最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第三章 愛と欲望の狭間

第百二十話 逆プロポーズ

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 シャーロットが片目を瞑り、大人びた仕草で笑ってみせる。

「うふふ、いいわよぉ? 特別大サービス、竜の背にごあんな~い! 連れてってあげるわ、兄のところへ!」

 金色の実をシャーロットが口にすると、彼女の体が金色に輝き、あれよあれよという間に成長し、銀髪の美女が出現する。ふっくらとした胸元と口元が絶妙に色っぽい。二十才の大人になったシャーロットに投げキッスをされ、ジャネットが目を白黒させる。

「は? え? えぇ?」

 ぽかんと口を開けてしまった。
 ま、魔法か? いや、でも、成長できる魔法なんて聞いた事がない……

「ほほほ、さあ、ここからが本番よ!」

 庭へと連れ出されたジャネットが目にしたのは、銀竜に変化したシャーロットだ。威風堂々とした、それでいて美しい銀竜の姿に見入ってしまう。

「うわあ……」

 ジャネットは目を見張った。
 本物のドラゴンは、亜竜とは迫力がまるで違う。体の大きさは勿論のこと、宝石のように鱗が輝くのは、本物のドラゴンならではだろう。シャーロットのそれはまさにプラチナの輝きだ。角度によっては真珠のようにも煌めく。

「……ドラゴンになれる魔法なんてあったっけ?」

 ジャネットがぼんやりそう呟くと、セレスティナが説明した。

「いえ、違うわ、その……シャルお姉様とイザークお兄様は半竜なのよ」
「半竜……」

 ジャネットが呆然とセレスティナの言葉を繰り返す。

「ええ、そう。二人のお母様がドラゴンなの。で、でも、あの、こ、怖くないわ? ほら、ジャネットも知っての通り、二人ともとっても優しくて……」

 セレスティナの取りなしの言葉など、ジャネットは聞いちゃいなかった。視線は神秘的な色彩を放つ銀竜に釘付けである。頬が上気し、興奮しているのが丸わかりだ。

「凄い凄い凄い! 格好いい! 乗ってもいいのか?」

 拳を振り回し、ジャネットは何度も凄いを連発する。

「ほほほ、勿論。竜の背にご案内って言ったでしょう?」

 シャーロットの誘導に従って、ジャネットはひらりと銀竜の背にのるも、セレスティナはそれに続くことが出来なかった。運動は苦手な上、いつもシリウスに乗せてもらっているので、上手く乗れないらしい。顔を赤くしてうんうん言っている。

 ジャネットはつい吹き出してしまった。
 セレスティナ本人はもの凄く真剣なので、笑っちゃ悪いと思いつつも、その一生懸命さが妙に可愛らしい。ちまちました小動物のようだと思う。

「セレスティナ、大丈夫か? ほら、手……」
「ありがとう……」

 ジャネットがセレスティナに手を差し出すのとほぼ同時だった。カッと雷のような閃光が走り、ドンッという衝撃音に襲われる。ジャネットは手を差し出した格好のまま固まった。ぱっくりと裂けた邸に見入ってしまう。
 邸が真っ二つ? 何でだ?

「ティナ、一人で乗るのは駄目だ」

 聞き覚えのある声に、ジャネットはびくりと身をすくませる。
 目を向ければ予想通り、銀竜の背から滑り落ちたらしいセレスティナを支えたシリウスがいて、ジャネットは縮み上がった。
 長い白銀の髪をなびかせた大きな体躯は、紛う方なきオルモード公シリウスである。片眼鏡をかけた端正な顔は、この上もなく魅力的だったけれど、やっぱり苦手意識が消えない。どうしても腰が引けてしまう。

 ひぃい! オルモード公爵閣下! 大魔神! いや、違うけど! 凄い迫力! 笑ってるけど怖い! なななななな何でここに!
 銀竜となったシャーロットが呆れ気味に言う。

