80 / 149
閑話 薬師と薬草
しおりを挟む「最近、たのしそうですね」
とある日の昼下がり、ソーニャは薄緑色のお茶を淹れながら嬉しそうに笑った。
「ーーそんなでもない」
ソーニャに答えたのはその夫ニコラ。
彼の手には木でできたカップが握られており、その中に注がれていたのはお茶は従来のものよりも渋く、苦味のあるものであった。
砂糖もミルクもいらないリズエッタがお土産として持参したこのお茶はどうやらニコラのお気に入りのようで、最近はめっきりこの緑茶ばかりを好んで飲んでいる。
ふぅ、と一息つきながら甘みのあるお茶菓子を口に含み、次に渋めの緑茶を啜り飲む。もとより甘い物が苦手なせいか、それとも歳をとったせいかは定かではないがこの苦味が何よりも美味いと、への字に固まった口も元を緩めた。
「ほら、やっぱり楽しそう!」
ソーニャはクスクスと目を細めて笑い、ニコラはフンっと鼻を鳴らしながらもう一度お茶は啜った。
別に楽しいわけでない。
だが前よりも、ほんの少しだけ変わった日常に退屈しない。
ただそれだけ。
草むらからウサギが飛び出したかのように、前触れなくあられた一人の少女によってニコラの生活は少なからず変わりつつあった。
ただただ薬草を集め薬を作る、そんな灰色の日々にリズエッタは彩りを添えたのである。
ニコラは初めてリズエッタに出会った時、成人したばかりの馬鹿な小娘だと思っていた。
家は一括で買うわ、長寿草は持ち込み取引を仕掛けるわ、挙げ句の果てにニコラに興味本位でポーションを作りたいなどと常識も良識も欠落した甘やかされて育った馬鹿な小娘だとそう思い込んでいたのだ。
しかしながら彼女と接するうちにそれは全くの誤認識だとニコラは認めたのである。
まずはじめにリズエッタが採取する薬草の質と量の異常さだ。
一日目二日目と朝の早い時間に現れたのにもかかわらず、持ち込まれた薬草はどれも採りたてのように水々しく萎れてなどいなかった。その状態もさることながら、今までのどんな優秀な弟子達も及ばないであろうその薬草の束の山。一種につき十束、三種で三十束をニコラに納めたというのにも関わらずリズエッタはギルドにまで売りにいくとさも当たり前のように言い放ったのだ。
どんなに優秀な冒険者であれど、こんな馬鹿げた量を平然と納めたものは未だかつていなかったであろうと感心さえもした。
そしてリズエッタはあんなに馬鹿げていても謙虚でもあった。
毎回エリボリス宅を訪問する時は手土産を持参し、その種類も様々。
ある時はフルーツの入った甘いケーキを、またある時はピリリと舌を刺激するクッキーを、そしてまたある時は新鮮な魚を。
試しに川魚も食べたいも遠回しに言ってみれば、数日後にはニコラの望んだ川魚と少量の酒を持参してやってきた。
とある事でリズエッタが薬師に向いていない事が分かったがそれでも薬学を学ぼうという姿勢は変わらず、未だニコラを師と呼んで敬ってくれてもいる。
その結果リズエッタは薬とは違う異常な異端なものを生み出してしまったが、ニコラはそれを責めることはしなく、探求した結果なら仕方がない、むしろよくやったと内心褒めたのである。
確かにリズエッタは何も考えていない馬鹿のような行動もするが、優秀で大人びた考えをもつ、そんな一面も持ち合わせているのだとニコラは評価を改めたのだ。
しかしながら時に優秀すぎるということは面倒は事を引き寄せてしまうようである。
「こちらにリズエッタさんはいらっしゃいますか!」
忙しない声と乱暴に叩かられる扉。
焦ったように扉を叩くのは二十を超えたくらいの若い男だ。
彼はハウシュタットに住む薬師の一人であり、ニコラとは商売敵にもなりうる人物である。
しかしまぁ、ニコラと彼とでは薬師として過ごした年月も知識も差がありすぎて対象にはなる事はないだろう。
「五月蝿いわっ! ここに小娘はおらん、帰れ!」
「えぇ! そんな! エリボリスさんしか彼女の行方を知らないんですよ!」
「たとえ知ってても教えんわボケェ!」
チッと舌を鳴らしながら声を荒げ、ニコラは今日もまた庭先で騒ぐ薬師を追い払う。
実のところニコラのところに現れるのはこの若い薬師だけではないのだ。
ハウシュタットに住む薬師のほとんどが今やリズエッタに注目しており、こうして唯一リズエッタと薬草の取引をしているニコラのところまで足を運んでいる。
リズエッタがハウシュタットに住み着いて早二十日。
その短期間にリズエッタの名が広まるほどに、彼女がギルドに納める薬草は良品すぎた。
通常ギルドに納められる薬草といえば駆け出しの冒険者が義務的に集めるものか、何かのついでにとられたものが圧倒的に多い。それ故にとり方は雑で量もまちまち。傷みの激しいものも多く、質もお粗末なもの限り。凡用ありきたりのものしか持ち込まれない。
だがリズエッタが納めるものはどれも質がよく決まった良品を一束まとめにされており、尚且つ依頼がああれば入手しずらい薬草でさえも確実に納品してくれるのである。
そんな人材がいるのならば誰だってお近づきになりたいものだろう。
ある者はギルドで声をかけようとするも同業者に睨まれ、またある者はギルドから出たところを狙うも彼女は出てこず、またある者は街中で声をかけようとするも彼女はいつも身なりの悪い孤児数名を引き連れており彼らがそれを許しはしない。
そして最終手段として残るのは唯一リズエッタが懐いているニコラの元にひそみ、待ち伏せする事のみとなっているのだ。
ニコラもこんな事になるとはついぞ思わず、今さながらリズエッタにポーションの納品を頼むんじゃなかったと後悔したものの、全てはもう後の祭り。
日に日に増える訪問者に怒声を浴びせることしか出来ないのが現状である。
「けっ! 若造なんかに小娘を渡してやるものか」
扉の外で咽び泣く若者の声など聞こえないふりを決め込んで、ニコラはまた渋いお茶をのまま干しニヤリと頬を歪めた。
ニコラもまた、リズエッタのその異質さに惹かれていたのはたがえようのない事実なのである。
0
あなたにおすすめの小説
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?
たまご
ファンタジー
アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。
最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。
だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。
女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。
猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!!
「私はスローライフ希望なんですけど……」
この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。
表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話
狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。
そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【短編】子猫をもふもふしませんか?〜転生したら、子猫でした。私が国を救う!
碧井 汐桜香
ファンタジー
子猫の私は、おかあさんと兄弟たちと“かいぬし”に怯えながら、過ごしている。ところが、「柄が悪い」という理由で捨てられ、絶体絶命の大ピンチ。そんなときに、陛下と呼ばれる人間たちに助けられた。連れていかれた先は、王城だった!?
「伝わって! よく見てこれ! 後ろから攻められたら終わるでしょ!?」前世の知識を使って、私は国を救う。
そんなとき、“かいぬし”が猫グッズを売りにきた。絶対に許さないにゃ!
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる