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わんこ
しおりを挟む頗る機嫌の悪い私の帰りを待っていたのは愛すべき家族、祖父とアルノーだ。
眉間に皺を寄せ思い出すたびに舌打ちをする私を落ち着かせるも、エーリヒとその孫であるラルスには怒りを感じているようだ。
いつもよりニコニコと笑って私を癒してくれるアルノーまでも”そいつ全力で殴る”と言って腕をブンブン回している。
流石にこの歳で弟が殺人を犯してしまうのは嫌なので、全力はやめようかとひたすらに諭した。
「そうだ、アルノー! お土産があるんだ!」
グルムンドで買ってきた魔導書と絵本を取り出して、一緒に読み書きの練習しようねと言いながら渡すと、目をキラキラと輝かせ本をギュッと抱きしめた。
「ありがとう、リズ!」
「どういたしまして!」
二人で勉強できれば一番なのだけども、当分は祖父と、仕事が忙しくなければスヴェンに文字を教わっていかななくてはなるまい。
もちろんスヴェンには追加報酬かそれ同等の儲け話にのってもらおう。
ダンジョンでジャムも売り出したいし、もう少し保存食のレパートリーがあった方が冒険者にも飽きがこず買い続けてもらえるだろう。この前の乾飯も食いつきが良かったし、これも大量に作ってもいいかもしれない。
「お爺ちゃんにお土産はないのだけど、ベーコンが出来てたら今日はそれをおつまみにしようか?」
家を出て一週間程経っているし、塩抜き乾燥、燻製と庭でならばもう出来ていておかしくない日数が過ぎている。
出来てる? と再度確認するように祖父に聞くとニヤニヤと戸棚からベーコンの塊を取りだし、中々の出来じゃと自信満々のようだ。
「じゃあ、今日は厚切りベーコンと野菜たっぷりのポトフ、ジャーマンポテトにしよう!」
どれもベーコンを使う料理であるが、厚切りベーコンのように大量消費することはあまりなく、中々贅沢な夕ご飯となるだろう。
スヴェンにも食べていくよねと確認し、大袈裟に動く頭を見て私は笑う。
うちでは当たり前になるであろうベーコンも塩をたっぷり使うから普通じゃ手に入りにくいだろうし、ただ蒸すだけのポテトよりも胡椒を使ったジャーマンポテトは美味である。
故にスヴェンが大袈裟に頷くのも当たり前なのだろう。
祖父は夕ご飯に飲む予定の赤ワインでも取りに行こうと家を飛び出し、そこで私は彼の存在を忘れていたことに気付いた。
庭に行くのならば祖父に連れてってもらった方がいいし、今後について色々話を出来る。
今にも走り出しそうだった祖父を呼び止めスヴェンの馬車の近くに呼び、彼を庭に連れてきたいのだけどと告げる。
荷台にいた彼はどうやら眠っているようで祖父の存在には気付いていない。
「……どういうことじゃ?」
「歩きながら話そうか」
祖父に彼を背負ってもらい、スヴェンとアルノーに夕食の下準備を頼み暗い森へと歩き出す。
怪訝な顔で祖父は私を見つめ、私は何故彼を買ってきたかを話した。
「グルムンドで定期的に塩と砂糖を卸すことになってね。そしたら労働力はあった方がいいかなって」
「じゃとしても亜人でなくても良いじゃろ?」
「ぶっちゃけ労働力よりもモフモフに惹かれたのが一番です!」
犬って人懐っこいでしょ? と笑いながら祖父に言えば大きな溜息を吐き、その溜息に背負われていた彼の耳がピクピクと動く。
「あ、起きた」
灰青色の瞳をキョロキョロと動かすも身体はガッチリと祖父にホールドされているから周りを見渡す事が出来ず、その瞳の奥に怯えが浮かんでいた。
起きたら知らない場所で、しらない男に背負われて、相変わらずの幼女がいて、彼にとっては気味の悪い現象に違いないだろう。
けれどもそんな彼の気持ちを一々考えてあげるほど私は出来た人間ではないのだ。君の住む場所に連れて行くとだけ声をかけ、ただただ暗い森の奥へと向かった。
変わることのない木の縦穴い入り込み私の庭の中に到着すると、外は真っ暗だったのに対して此処は茜色の空をしていた。
「お爺ちゃんはおさけもってきていいいよー!」
不安そうにする祖父に大丈夫だからと言い聞かせ祖父と彼を離し、桃の木から果実ももぎ取って彼の手にのせた。
柔い桃は茶汚れでカチカチのなった彼の毛が突き刺さり、甘い果汁を零す。すると彼の鼻がスンスンとなり、桃の匂いを堪能していように思えた。
「食べてみよっか?」
熟れた果実を彼の手から取り、薄い皮を剥く。
本来ならば皮ごと食べた方が甘みを感じるけれど、果実よりも皮は硬いし飲み込み辛いだろうから果実のみを食べさせた方がいいだろう。
「はい、あーん」
二、三日もこのやり取りをしていたためか拒絶することなく彼は口を開け一口程度を口に含み、驚いたように目を見開いた。
次に彼は声が出ない口を何度もパクパクと開き、もっと寄越せと私に催促をし始めたのだ。
「もっとお食べよ」
今まで以上に食べ物に反応する姿を見て、やっぱり彼で良かったと心の底から思う。
だって手から食べてくれるなんて可愛すぎる!
一つ目の桃を食べ終えた彼は残念そうに目を細め、そして乞うように私をじっと見つめる。
その姿はもはや犬そのもので、躊躇うことなく私はもう一つ桃を与えた。
二つ目の桃もあっという間に食べ終えてもなおまた乞うような顔を彼はして、私はまた桃を与える。
病人に果実を贈るくらいだし、多分悪くないはずだだ。
犬に与えていいかはわからないけど。
パクパクパクパクと私の手から桃を食べ、名残惜しそうに手のひらを舐める彼の頭もなでると、ゴワゴワとして触り心地はわるい。
「此処にきたら三日でよくなるから、そしたらお風呂にしようね」
ワサワサと頭の毛を撫で回すも、彼の目からは恐怖が見られない。
どうやら餌付けに成功したらしい。
慣れてくれたついでに彼の体の状態を確認するが、やはり怪我の治りは早い。
ただ毛に隠れて見えなかった傷も多くあったようで、赤茶色だと思っていた毛皮はどうやら血で染まっていただけのようだ。
肉球がついた両手もよくよく観察して見ればわざと刺したとしか思えない傷もあり、爪も数本抜かれている。
人と違って犬や猫の爪には血が通っていると言うし、酷いことをされていたのはよくわかった。
スヴェンや祖父の反応をみるに、あまりよく思われていない種族のようだ。だからといって私も酷い扱いをする気なんてさらさらないが。
私だって庭がなければ奴隷に堕ちていた可能性だってあったはず。彼よりマシかもしれないが、そういう世界もあったかもしれない。
亜人も人間も関係なしに奴隷は奴隷で、何処ぞの偉い人が奴隷解放宣言しない限り、変えられる事ない事実。
私は亜人の彼を買い、彼は私に買われた。
ただそれだけ。
「君が私に忠実であれば私はそれに応えるよ。だから逆らわないでね?」
でも一緒に楽に生きよう。
奴隷でも、一緒に仕事してくれればそれでいいから。
そして願わくばモフモフを堪能させてくれ。
私が彼に願うのはただそれだけだ。
ワインを集め終えた祖父が私を呼び、私はまた明日ねともう一度彼の頭を撫でた。
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