「パパ……王城に出かけたはずじゃあ……」
「ああ、キャンセルだ」

 シリウスがしれっと言い切った。

「すっぽかしたのね? アルフレッド王太子殿下、泣いてない? 王立研究所が開発した魔道具が暴走して、城内で暴れ回っているんでしょう?」

 大丈夫なの? シャーロットが尋ねるが、シリウスは素知らぬ顔だ。

「知らんな。ティナの用事が優先だ」

 シリウスはセレスティナを抱え上げ、放そうとしない。セレスティナのふっくらとした唇にしっかり接吻だ。諦め気味にシャーロットが言った。

「で、邸なんだけど……」
「老朽化だろう」

 シャーロットの文句を、シリウスがさらっと聞き流す。修理する気は微塵もなさそうで、焦ったのがセレスティナだ。

「あ、あの、シリウス? お願い、修理して?」
「……後でやっておく」

 セレスティナがくいくい服を引っ張ると、渋々シリウスは承諾した。本当に渋々だ。セレスティナを抱えたシリウスが銀竜の背に乗り、指輪を操作すると、いつものようにぐっと銀竜の背に押しつけられる感覚があって、体が安定する。

「さあ、行くわよ!」

 銀竜になったシャーロットが羽ばたき、大空へと舞い上がる。

「うわお!」

 ジャネットは思わず感嘆の声を上げていた。凄い凄い凄い!


◇◇◇


 ロゼッタ・クラウル侯爵令嬢は、馬車を急がせていた。チリチリとしたキャラメルブラウンの巻き毛をいつものように真っ赤なリボンで飾り、口には赤い紅を引いている。不機嫌なので、きつい顔立ちが今日はさらに際立っていた。

「……クーパー子爵家はまだなの?」
「も、もうすぐです、お嬢様」

 御者台から慌てたような声が返ってくる。ふん、急ぎなさい! ロゼッタはそう声をかけ、椅子の背に再びドサッと体を預けた。
 初めからこうすればよかったと、ロゼッタは思う。
 ジャネットの父親のクーパー子爵に苦言を呈すればよかったのだ。そうすれば、娘のジャネットも大人しくなっただろう。それなのに、自分は何をとち狂ったのか、直接オルモード公爵と接触し、いらぬ不興を買ってしまった。散々である。

 そうよ、始めっから、クーパー子爵に身の程を教えていれば良かったのよ。
 決意も新たに、ロゼッタは鼻息荒くふんぞり返るも、馬車の窓から外を見て、腰を抜かしそうになった。何と、クーパー子爵邸の前に、突如として銀竜が現れたのだ。

「な、ななななな、何あれ?」

 ロゼッタは目を剥いた。なんと言っていいのか分からない。

「ド、ドラゴン?」

 御者の声を耳にし、彼も自分と同じ光景を目にしたのだと、ロゼッタは理解する。
 そこへ突如、カッと閃光が走り、クーパー家の邸同様、乗っていた馬車が真っ二つだ。シリウスが使う魔道具の巻き添えになったのだが、彼女は知るよしもない。

 ロゼッタの乗っていた馬車の後輪部分は、馬が引く前輪部分に置いてけぼりにされ、ガクンと前のめりになったかと思うと、ロゼッタは馬車から派手に放り出されていた。
 ごろごろ転がり、泥だらけである。最後にロゼッタは、水たまりにボチャンとはまり、呆然となった。泣きっ面に蜂もいいところだ。

「な、何なのよ、これはぁ……」

 ロゼッタは泥まみれになったままべそをかく。侯爵家の娘としてふさわしい装いの何もかもが台無しである。
 クーパー子爵家の庭にいた銀竜が翼を広げ、悠々と飛び去る様子を、べそをかいたロゼッタは、その場から見送るほかない。


◇◇◇


 風を切って大空を滑空し、前方に赤竜の姿を発見すると、銀竜となっていたシャーロットが叫んだ。

「あそこに兄がいるわ!」

 ジャネットは目を見張った。え? あれ、が? あの赤竜がイザーク? うわお、格好いい……って言ってる場合じゃない! 逃がすかぁ!

