている。
スヴェンが初めて彼女にあったのは、彼女の母親、ファティマの葬式だった。
冷たくなった母親の亡骸に、なにもわからない様子でしがみ付いていた双子はなんとも哀れに見えた。黒い喪服に映えるハニーブロンドの髪がやけに印象深く残っている。
その後スヴェンが騎士を辞めたと聞いたヨハネスに声をかけられ、最初こそ彼等の為に小規模な商人を営んでいたがいつの間にかヒエムスやエスターを中心に回る商人へとなっていたのである。
月に一度会えばいいような亡き友の子供はすくすくと大きくなり、リズエッタは母親に似て少々お転婆な少女へと育った。弟であるアルノーもヨハネスから父であるホルガーの話を聞いているから、やたらと騎士の話をスヴェンに聞き、困らせていた。
そんななにも変わらないであろう日々は突如終わりを告げ、リズエッタが神に選ばれたのだとヨハネスはいう。
言われてみればどこか今までと違う雰囲気を醸し出す彼女がそこにいて、けれどもそれを可笑しいとは思うことはない。
”神に選ばれたのならば変わるのは仕方がない”
誰かに言われたわけでもなく、疑うことも放棄して素直にその現実をスヴェンは受け入れたのだ。
しかしながら先ほどの彼女の言葉に、笑顔に、雰囲気に、気持ち悪さをはっきりと感じてしまった自分がいる。
”残念”
そう言った彼女の顔は幼い少女の顔ではなかった。
強いて言うのならば、意地の悪い、他人を見下すような、品定めするような、人を物のように見ているような、自己中心的な汚れ腐った大人の表情そのものだったのだ。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
考えれば考えるほど目の前の少女が気味が悪くなり、そう思うと同時に頭が締め付けられるように痛くなる。
あの子はあんな子だったか?
あんな大人びた話し方をする子だったか?
何故ヨハネスではなく、あの子とお金のやりとりができる?
どうしてそれを可笑しいとは思わない?
あの子は本当に”リズエッタ”なのか?
彼女になんの疑いを持たなかった自分が気味が悪い。
彼女の事をあっさりと認めているヨハネスが気味が悪い。
あんな顔で笑う彼女が気味が悪い。
「っーー」
「……スヴェン?」
見えざる手で頭を握り潰されて行くような激痛が走り、スヴェンはそのまま意識を失った。
その様子に驚きもあたふたと動き回ってしまうのは誰でもないヨハネスで、リズエッタに落ち着けと、ベッドに運べと指示を出され倒れたスヴェンを横にさせる。
額にふれ熱がない事を確かめると、リズエッタはヨハネスとアルノーに食事をとらせ騒がないようにと厳重な注意をいれた。
翌日になってもスヴェンは回復する事もなく、ヨハネスとアルノーはエスターまで医師を迎えに出掛けていった。
こんな時のために作った金だ。使わないなんてないと力強く言ったのは誰でもないリズエッタだった。
時折狂ったように魘されるスヴェンの汗を拭き、できるだけ近くいようとベットの側に腰をかける。
そんな時スヴェンは魘されながらも目を覚まし、目の前の少女に怯えながら声を掛けた。
「お前、は、本当に、リズエッタ……?」
その言葉にリズエッタは少々驚いたが、素直に分からないと答えた。
「私は”リズエッタ”だけど、前までのリズエッタは違うかもね。そうかそうか、スヴェンは私をそう”思って”くれたんだね」
「お前は……」
「ねぇスヴェン。気味悪いよね、私」
その言葉に今度はスヴェンが驚く。
目を丸くさせ驚くスヴェンを彼女はニヤリと笑い、更に言葉を続けた。
「むしろ気味悪く思わないお爺ちゃんもアルノーの可笑しい思うんだよ。誰だっていきなり変われば可笑しい思うはずなのに。スヴェンまで当たり前のように私を受け入れてるから頭イかれてんのかと思ったよ。でもスヴェンが私を気味悪いと感じてくれれば正直有難い。だってそれはちゃんと”私”を見て判断してくれたんだろ?」
神に選ばれたとかそんなんではなく。
リズエッタの言葉にスヴェンはただ戸惑った。
普通、気味悪いと言われれば誰だって嫌なもので、子供なら尚更傷つくだろう。それなのに彼女はそれが有難いとまでいい、全くもって理解できなかったのだ。
「私はスヴェンの知るリズエッタじゃないかもしれない。でもだからといって私がリズエッタではないとは言い切れない。スヴェンには申し訳ないけどそこは割り切ってもらいたいね」
「ーー割り切る?」
「そ。だって今更どうにもならないんだよ。私だって今の生活は楽しいし、捨てたくない。”リズエッタ”に戻って欲しいと言われても無理だもん。残念ながら私は良い人間ではないからね。誰かのために自分は犠牲にできない。スヴェンが私を嫌っても構わないよ、気味悪がっても構わないよ。ただ、”私”を認めてくれればそれで良い」
今のスヴェンに必要な覚悟はリズエッタを受け入れる事であり、リズエッタに必要なのは畏怖される覚悟。
気味の悪い、変に大人びた彼女を受け入れればきっとこのどうしようもない拒絶感も消えていくのだろう。
リズエッタも変に受け入れられるより誰か一人くらい彼女を畏怖してくれた方がいいのだ。そうしないと彼女の子供らしかなぬ行動で自身の首を絞めかねないのだから。
「リズ、お前は、もうちょい、子供らしくしろ」
「そだね、気をつけよう」
「もう少し、無邪気に笑え」
「無邪気か、頑張るよ」
「リズ、お前が気味悪い」
「気味悪い? 上等だ、これが私だもの」
「リズ……。これから末長くよろしくな」
「なんだそれ、プロポーズか」
認めてしまえば頭を締め付けていた感覚は徐々に薄れていき、これもこれで悪くはないとはスヴェンは思う。
下手に子供の機嫌を伺うよりもきっと、リズエッタならば対等に扱えるだろうと。
乱れていた呼吸が落ち着き始め、スヴェンは安らぎの中夢の中へと意識を沈めた。
彼にいきなり起こったその頭痛の原因などこの世界の誰も知ることはないだろう。
夕刻に現れた医者も首をかしげるような健康体で、スヴェン自身もその体が騎士として働いていた全盛期ほどの筋肉が戻っていることに驚いた程だ。
その結果にほくそ笑むのは誰でもないリズエッタで、ヨハネスよりも細身だったから気づかないだけで三日クオリティは発動していた事実を知る。
しかし言うなれば、彼に起こった頭痛は偶然ではなく必然。
リズエッタを拒絶しようものならば、排除しようものならば、操ろうものならば、誰にでも起こりえる鉄槌と言えようか。
腐っても、汚くても、意地汚くても彼女は神に選ばれた人間である。
そんなリズエッタに害にしかならない人間なんて殺してしまえばいい。
それが神の意志である。
神は自己中心的なのだ。
せっかく用意した駒が駒として働かなかったら、つまらない。だから邪魔なものは消してしまえばいい。それが全てである。
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