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釣り
しおりを挟む「こんにちわー!」
私はそれほど大きくはない声でギルドの扉を開く。
目の前には小さなカウンターと、見知らぬ女性。その人はきっとここの受付担当なのだろうと思いながら、持参した薬草とニコラから預かったポーションをカウンターに置いた。
「ニコラさんからポーションを納めるように言いつけられてきました。 それと特に依頼を受けてたわけではないのですが、薬草を引き取ってもらえますか?」
いいつけられた、というよりも強制させられたという方が正しいのだがそれはまず置いておこう。
正規依頼を受けたわけではないのだが、私の庭には有り余るほどに薬草が生息し始めている。故にいちいち依頼を受けてから採取では面倒くさく、今回依頼なしの引き取りが可能であれば今後もそうさせてもらいたかったのだ。
果たしてどうなのだろうと首を傾げながら受付の女性の返答を待っていれば、ニコラのポーションを確認したあと私の薬草も確認し、そして幾ばくかのお金を差し出した。
「ーー確かに受け取りました。 薬草はいつでもお取り引き可能ですので、今後も採れ次第持って来て頂いても大丈夫ですよ。 ニコラさんにも宜しくお伝えください」
頭を下げて事務的対応をする彼女に私もお辞儀をし、そして受け取ったお金を財布へとしまう。
ニコラへの支払いは首から下げてあるお財布に、そして薬草分の支払いはズボンのポッケに入るお財布に。
それは万が一のことに備えて大きな金額は肌身離さず持っておくためだと言える。勿論首から下げたお財布には私自身のお金も入ってもいるし、お財布をわざと二つに分けるのは盗難予防の為でもあるのだ。
私はお財布に無事にお金を入れた後、後ろに誰も並んでいない事を確認して再度彼女へと質問を投げかけた。
「ーー唐突で申し訳ないのですが、この辺りで農具や工具が売ってるところってありますか? 折角港町に引っ越して来たので釣りでもしてみようかと思いまして」
「でしたら大通り沿いにアトレット商店というお店がありますのでそこがよろしいかと。此処から数分も離れていませんし、運が良ければ亭主が貴方にあったものを選んでくれるかも知れませんよ」
「そうですか、ありがとうございます!」
口角を釣り上げニッコリと笑い、私は頭を軽く下げてからギルドの扉を開いた。
行き交う人々の量に戸惑いながらも大通りを練り歩き、そして大きな看板を掲げたアトレット商店を私はすぐに発見することができた。
少しばっかし古めな建物は彼方此方汚れているがその汚れは埃を被ったようなものではなく、長い年月が経つにつれて野風や土埃が重なってできたものばかり。特に店の中も外も乱雑に物が置かれているわけでもなく、それぞれの用途にわけて陳列されている。
亭主がいるであろう店の奥に足を踏み入れると、とある一角に厳つい顔をした男がドンと椅子に腰をかけていた。
「…………すいません、釣竿を買いに来たのですが」
少々彼方を伺うように声をかけると亭主は私をじっと見つめ、そしてゆっくりと立ち上がり私に近づいてくる。
一歩一歩の歩幅が大きく、直ぐ私の目の前に立ち止まった亭主は少し屈んで嬢ちゃんが使うのかいと私に問うた。その答えに私は小さく頷き、其れを見た亭主は顎を掻きながら二、三本の釣り竿を用意してくれたのである。
「嬢ちゃんの身長だったらこれくらいの長さが妥当だろう。 一番右が一番軽く一番左が重い。 糸と重り、針は全部種類は一緒だ、好きなのを選びな」
一つの釣竿につき三つに分けられており、それらを組み合わせると私の背丈の倍ほどになる釣竿だ。糸は何かの動物の毛だろうか、つるりとしているがソコソコの強度はありそうで、針は金属で出来ているが私の知る知識よりは大きく太い。
リールなんてものも勿論付いているはずもなく、唯引き上げるだけで釣る物なのだろう。
右から順に重さを確認していくと、重すぎず軽すぎない真ん中の釣竿をしっくりとくる。
これに決めたと亭主に声をかけ、ついでにバケツとなる取っ手のついた桶も二つと、運良く残っていた釣り餌を購入することもできた。
どうやら本当に運が良く、本来この時間に釣り餌は購入出来ないようで亭主からは運が良かったなとそんな言葉さえもらったのだ。
