最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく

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第六章 魔工学の祖ユリウス

第二百六話 ユリウス・サウザーの正体

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「フェリクス様ぁ、王家主催の夜会に出席しなくていいんですかぁ?」

 ベッドの中で戯れている赤毛の美少女が、黒髪の美青年にすがりつく。ここはスヴァイ王国の王城にある王太子の居室だ。なので、豪華な調度品で彩られている。

「ああ、構わない。どうせ、父上の道楽だよ。俺が出る必要はないね」

 そう答えたのは王太子のフェリクスだ。黒髪に紫の瞳、妖艶に笑うその顔は、若い頃のサディアスと瓜二つである。

「道楽ぅ? でもぉ、各国から腕のいい魔工技師達を招待したんでしょう? 魔工技師達と親交を深めて、国の発展に役立てなくていいんですかぁ」
「ふふっ、レナは時々、賢くなるね。でも、父上はこの国で魔工技師を育てる気がないんだよ。魔工技師が作る魔道具の恩恵を山ほどうけているのにね」

 フェリクスがけだるそうに言う。

「魔道師が作る魔道具と、魔工技師が作る魔道具の一番の違いって何だと思う?」
「うーん……大量に作れるか作れないか?」
「そう、魔道師が作る魔道具はほぼ一点物。それが、魔工技術を使うと大量生産が可能になるんだ。だから、安価で手に入れられるんだよ。魔道具が一般市民にも普及しだしたのは、まさに魔工技師達のお陰だ。けど、父上は認めない。魔道師が作る魔道具こそ最高って言い張ってね。今回だって、スピカっていうマジックドールの主人になりたいから、他国の魔工技師を招待しただけだよ」

 レナがじっとフェリクスを見つめる。

「スピカって……ふっるーいマジックドールでしょう? 現代のマジックドールの方がずっといいと思いますよぅ。陛下はどうしてあんな骨董品にこだわるんですかぁ?」
「若返れるんだって」

 レナが目を見開く。

「え! 凄いじゃないですか!」
「まあね。でも、美顔薬を使いまくって、既にかなり若作りしているんだから、もう、あれでいいんじゃないかなって思うよ。王子はもう四人もいるのに、いい年して、いまさら何を盛っているんだか」
「あはは、ひどぉい」

 赤毛の美少女、レナが一緒になって笑う。フェリクスはベッドから起き上がり、傍らに積んであった資料を手に取った。パラパラと顔写真の載った資料を捲っていく。

「……へぇ?」
「フェリクス様?」
「ん? ああ、一応どんな奴等が来るのかチェックしてみたら、いたよ、可愛こちゃん」

 フェリクスがくすくすと笑う。中性的な美貌なので妖艶だ。

「ええっ! んー……」

 レナが資料を取り上げると、栗色の髪の清楚な女性が映っている。微笑む姿が控えめで愛らしい。レナがぷくっと膨れた。

「……レナの方が可愛いですよぅ。それに、名前を見てください。セレスティナ・オルモード公爵夫人って、既婚者じゃないですか」
「そうだね、結婚している」
「もしかして略奪する気ですかぁ? お相手のオルモード公爵は……写真なし?」

 フェリクスがレナから資料を取り上げた。

「ああ、俺でも知っているくらい有名な魔工技師なんだけど、写真嫌いでも有名でね、どの本にも新聞にも顔写真が載らないんだ」
「あ、分かりました! 自分の顔を載せたくないくらい不細工なんですね!」

 フェリクスが吹き出した。

「ふっ、はは、違うよ」
「どうして分かるんですかぁ?」
「見た事があるから。もの凄いハンサムだったよ」

 レナが目を見開く。

「弟のアルヴィンが画家志望なのに色盲でね。それで、オルモード公爵が作った義眼に目をつけたんだ。彼が作る義眼の性能って本物と遜色ないくらい精巧なんだよ。だから、もの凄く人気なんだけど、市場に出回っている数が少なくて、手に入れるのが大変だった」
「え、王族なのに苦労したの?」
「そう。人気だから、もう、奪い合い? しかも、他の魔工技師の調整じゃ、弟は納得しなくてさ。義眼を手に入れるより、オルモード公爵に調整を頼む方がもっと大変だったかな。とにかく、王子からの依頼であっても、忙しいで切って捨てられる。だもんだから、彼の予定を聞き出して、オルモード公爵邸に押しかけて、やっとなんとなかったんだ」
「……なんか、いろいろ凄い人みたいですね。で、どのくらい良い男なんですかぁ?」

