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怒り
しおりを挟む大きな門と寡黙な従者。
彼らが私たち一行に礼をするとその大きな門が開き、珍しくもそこにはその館の持ち主であるガリレオ・バーベイルが立っていた。
その姿をを見るやスヴェンは急いで御者台から駆け下り、深々と頭を下げる。
「お久しぶりです領主様。今回もご依頼頂いていたものをお持ちしました」
その声とともにカール達三人も頭を下げ、私も礼儀正しくお辞儀をする。
何時もならば荷馬車を従者に任せ私達は館内の応接間に通される手はずなのだが、今回は何かがおかしい。
領主がここにいるということ歓迎されていないわけでも無いだろうが、用がなければこうして私達を待つことなんてないだろう。
ならば何故、領主はここに居るのだろうか?
そんな事を考えるのは勿論私だけではなく、スヴェンは領主へとおずおずと疑問を口にした。
「ーー領主様、何故この様な所に居られるのです?」
「何、心配することは無い。貴公らに問題があるわけでは無いのだよ。さ、中へ」
まるで領主自身に問題があるかの様な物言いに私達は顔を見合わせ、そして案内されるがまま館の奥へと進んでいく。
カールとクヌートは従者共に荷下ろしを、そして私とスヴェンとティモは前回と同じ応接間へと導かれた。
それからは以前となんら変わらない取引だった。
スヴェンが納品する物の種類と数を領主に提示し、彼はそれを許可して代金を支払い次の納品の約束を。
その後に始まるのは亜人の取引、なのだが、今回は中々その商品達は姿を現すことは無い。
スヴェンは領主の口が開くのを長々と待ち続けたがそれでも言葉が発せられることはなく、唯一分かったことといえば領主が眉をひそめ何かを考えているという事。
このままでは日が暮れてしまうと考えた私は、ニッコリと、そして華やかな笑顔で亜人は何処でしょうかと口に出した。
「今日は何体用意していただけたのでしょう? そしてどんな姿形の物ですか? 非常に楽しみです!」
こんな風に口を出す事があればスヴェンは私の頭を小突くはずだが、今はそうしない。きっとスヴェンでさえもこの間に耐えきれなくなっていたのだろう。
ニコニコと笑う私と少し困惑気味なスヴェン。対峙する領主は未だに眉をひそめ、そして溜息を吐くかの様にゆっくりと言葉を吐き出した。
「ーー今回はまだ、用意ができていない」
「は?」
「リズっ!」
バシンといい音を立ててスヴェンは私の頭を叩き、そして領主への謝罪を述べる。
今のは?は『何言ってんのこいつ?』という意味ではなく、『どういう事?』っていう意味だというのに失礼な事だ。
しかしまぁ、領主に対しての反応ではないのは確かだろうけれど。
そんな理不尽に今度は私の方が顔をしかめると、領主は構わないと、こちらに非があるのだと私を責めることはなかった。
しかしそれ以上に話を進める気がないのか、はたまた、話しにくいのかその場の雰囲気は重々しい。
領主は険しい瞳でじぃっと私を見つめる後、ゆっくりとその事情を語った。
「ーー主に亜人の捕獲はギルドに依頼を出して頼んでいる。 ごく稀に所持している貴族や商人からも買い取ってもいるが、ほぼギルドに頼っていると思ってくれていい。 今回も前回、前々回と同じように依頼を出したのだがその依頼内容が正確に伝わらず、ここに届いた亜人は欠損だけではなく辛うじて生きているものばかりだったのだ。 いくらなんでもそんな商品は貴公らに売ることは出来ない」
「ではどのくらい待てば亜人を入手できるのでしょうか? それに合わせてまだこちらに伺う事も出来ますがーー」
「それがなんとも言えない状態なのだ。 明日か明後日か、ひと月かふた月先か……」
悩むように領主は顎を撫で、そして厳しい顔をさらに歪めた。
その後に続いた話も私にとっては残念な言葉の羅列で、要約すればかなりの期間待たなければ健康な亜人が手に入らない、という事らしい。
それは誤って伝わった依頼を訂正したとしても、その依頼を受けた、聞いた人間に届くまでは時間がかかりその間にも捕まった亜人はぞんざいな扱いを受けるという事。故に健全な亜人が手に入るまではそれなりの時間を掛かるという訳だ。
私としては欠損があろうが死にかけだろうが治せるしどうでもいい事なのだが、それを知らない領主からすれば、これからも私達と正当な取引を継続していく為には容認できない事柄のようだ。
だとしても。そう、だとしても。
それは領主側の勝手の理由で私が認めなきゃいけない問題ではない。こちらはちゃんと領主の要望に応えたのだから、そんな身勝手な理由で私が待つ義理もない。
保存食も加工品も、今までで増えたたった数人だけで量産出来るわけがないのだから。
故に私はニッコリと笑うのだ。
「では先ほどの料金はお返ししますので、商品の返品を願います!」
「リズっ!? 何言ってんだ!」
「何って? 私が欲しいのは亜人だもん、お金じゃない。手に入れられない取引なんて続ける意味が無い」
おかしい事、言ってる?
と笑いかければスヴェンは私に怒鳴り、そして謝罪を入れるかのように自分の頭下げて私の頭を下へと押し付けた。
下へ下へと頭を押されながらもスヴェンの様子を窺えば、焦ったように怒ったように顔を強張らせている。
当たり前と言っちゃ当たり前だが、どうも私にはその態度が腑に落ちない。
元はと言えば最初に取り決めを破ったのは領主じゃないか。
たとえ保存食と亜人が別取引であったとしても、最初は亜人と保存食との交換が前提だった話じゃないか。
それをそっちの都合で、そっちの勝手で、謝りもせずそれが当たり前という態度で、妥協案も出さず私に理解しろだなんて、ありえない。
理解したくも無い。
必死に私の非礼を詫びるスヴェンを他所に、私自身はブスリと顔の前面に不機嫌を表した。
領主からこの表情は見えないが、態度に出てしまうのは仕方ない事。
けれども流石領主、この地を治める者はひと味違う。
私の不機嫌そうな様子を感じてか、そこで漸く妥協案を出したのだ。
「私としてもそちらから買い取った物を返品したくは無い。そこでどうだろう? 欠損、とはいかないまでと惰弱な亜人ならば私が所持いているモノをいくらか回せる。それで勘弁してはもらえないだろうか?」
「はい!勿論それで構いません!」
スヴェンは私の意見を聞くまでもなくそう応え、引きつった笑顔を見せている。私の非礼をそれでチャラにしようとしているのがミエミエだ。
しかしそんな代案があるのならば領主も先に言えばいいではないか。私の怒り損に怒られ損になる。
私もちらりと領主の顔を窺えば、彼は彼で満足そうに頷いており、もしかして最初から自分の所持している亜人を売り払いたかっただけだったのではと勘繰ってしまう。じゃなければ最初から門の元へ来なかっただろうし、ここにその惰弱な亜人を連れてきておけばいいだけだ。
もしかして領主は依頼が云々はただのついでで、私に弱ったモノを売りつける許しを取りたかっただけではないのだろうか。
私は天才でも秀才でもなければただの凡人。
偉い人間の考えは分からない。
けれどもこれだけは分かったのだ。
ガリレオ・バーベイルはクソムカつく人間だということを。
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