リズエッタのチート飯

10期

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厚かましく

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 一人薄暗い荷台の中でうずくまり、脳裏に浮かんでは消える恐怖を耐え凌ぐ。
 荷馬車の外では領主とスヴェンが会話をしているようだが、今の私の耳にそれは届く事はない。

 愚かな行動をしてしまった故に一人の亜人を殺してしまい、そしてあたかも私は悪くないと、責任をティモに押し付けようとしたのだ。言葉には出さなかったけれど態度には出ていたかもしれない。
 今一人で殻の中に閉じこもっていたい気分なのである。

 それなのに空気を読もうとしないスヴェンはズカズカと暗い荷台の中へと入り、荷馬車は
 他の誰かを御者にして進んでいく。
 リズエッタ、と私の名を呼ぶスヴェンの声を無視し、じっと床だけを見つめた。

「おいこら、無視してんじゃねぇぞ」

 両手で頭を掴まれ目を合わせられ、視線を逸らせばまたリズエッタと名を呼ばれ、此方を向けと言わんばかりに力の入った手は私の頬を強く叩いた。
 ジンジンと痛みが湧き上がるなか何だよと小さく不機嫌な声を出せば、スヴェンは深くため息をつきその頭を振り上げる。まっすぐに私の額に振り下ろされた頭からは骨と骨とぶつかり合う音が耳の奥に鈍く響いた。

「何すんのさ!」

「クソ餓鬼がメソメソしてっから悪りぃんだろうが。 餓鬼は餓鬼らしく泣きゃいいものを我慢しやがってーー」

 赤く染まった私の額を叩き、そして髪をぐしゃぐしゃと搔き乱す。
 そしてまた深くため息を吐いたスヴェンは両手を伸ばし、ふんっと鼻を鳴らしたのだ。
 その行為の意味をわからずに首を傾げるとスヴェンは呆れ顔で”来い”と、そう言った。
 その行動と言葉でようやくスヴェンが何をしようとしているのか、私がどうすべきかを理解し、糸が切れたように溢れ落ちる大粒の涙とともにスヴェンの胸元へと飛び込んだ。

 鼻をすする音と隠すことのできない嗚咽。
 ポンポンと背中を叩かれる度に閉じ込めていた恐怖がふつふつと蘇る。

 敵意を向けられた事はあった。
 けれど殺意を向けられた事はなかった。

 襲いかかる殺意に対処する術もなくむざむざと殺されかけ、そしてそれに素早く対処したティモにさえ恐れを抱いたのだ。

 動物を狩るように魔獣を狩るように戸惑いも疑問も感じることもなく、躊躇なく亜人を殺したティモに対して何故と問いかけたくなるほど、私の頭は平和ボケしている。

 当たり前のように向けられる殺意と当たり前のように行われた行為に恐怖し、全てが恐ろしく感じたのだ。
 この世界が私の知る世界とは異なっていることを理解してしていても、こんな事が起きるまで心は割り切ってはいなかっだ、私は。

 声にならない泣き声をあげ、ぎゅっとスヴェンの上着を握れば何も言わずにスヴェンは背中を撫で、私は安心して泣き叫んだ。

「ーーーー怖かったよぉ」

 怖かった、怖かった。
 怖い怖い怖いーー。

 何度も何度も繰り返し恐怖を叫び、ただただスヴェンに縋りついて大声で泣き叫んだ。
 久しぶりに出した涙は時より骨ばった厳つい指に拭われ、そしてその指でその手で、ポンポンとリズムよくスヴェンは私の背中を叩く。何も言わず何も聞かず、それが当たり前であるように私を抱きとめ、私はその暖かな体温とトクントクンと脈打つ鼓動を聴きながらゆっくりと目を閉じていた。


 次に目を覚ました時にはあたりは薄暗く、目の前にあったのは見知らぬ天井だった。

 どうやら私は泣き疲れて眠ってしまったらしい。
 周りを見渡すと私の寝ているベッドの他には木でできたテーブルと椅子があるのみ。よく耳を澄ませば扉の外からは多数の笑い声や話し声が聞こえてくる。
 ここは多分、宿屋なのだろう。
 そう思いながら重いまぶたを擦るとヒリヒリと痛み、真っ赤に腫れているのだろうと想像できた。

 精神的には大人だからかほんの少しの羞恥心もあるも、私はのそのそと部屋から出て階段を真っ直ぐに降りていく。
 するとそこにはよく知った顔があり、あからさまに一席だけ空いている。
 気恥ずかしさを隠しながらそっと席に着けばニヤニヤとスヴェンは笑い、他の三人は心配そうにこちらを見ていた。

「よーく寝たなぁ。 腹減ってんなら飯はあるぞ?」

 ほれと差し出されたのは三つ目の焼き魚で、
 見た目は私が食べられる代物だ。鼻を近づけ匂いを確認すれば特に変わった匂いはなく、逆に香ばしい、美味しそうな匂いがする。用意させれたフォークで身をほぐしパクリと頬張れば白身魚の淡白な味わいと、上質な脂の旨味がジワリと舌先で踊った。

「ーーおいしぃ」

 パクリパクリと食べ進める私の頭をスヴェンはぐしゃりと撫で回し、ティモは安心したように一息ついた。
 その様子を横目で見ていた私は元気になりましたよとへにゃりと締まりのない顔で笑ってみせ、グゥと鳴り響く腹の虫を黙らせにかかったのである。
 その他にテーブルに用意されていたのは見知らぬ焼き串と果物、色味の薄いスープとお酒。
 お酒は飲めないので代わりに水をもらい、次に焼き串へと手を伸ばす。
 それは私のよく知る海老のようなものや小魚がそのまま突き刺さったもの、渦巻きがかる貝の中身を刺したものなど海の幸や何かの肉など様々だ。
 試しに海老を一つ食べてみればよく知った海老そのもので、特に不味くもない。むしろ美味い。

「美味しい! 流石海だね!」

 むしろ、変な味付けをしない家主に感謝したい。

「ーー散々泣いたくせによく食うもんだ」

「よく食うよー。 食べることは生きること、心も体も豊かにすることだからね。 それはつまり食育!」

 食べて元気出すよと笑えば呆れたようにスヴェンも笑い、カールはじゃあ食いまくるかと豪快に笑う。
 クヌートはなるべく味の付いてない料理を注文していき、ティモはジョッキの酒を飲み干した。
 四人の安堵した顔を見て笑顔見て、少なからず心配させたのだろうとほんの少しの反省をした。

 だからと言って私はめげない。
 私は私のために生きて幸せを味わって死ぬ予定なのだ。
 予定調和を崩さぬようにビビりながらも慎ましく、否、図々しく厚かましく生きていこう。

 この世界でそれが当たり前ならば、私もそれに染まればいいのだから。




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