 レナが興味津々身を乗り出す。

「んー、そうだね、俺と同じくらい?」
「うっそ! えー? 超美麗なフェリクス様と同じくらいハンサムなんですか? レナ、見てみたいですぅ!」

 フェリクスはしばし考えた後、にっこり笑った。

「いいよ。じゃ、一緒に出席しようか」

 ぱっと顔を輝かせたレナであったが、そろりと確認する。

「……婚約者と一緒じゃなくていいんですかぁ?」
「あ、はは! 良いに決まってる。さすがに五才の幼女を連れて行けないよ」
「は? え? 五才! フェリクス様の婚約者って五才の幼女なんですか?」

 レナが目を剥き、フェリクスは頷くしかない。

「そう、父上が勝手に決めたんだよ。彼女と結婚しろって。酷いだろ?」

 ベルを手に取り、フェリクスは侍従を呼びつけ、急いで身支度を調えさせた。


   ◇◇◇


「おお、オルモード公爵閣下ではありませんか」

 スヴァイ王国の王城で開かれた夜会会場にて、シリウスに声を掛けてきたのは、同じように夜会服に身を包んだ中年男性だ。穏やかな顔立ちの紳士である。

「貴方も招待されていたんですな。お逢い出来て嬉しいですよ。彼女が公爵閣下の奥方ですか?」
「ああ、そうだ。ティナ、挨拶を」
「初めまして。オルモード公爵の妻、セレスティナ・オルモードと申します」

 セレスティナが淑女の礼をすると、中年男性は胸に手を当て、貴族の礼を返してくれた。

「初めまして、オルモード公爵夫人。お噂はかねがね。お逢い出来て光栄です。私はベルガ帝国の魔工技師、ロイド・フーガと申します。どうぞよろしく」
「こちらこそ、以後お見知りおきを」

 セレスティナがにこりと笑う。
 続いてロイドは傍らの女性を紹介した。

「彼女は妻のニーナ・フーガです。ささっ、公爵閣下と公爵夫人にご挨拶を」
「お逢い出来て光栄ですわ、オルモード公爵閣下、公爵夫人。ニーナ・フーガです。どうぞよろしく」

 ふくよかな中年女性がドレスをつまみ、嬉しそうに挨拶をする。
 ロイドがセレスティナに目を向けた。

「公爵夫人はお若いながら、大変優秀な魔工技師でいらっしゃる。我が国で発売されたマジックオーブンの出来もさることながら、魔道具品評会で発表された夢見るバルーン! あれはいい。空中と水中の双方を飛行できるので、様々な使い方が出来るでしょう」
「近々大量生産する予定だ」

 シリウスの言葉にロイドは破顔する。

「ははは、それは素晴らしい!」

 夢見るバルーンは、シャボン玉のような透明な球体に包まれて、ふわふわと空を飛べるというもの。空中遊泳を楽しんだ後は、そのまま水中にも潜れて、色鮮やかな魚たちを鑑賞出来る。多くの者に夢を与えるそれは、まさに「夢見るバルーン」なのである。
 ロイドの称賛に、セレスティナは微笑んだ。たくさんの人に喜んでもらえることが何よりも嬉しいのである。ロイドがセレスティナの腹に目を向ける。

「それで、奥方の出産予定日は?」
「ひと月半後だ」
「生まれたら是非お知らせ下さい。お祝いさせていただきます。ところで……公爵閣下は、今回発見されたサウザーのマジックドールを、もうご覧になりましたか?」

 シリウスが首を横に振る。

「いえ、残念ながら」
「私もですよ。ただ、写真を手に入れました。これまた不思議で……見てみますか?」

 ロイドが差し出した写真には、鉄人形と言って差し支えのない人型マジックドールが写っていた。真鍮色である。

「どうです? 凄いでしょう? こいつは三百年以上も前の代物です。この頃には魔道師が作る石ゴーレムしかなかったはずなんですが、こいつは鉄製だ。そして、我々の言葉を話す。それだけでも驚きです」

