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姉があっての弟
しおりを挟む「ジャーキーよーし、ヌガーよーし、ベーコンよーし、その他諸々の調味料よし。 それでは行ってまいります!」
「アルノーが元気でやってるか聞いてくるんじゃぞー」
「はいさー!」
いつも以上に元気よく私が向かうのは、アルノーのいるリッターオルデンだ。
この街に来てもうそこそこ経つが、アルノーが家を出て以来あっていない。そろそろ保存食が切れていてアルノーが御乱心になっていてもおかしくはない時期であろう。
籠いっぱいに敷き詰められた保存食と調味料は、アルノーの学園生活では必需品になっているであろうもの達だ。
何てったってハウシュタットの海産物は美味しいが、ご飯はそんなに美味しくない。
出店で売られている魚の串焼きならまだしも、きちんとした調理をされてしまっている肉やサラダ、その他スープ類も期待はできない品物だと私は認識している。
領主邸で食べたご飯でさえ、ひたすら味を濃くすれば美味しいと誤認識された料理だ。
貴族や良い暮らしをしていた商人の子に合わせたリッターオルデンの学食はそれらに近しく、多分不味い。
美味しいご飯で育って来たアルノーが我慢できるはずがないのである。
だから早く届けてあげなければなるまい。
「リズエッタ! ちょっと待て!」
そんな事を考えながらのんびりと街中を歩いていると、不意に後ろから声をかけられた。
聞き覚えのある低音の声で名前を呼ばれ振り向くと、そこにはスヴェンの姿がある。
つい最近までザイデシュピネのダンジョンに商売に行っていたスヴェンの背中には、そこから持ち寄っていたであろう絹糸が大量に見てとれた。中には虹色に輝く糸もある為か、すれ違う人々は視線を動かし興味深そうに、物欲しそうに目で追っている。
スヴェンはそんな住人の視線なんぞ物ともせずに私に追いつき、そしてギルドに行くついでに着いて行くとそう言ってニヤリと笑った。
「最近は糸が取れすぎてエスターだけじゃ買取出来ないらしくてな、ダンジョンで商売ついでに仕入れて来た。 ハウシュタットの商業ギルドでもそこそこ良い値段で売れるだろうよ」
「ほほぅ、それでわざわざここまで来たと。 スヴェンも大変だねぇ」
以前ならば考えられない距離の移動だが、このところスヴェンの村から村へ、そして街への移動を何度も何度も繰り返している。それは私の庭から何処かの扉へつながるという能力のお陰であり、どうやら扉の使用者は私だけに限られていないことが分かったからである。
実家にある木の根元の入り口と同じ様に私が許可をした者の出入りは自由らしく、今のようにスヴェンは暇さえあればハウシュタットに来ている始末だ。
いっその事、扉を通して売り物を運搬をすれば良いのではと提案したのだがその考えは危険すぎると否定され、今後もわざわざ荷車で運搬することに決まったらしい。
人一人なら兎も角、多くの荷物が瞬時に移動できる事が他社にバレたらやはり私や周りの人間に危険が及ぶであろう可能性と、わざわざエスター付近に住み着いてもらったカール、クヌート、ティモに申し訳が立たないという祖父の意見を取り入れた結果である。
私としてもこれ以上目立つのは嫌だし、苦労するのが自分でなくスヴェンなのだからそれに従うまでだとその意見に同意したのだ。
「今日はあの三人はいねぇんだな、珍しい」
「あいつらはギルドの依頼を受けてるよ。 どうやらスネッチョラが気に入ったみたいで、二日に一回は依頼を受けて持ち帰ってくる。 毎回持ってくるせいで私のご飯はほぼスネッチョラだよ!」
「……スネッチョラが食えるなんて聞いてねぇぞ」
「今言った。 今日のご飯はスネッチョラになるから食べてけばいいよ」
ギロリと私を睨み付けるスヴェンに夕食の提案をし、私は一人ため息をついた。
あれからスネッチョラが美味い事に気付いた三人は、事もあろうか勝手に依頼を受けて当たり前のように持ち帰ってくるようになったのだ。その度に私の家でお風呂に入りご飯を食べて、取り分としてスネッチョラを置いて行くのは良いが流石にもう食べ飽きた。
庭に持っていけばみんな喜んで食べてくれるが、私はもう違うものが食べたい。
魚介類も良いが、最近は肉が食いたくて仕方がないのである。
分厚いポークソテーやステーキ、よく煮込んだ角煮や唐揚げ。
この街では血抜き処理がきちんとされていない為あまり美味しいお肉が売っていないのが悩みの種であり、商業ギルドに行くついでにそこのところかどうにかならないか相談してみてもいいかもしれない。
私はもう一度深く息を零し、癒しを求めながらリッターオルデンまでの長い道なりをスヴェンとともに歩いたのであった。
それなのに、なんていう事でしょう。
目の前にいる門番は苦い笑いをしながら私に最悪の事実を告げたのである。
「悪いが家族でも敷地内に入れられないんだ。 荷物があるならここで受け取ろう」
「なんと! 一目見るだけでも叶わないのですか! そんなのあんまりです!」
すまないなと低姿勢で謝る門番に若干の好印象を抱くも、重要なのはそこでは無い。