「イザーク! 大好きだ! 結婚してくれぇ! 一緒に冒険家になろう!」

 ジャネットは力の限りそう叫んだ。後ろを振り返った赤竜の琥珀色の目が見開いたような気がしたが、ジャネットの告白は止まらない。必死だった。

「好きな奴がいるってのは嘘だ! 大嘘だ! お前が公爵家の嫡男だったから、家を捨てさせたくなくて、嘘をついたんだ! 頼む、戻ってきてくれ! お前が大好きだああああああああああ!」

 すぐ傍の山に降り立ち、赤竜だったイザークが人の姿になると、急ぎ銀竜の背から下りたジャネットが駆け寄った。燃えるようなイザークの赤い髪がふわりとなびく。赤い騎士服姿のイザークは、既に一人前の銃騎士のよう。

「返事は?」

 ジャネットが勢い込んでそう問えば、イザークが屈託なく笑った。

「そりゃ、イエスに決まってる。けど……公開告白なんてしなくても」

 凄い度胸だとイザークに言われてしまう。

「だ、だって、お前が家出したって聞いたから、焦ったんだよ! 二度と会えないかもしれないだろ?」
「は? 家出?」

 イザークは目を丸くし、不思議そうに首を傾げる。

「え? 違う?」

 ジャネットがぽかんと突っ立った。

「違う。じいじの……あー、祖父のところに届け物をしてくれって頼まれたんだ」
「届け物?」
「そう、シャルの手料理をな。本当、なんなんだよ、これは……。じいじに届けないなら、俺が食えって、脅迫もいいところだろ?」

 げっそりした風体で、イザークが包みを差し出した。何やら異臭が……
 ジャネットがキキィと人形のような動作で首を巡らせ、セレスティナに視線を向けると、さっと視線を逸らされた。セレスティナは照れくさそうにエヘッと笑う。

「その、アルゴンさんの所へ、シャルお姉様の真心をお届け?」

 ジャネットが銀竜を見上げると、シャーロットは得意満面ぐいっと胸を張った。

「そうそう、お祖父様にわたくしの手料理を味わっていただこうと思ったのよ」

 そう言ったシャーロットの鼻から、ぶほうと炎が吹き出した。
 ジャネットが騙されたと気が付いた時には既に遅い。イザークに背後からしっかり抱きしめられている。まるで逃がさないとでも言うように。

「結婚してくれるんだよな?」

 耳元で囁かれて、ジャネットの顔が真っ赤だ。

「う、まぁ……冒険家なら……」
「婚約して、卒業後に結婚でいいか?」

 イザークの提案に、ジャネットは頷いた。頷くしかない。今更だが、恥ずかしくて仕方がない。大好きだって叫んだ。オルモード公爵一家全員の目の前で! 頼む! 記憶から削除してくれぇええええええ!

「無理、しっかり覚えた」

 イザークがそう言って笑う。心底嬉しそうだ。

「そうそう、とーっても格好良かったわぁ」

 と、シャーロットが褒めちぎる。

「ええ、素敵だったわ。イザークお兄様は幸せものね」

 そう言ってセレスティナもまた笑う。
 イザークに抱きしめられたジャネットは、はくはくと酸欠の金魚のよう。

「まずは婚約指輪だな。好きな物を買ってやれ」

 シリウスが大盤振る舞いだ。資金は心配するなと請け負ってくれたのだ。店ごと買い占めることも可能だろう。

「ジャネット、愛してる」

 最後にイザークがそう囁き、抱きしめられているジャネットの体が、びくりと震える。
 喜べば良いのか、怒れば良いのか分からない……助けてぇ!
 ジャネットは心の中でそう叫んでいた。

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