 ロイドがにこりと笑う。

「そして聞いた話なんですが、さすがユリウス・サウザーが作り出した魔道具というべきか……魔道師が作り出したゴーレムなら、土台は石人形です。ですがこれは、現代のマジックドールのような部品で構成されているようなんですよ」

 ひそっと内緒話をするように、ロイドが言う。

「ということは、組み込まれているのは魔道術式ではなく、間違いなく魔工式でしょう。ただ、やはり不思議です。あの時代に現代のような製鉄技術はなかった筈なんですが……どうやって現代のような精密機器を作り出したのか、本当に興味深い。一体どんな技術が使われているのか、今から楽しみですよ」

 わくわくするのはセレスティナも同じである。
 ただ、確かに謎が深すぎて、戸惑いも大きい。現代と同じような仕組みのマジックドールに、現代を凌駕する能力を有した宇宙船……一体どれだけの技術をユリウス・サウザーはあの当時、持っていたのだろうと思わずにはいられない。

 そこへ、ガシャーンとグラスを割るような音が響いた。招待客達の視線が一斉にそちらに向く。会場の奥がなにやら騒がしい。

「飲み過ぎです、エマ様」
「なによ、子供はもういないのよ? いくら飲んだって構わないでしょう?」

 誰かがやけ酒をしているようだった。
 ざわつく人混みの中から様子を窺うと、ドレスを身に着けたブロンドの美しい女性が床にへたり込んでいる。飲み過ぎたのかもしれない。侍従らしき男にブロンド女性は支えられながら立ち上がったが、セレスティナと目が合った途端、ぎろりと睨まれた。

 え? とセレスティナが驚く間もあらばこそ、つかつかとその女性がこちらへ歩み寄り、手を振り上げたからたまらない。
 叩かれる!
 そう思ってセレスティナが咄嗟に腹を庇えば、シリウスが間に入ってガードしてくれた。シリウスの腕を叩いてしまった女性は、逆に手が痛かったようで涙目だ。

「な、なんなのよ、貴方!」
「……それはこちらの台詞だ」

 シリウスにじろりと睨まれ、ブロンド女性は気圧されたように後ろへ下がった。涙を流す姿が痛々しくて、セレスティナは思わずシリウスの腕を掴んで引き止めてしまった。見逃してあげてとの意思表示だ。侍従が慌てて駆けつけ、謝罪した。

「も、申し訳ありませんでした! どうかご容赦を。エマ様、行きましょう!」
「だって、だって、嫌みなの? どうしてここに妊婦がいるのよ? 私は、私は子供を堕胎させられたばっかりだっていうのに! どうして!」

 セレスティナはひゅっと息をのむ。
 堕胎させられた?
 泣きながら、侍従に連れて行かれた女性から目が離せない。

「あの、シリウス。彼女は……」
「ハロルド。顔照合だ」
「はい、マスター」

 しばらく後に、ハロルドが答えた。

「彼女はサディアス陛下の妾ですね。名前はエマ・クローズ。クローズ商会会長の三女で、三年前、王城に召し上げられました」

 セレスティナが問う。

「サディアス陛下の妾、ということは、彼の子を堕ろしたってことなの?」
「はい、多分。陛下が子を望まなかったのでしょう」

 そんな……
 わざわざ愛人にして、性交渉を行っているのに、子を望まない。性欲処理に体よく使われているような気がして、気の毒だった。

「ティナ、何もするな」
「でも……」
「いきなり君に手を上げるような女を気にする必要がどこにある」

 やはりシリウスは怒っているようだ。
 でも、愛する人の子を亡くすのは辛いわ。
 そう思わずにはいられない。
 程なくして、国王夫妻の到着を知らせる衛兵の言葉が響いた。

「国王陛下、並びに王妃殿下のおなーりー」

 扉が開き、エルフの特徴である尖った耳と紫色の瞳を持った美しい男女が入場する。どちらも見た目は四十代といったところか。国王夫妻が所定の位置につくと、国王であるサディアスが酒のグラスを掲げ、声を張り上げた。