可愛い可愛い弟のアルノーに会えないという事実が重要なのだ。
門番に詰め寄り問い質そうとする私をスヴェンは押さえ込み、そして私の持参した籠だけを門番へと手渡す。その際にアルノーの名前を口にすると、彼は驚きながらも笑ったのである。
「君が彼のお姉さんか! アルノーからはよく話を聞いているよ、とても出来た姉だとね。 でもこんなに幼いとは驚きだ」
「アルノーから、ですか? 私は確かに双子の姉ですが、出来た姉ではありません。 アルノーが出来すぎた弟で、姉としては少々不十分かと」
「いやいや、ご謙遜を。 彼の礼儀正しさと学力や知識、それらは全て姉から教わったと聞いている。 それに姉以上に尊敬出来る人はいないとね」
なんていうベタ褒めだ。
私という人格破綻者と知らず、その門番は私を褒める褒める。
スヴェンと顔を見合わせてどういう事だと質問してみれば、学園に入ってからのアルノーがやらかした事の数々を自慢げに話をしてくれた。
やれ上級生を負かしただの、無詠唱魔法を使うだの、食べ物への執着は人一倍だの。
その中で一番耳を疑ったのは、アルノーが上級生である貴族の子息を泣かしてしまった事であった。
「アルノーは優しいから無闇矢鱈に誰かを傷つける行為はしません! 泣いた貴族が悪いに決まっています!」
「そりゃそうさ! そいつはアルノーの食べてた干し肉に悪戯をして、そして彼を怒らせた! その時のアルノーの恐ろしさといったら相手が漏らすほどだ! もうアルノーに喧嘩を売る馬鹿はいないさ!」
声を荒げて豪快に笑う門番はアルノーの事も褒め称え、あれ程有能な子は初めてだと何度も何度も頷いた。
その姿にこの門番は貴族が嫌いなんだなと感じながらも、嫌な気分になることは無い。
それに弟を褒められて喜ばない姉はいないわけで、私はそっと彼の手におひねりを乗せたのである。
「まだまだ不束な弟ですが、今後も見守ってあげてください。 貴方のような平民に優しい方が居てくれれば私も祖父も気が楽になります」
「あっ! いや、そんな。 こちらこそアルノーのような優秀な子こそ騎士になって欲しいと願っています」
ニッコリと笑いながら手を引っ込めると、彼もそれに伴いおひねりをズボンのポッケに隠し、私は軽く会釈をして気分良くリッターオルデンに背を向けることができた。
おひねりは勿論自家製ヌガー数本だが、きっと門番にも気に入ってもらえるはずだ。
高級品と言われている蜂蜜をふんだんに使ったヌガーだ、決して安くは無い代物でありあまり出回っていない甘味でもある。
お貴族様と違って金銭を絡ませているわけでは無いし、彼の腹に入って仕舞えばバレることなんてそうそう無いだろう。
意地悪そうにニヤリと笑えば隣で小さなため息が聞こえ、スヴェンは不愉快そうに眉をひそめた。
「お前でも異常なのに、アルノーも異常だったか。 俺の認識不足だった」
「異常じゃなくて有能って言ってくれません?」
「んにゃ、異常だ。 お前の弟だって事を忘れちゃいかんな。 否、お前のせいか」
グリグリと私の頭を強く撫で回すスヴェンの足に蹴りを入れながらも必死に抗議し、私はアルノーは有能なのだと何度も繰り返した。
たとえ私が異常であっても、アルノーは普通に生まれた普通の子供なのだ。
ちょっとした異分子の登場で成長過程が他者とは異なるだけで、アルノーが無詠唱をできる事も誰よりも喧嘩が強い事も、それはアルノー自身の努力の結果。
私はそうなる手助けをしたに過ぎないのである。
「アルノーが強いのはアルノーが強くなりたいって頑張った結果だよ。 一概に私のせいにしないで。 スヴェンだって私がご飯以外役に立たないの知ってるでしょ」
庭があってもご飯が作れても、私は祖父やアルノーのように狩りも出来なきゃ魔法も使えない。
魔力の増幅、勉強の仕方や礼儀を教えられても本人の意思次第で良し悪しは変わってくる。そりゃあ九割は私のせいかも知らないが、私だけが原因ではないと声を大にして叫びたい。
「まぁ、アルノー自身の頑張りもあるが、お前が中心にいる事は間違えねぇ。 だからこれからはもっと用心しとけよ」
「ーー私が用心しなくてもスヴェンが用心するもん。 用心はスヴェンの役割ですぅ、私はのんびりするのが役割ですぅ」
頑張って、とニマリと笑えばいいまたもやグリグリと頭を撫でられ、呆れ顔でスヴェンは溜息をついた。
言われなくても分かっている。
庭のことも私の作るものに宿る能力も、それらが人に知れらばどんな結末を生み出すことも。
欲深い人間がどんな行動をとるかなんて、考えるまでも無い。
ギルド職員然りバルトロ然り薬師然り、そして私自身でさえも欲に塗れれば破滅するのしか道はないのだ。
しかしながらそう言ったとしても、私は私自身の幸せという欲にまみれた強欲な人間でもある。
ならばその意思を貫いて他人なんて糞食らえで生きていくしか、幸せな未来は描けないだろう。
自分第一、他人はその次。
否、次にすらならなる事はない。
それが、私の幸せを掴む心得なのだ。
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