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焼き蛇
しおりを挟むギリギリと弓を引き獲物に狙いを定め、矢を射る。
ヒュンと空を切る矢は真っ直ぐと狙い通りに飛んでいき、二つ頭の蛇の頭に貫き、鈍い音を立てて木に刺さった。
「獲ったどー!」
ようやく仕留めた獲物に近づき、矢の刺さってない方の頭を慎重に掴み取り手持ちの麻袋に放り込む。
まだ生きがいい二つ頭の蛇、アスピデは袋の中で暴れ回るも成すすべは無いだろう。
ニヤニヤと笑いながスキップをし、私は今日の収穫をよろこんだ。
大物が狩れない私でも蛇や蛙、小型で草食系の動物なら矢で仕留めることができるのだ。
勿論これをどうするかなんて分かりきった事。
そう、食べるのだ。
鼻歌を歌いながら庭に入り、作業をするレドの横で三十センチ程のアスピデを捌きにかかる。まず始めに二つ頭を切り落とし、血抜きをする為に尻尾を持ち上げた。
そう言えば何処ぞの国では蛇の血を飲む軍事演習があると聞いたことがあったような気もする。それを知ってても私はそこまでしようとは思ってはいないが、いつかマムシ酒ならぬアスピデ酒に挑戦ひてみたいとは思っている。しかし私の身体が子供のうちは無理だろうが。
精力回復、鎮痛、疲労回復といった効果がみられるのはマムシに毒があるからだとかなんとかだった気もするが、この世界でも似たようなものは作れるはずだ。
少しばかりずれた思考をしながらも血抜きをした蛇の川を力一杯剥いていき、内臓類も引っ張り出す。皮の剥がれた肉を軽く拭いてぶつ切りにし、自然にレドに用意してもらっていた炭火でこんがりと焼いていく。
その間に酒とみりん、醤油とザラメで作った特製ダレを用意し焦げ目のつき始めたアスピデに塗りたくり再度炭火焼。
炭火で燻された香りと、タレと肉汁の混ざりあった甘い香り。芳醇で甘口の日本酒をクイッと頂きたくなる。
「ふはぁぁぁあ!」
じゅるりと涎を啜り、今か今かと焼き上がりを待っていれば、レドがいつの間にかお皿を持って私の側に立っていて、その口元には私同様にキラリと涎が光っていた。
「……欲しいの?」
「……ハイ」
気まずそうに目をキョロキョロと動かすレドの手を取り隣に座らせ、持っていたお皿に焼きあがった肉を置く。
見た目は鶏肉のようだが骨は沢山あるし、食べるときに注意しなければならない。
キラキラと太陽の光を浴びてタレが反射し、濃厚な甘い香りは鼻腔をくすぐる。ゴクリと喉を鳴らすのを待っていたかのように私とレドのお腹は音を鳴らし、それを合図に齧り付く。
白身魚ような淡白な味わいの肉だかタレとよく絡み、ホロホロと口の中でほどけていく。
肉自体にも甘さ感じるがくどくはなくさっぱりとした感じだ。
「ーー七味欲しいぃぃい!」
焼き鳥と言ったら七味。
ならば焼き蛇でも七味があってもいいじゃない。
事前に用意しておけばよかったのだが最近は保存食づくりで忙しく、普段使うものは後回しになっているのだ。
「ーー坊ちゃんも食べてみればいいものを……」
「美味しいのにねぇ。ーー お爺ちゃんとスヴェンがいらん知識を吹き込むから……」
実のところこのアスピデ、私とレドしか食べないのである。
アスピデだけではなくパトラチェという蛙やケンゲラというトカゲも食べない。
余程飢えてない限りは食べないと祖父が断言したのが原因だろう。
その三体の動物は冒険者ならば誰でも食べた事もあると言える動物なのだが、食べ方がただ焼いて食べるとか血抜きをしないとか、ぬめりを取らない、処理しないだとかで美味しく食べた経験が皆無らしく、私が美味しいと勧めても断じて口に入れる事もなかった。そしてアルノーはその二人の真似をしてか食べようともしてくれない。
あんなに私のご飯は美味しいとほめてくれるのに、だ。
「何事も経験だっていうのにねぇ」
「まぁ、お嬢様みたく何でも食べ物に考えるのは度が過ぎますが」
「やーねぇー! 私だって何でもはたべないよー! 虫は絶対無理だし、霊長類系は食べようとも思わないし!」
生食で鹿肉とか馬肉、締めたばかりの鶏肉も食べる事もあるが、絶対に譲らないものも私にある。
「でも長寿草も美味くしちまうし、この前なんてあの、見た目の悪い、と、吐瀉物みたいなやつ作ってやしたし……」
「吐瀉物ゆーな、もんじゃ焼きだ」
長寿草は今や耳を塞がないで抜いても酔っ払いの笑い声がする程度で人の気絶させる事はなくなり、毎日酒を水代わりに、フルーツを肥料代わりにしたら物凄く美味しくなった。辛味が少なく苦さがない、甘さのあり水々しい大根ともいえよう。
珍しいものだとレドは言っているがここでは無数に生えているし、試しに作った切り干し大根ならぬ切り干し長寿草は大好評だった。
まぁ、素材の価値を知っている人間からすればあり得ないことをしている自覚はあるが。
「そんなにアスピデなんぞ食わなくても、肉や野菜には困らんでしょう? まあ、俺は好きですがね、アスピデもパトラチェも」
私よりも多くのアスピデを食べながらレドは何でわざわざ獲ってまでも食うんです?と疑問をぶつけた。
私はその疑問に、何の思いもなく答えた。
「そりゃ肉はお爺ちゃんが狩ってきてくれるし、植物や香辛料は庭で採れる。でもそれが当たり前じゃ駄目でしょ。 庭だっていつかなくなってしまうかもしれないし、お爺ちゃんは年寄りだ、私より早く死ぬ。 その時何も出来ないじゃ私はここで生きていけないよ」
当たり前の事実、当たり前の可能性。
スヴェンはここが無くなっても商人として生きていけるし、アルノーも騎士になったら生活には困らないだろう。
レドだって今は私の側にいるが、逞しく変化した体で自由がきく。いつかは此処から出ていきたいと願うかもしれない。
その時、わたしはどうなる?
何も出来ないままで生きていけるのか。否、甘え腐った根性では生きてはいけないだろう。直ぐに死に絶える自信がある。
「生きてく為には食うしかない。 食こそが私を生かす全てだ。 お爺ちゃんやスヴェンの脛を齧れるうちに食えるものと食えないものを知っておかないと、捌き方を知っておかないといつか餓死するね」
私が神からもらったモノは食に対する知識と技術、そしてこの”庭”。
いつ気紛れで返せと言われるか分かったものじゃない。
願う事なら私が死ぬまで取り上げられない事だ。
「神様、どうかどうか無力な小娘に配慮を! 食べ物をお恵みください!」
両手を組み高くに掲げ、私はただ祈る。
メシマズだけは嫌だ。メシマズだけは嫌だと。
真後ろにいるレドが、無表情で空を睨みつけていることなど知らずに、ただただ祈った。
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