「諸君! 余の招待に応え、よく集まってくれた! 今宵は堅苦しい話は抜きにして、飲んで騒いでくれ! では、乾杯!」

 サディアスの声に続き、招待された各国の貴人達もグラスを掲げ、乾杯と叫ぶ。セレスティナは残念ながらジュースだ。腹の子に酒は良くない。
 セレスティナは酒のグラスを手にしたサディアスをじっと見つめた。エルフの血を引いているだけあって美男子だ。若い頃はさぞかし女性にモテただろう。

 セレスティナはそっと目を伏せた。
 子供がいらないのなら、どうして彼女を召し上げたのかしら?
 堕胎させられたと泣く女性の姿が、どうしても脳裏から離れない。妾を取るのは普通、王妃の代わりに子をなすためだ。王家の血を絶やさないためである。そうでないのなら、やはり性欲処理でしかない。

 ――男は愛がなくても女を抱ける。

 以前、シリウスが口にした言葉が重い。愛がなくても……セレスティナはふるふる首を横に振る。自分は愛する人以外と肌を重ねたいとは思わない。けれど、男性は愛していなくても性欲のみで抱けるらしい。
 もしかして……女性が男性に愛されたいと願うのは、愛されない女性が多いからなのかしら? なんだかとても悲しい。

 そうこうしているうちに、挨拶の順番が巡ってきた王太子アルフレッドは、王太子妃のユリアナを伴って国王の御前に進み出た。セレスティナとシリウスがその後に続く。
 すると、国王であるサディアスが弾かれたように立ち上がった。

「サディアス陛下、ご尊顔を拝しまして……」

 恐悦至極という言葉がアルフレッドから発せられることはなかった。彼の言葉にかぶせるようにサディアスが怒鳴ったからだ。

「ユリウス・サウザー! 貴様! よくもおめおめと余の前に顔を出せたな! 衛兵! あやつを捉えろ! 即刻牢にぶち込め!」

 彼が指差したのはシリウスである。
 セレスティナはあっけにとられた。意味が分からない。王太子のアルフレッドも同様だったか、王太子妃のユリアナと顔を見合わせている。
 周囲が困惑する中、王弟がサディアスの暴挙を止めた。

「お待ちください、陛下! 彼がユリウスであるはずがありません! あれから三百年以上もたっているんですよ? 彼は落ち人でしたが、魔力を持たないただの人間だったではありませんか! エルフの血を継いだ我らのように生きる事は出来ませんよ! 別人です!」

 落ち人と聞いて、セレスティナは驚いた。
 落ち人とは、異界からこの世界に落ちてきた人、という意味である。ごくまれにいるのだ。重なり合って存在する別世界からやってくる人間が。
 言葉も習慣も違う彼らは、この世界にやってきた当初は苦労するようだが、いずれこの世界になじみ、暮らしてゆくことになる。帰るすべがないのでそうするしかないというわけだ。ちなみにエルフ達はこの逆で、この世界から異界へ渡って姿を消した種族である。
 王弟に諫められて、サディアスは改めてシリウスに向き直った。

「いや、しかし、そっくり……」

 サディアスは未だに信じられないのか、じろじろシリウスの姿を眺め回した。

「そちの名は?」
「アルカディア王国のオルモード公爵、シリウス・オルモードでございます、陛下」

 サディアスに問われて、シリウスが優美な貴族の礼をすると、王弟が国王に囁いた。

「オルモード公爵は優秀な魔工技師です。もしかしたら、スピカの所有者を我らに書き換えることができるかもしれません。機嫌を損ねない方が得策かと……」
「……そうか、そうだな。あい、分かった。どうやらこちらの勘違いだったようだな。挨拶を続けてくれ」

 促され、挨拶の口上を途中で止めていたアルフレッドが、再び挨拶の言葉を口にする。続いて王太子妃が挨拶し、シリウスとセレスティナの二人が続く。こうして、スヴァイ王国の国王夫妻とはつつがなく挨拶を終えたように見えた。

 そう、表面上は何ごともなく事態は収束したように見えたのである。
 だが、国王であるサディアスの目は、執念深くずっとシリウスを追っていた。そうして、シリウスが夜会に参加した貴婦人達の視線を集めていることに気が付くやいなや、口元を歪める。面白くない、そう言いたげに。

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