「釣りが初めてならヘーリグ岬へ行きな、彼処は唯一許可無しで釣りができる。 よりデカい魚を釣りたくなったら漁港ギルドから許可証を貰うんだな」
「釣りに許可証がいるのですか?」
「あたりめぇだろ、じゃなきゃ漁師が失業しちまう! それにハウシュタットは領主の土地だからな、無闇矢鱈に土地のもんをとるわけにはいかねぇんだよ」
へぇ、と言葉を零しながら海での釣りは許可制だと覚え、そして次に浮かんできたのは疑問だった。
領主の海で漁ができないのならば魔獣や薬草学採取は何故勝手に出来るのだろうと。
単純に考えられるのはそれらを管理しようとすれは膨大の監視の目がいるわけで、その手間を省くため容認しているという事だ。海は山や里、街とは違い見渡せる範囲も限られているし、漁を生業として働いている人々もいる。故に海に限りそのような手段になったのかもしれない。
まぁ、何方にせよ領主の土地で好き勝手出来ないようだが、今のところ私の生活に問題はないはず。
亭主に礼を言い、私は一先ずヘーリグ岬へと足を運んだ。
アトレット商店から歩いてさほど遠くない場所に位置した岬には、私同様に釣りに来たのだろう人々がポツリポツリとおり、中には私よりも年下であろう少年少女までいた。その後ろをそろりと通り抜け私は一人腰を下ろし、やるぞと意気込んで落ちないように樽に海水を汲んだ。
静かに波打つ海は危険には思えないがそこから海底が見えることはなく、迂闊に行動してはいけないと気を引き締める。そして私は揚々と釣り竿を組み、キラリと目を光らせて海を見据えた。
「それじゃーやってみよー! ほいさっ!ーーーーウヒィ!?」
餌をつけていざ投入!
と思い餌箱を開ければ、そこにいたのは私の想像とは違ったウネウネと動く虫たちだ。
私の想像では練り餌で、虫なんて考えもしていなかったのだ。
「ーーまじかよ、どうすんのこれ」
何を隠そう私は虫が嫌いだ。
大嫌いだ。
ひらひらと舞う蝶も、ぴょんぴょん跳ねるバッタも、カラフルな色した幼虫も。
全てが全て、嫌いなのだ。
唯一平気なのは蜘蛛だが、大きな蜘蛛はやはり躊躇う。
そういって仕舞えばシャンタルは如何なのだと言われてしまいそうだが半分人の形をしているから平気で、逆に言えば顔までもが虫であったなら、いくらレドの頼みでも身内には引き入れない。
ともかく、私は虫が嫌いなのだ。
ならばこの虫を如何する?
捨てる? 釣りを諦める?
いやはや、そんな事は出来まい。
ならば私はプライドなんて投げ捨ててやる。
「ーーーーそこの少年少女。 お願いですから餌をつけてください」
私方が年上だろうが、彼らが年下だろうが関係ない。
きっちりと頭を下げ、これでもかというほど頭を下げ、私は彼の手を借りようと行動したのである。
よく見れば私の購入した生き餌とは異なるが、彼らも虫を餌にしている。ならば触れないという事はないだろうと踏んだのだ。
「ーーはぁ?」
その中では一番年上であろう少年は怪訝そうに声をあげ、私をキッと睨みつけた。
「なんで俺らがそんな事しなきゃ何ねぇんだよ」
「それはごもっともなお話です。 なので勿論タダでお願いをするわけではなく、それに見合った賃金をお支払いします」
私はズボンにしまっておいたお財布から銅貨を一枚取り出し、これでどうかと交渉を始める。
今日の朝、私が売った薬草は全部で銅貨二枚、二十ダイム。それをただの餌付けに半額支払うつもりでいる。
他人から見たら破格の値段設定だが、私からすれば安いもので、虫を触るよりよっぽど良い。
「如何でしょう? 今ならクッキー三枚もおつけしますよ?」
銅貨の他にもクッキーを引き合いに出したのは彼らの体が細すぎるからだ。きっと満足に
食事も取れていないと思わせるほどの貧弱な体つきで、彼らも食べ物につられてくれるはずと意地汚い考えを元に付け加えた。
案の定私の考えはあたり、小さな女の子が少年の小汚い衣服の裾を少し引っ張ると少年はわかったと頷いたのである。
ときに交渉とは相手の弱みに付け込むことも大切なのだと、私は真に理解することができたのはこの日が初めだろう。
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